エマ古巣に帰る
エマと宗弥は城門の前で馬車を止めると、手続きの為に降りた。
エマの姿を見つけるなり見張りの兵士が駆け寄ってきた。
「エマ様、お帰りなさいませ!」
「おう、ただいま。サイード元気だったか?」
顔を輝かせて走ってきた兵士はサイードという青年だった。
褐色の肌に、青い瞳、体格的にはヒューゴと相違ないほどであったがまだ大人になり切れないあどけなさを残していた。
「ええ、お陰様で」
「知り合い?」
宗弥はエマに聞いた。
「知り合いも何もなあ」
「エマ様は我々バレー家竜騎団の筆頭騎士ですよ。僕なんかからしたら天上人ですよ。知り合いなんて畏れ多い」
「こいつが新人のころキャンプで見つけて、めちゃくちゃしごいたりしたんだけどね」
宗弥はそこまで来て思い出した。
エマはこの地方では絶対的な権力を持つバレー家竜騎団の筆頭騎士だ。騎士団長は親父のトウタがやっているが、尊敬もカリスマもエマが独占していてアイドルみたいな扱いだったと、最初にエマを調べた時に分かっていた。それをさっきまで宗弥は忘れていた。
「マルケス様の件、残念でした」
マルケスとは亡くなったエマの祖父の名前だ。
「な、去年出ていった時にはピンピンしていたんだけどな。ひいばあちゃんもそうだったけど、元気でも寿命が来るとぽっくりってのがうちの家系なのかもな」
からからと笑みを浮かべるエマ。
相手を心配させないようにする笑いなんだろう。
「……すこし、家の中がピリピリしているように思えます。お気をつけて」
「ありがとうな」
エマがそう言うと、サイードは戻っていった。
入国の手続きを済ませて中へと入っていく。バレットバレーは谷の上に作られた堅牢な要塞都市だった。元々は竜の住処であったらしく、その場所に作ったものだった。谷の断面にある竜の住処はいまだにそのままだそうだ。
活気があるものの、整然としているという印象を都市からは受ける。戦うことを念頭に置いているのだろうと考えられる。
「ちょっと早く着いたから、案内したいところがいくつかあるんだけど付き合ってもらっていいか?」
と、エマが言ったので宿屋に荷物を置いたらエマについて町の外れへと歩いていく。
市街地を抜けて広い緑地に出る。広場を抜けた先に墓標がいくつも並んでいた。集団墓地だろう。速足で歩いていくエマに続いて歩いていく丘を登り、ひときわ立派な墓を通り過ぎてさらに進んでいく。やがて墓地も終わりただの緑地が続いていき、崖の上にポツンと小さな墓が建っていた。
墓には『マリア・バレー』と刻まれている。エマのひいばあちゃんの墓だった。
エマは、墓の前まで来ると手を合わせた。他の面々もそれに続いた。
「実家はさ、実はそんなに好きじゃないんだ」
「そうなんだ。意外」
そう言ったのはドミニクだった。
「意外ってなんだよ意外って」
「いや、おれはさそういう育った場所とかそういうのなかったし森から森に移ってたし。故郷ってのは誰にとっても大切な場所でいつか帰る場所って思ってたんだけどな」
「誰もがお前みたいに実家出てきてはねーんだよ」
「そうなのか?」
「そういうこともある。僕が住んでいた町はそんな奴ばっかりだったし。僕もそんな奴だ」
宗弥は、大学生の頃に東京に出てから実家にはほとんど戻っていなかった。
さすがに家を借りたりするにあたって保証人が必要だったりするので、長い休みにはたまに帰っていたりするがなるべくなら帰りたくはないと思っている。
一度死んでもなお、実家にはあんまり帰りたくない。
「ひいばあちゃんとの思い出が、あたしにとってはここでの思い出の全部だ」
「マリア・バレー様ですね」
マリア・バレー。ヨシュア戦記にも登場する伝説の勇者の一人だ。
「そうさ、死ぬ三年前ぐらいにこの街に帰ってきて、面白半分で技術を教えるだけ教え込んで、『もうお前に教えることねーわ』って言った三日後に嘘みたいに死んだんだ」
「マリア様はかなり長寿でいらっしゃったと伺ってますが、とても100歳を超えたご老人のされることとは思えませんね……」
マリアと共に旅をしていた同年代のハレはマリアが死ぬ30年前ほどに亡くなっていた。普通の人間の寿命はとっくに超えていた。
