晴れの日と雨傘
晴れた日に雨傘をさす理由は。
桜子との帰り道。小さく残った水たまりを、わざと踏んで歩いた。昨日まで降った雨に、私の足跡を残したかった。アスファルトの上のその足跡は、やはり儚く消えてしまったけれど。
「ねえ、梅雨の季節はやっぱり嫌い?」
「好きよ。湿った空気も、雨の音も、匂いも」
私も好きだとは、言わなくてもいい気がした。
「そっか」
と答えて、それより何もなかった。桜子といる時はこんな沈黙も気持ち悪くないし、かえってこの静かな時間に水を差すようだったから。
しかし、噫思い出してしまった。どうにも不可思議な光景を、今朝、ここで見たんだ。
再度私に湧き上がったこの疑問を、晴らさずにはおけなかった。
「登校途中にね、傘をさした女の子を見たの。私たちと同じ制服の女の子」
「ふーん、日傘だったんじゃない?」
「雨傘よ。UVカット機能のある雨傘なんて知らないし、日焼けを気にしてるような子には見えなかった。雨傘を、晴れた日に、さしてたの!」
桜子は私に少し気圧されたようで、はあ、とため息をついた後に言った。
「それで?」
「通学路なんだ。当然目的地は一緒。ここから普通に学校について、あたかも雨がふってたように校舎に入る時に傘をしまって.....」
私は今通ってきた道を指しながら答えた。桜子は少し考えてから、思い出したように言った。
「そういえば、昨日は雨が降ってたわね」
「え? ああ、午後から急に、私あの時傘もってなかったから――」
「天気予報でも降るって言ってたのに」
桜子は眉をひそめた。でも、今朝の雨傘の女の子と、私が桜子の右肩を濡らした罪は別の問題だ。
「関係あるのよ」
桜子は少し強く言った。声には出さなかったが、顔に出ていたようだ。
「私が天気予報を見ないから、雨が降るのを知らずに傘を忘れて、美人で聡明な桜子様に傘の半分を借りた事が?」
「そうよ、それで半分。もう半分足したら真相ね」
「あなたが見た女の子も、傘を借りたのよ。聡明な、彼女の友達に」
桜子の語った真相はこう。
私が見たあの女の子は、昨日傘を忘れて登校した。一方、聡明なお友達がそれを予見して自分のとは別に折り畳み傘を1つ持って登校した。予報通り雨が降ると女の子にその傘を貸し、それぞれの帰路についた。
次の日、女の子は傘を返すためカバンに入れようとするが、その時傘が十分に乾いていなかった。そのため、日に当たるよう傘をさして乾かしながら学校に持って行った。
「桜子も、その聡明なお友達みたいに、私が傘を忘れるって分かってたの?」
「まあ、そうね」
「だったら、なんで同じように余分に傘を持って来なかったの?」
「お、思いつかなかったのよ」
傾いた日が桜子の顔のように赤く染まった。
丁度そこで別れ道についた。
「それじゃ、また明日」
「また明日」
初投稿です。日常の謎短編集。お楽しみ頂けたなら幸いです。