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宗弥の役目

「それでは、よろしくお願いいたします」


「ああ、分かった」


 宿屋のロビーで言葉を交わしてから、30分後。ヒューゴにもエマもフル装備で町の外れの草原地帯にやってきた。ドラゴンの調教に使ったりする広場だが、人もいないければドラゴンもいない。


 満月は高く、辺りを明るく照らし出している。風が草を薙いでいる。ヒューゴのメイスが俄かに地面から離れて、土が落ちる音まで聞こえてくる。槍の穂先を鞘から取り外すと、にわかに刃が響く音が辺りに響き渡った。


 先に動くのは当然のようにエマだった。


 まっすぐに貫きにかかるが、いとも簡単に盾で受け止められる。


 そのまま連撃を仕掛けるが全て盾で受け止め、いなされる。エマの動きに対してヒューゴは最低限の防御だけでかわして着々と自分が反撃出来る隙を伺っている。


 五連撃の終わりに差し込まれるヒューゴのメイス。


 絶妙に差し込まれるが反応出来る範疇。エマはがら空きになって胴体に突き刺しにかかるが、にわかに盾をずらして防御をする。


 即座に横なぎに振りぬかれるメイス。


 メイスの戻ってくる前に、ヒューゴの懐に潜り込み短剣を抜いて突っ込みにかかる。


 ヒューゴはそのままその場で深く踏み込み、短剣を体で受け止める。鎧の下の鎖帷子と腹筋に阻まれて、短剣はあっさりと弾き飛ばされた。


 武器は槍か剣で圧力を乗せて切らなければ有効打足りえない。


 相打ちを狙って、ヒューゴが盾を振り回す。エマは地面にへばりつくように躱し、さらに振り下ろされるメイスを転がり続けて躱して躱して、距離を取って立ち上がる。


「天鱗砕き」


 エマは低く構えて、穂先から炎の奔流のような魔力があふれ出す。必殺の一撃。竜の逆鱗を一撃で砕き抜く。


「天国への扉」


 青い門が閉じる幻影。盾魔法の最奥。自らの背後にあるものを守り抜く最強の盾。


「行くぞ……」


「来い」


 エマが駆け出し、ヒューゴに激突する。


 赤と青の魔力がぶつかり合い、白い閃光となって蒸発していく。


 五秒間の激突の末、エマが弾き飛ばされた。


「押し切れなかったか」


「分かっていたことでしょう。あなたと初めて会った時から分かっていた事だ」


 丁度半年前、ヒューゴに初めて出会った時の立ち合いもこんな感じだった。


 あの時は、武器の強度がお互いに足りていないということであったが、それでもエマの必殺技でもヒューゴを押し切れないということは分かってはいた。


 試すとするならば、ヒューゴよりより早く動くこと、遠く及ばないほどに早く、速く、迅く。


「ドラグーンドライブ」


 槍を捨てて、双剣を抜き放つ。


 左右に回り込みながら、追い付けないほど早く叩き込む。


「力で押せないと分かれば、早さで来るか! 鈍重だと思ったか! いかに早くなろうとも必ず追い付いて見せるぞ! 我は巨神、大地支えし巨人モーラより力を継承せしもの! かかってこい!」


 ヒューゴは盾をメイスでぶっ叩く。


 底知れぬ加護がかかったかのような、魔力の奔流がヒューゴの足元から立ちのぼる。


 一気に駆け出すエマだったが、ヒューゴの射程に踏み込んだ瞬間、とてつもない重圧が襲い掛かる。


 連撃を繰り返しながら、左右へ動いていく。


 ヒューゴは致命傷は盾とメイスで受け止めながら、それ以外は鎧で受け止める。


 隙間を縫って行こうにも確実に鎧でガードをする。


 ヒューゴはエマがどれだけ早くなろうが、目では確実に追いかけていたし死角に入れずに正面で受け止め続ける。


 にわかにヒューゴが前進した。


 ぞくり、と重圧が襲い掛かるようだった。


 ただ、エマが連続攻撃を仕掛け続けることによって、重圧と攻撃の準備が消滅していく。


 エマは、戦術を一挙に接近して一方的に切りかかって離れるヒットアンドアウェイに切り替える。


 ヒューゴに着実に有効な攻撃を叩き込んでいるはずなのだが、ヒューゴは一切下がらない。


 それどころか、より一層重圧を深めていく。


 エマは疲れていた。速度を上げたところで決着がつかない。


 ドラグーンドライブ自体がそもそも短期的に魔力で身体強化を行う術式で元々の体が強くなるわけではなく、リミッターを外すような技だ。数分以上安定して稼働するなんてことはそもそも出来ないのだ。


