宗教 傲慢男子
さて。
前回の考察で「傲慢男子は難しい」と書きましたが、それを打破する方法について。
と言ってもタイトルそのままなんですけどね。
「宗教を上手く使えばいい」
それだけなんです。
宗教にも最低限の合理性があります。
種の存続・発展に寄与する形で宗教は興るのです。
地球に存在するあらゆる“過去の”宗教は、何らかの目的を持った、何らかの事情によって生まれたものになります。
例えば古代宗教の大地母神信仰では、巫女が娼婦の役割を持ちます。
これは子だくさんである事が社会にとって必要であり、性行為を推進するために神に仕える者が率先して娼婦をするわけです。
他にも古代のキリスト教における男尊女卑思想は、男が社会を動かしているからこそ生まれた思想であると言えるでしょう。
このように、宗教の初期における基本思想は、社会がより良く発展するように規範を作るのです。
では、傲慢男子が形作られる宗教とはどんな理由があったのか?
私が考えるキーワードは「食糧難」「娯楽」「男女比」「慣習」の4点です。
まず、古代社会はどんな生活をしているでしょうか?
「食糧は足りず」「娯楽は性行為と稀にある祭」といった情景が思い浮かびます。
古代において餓死とは身近にある恐怖であり、狩猟民族であれば獲物の奪い合いで戦争をするほど食糧が足りない生活になります。
また、現代の様に遊具もないことから性行為ぐらいしかまともな娯楽は無かった物と思われます。壁画とかを見る限り歌とか踊りとか多少の文化はあったと思いますけど、それは神への祈りや知識の継承とか必然に迫られて行っていたものだったと思います。
性行為ぐらいしか娯楽が無いとして、その頻度はどんなものになるか?
それ以上に、男女比が大きく女性側に偏った状態ではまともに性行為をできる日はどれぐらいになるのか?
男性側の負担が忍ばれる事になると思います。
男性に、より多くの性行為をさせるにはどうすればいいのか?
精のつく物を多く食べさせる、入浴やマッサージなどで疲れを癒すといった手法が考えられます。あとはストレスを貯めさせない事ですね。
男性は数が少ないので、死なないように大切に扱われる事も考えられます。
そうやって、小集団において男が宝物のように扱われる土壌が出来上がります。
「最初は」女が楽しむための“手段”として男を大切にしていたのが、慣習、つまり“常識”として男を大切にする形が取られます。
とはいえ、この段階では男の側も女に対して傲慢に振る舞う事はないでしょう。身内社会ですからね。顔見知りと言う事も手伝い女の大変さも理解できるでしょう。
ただ、集団がより大きくなって国の規模になると話が変わります。
組織の力学がここに加わり、「男を大切にする宗教」へと変貌を遂げます。そして大切扱われるのが当然となった男は傲慢さを獲得するのです。傲慢に、落ちてしまうのです。
男であるというだけで見知らぬ女性までが頭を下げるようになれば、そりゃあ性格も歪むでしょうね。
理性的な判断であればこういった事態にはならないのですが、宗教とは理性や合理を超えた所にあります。そして時代の流れで変わるべきところを、古い時代の形をそのまま残そうと抵抗する力になるのです。
男は大切にされるのが当たり前で、女は男に従う生き物にされるでしょう。
なお、この構図は男が多くの女性をそのまま支配する形にはならないと思います。男の更に上に、支配者階級の女が存在するでしょう。
支配者階級の女が男を制御することで社会全体を支配する、そんな構図になるのではないでしょうか。
男は傲慢に振る舞いますが、自分たちの主人には逆らえない訳です。主人に逆らえない不満を、一般女性にぶつけるのです。
これが私の考える「傲慢男子」発祥のメカニズムです。
あとは時代が移って現代になり、支配者階級の女たちがいなくなれば男の世の春です。政治家などは女がそのまま残るとしても、宗教勢力の力により男は傲慢に振る舞うでしょう。
まとめ
宗教が絡むと道理が引っ込む