ご利用は、計画的に 後編
「魔法陣をお願いします!」
「ま、まだ寝て回復してないのに、もおお……!」
俺が怒鳴れば、ジュンさんは情けない泣き言を漏らしながらも、先程鞄にしまい込んでた袋から手早く黒炭を取り出し、その場で舗装された道路の上に大きく円を描いた。
それを尻目に、また躍り掛かってきた男――オスヴァルトの剣を刀で受け止める。俺より背はいくらか低いが、体重と体格は彼の方が勝ってるし、装備も俺の方が軽くて薄い分吹っ飛ばされやすい。互いに刃先を顔の間近に向け合いながら俺は余裕を装って笑い、オスヴァルトは酷く真剣な顔。
「……他の皆さんは置いて来られたんですか。いいんですか。サクラメントさんはともかくアリランさんは非力な方でしょう」
「そのサクラメントがかなり強いし、1番信用出来る相手だからな。アーリャは預けてある。あいつも何だかんだでいざとなればどうにか出来る」
「そうですか……しかし随分追いつくのが早くていらっしゃる、そんな重装備で。マグダレーナ家伝統の鎧でしたか。こちらでもあなたの……あなたとお姉さん達の家は有名ですよ、『ユヴェーラントの三祖が一角・騎士の家マグダレーナ』の名は。特に貴男は歴代の中で最も優れた騎士団長だろうって話でしたよね?」
「団長にはまだなってない、なるつもりもない! 僕はこれでもまだ17だ!」
「あれ俺より年下でしたか」
激昂して叫び、より勢いをつけて斬りかかってきた。それを何とか弾き、斬り合いになる。速さでは俺の方が勝ってるが、剣の一振り一振りの力が強くてその場に留まるのが難しい。それでも笑ってオスヴァルトの言葉に答える。
「へぇ。こんなに強いし、明らかに騎士向きの性格してるのに! 魔法方面はからっきしでもこれだけ強ければ勤まるでしょう」
「僕は医者になりたいんだ! それを皆が無理矢理っ……大体僕がここにいるのも団長を継ぎたくないからだ! おい、そこで魔法陣描いてるイノセント訊いてるのか!? お前のせいだろうが! 偽名まで使ってこんな地の果てまで来て!」
「えー何の話さスヴァル」
呼ばれたジュンさん――イノセントさんがすっとぼけて笑う。見れば凄まじい速さで黒炭で魔法陣を描き続けてた。指の動きが視認出来ない。
「別に俺とあいつが一緒に旅してたって構わないじゃんか、これもう何回も問答してたでしょ」
「構うわ! お前が、お前らが出て行ったから僕にお鉢が回ってきたんだ! せめてお前だけでも連れ帰らないとすぐにでも儀式を受けさせられる!」
怒鳴るオスヴァルト。剣同士を弾き合い、一旦間合いを取って離れる。俺は刀を、彼は両手剣をそれぞれ構え直した。
目の前の彼が悔しそうに歯噛みをして、俺の向こうで魔法陣を描き続けるイノセントさんを睨む。
「……お前らが仲が好いのは知ってたが、まさか一緒に出奔する程とはな……6歳差もあったからそんなことする訳がないと思い込んでいた。イノセント、貴様の性格を見誤ってた僕も悪かった。けどな!
まさかマリーア姉さんと駆け落ちするとは思わなかったぞ!?」
少し前のことだ。マグダレーナ家現当主の次女であるマリーアことマリアンネが、ジェマーケット家の長男であるイノセントと手に手を取って国を出たと言う話がこちらにまで流れて来たのは。
マリーアはユヴェーラントの騎士団長の家の娘でありながら凄腕のガンマンであることで知られ、またイノセントはユヴェーラントで豊富に採掘される魔法石を取り扱う名門商家の息子でありながら、年相応以上に優秀な魔法使いであることで有名だった。
しかし大陸の東側にいた俺が訊いたのはその2人の名前だけで、容姿までは少なくとも女性と男性であるということしか詳細を知らなかった――だから、俺は、あの時迂闊にもイノセント――「ジュンイチ」とあの時こちら側風の偽名を名乗った彼の話を易々と飲んでしまった。
彼とその駆け落ち相手兼旅の相棒を捕まえようとしている根強い追っ手が掛かっていて、関われば俺もそれに巻き込まれるると言うことを知らなかったから。
……もっともイノセントさんの場合、最大の特徴である白髪を黒く染めてたし、そもそも顔立ちについては「すっごい綺麗な顔をしたヒト」としか伝わってなかったんだけども。
「お前も騙されたんだろう!?」再び斬り掛かってきたオスヴァルトが、今度は俺に向かって怒鳴る。煩い男だ、キレやすいらしい。
「あの時イノセントの本名だって知らなかったじゃないか! しかも自分が相方を捜してることは言ってもそれが女性でその上駆け落ち相手、更には僕達のような追っ手がかかってるってこともそいつは黙ってたと!
