勇者の戦い
夜になった。
辺りには何も無く静かな平原が地の果てまで続いていた。
「聞けノーライフキングよ! 我が名はヒューゴ・フェレイル。フェレイル家四男にしてこの村を守り、お前を滅ぼすものだ!」
黒い霧の中からノーライフキングが現れた、ずっとそこにいたかのように。
同時に死霊達が一斉に現れた。それぞれ鎧に身を纏い、剣を持ち、槍を持ち、弓を携えていた。昨日いた有象無象達とは違う、兵士の群れだ。
『ヒューゴ・フェレイル、逃げようとすれば逃げられたものを愚かなものだ』
「フェレイル家の名においてそのような事が許されるものか! 民草を守ってこその騎士、国を守ってこそ勇者といもの。戦うのは我一人のみだ!」
『ほう?』
「村にいる人間は我に命を賭けてくれている。武装はしておらず訓練もしていない。もし、手出しをしたいということであれば、我を倒してからにしろ」
一つの賭けだった。
村人は前に出て戦う事も出来なければ、せいぜい起き上がってきた死霊を一体辺り二人で相手をするのが精一杯だろう。アイトの村とは状況がまるで違う。また、リーズの加護術式に関しても必要だ。
そうなると一人で守ることは不可能なことは明白だった。
守れないのであれば、自分が引き受けてしまえば良い。そういう考えから捻出された答えだった。
『どうこうしているものにクレリックがいるな? 彼女を先に殺したらどうする?』
想像をした。
死霊の群れに襲われて、嬲られて殺されるリーズの様を。そんな時にどう思うのか、死に怯えるのかどうか。怯えは無かった。ただ、腹の底から沸き立つような真っ黒な炎に体の内から焼かれて自分がどうなってしまうのか、まるで考えも及ばなかった。
ただ、狂い。壊し。そして、敵を滅ぼし尽くすまで往くのだろうと思った。
「死にますよ。あなた」
ざぁと風が辺り一面を撫でた。
にわかにノーライフキングがたじろいだような気がした。
『良かろう、狙うのはおぬしのみとしよう。しかし、相手取るは我が無限の軍勢。戦に敗れ死んでいったもの達の記憶の群れ。それでもたった一人で挑むと言うのか?』
「そうとも、そのために我はここに在る」
ヒューゴは自らのメイスで己の盾を銅鑼のように叩くと、構えた。
開戦の合図はメイスで盾を叩くこと。事前にリーズと打ち合わせていた。
術式、大地支えし巨人。
大群に独りで挑むに当たって必要な事は敏捷性や、一過性のパワーではなく、濁流を受け止める強靱さだ。相手の体を砕くには己が膂力だけで十分。
「行くぞ」
『来い』
ヒューゴが駆け出す、一斉に屍の兵士がヒューゴに向かって流れ出す。
真っ先に突っ込んできた剣を携えた屍。
先手が取れると確信して、一挙に薙払う。
あっさりと骨が砕け、纏った鎧ごと粉々にフォロースルーされていく。
にわかに骸骨の兵士は直前飛び出すことを躊躇い、防御の動きを見せたような気がした。
第二陣、槍を持った骸骨兵が三体同時に飛びかかってくる。
盾で三体もろともに受け止めてはじき返す。
空中に浮かび上がったところ、三体纏めて粉々にする。
間髪入れず、左右からの挟撃。
右の方向に走って盾で吹き飛ばし、左から来た兵士はカウンターで顔面をメイスでぶち抜いた。
死霊ではなく兵士の動きだった。恐れず、迷わずに、持てる技量のすべてを発揮し、連携をし続け波濤のように押し寄せ続けてくる。
ヒューゴは、そのすべてをことごとく押し返して斃し続けたが、それでも前に進んでノーライフキングに挑むまで至らない。
ただ、草刈りのように死霊の群れを雑草のように刈れば良いという話ではない。
地道に一体一体死体を積み上げていき、ある程度数を減らした所で勝負を仕掛ける他ない。
『気がついたようだな。我が力は死霊を使役するだけにあらず、生前の技術と肉体を以て使役することが出来る』
生前はよほどの手練れの兵隊だったのであろう、ここまで見事な連携は自分の所属していた部隊でも過去まれに見るレベルだった。
「良かろう! 己のすべて賭けてかかってくるが良い。数多戦場を乗り越え不敗のヒューゴ・フェレイルがお相手しよう!」
より強く、己に念じる。必ず勝つ、己の心に誓った。
押し寄せる骸骨の兵士達、盾を構えて一挙に駆け出す。骸骨の兵士を無理やり、撥ね飛ばし、挽き潰しながら前進。
一際大きい骸骨の巨人と衝突。
盾とメイスを持った、ヒューゴと同じ装備の兵士。
盾と盾の衝突、骸骨巨人がメイスを振りかぶる。盾でもう一度突撃、よろけたところ頭骨から胴体に掛けてメイスを一閃。バラバラに砕け散る。
後ろを振り返る。囲んだ兵士達がいよいよ襲い掛かってきそうだった。