「なんか、ヨシュア戦記の時にファブニール討伐のとどめ刺した時に返り血を浴びて、うっかり飲んじゃったら老化がかなり遅れたんだって。最初あった時なんてうちのかーちゃんより見た目若かったぞ」
「そりゃあ、とっても意外だな」
宗弥は話はいつもマリアの話を聞きながら、とてつもないスーパーなおばあちゃんが今より若いエマをしばき回していたのかと思った。どちらにせよとてつもないが、イメージがだいぶ是正された。
「うちの竜騎隊に伝わる武器術やら格闘術あとは、竜騎術なんかはひいばあちゃんが当主だったころに完成したらしい。こないだ死んだじーちゃんに家督を譲ってからはその辺プラプラしながら適当に暴れていたみたい」
「なんか破天荒な人だね」
ドミニクがつぶやいた。大いに同意するところで、話の雰囲気からしてエマどころではない。
「ハレ様も、なんというかそんな感じでしたから。まあ、なんとも言えないです」
リーズが気まずそうに眼をそらした。
前回の事件のあと、教会付けの研修を経ていろんなことを教わっていたらしい。その中には本人も知りたくない伝説の勇者の伝説めいた破天荒なエピソードも含まれていた様子だった。
あれもこれもヨシュアがめちゃくちゃやった後、特に傷つきが深かったマリアとハレが世界を股にかけて大暴れしたということはなんとなく察しはついている。
「ひいばあちゃんと過ごしてた頃だけ、楽しかったなって思う。じいちゃんもまあまあ良くしてくれたけど、ひいばあちゃんに色々教わっていたころ高さは深いんだなって思ったんだよ……」
「その、大事にしてくれたじいちゃんが今回死んだってことはさ、実家は割と敵だらけなのかよ?」
ドミニクには忖度を覚えて欲しいなと思ったけども、顔を青くしているのは宗弥だけのようだった。
やれやれとエマは肩をすくめる。
「ま、そんなところだよ。さっきのサイードなんかは良い奴なんだけどさ、親父とか兄貴とか、えらい奴らは大体みんなあたしのこと嫌いなんだ」
「そうだったのか?」
エマは地元でも人気で優秀な指揮官であると聞いていた。
「嫉妬ですね」
ヒューゴが言った。
「エマは私から見てもとても優秀な指揮官だし、武芸者としての才覚もひょっとしたら世界で一番ある事でしょう。遠くで見ている分には楽しいものですが、近くにいると自分のふがいなさをどうしても感じることになって認めたくないから嫉妬するんです」
「ヒューゴさんはエマさんにそのように感じたことは?」
リーズの質問。
「いいえ、微塵も。というかここにいる皆様方でそのような感情を持ち合わせている人なんていないでしょう。エマを認めているし、自分自身も認めている」
「そうだな。お前らはそうだ。思えばこの一年ぐらい結構楽しかったのかもな」
「楽しかったって素直に言えよ、おれはたのしかったぜ?」
ドミニクの言ったことを確かに、とエマは認めた後で指笛を吹いた。
指笛は谷の間に響き渡った。
「ここに来たからにはもう一人家族を紹介しようと思ってな」
甲高く猛禽類の鳴くような声が響き渡り、エマの後ろを白い竜が閃光のように通り過ぎて行き白い竜は一度上空へ上がるとエマの近くへと降り立った。降り立つなりエマに頬釣りしていた。
白い竜は二足で立ち、立った感じで言えば少し人より大きい程度だろう。羽を広げると5倍程度大きくは見える。足首に輪が嵌められており、人の持ち物であることを表していた。
騎竜。
ドラゴンハンター協会認定のハンターの中でエリートの中のエリートが持つことが許される、人が乗るための竜だ。
「紹介する。あたしの家族でありパートナーのエクレールだ」
エクレールと紹介された白い竜はクァと自分たちに名乗りを上げた。
「え、乗れんの? それ?」
ドミニクだけ驚いていた。
「そうだぞ? いくつもの戦いをこいつと一緒に行ったんだ。まあ、今となっては帰ってきたところで乗れないんだけどな」
エマはそう言って笑う一方で、エクレールは悲しそうに鳴いたのだった。
「さて、明日は葬式だ。エクレールわざわざ呼び出しておいて悪かったな。またな」
エマはエクレールの頭を何度か撫でてあげると、エクレールは高く飛び立って谷の下へと滑空していった。