この先イノセントと一緒にいる所が僕達以外の追っ手に見つからないとも限らないんだぞ、時間が経てば経つ程その危険が増す! わかってるのか!? 今のうちに離れた方が得策だと言ってるんだ!
一緒にいてもメリットがないどころかデメリットしかないのに、なぜお前はイノセントの傍に居続けてるんだ!?」
「嫌いじゃないんですよ、こういう風に目的の為に手段選ばない人って」
即答すれば、オスヴァルトさんが目を瞠る。背後で黒炭を舗道の上に走らせる音が一瞬止まったが、すぐに再開された。それを耳にしながら、互いの刃を削り合いながら、俺は言う。偽らざる、俺の純粋な本音を。
「やり方を問わないってことは、本当に譲れないことの為に頑張ってるってことでしょう?俺にはそういうモノがないから、…持ってないし、持ってたとしても [[rb:今はわからないから >・・・・・・・・・]] ……羨ましいんです。
この人と一緒にいれば、俺がうしなったモノを取り戻せるって言われました。確かに方法を選ばないこの人の傍にいれば、俺はいつか出逢えるかも知れないと思えるんです。俺がなくしたモノと。だから猶更、この人から俺は離れられません。それに、俺がこの人を離しませんから。
だから、あんたには悪いが、今はこれだけは譲れない」
(いつか必ず俺は「お前」を見つける)
「……でもそう言ってくれる割にはクロくん、俺を起こす時頭踏みつけて窒息させたり庇う時に蹴り飛ばしたりするよね。あと偶に俺に斬り掛かるよね」
背後でおちゃらけた声。絶対ヘラヘラ笑ってるんだろう。今は斬り合いの最中だし、そんな顔を見たら殴りたくなるから、振り返らずに答える。
「あんたの普段の行い省みなさい、寧ろかなり優しくしてる方です」
「え? あれで優しいってそれ地獄の獄卒が金棒を釘バットに持ち替えただけみたいなもんだよね、鬼は鬼だよ?」
「ごちゃごちゃ喚いてないで、終わったんですか。いつものあんたならとっくに魔法陣描き終えてた頃でしょう」
「うん終わったよー、今は追尾妨害呪文を書き加えてた所」
かりかりかり、金属同士が火花を散らし合う音に紛れて小さな忙しない音がまだ耳に届いてる。ちらりと様子を窺えば、信じられない程細かい幾何学模様の中に更に小さな文字を書き込んでる。刀使いの俺にはさっぱり読めない、まるで数式だ。彼は笑ってる。
「こんなにスヴァルが早く追いついてきたってことは、大方サクラあたりが俺達の転移先を特定したってことだろうし。それで重たい癖に速いスヴァルが転移されて先に来たって所だろうよ。スヴァルひとりで2人分くらいは質量あるだろうから、さすがに4人分は1度には運べなかったんだろうなあ体力的に。あいつも年だし」
最後の言葉に一瞬動揺する。……「サクラ」って、確かオスヴァルトさん達と一緒にいた、見た目はこっち側の人間っぽいサクラメントさんのことだよな……あの人二十代っていうか俺達と同じ10代くらいじゃ……
「俺より年下っぽかったっていうかあの3人の中じゃ1番年下に見えましたけど」
「いんにゃ妻子持ちのオッサンだぞあいつ、最年長だ。一応僧侶ってことになってるけど本業はもっと偉い奴だし。確か子供が2人とももう」
「誰がオッサンですか、誰が」
「!」
「……げっサクラ、とアーリャ」
涼やかな声が俺とジュンさんの会話の間に割り込んでくる。心なしか、いや確実に不機嫌な色を帯びた声の持ち主は、どこか気弱そうな、顔がよく見えないくらい大きなローブを纏いフードを被った少年に見える人物を連れて黒い眉を顰めていた。――サクラメントさんと、アリランさんだ。今の話はどこから訊いてたのやら……いやそれよりもまずい、この2人に追いつかれたか。思わずオスヴァルトさんの剣を受けながら俺も僅かに顔を歪める。
一応ジョブは西側の僧侶ということになっている筈なのに(実際向こうで主流の宗教関係者だと訊いた)、どこで揃えたのか陰陽師の衣装に身を包んだ彼は、懐から呪符を取り出す。溜息を吐いた。
「全く、イノセントさんは本当に昔から口が悪い……どうしてマリーアさんも貴男と駆け落ちなんかを早まったのか理解に苦しみますよ」