 唐突にドラグーンドライブが切れた。


 目の前にヒューゴが盾を前に突進を仕掛けてくる。避けることもままならず、エマは弾き飛ばされて地面を数度バウンドして転がった。


「勝負、アリですね」


 起き上がろうとしたところ、ヒューゴのメイスが眼前に突き付けられている。


「負けだ……。アタシの何が悪いんだ……?」


 ヒューゴはメイスをしまって向かい合う。


 きっとこうなることを分かって、ヒューゴはエマを誘ったのだろうということを理解した。


「悪いところなんてありませんよ?」


 何言ってんですか? みたいな顔でヒューゴが言った。


「あなたはすでに、およそ武芸というものを極めている。恐らくもっと伸びしろがありますし、いずれこうやって練習程度でも私ごときでは相手が務まらない日も来るのではないかと思ってます」


「じゃあ、なんで負ける」


「簡単なことですよ。力が違うし、体力が違う」


 一般的に考えて当たり前の事だった。


 力の強いものと、弱いものが戦えば、最終的には弱いものが負ける。一撃必殺で決着せずとも、同じ力を発揮するにも力の弱い方が疲れる。ごく当たり前の事だった。


 力のある無しや、体格というのは指導する時には当たり前に考慮に入ってくるファクターの一つだ。


 ただ、エマに関しては何一つ通用しない常識とさっきまで考えていたのだ。


「エマ、いずれあなたの成長が終わる頃、私が及びもつかない領域に踏み込むでしょうがまだ成長段階の途中にあります。私とあなたに今はそこまで大幅な技量の差はない。だからあなたが必要以上にスピードを使うこと、あなたが疲れることを選び続けて行けば私が力尽きる前にあなたが倒れるのです」


 当たり前の事だったし、分かりきっていた事だった。


 エマとヒューゴの技量はいまのところ大して変わらない、技が身体を上回るには圧倒的に技が上回ってなければ勝つことが出来ない。差がなければスピードで圧倒する他ないがどういう訳かヒューゴはこのスピードにもついて来た。そうなればエマに切れるカードは無くただ終わりを待つ勝負となるのは明確だった。


「はは、そりゃそうだよな……なんでそんな当たり前の事気がつけなかったんだろうな……」 


「今偉そうにエマに説教していますが、あなたが私に気づかせてくれたじゃないですか」


「ああ、あの頓狂なファイター時代ね……」


 思い出す。


 ヒューゴと出会った時、熟練度の低い装備をなんとなくかっこよさそうだからと言って使っていたことを。あの時はヒューゴが当たり前に気がつけていなかった。あの時教えてたことを教わっている逆さまの形だ。


「時として、才覚は目を曇らせるものです。あなたの有り余る才能が正しさをあなたの体に限って見えないようにした」


「ヒューゴ、ありがとうよ。どうせ宗弥から事情は聞いているんだろう?」


「ええ、その通りです。力になれることであればなんでも手伝うつもりではいます」


「分かった。頼むことがあればお願いしたい……とりあえず帰って寝かせてくれ」


 エマの胸の奥にじわりと広がる痛みがあった。水が染み出して布を濡らしていくように痛みは広がった。


 普遍的な悔しいという気持ちはこんな風に湧き上がって来るのだろうという気がした。一度目は認められなかったが、今度のは確信だ。


 涙が溢れてくるのを見られないように顔を拭って立ち上がり、踵を返して宿屋に戻っていく。


「じゃーな」


「ええ、また明日」


 顔は見えなかったがヒューゴはにわかに微笑んだような気がした。


※ ※ ※


「どうでした実際?」


 物陰に隠れてスマホで録画をしていた宗弥が顔を出した。


「もう少し力がついて来たならこんな受け方は出来ないですね。現に鎧は今の戦いでボロボロですから打ち直さないとだめですね」


 ヒューゴはその場で鎧を脱ぎ捨てて、インナーも脱ぎ捨てる。全身から湯気が上りたつ。全身に刻まれた夥しい切り傷と内出血の跡がいかに過酷であったことか物語っている。


「エマさん……泣いていましたね」


「本人はバレてないつもりなんだろうけどね。まあ、その辺はなんとか……なんとかするさ……」


 最後の方宗弥は自分の声が小さくなることをなんとなく分かった。


「私が彼女の弱点を伝えた時に、分かっているなら叩き潰して欲しいとおっしゃいましたが本当にこれで良かったんですか?」


「ああ、良かったさ。ありがとう。とても助かった」


 事前に宗弥はヒューゴと打ち合わせをした際に、倒せと指示をした。傷口に塩を塗るような行為だが、きちんとやらないとならない禊の一つだと思っていた。そしてヒューゴはきっちりと仕事を果たしてくれた。


「今回の、やれると思う?」


「私が見てる限りだと糸口は無いです」


 思った以上にヒューゴに慈悲は無かった。


「ただ、彼女は特別ですから。我々が地べたを這いつくばっているうちに思いもよらないような解決法でなんとかしてくれますよ」


 などと、無責任にヒューゴは言った。


「奇遇ですね。僕も正直それは思います」


 などと、宗弥も無責任なことを言った。


 なんとかするのはエマ自身、なんとかする道筋を、最初の一歩を踏み出すのを助けるのが自分の役目だと理解するのだった。


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