負けフラグ
中庭はオーバル状に舗装路が通り、中に芝生が生えている。よく整備されているのだが、
所々荒れており家の人間がトレーニングなどをしたりするのに使われているのだろう。
親類縁者が舗装路に立ち並び、その中に宗弥も混ざる。
芝生の両端にそれぞれ木剣を手にエマとエルヴィンが向かい合う。
「各々がた、好きなタイミングで始めるがよい」
トウタが手を挙げて、投げやりな感じで言った。
エルヴィンは泰然としていた。リラックスしており、気負っている様子もない。辺りにばら撒いている気配は宗弥から見ても強者のそれだった。
一方のエマは、ネコ科の生物を彷彿させるほどの極端な前傾姿勢。隠し切れないほどの殺意と闘争心を滾らせて炎のように纏っている。
「ぶっ殺す」
バチバチにブチ切れていて誰の手にも負えなくなっているエマだが、宗弥は「それ、たぶん負けフラグだと思うぞ」という言葉を心の奥にしまい込んだ。
ここに来るまでにエルヴィンとトウタという人間についての下調べについてはすでに終わっている。
どちらも優秀ではあるが、マリア、マルケスやエマといった人間からすれば、普通の範疇を出ない人間であろうということは分かっていた。
およそバレー家に伝わる戦闘術、武器術、武器魔術、をほぼ一代にして完成の域までもっていったマリア。
現在バレー家で行われる集団戦闘の術式、人材育成の様式などを完成させたマルケス。
若干15歳にして先代二人がくみ上げた歴史を全てマスターしたエマ。要するにこの三人はバレーの一族にとっての突然変異的に表れた天才だったのだ。エマは天才の再来と言っても良かったが、マルケスに関して言えば親に半ば轢き潰されるような形で実績を立ててしまったのだろうという感想を宗弥は抱いている。
天才は3代までは続かず、トウタで完全に止まったがただトウタにしても歴代の当主としては比較的優秀ではあるが、天才では無いため隠れてしまい世間の評価としてはエマが圧倒的な支持を受ける。
その評価がトウタとしては長年疎ましかっただろうということは想像に難くない。
さて、問題はエルヴィンだ。
突如として成長をしたというが、もしも想定している通りのものであるならば、エマはさっきの負けフラグを回収するハメになるだろう。
※ ※ ※ ※
「ぶっ殺す」
滅多につぶやくことのない呪詛の言葉。
エマには自分でもどうしようも無いほど怒る気持ちが溢れていた。
初撃で仕留めることを決意する。
反応することが出来ない超スピードでの連撃。
30メル程離れた距離を一歩の距離と同等にし、瞬きのうちに16連撃を叩き込む。
一呼吸のうちに全てを終わらせる。
エマの最速の剣技。
「絶剣、赫閃剣」
宣誓と共にドラグーンドライブと同様に赤い炎のようなオーラを纏い、駆け出す。
真正面に突っ走るのではなく、斜めに駆け出し、何度も方向転換とフェイントを繰り返して襲いかかる。
体から出るオーラが残像となって、どれが実体なのか的を絞らせないうちに射程圏内に収める。
刹那、エルヴィンと目が合った。
(反応出来ている……?)
一息に放つ音を超える16連撃。
音速を超える斬撃を叩きこみ続ける。
エルヴィンはそのすべてを的確に受けきった。
「何!」
「そのスピードで動けるのが君だけだと思っていた?」
最後の一撃、木剣と木剣がぶつかり合い、辺り一帯に突風と衝撃を撒き散らす。エルヴィンが足を付いている地面が派手に陥没した。
赫閃剣の終わりとともに、とてつもない脱力感がエマを襲う。最短、最速の連続剣だが、反動として瞬間的に体力を猛烈に奪い取る。
「来ないのならこちらから行くぞ」
「くっ」
反動の余波。
一歩横に踏み出せば躱せるものが、その一歩が出ない。
結果、真正面から強烈な一撃を受け止めることになる。
最初のやり取りで感じていたが、エマの最速に追従するほどに早く、またエマよりも圧倒的に力強い。
正面で一度受けて、一気にしゃがみこんで足を払いに蹴りを放つがあっさりと反応してくる。
エルヴィンは飛びのいて、また再び地面を蹴って襲い掛かる。
今度は正面から受けないように、位置を外しカウンターで反撃を側頭部に叩き込みにかかる。けれども、きっちり受け止められる。
エマから仕掛けるがフェイントを二重、三重にかけても反応をする。
エルヴィンには力がある分、正面から受けて押し返してから攻撃を仕掛けることもできた。その度にエマは受けながら不利な体勢へと追い込まれるがなんとか切り返す。
数十回と撃ち合ってこれといった有効打も無いまま、十数分が過ぎた。
打ち合いの内容としては五分が、所々エマのカウンターがエルヴィンを掠めることはあった。けれどもエマだけがとてつもなく息が上がっていて、エルヴィンは息一つ切らしていない。
エマは朦朧とする意識の中で剣を構えた瞬間に剣を跳ね飛ばされて、無手となり、首に木剣を突き付けられた。
「勝負ありだ」
「クソ」
毒づくのが、エマには精一杯だった。
「ふん、分かっただろう。それが今のエルヴィンの実力だ。今日の所は、お前の油断もあったことであろう。だからトーナメントまで待ってやる。せいぜい首を洗って待っていろ」
トウタは高らかに宣言したのだった。
緊張の糸が切れる限界まで酷使した体力が意識を強制的に切断させようとする。
うすれ行く意識の中で目に焼き付いたのは、エルヴィンの背後に映った黒い影。エルヴィンではなく、影と目があったような気がした。