サクラメントさんの吐いた毒に特に堪えた様子はジュンさんにはない。相変わらず凄まじい速さで魔法陣を描き続けている。
「俺はお前まで出て来るとは思いも寄らなかったよ、特にアーリャ。お前はあそこを出て来ちゃいけない身だってのに」
「だってー……スヴァルが行くって言うから……」
「アリラン様……貴女が離れるっていうのに僕がついて行かない訳にはいかないでしょう、全く……お陰で僕達にも『現人神誘拐犯』なんてとんでもない嫌疑掛けられてこっそり追っ手がかかってると来た。探知されるからアリラン様も僕もボトム教の方の力を使えないし……実家の妻子が心配で堪りませんよ……1番いいのは貴男とマリーアさんが帰ってくることなんですがね?」
サクラメントが涙を浮かべる真似をしつつ器用に慇懃に笑う。返すイノセントさんは鼻で笑う。
「そうすりゃお前ら俺とあいつのこと引き離すだろ? 冗談!」
「――それなら、やはり実力行使しかありませんね」
サクラメントさんの目が据わる。その場で千鳥足のように歩き始め――陰陽道の基礎、[[rb:禹歩 >うほ]]だ。それを見てとっさに渾身の力をこめ、オスヴァルトさんの体を剣ごと強く突き飛ばす。
「っ」
「ジュンさん! こんだけ時間稼いでやったんだ、いい加減準備出来たでしょう!?」
「おう! 入って!」
刀を持ってない方の腕を掴まれ、意外と強い腕力で魔法陣の中に引っ張り込まれる。急に手を離され、反動で思わず尻餅をついてしまった。文句を吐けようと見上げれば、ジュンさんがトネリコの杖(雷で打たれた木から造ったらしい。それは野球のバットじゃないか?)を構え、何ことか呟き出す。途端に魔法陣が空に向かって光を放出した。数時間前にも転移魔法を使う時に見た同じ光。その向こうで三人が焦った顔をする。
「! しまった、もう魔法陣が完成して」
「あっはっはっは、それじゃーねスヴァル、サクラ、アーリャ!」
俺の隣で呪文を唱えながら早口でジュンさんが言う。この辺りの人間にしては目の色が薄い方の俺がもうほとんど開けてられないのに、この場にいる人間の中じゃ一番メラニン色素が薄い筈の彼は刮目して不敵に笑っていた。まるで悪役だ。そう思いつつも、俺は笑う。何だか、懐かしくて。
(懐かしい?)
そう思った途端、もう目を瞑るしかない頭の中で閃く映像。
『この私に勝てると思ったの?』
数少ない4年以上前の断片的な記憶。鮮烈に刻まれた、俺と瓜二つの顔をした女のこと。どの記憶の中でも、女は笑っていた。記憶の中で俺は彼女に辟易しきっていたけれど、それでも俺は嫌いじゃなかった。が付けば傍に誰もいなかった俺の名前を、教えてくれた記憶の中の女。
似ていた。ジュンさんは、俺が求め続けている女と。
姿はまるで違うのに、本質が似ていた。
これ以上うしないたくない、俺の想い出。
あの時俺が彼の手を取ったのは、本当は、ただ懐かしかったから。
「お前らのことは好きだけど出来れば2度と会わないことを祈るよ!」
俺の回想を破るジュンさんの声。とっさに目を開こうとしたが、まだあまりに眩しくて固く瞑る。代わりに、杖を舗道に叩き付ける音を聞いた。それは前の戦いでも聞いた、転移魔法開始の合図。
……次の街では、もう少し優しくしてあげようかな。一応まぁ、雇い主だし。
「えっと、とりあえず本当に何もない所!」
***
「……あんた、ここにあるのは頭ですよね? 中に入ってるのは脳味噌ですよねぇ? あんた学習機能ってモン持ってないんですか!?」
「ちょ、やめてアイアンクローはやめて、握力に訴えないで……! だ、だってクロ君、『やばいのがいない所』って……!」
「ええそりゃ本当に何もなけりゃ危険もないですよ、でもね、四方八方荒野でどうやって生き延びろってんですか!?
これじゃあの人達に追跡してきて貰った方が助けて貰えましたよ、今すぐ違う場所に移動しろぉぉぉぉぉ」
「ひえええええええええええ」
――その後旅が終わるまで、俺は彼に優しくする気が二度と起きなくなった事件である。
End.




