彼女のバイク事情
高校生の主人公が道の駅で困っているクラスメイトの女の子を助けるおはなし。
鉄の塊に座りキーを回す。
イグニッションオンするとセルは軽快にまわりエンジンの鼓動が耳に届いてきた。
左手でブレーキを掛けて、アクセルを軽く数回ひねった。
エンジンは手首の動きに連動して軽快な音を立てる。
準備は出来た。
ヘルメットを被り、千種は走り出した。
空を見上げると雲一つない。
バイクの義務に焚き付けられて全力疾走するのは、この晴天の下だともったいないことだと千種は感じた。
きょうは親父のスーフォアを借りなくて正解だったな。
心からそう思った。
朝、父親の了承を得てスーフォアにまたがった後、天気のことを考えて自分のビーノを出すことにした。
その選択がよい方向に進んだのだろう。
どこまで行っても雲一つ見当たらなかった。
きょうは舗装林道を走って帰ってくるか。
頭の中でルートを立てていると道の駅に着いた。
午前9時。
バイク乗り達が続々と集まってくる時間帯だ。
まだ少し早いが、すでに駐輪エリアには4,5台のバイクが止まっていた。
ほとんど大型バイクだった。
バイク乗り達が集まっていることを横目に、千種は堂々と原付を駐輪エリアに止める。
手洗いを済ませて自販機で缶コーヒーを飲んだ。
バイク乗りの集団は談笑を続けていた。
しかし、陰湿な違和感を感じた。
囲まれているバイクは他のバイクとはやや離れたところに駐車してある。
わざわざ男たちがそのバイクに集まっていると言うことになる。
「250のフルカウルか……」
囲まれているバイクを確認してぼそりと千種はつぶやいた。
コーヒーを飲みきりゴミ箱に捨てる。
さて、そろそろ出発しようかとビーノに戻ったとき、千種は目を疑った。
困惑した表情の丹波美結が目に入ったからだ。
男たちに囲まれていたのはクラスメイトの丹波だった。
彼女は何度も首を横に振っているが、男たちは意に介さない。
千種は一呼吸した後、その集団に近づき声を掛けた。
男たちは不審そうな表情を、丹波は驚いた表情をしていた。
「丹波さん、どうしたの?」
驚いた表情もすぐに困惑した表情に埋もれた。
右左の男たちを確認して、
「この人達が、ツーリングの誘いを……わたし……」
「お兄さん達、ごめんなさい。僕とツーリングする予定だったんです」
男たちは一瞬あっけにとられたようだったが
「あーあ、先約ありかよ。って、お前あのビーノだろ? 原付でツーリングですか?はははは」
男たちはわざとらしく笑って散っていった。
彼らが自分たちのバイクの元に戻っていくのを確認すると、視線を丹波に戻した。
両手に持ったヘルメットはまだ新しい。
黒い革のジャケットはレディースものなのだろう、サイズはぴしっと合っていた。
制服でしか見ない普段の姿とのギャップはあるが、丸く整った顔はいつもの丹波だった。
学年で一番人気の美少女はなにを着ても映えるのだろう。
「ありがとう」
彼女は安心した表情でそう言った。
「いやあ、驚いた。まさか丹波さんが二輪免許取っているなんて」
彼女はばつが悪そうに視線を外す。
「お父さんの影響で……。学校で禁止されてるんだから黙っておいて欲しい」
「なあに、俺も共犯者だよ」
千種は自分のビーノを指さした。
男たちが爆音を立てて道の駅を出て行ってしばらく、二人はベンチに座った。
千種は彼女に新しく買った缶コーヒーを手渡す。
指が触れると一瞬ぴくりと反応を見せたが、彼女は受け入れるように優しく受け取る。
千種の指には柔らかい丹波の感覚が残った。
「さっきは災難だったね」
「うん、……怖かった」
「そりゃあ、10歳も年上の男たちに囲まれれば俺だって怖い」
「でも、助けてくれた」
「困ってる知り合いを無視出来ないよ」
お互い話題がなくなり黙った。
しばらくすると意を決したように丹波は口を開いた。
「そうだ、わたしツーリング仲間が欲しかったの。こんなこと、もう嫌だし。……なってくれない?」
その日以降も学校での彼女との接し方に変化はなかった。
お互いなにもなかったかのように学校生活を送る。
だが晴れた週末は、こっそり二人でツーリングする習慣が新しく出来た。
そして、高校で禁止されているバイクに乗っての共犯ツーリングは、10年後、二人の間に子どもが生まれるまで続いた。
この文章は日常長編の導入で考えていました。
最後数行付け加えて、強制完結です。