心理学 女子のオヤジ化
女性の数が多いという世界における、心理学のお話。
女性がおっぱいやら性器やらを露出しないのは、ごく当たり前の話。
なんでかと言うと、「病気感染の危険があるから」だ。
乳首や性器はわりと感染源としてメジャーであり、性病などの被害が懸念されるから。だから隠し、守る事になる。恥ずかしいから、ではない。
付け加えると、中世はともかく近代以降、ブラジャーは必ず普及するだろう。
形崩れがあるし、何より多数派になった女性が戦士の役目を負うなら、おっぱいの固定は必須になる。巨乳の人曰く、「大きく揺れると痛い」そうな。
そしてパンツも生理の時にナプキンを当てる為、一般化すると思われる。
さて、そんなふうにブラやらパンツは当たり前のように普及が見込まれるわけだが、それを見られても構わないような心理状態になるかと言うと……たぶん、なる。
これは女ばかりの環境を想像してもらうと分かりやすい。
男ばかりの時もそうだが、異性の目が無いというのは“はっちゃける”ものなのだ。男だけの時は下ネタトークが盛り上がるように、女だけの時だって下ネタトークは盛り上がる。
そこに性別の差は無い。
また、女子高などの噂話を聞いた事はないだろうか?
「ブラ・パンツが見えても気にしない」「スカートの中に下敷きで風を送る」など。今となっては女子高などごく少数の為、都市伝説のごとく扱われる奴である。
この話、本当である。
女だけらの状態であれば、女はたやすくアマゾネス化する。
「恥じらい? 品性? 何それ? 食べたら美味しい?」状態なのである。
もちろん、男の目の有無に関係なくお淑やかな女性は存在する。が、大半の女と言うのは、ごく普通の女性というのは、異性の目が無ければ楽しい方、楽な方に流れるのである。よってアマゾネスとでも言うべき行動に出る。
そこに男の幻想は無い。リアルな女の姿があるのだ。
さながら30年連れ添った妻のように、20過ぎた男の母親のように、身内ゆえに遠慮のない「ナマの女」がいるわけだ。
もしも男が滅多に見かけない世界であれば“それ”がデフォルトになるであろう。
そして男がいたとしても、つい馬脚を現してしまうのである。
貞淑な女性はレアになるのだ。
男女比の狂った世界では、教室でエロ本を読む女子を男子が侮蔑の目で見たとしても不思議はない。さすがに女子全員がそうであるとは思わないが、一部の「女を捨てた」連中がそんな事をするだろう。
普段の行いとは、とても大事なのである。
結論:男女比が狂うと女はオヤジ女子と化す。