序章、或る日の追憶(前)
「はぁっ、はぁっ……!!」
俺……アランと五人の仲間は、可能な限りの速度で、薄暗い廊下を駆けていた。
ここは、魔王城。数多くの魔獣・魔人を従える魔王・アルデバランの支配する魔境だ。
__魔王が人界への侵攻を始めたのは、約二年前だ。この二年間の、魔王軍の侵攻による犠牲者は、もはや数えきれない。
そんな状況を打開するため、世界各国の王たちは、それぞれの国の、最強とされる人員を一か所に集めた。
イーリアス王国代表。『神剣』の異名をとる冒険者・ジオ=ベルン。
セイオン聖国代表。神が認めたもうた『聖女』・エリス=セントリス。
ガーラン帝国代表。緋々色金の如き防御力を誇る重戦士・ゲイル=カッツェ。
ヴィース獣国代表。音すら置き去りにする韋駄天の獣人女戦士・ミリアム=コルズ。
マギス魔導国代表。一撃の魔法で山一つを消し炭にする魔法使い・シド=メイディ。
そして、エズラン連合国代表。闇に紛れ標的の命を刈り取る暗殺者・アラン=ハイド。
「……おい、そろそろか!?」
「ええ、事前の情報が正しければ……そこの角を曲がった突き当りが、玉座の間よ!!」
ジオとエリスが叫ぶ。
俺たちは遂に、魔王城の最奥で、魔王との邂逅を目前にしていた。
ようやく、この二年の目的が果たされる__そのような甘い考え……油断が、俺達にはあった。
その違和感を、俺は、暗殺者としての勘から、いち早く読み取る。
そして、その場に立ち止まった。
「おい、どうした!?」
「急ぐぞ、アラン! 怖気づいたか!?」
「……違う」
俺から少し進んだ場所で、仲間たちがこちらに呼びかける。
その呼びかけに俺は短く返し、努めて冷静さを装って、今来た道を振り返る。
玉座の間へと続く廊下は、腕を広げた人間が三人並んだほどの広さで、窓の一つもない一本道。閉鎖された空間だ。
そんな場所で、後ろから近づく気配。
姿は見えないが……十や二十じゃない。数百の、数えきれない気配。
「……追い込まれたな。魔法で姿を消して俺たちに近づき、圧殺。後ろに数百の軍勢、前には魔王。
なるほど単純だが、それ故に強い」
「なッ!?」
他のメンバーも、指摘され冷静になって見ると、気づいたらしい。流石の歴戦の戦士たちも、戦いている。
無理もない。魔王の配下は、その辺りに配置されていた、いわゆる雑魚すら、普通の騎士数人分の強さを持つのだ。個々に撃破するならともかく、ここまでの物量差では、相当にキツイ。
その上、魔王が動けば、そちらに常に注意を向けなければ、その瞬間やられてしまう。
「クソ……消耗するが、先に配下を潰すぞ。魔王の参戦がないよう、祈るしかねーが……」
ジオが、そのような提案をするが、それは確実じゃない。あまりに、リスクがありすぎる。
……決断は、早かった。
「お前ら、魔王を討て。俺が残る」
「「「!!??」」」
パーティーメンバー全員が、その顔に驚愕の表情を貼り付ける。
あまりに無謀なのは、誰の目にも明らかだった。
「ば、バカ言ってんじゃないわよ!? アンタ死ぬ気!?」
「これが一番効率がいい」
ミリアムが叫ぶが、俺はそれを軽く流した。
「この地形では、俺が一番強い」
「そ、それはそうかもしれないけど!!」
俺の言ったことは、紛れもない真実だ。
ジオの大剣は、この狭い空間では動きが制限される。
エリスは、そもそも支援特化。
ゲイルは、やられることもないだろうが、同時に勝つための切り札もない。
シドの魔法は、このような狭い空間では味方にも危害が及ぶ可能性がある。よしんば一人で残ったとしても、魔力が枯渇すればもはや袋のネズミだ。
ミリアムは、十八番の立体機動で翻弄はできるだろうが、こちらもゲイルと同じく、切り札がない。
それに対し、俺は魔鋼糸で罠を張ったり、同じく魔鋼糸やナイフで敵を切り裂くといった戦闘スタイルだ。
この狭い一本道。俺の魔鋼糸による攻撃から逃れるのは、脊髄反射がおかしいのかと思うほどのジオですら困難だろう。
相手の物量にさえ目を瞑れば、ここは俺の独壇場なのだ。
そしてそのようなこと、二年間も一緒に旅をしてきたこいつ等なら、分かっているだろう。
「……わかった。ここは任せたぞ」
「ちょ、ジオ!?」
ジオが、覚悟したかのような表情でそう言った。
ミリアムが噛みついているが……それ以外のメンバーも、一様に同じような面持ちだ。
「……アランさん。申し訳ありません……」
「ああ……確かに、これが最適解、なのかもしれんな」
「魔王は、任せておけ。まあ、大船に乗ったつもりでおればよい」
エリスは、沈痛な面持ちで。
ゲイルは、俺の目を真っすぐと見据えて。
シドは、努めて明るく表情を繕って。
「……ッ!!」
ミリアムは、今にも泣きだしそうな表情で。
そして、しばらく俯いていたジオは、頭を上げ、真剣な表情で。
「……俺たちが魔王を殺るまで……死ぬなよ」
「ああ……約束しよう」
俺のその言葉を聞き届けると、五人は俺に背を向け、魔王の居座る玉座の間の扉へと向かっていく。
振り返ることなく、確かな足取りで。
それに応えるべく、俺も敵の大軍を、油断なく見据える。
もはや姿を隠すなど不要と判断したか、その姿ははっきりと俺の目に映っている。
俺は、すぅぅ、と呼吸を整えると。
「……おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ___!!!」
普段の自分には似合わない、空気を裂く咆哮とともに、敵の大軍へと突進していった__