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裏切りの翼  作者: 冬野 暉
本編
1/30

序幕 運命の娘

 わたしの名は罪。

 わたしの名は裏切り。




 母は奔放なひとだった。

 王のつまでありながら、その枠に収まることを知らぬひとだった。業火のように、濁流のように、激しい嵐を巻き起こさずにはいられぬひとだった。

 運命というものがあるならば、まさしく彼女が運命そのものだった。王国の運命、王の運命、わたしの運命。すべての歯車は彼女によって狂わされた。

 高貴な女に求められるのは、美しさと淑やかさ、そして男の望む子を生む力。政に口を挟むような小賢しさも、夫に盾突く気の強さも疎んじられるだけだ。

 母は聡明すぎた。我が強すぎた。人形であることを拒み、ひとりの人間であることを叫んだ。

 そんな母の思いを受け止めたのは、夫である王ではなく、幼い頃よりともに育った騎士だった。

 乳兄弟である騎士は、母の気性をだれよりも理解していた。自由で荒々しい彼女の魂を、彼は否定することなく――愛した。

 夫ある女が他の男と通じることは罪。何より、母は騎士の仕える主君の妻である。死を以てしても償いきれぬ重罪だった。

 なぜふたりは踏み止まってくれなかったのだろうか。どれほど深く結ばれた愛だとしても、その果てに待つのは破滅である。彼らだけでなく、ふたりに関わる者すべてを巻き添えにするほどの。

 蜜のように甘い罪を重ね、やがて母は子を孕んだ。外でもない、わたしである。

 その頃、すでに母と王の仲は冷えきっていたが、夫婦の関係が完全に絶えたわけではなかった。王の妻の最たる役目は、世継ぎを生むことだからだ。

 王と騎士、はたしてどちらがわたしの父親なのか、わたしを身籠った母ですらわからなかった。この上ない罪の証か、それとも待ち望まれた嫡出の姫か。だれにも判じようがないからこそ、わたしはこうして生き長らえている。

 月が満ち、わたしが産声を上げて間もなく、母と騎士の罪は露見した。妻と臣下の裏切りを知った王は怒り狂い、自らふたりの首を刎ねた。

 そして――王国中で深紅の嵐が吹き荒れた。

 母と騎士の血に連なる者は、たとえ幼子だろうと容赦なく殺された。ふたりの罪を黙認したとして、数えきれぬ宮仕えの者たちが命を落とした。また、彼らの縁者も罰せられた。そのなかに、真に裁かれるべき罪人はどれだけいたのだろう。

 人々はいつ自分が断頭台に引きずり上げられるかと恐怖に震え、すべての根源である母と騎士、そしてただひとり生かされたわたしを憎んだ。

 高い高い塔の上、冷たい石壁に囲われていても、呪詛の声は風に乗って聞こえてくる。

(おまえの名は罪)

(おまえの名は裏切り)

 だれもわたしの名前を呼ばない。いや、そもそもわたしに名前などないのかもしれない。だからわたしはこう名乗る。

 わたしの名は罪。

 わたしの名は裏切り。

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