やり投げの要領でメイスをぶん投げる。
射線上の骸骨兵の体が砕け散る。
盾も取り外し、盾もぶん投げる。横回転を掛けて左に投げて、右に曲がって行く軌道で投げ飛ばす。
軌道上の骸骨兵の首が跳ね飛ばされる。
メイスと盾が同じ場所に突き刺さる。
取りに戻ろうにも、邪魔をしていきそうな骸骨兵は何体もいる。
拳≪ボックス≫を握る。甲冑式ボクシング。
攻防一体のガードの構え。両の拳を頬につけ、頭から前に突っ込んで行くインファイトスタイル。
迫ってくる骸骨兵。
剣対拳。
武器が無いので当然のことながら、同時に振り出せば相手の攻撃のほうが早く当たる。
受け止める力では無く、敏捷性≪アジリティ≫。
加護術式の特性が頑強さと怪力であったとしても、自分の方が早いと確信している。
剣が振り下ろされる瞬間、超速でステップイン。ダッキング。
剣線が体の真横を走り抜ける。側面から腰を返す拳で左フック。頭骨を吹き飛ばす。
さらに骸骨兵が襲い掛かる。ガードを構えたまま拳よりも早くヘッドバッドをぶちかます。
たたら踏む骸骨兵、左右のフックを振り回し左の胴体と、右の側頭部を破砕する。
少し遠くの骸骨兵、まだ攻勢に転じる前。意識が向く前に、一挙に接近。ワン・ツーで打ち砕く。
一対一を繰り返す。ファーストコンタクトで勝ち続ける。何十回と繰り返していく。
ボクシングをすることのデメリットは一度にいっぺんに受け止められない事。一対一を繰り返さなければならないこと。ただ、ここまで効率が悪くとも、敏捷性だけで囲まれる事が無い。
メイスと盾に到達。再度、装備をする。
敵陣と自分に気がつけば距離が出来ていた。弓矢が空から降り注ぐ。
盾で雨をしのぐように弓矢をやり過ごしながら、次の作戦を考える。
ここに守るべき味方もいなければ、遠くにいる止まって押しとどめる必要が無い。正解はなんだと思った時に真っ先に浮かんだのは、戦いの申し子とでも言うべき麒麟児の姿。
彼女≪エマ≫は言う『ドラゴンを集団で狩るときに、まあ周りを囲んで攻めるんだけど、一番厄介なのは後方の弓矢隊とクレリックを叩かれる事だ』
彼女≪エマ≫は言う『次に厄介なのはそいつらを守っている盾兵が押し返せない打撃で叩かれる事だ』
彼女≪エマ≫は言う『あたしが軍隊と戦う場合? そうだな、真っ先に盾兵から叩く。ヒューゴぐらいとてつもないのがいるなら、最初っから最大威力の攻撃でぶちかます』
「エウバの章、宿りし神の肉体を頼む!」
平原一帯に響き渡る声。念和でも呼びかけ。
リーズには届く、盾でメイスを叩く。術式転換、宿りし神の肉体。頑強さを敏捷性と膂力に転換。
エマならば、あるいは勇者ヨシュアであるのであればこの甲冑を着てどう動くのか強烈にイメージをする。
盾を地面に突き立てる。盾から片手で扱う予備のメイスを取り出す。本来であれば右手に握っているメイスが壊れたり、無くしたりした際に使う予備。
剣も腰に一応装備しているが、同じように扱えば小枝のようにへし折れる。なぜ勇者を志してこれが正しい武器だと思ったのであろうか。
薙ぎ払う、草を刈るように、メイスが届く瞬間に連携も何も無く薙ぎ払う。
多少の傷は許容しよう。盾を使いながら戦い続ければ、数が減らない。
敵の陣形を確認する。自分を中心に正面に盾兵、その後ろに弓兵がいるのだろう。左右から槍兵が配置。
「貴様らの猛攻はこの程度か! 来ないのであればこちらから行くぞ!」
選ぶべきは、正面突破。
盾の影から飛び出す、矢が雨霰のように降り注ぐ。
細かいことは気にしない、致命傷になりそうなものだけを弾き飛ばし、掠めようが刺さろうが、気にせず走り抜ける。
頭に完全に血が上っており、痛みも怯えも何一つ浮かんで来ない。
盾兵に到達、メイスでぶん殴る。跳ね飛ばされる。
連結術式。
アイトの村の住人に仕込んだものと同じ、盾と盾を連携をし、衝撃を分散する。
ならば、繋いでいる全員の限界を超えるまで殴り続ける。
「はっっっっっっぷ!」
空気を肺に吸い込めるだけ吸い込む。風船のように体が膨張する。
息を吐き始めるのと同時に、両手に持ったメイスで盾を滅多打ちにする。
技名など存在しない。全身全霊のクソ殴りだ。
一秒で二十連撃。
いずれも全力。熟練の兵士であっても、武器防具ごと破砕する一撃を打ち込み続ける。
五秒、百発を打ち込んだ辺りで連結術式が崩壊した。
あとは簡単だ、草を刈るようにメイスで盾ごと打ち砕いて防壁を突破する。
盾の兵士を踏み潰して後ろにいる骸骨弓兵へと突っ込む。
棒立ちになっている案山子のような弓兵部隊を蹂躙する。
