春の庭
その家は、高くそそり立つ岩壁に、張り付く様に建っていた。
古い家だ。
石積みの壁には蔦が絡みつき、日光燦燦と降り注ぐ庭に暗い影を落としている。
暮らすのは、ただ二人の少年だけ。
主人であるアンバーと、従者のアルラウネ。
名字はない。ヒトでさえない。病がちな主人と短気な従者が暮らしていた。
春麗の庭だ。
明るい色調の扉を開くと、眼前には落葉松の林が広がった。スプリング・エフェメラルが暗い林に光をなげかける。アンバーが愛するのは、こんな風に小さく美しい花々だった。
落葉松の林を過ぎると、イチイをランドマークに開けたイングリッシュガーデンに出る。
その陰には漣立つ湖と、それを一望できる東屋。この場所が二人のお気に入りだった。
主従という関係ながら、互いをまるで友のように思っていたのだ。
しかし今、東屋の椅子に座り読書に勤しむ陰は一人、主人のアンバーだけだった。
湖に未だ蓮は咲かない。
それはこの春の庭ではない。
蓮の時期は夏。この庭に育つ蓮が花開くことはない。
それでもには蓮の葉が所狭しと広がっている。
アンバーは本を閉じ、風にゆれる緑の葉を見た。
彼の長い髪もまた風になびく。
ふと、手元に目を落とすと、本の上を小さな虫が這っていた。
大きな緑の目。オパールのように白い翅。アンバーには名のわからない虫だ。
あまりの美しさにアンバーは虫を手に取った。
虫に対する嫌悪感は生憎持ち合わせていない。
驚いた事に、虫はアンバーを刺すことこそしなかったものの、外部からの衝撃に体をふるわせた。そして、その翅と同じく白い粉を撒き散らしたのだ。
驚き虫を振り落とすと、まいあがった粉はすぐに落ち着いた。
ふぅ、と息を吐き、もう一度本を開く。
しかし、一度昂った頭では本は読めず、仕方なくアンバーは眠りに落ちた。
吹き抜ける風が、こんこんと眠る少年の髪を、肌をなぶる。
アンバーは人ではない。
アンバーは道具だ。
とてつもなく力のある、これ以上ないほど脆い道具。
風にあたられた肌から皮膚が剥がれ、もろもろと落ちていく。
皮膚が無くなり、くろいなかみがみえ、髪は抜け落ち見られない姿になっても、少年は目を覚まさない。
やがて、少年の姿をしたモノはなくなってしまった。
拙い文ですが、読んでくださりありがとうございます。