リーズ
リーズは目を覚ました。
長いこと眠っていて、明け方に意識を失ったという認識でいたが、気がつけば夜になっていた。
慌てて眠っていた部屋を飛び出していく。
「リーズ様! どちらに」
廊下で宿屋の娘に聞かれた。
「ヒューゴさんは?」
「中央教会に皆様います……しかし……」
その後の言葉は聞かずに走り出した。
街に人はたくさんいた、あの死霊の兵士の襲来を生き延びてなお、誰一人として喜ぶものはいなかった。
街の中央の教会に到着した。
ドアを勢いよくて開けて叫んだ。
「ヒューゴさん!」
そこには、宗弥、エマ、ドミニク、リャン、クラリッサが勢揃いしていた。
「気がつきましたか、リーズさん」
「ひゅ、ヒューゴさんは?」
リャンが首を横に振った。
「『癒やしの風』も『治癒の泉』も『復活の再契約』もすべてダメでした……」
それぞれ、治癒、毒消し、蘇生の術式であった。
リャンの術式強度を以てしても出来ないということなのだろう。
「もう、亡くなっております……」
リーズはその場に崩れ落ちた。腰に全く力が入らなくなった。
「リーズ、ヒューゴは平原で一人で横たわっていたんだ。装備はボロボロだったんだけど、何にも傷を負ってなかった。体はどこも傷ついてなくて、内臓が壊れた訳でもなくて、死んでいたんだよ……」
宗弥は言う。
「どうして……どうしてなんですか……」
リーズはうずくまるようにして、鳴き始めた。震えと涙は腹の底から無限に湧いてくる。
「あなたにこうなって欲しくなかったから、わたくしは必死で……あなたを、お守りしたかった……」
「リーズ……」
エマが寄り添い、背中を撫でる。
「あなたに生き残って欲しかった。あなたが……英雄にも……神様にもならないように願っていたのに」
言い知れぬヒューゴへの不安の正体だった。
ファブニールを打ち倒した時、混成術式の加護は当然のことながら在ったと思うけれども、それ以上に彼自身が人の枠を超える事で成した技なのではないか。
そんなことを繰り返すうちに、人を超えてやがて死んでしまう。心配で、意識せずに強い加護を掛けていた。
ヒューゴが人の枠をはみ出さないように。
「守れなかった」
懸念したとおり、ヒューゴは人の枠を超えて、リーズの加護すら必要とせず、勇者と勇者の仲間達が犠牲を払いながら倒したノーライフキングを一人で倒した。
その偉業は人を超え、英雄を超え、神話の神のような働きだった。
「リーズさん顔を上げてくれ、彼は立派に働きその名に恥じぬ働きをした。感謝しよう。君を命と引き換えに守ってくれたことを。彼の信じる神もきっと祝福してくれる筈だ」
宗弥は諭すように言った。
「そのような神を信奉した覚えはありません。人の世を守るために平気で命を差し出せという神であれば、わたくしは許せません」
リーズは、顔を上げてきっぱりと否定した。
神。
神はいつでも理不尽に命を奪う。
信奉してきた覚えが無いと言ったが、経典には神が力を差し出す代わりに力を授け新たに神にしたという節が出てくることは多い。
その故事に由来して、加護術式は成り立っていると言っても良い。
「ゲーン教の主神様であったとしても、許せません」
少なからず、教会の関係者であったリーズとリャンはぎょっとした顔をしていた。少なくともリーズは怒りを込めて信奉する神を否定したのだった。
エマは一人笑っていた。
「エマ、さすがにここで笑うのはまずいって。いくらおれでも空気は読める」
ドミニクが言った。
「いや、何。ひいばあちゃんがそんなこと言ってるやつがいるって言ってたの思い出したんだよね」
「……ひょっとして、ハレ様ですか?」
「そーそー」
ハレ・バーンシュタイン前法王。
前法王にして、加護術式の現在の形で完成させた上で、ゲーン教を広く布教した功労者。そして、ヨシュアと共に冒険を繰り広げた勇者の一人。
「冒険の最中にヨシュアが死にかけて、今と同じようなことを言ったんだよ。神様なんかぶっとばしてやるって言って。それで本当に死にかけたヨシュアをとりもどしたんだよね」
「その話はもしや……」
ラサの図書館で読んだ、恋愛小説。ヨシュア戦記からは割愛され、その後発禁になったハレとヨシュアのお話。
お話の中で、ヨシュアと目される人物が神の力を借り受けた代償により、死にかけるがハレが代償を無かったことにするという話。
「やって……みますか……?」
「そんな馬鹿な事がある? そもそもそれだとヒューゴは神と契約したっていうの? 神と契約をしてノーライフキングを倒した? それで、神との契約をリーズが打ち切りにいくの?」
クラリッサは完全に混乱していた。
笑っているエマ以外は誰一人として状況を理解していなかった。
「ええ、そうです」
やってやろう。
ヒューゴを連れ去った神とやらに文句をいって、連れ戻す。
小説にはどう書いてあったのか、結局のところ術式は神に接続するためのものだ。正しい形など本来存在しない。強力な正しい術を考え編み出していけば術としての効果を持つのだろう。
立ち上がり、ヒューゴの前に手をかざし目を閉じる。
「我リーズ・シャロンの名において、すべての神々に問いかける。彼、ヒューゴ・フェレイルととある神の間に結ばれた契約に異議を唱え不服とします」
詠唱では無い。ただの言葉だ。
ただ、しかし神に呼応をさせるだけの力の躍動をを感じている。
『神々への再審要求』
神々から借り受けた力が、ヒューゴへと流入していくのがわかる。
そこでぱったりと意識が途絶えた。