切り込んで、陣形がまた崩れる。弓兵は乱戦の中で打てない。槍も振るえない。使えて棒切れのような申し訳程度の剣だけ。連携も何もあったものでは無い。
回避も何も考えず、攻撃をすることと先手を取ることだけを考えて走り回る。切り傷、刺し傷は気にせずに走り回る。鎧を貫いても筋肉が阻むと信じろ。
とにかく暴れ回る。
暴れ回って数を減らす。
相手が人間であれば簡単であったことだろう。
斬ろうが、刺そうが、弓で射ろうが、前進を続けて一撃で粉砕をしてくる。
もしも相手どったのであれば味方はたちまちに恐慌状態に陥って崩壊することだろう。だが、この兵士達はノーライフキングに使役されているだけに過ぎない。
何百体斃した事だろうか、千を超えたのだろうか、次第に数えることも面倒くさくなってきた。
傷は増えていく。矢は何本も刺さり、何度も斬られている。これも数えているのが面倒くさくなってきた。
夜明けにはまだ遠い。だが、数は着実に減ってきた。
ノーライフキングへの道が兵士で覆い尽くされる程では無くなってきた。
仕掛けるのであれば、今だろう。
有象無象の雑魚達を一掃してノーライフキングの首を刈り取る。
「アースクェイク改式タイダルウェイブ」
メイスを地面に叩きつける。文字通り地面を揺るがす打撃。
骸骨兵が転ぶかその場で耐えて動きが止まる。
もう一度振り上げて、地面へと振り下ろす。さらに地面が揺れる。左の手で持ったメイスも振り下ろし、地面を揺らす。
何度も地面をぶん殴る事によって、地面が揺れて文字通り地面が波打つ。
殴り続けるごとに、腕の血管が切れ、筋肉の筋が切れて、骨が軋み、内臓が悲鳴を上げる。
アースクェイクそのものが重量級のクルセイダーの奥義である。世界中に使い手もそう何人もいない。
一度撃つだけで人の能力を限界いっぱいまで使う奥義の中の奥義。
それを何度も連続して撃つことは、人の限界を超えて行くということに他ならない。
波打つ地面は大きくなり、辺り一帯の骸骨兵を飲み込む。
アースクェイクを撃つのを止めれば、たちまち地面が固まり生き埋めには出来る。
ノーライフキングへの道が開けた。
ノーライフキングの足下には死体の山が築かれている。あの山で地面の波をしのいだのだろう。
「勝負だノーライフキング。我が名はヒューゴ・フェレイル! 貴様を葬る者の名前だ!」
『良かろう。魔王軍四天王が一人、ノーライフキングがお相手しよう』
ノーライフキングが飛び立ち、ヒューゴに襲い掛かる。
諸手で振り下ろされる巨大な斧をメイスをクロスさせて受け止める。
受け止めるが衝撃を殺しきれずに肩に突き刺さった。
即座にはじき返すと左手に持っているメイスを捨てた。一撃でシャフトが割れた事が分かった。
加護術式を伴った上で、ヒューゴよりかは膂力がある。
かちあげて、一挙にメイスを振り下ろす。これまで、骸骨兵の装備ごと打ち砕いていた一撃がいとも簡単に受け止められる。
『その程度か?』
答えない。答える必要が無い。
ただ、圧倒すれば良い。
ギアを一段階上げる。
普通にやって足りないならば、全力で全速力を繰り返せば良いだけの話。
一撃で大巨人も殴り飛ばす|巨人の一撃≪アースブレイク≫を毎回たたき込めば良いだけの話。
詠唱も何も必要が無い。ただ、出来ると信じていれば出来るのだ。
あの、ファヴニールの顎を打ち砕いた時のように。
力がさらに流れ込んでくる。ただひたすらに、目の前の敵を押しつぶす。それだけしていれば良いのだ。
正面からノーライフキングと打ち合う。
ぶつかったときに分かる。こちらの優位。押しているという確信。
さらに三回、打ち合う。ノーライフキングに明確な隙が出来た。
容赦なく脳天から足下までぐしゃぐしゃに打ち砕く。
しかし、真っ二つになった体は時間を巻き戻すようにくっついて何事も無く襲い掛かってくる。
『人間ごときがこれほど迄に出来るとは』
「……何?」
『我は不死者の王、自分自身が不死で無いということ伝えておらんかったか?』
「しかし、ヨシュア戦記で貴様は」
『斃されはしたが、死んではおらぬ』
体がすべてくっつき、元通りに戻っていく。再び斧を構える。
再び打ち合う。
再生を経て、ノーライフキングはさらに膂力も速力を増していた。
引き離す。斃すたびに進化するのであれば、自分もさらに進化して叩き潰し続ける迄だ。
太陽が遠くの地平線から登り始め、空を赤く染め始める。
まだ戦っていた。
復活するごとにノーライフキングを打ち倒し、復活のたびに強くなるノーライフキング、強くなっていくノーライフキングを毎回ヒューゴは凌駕しそして打ち倒す。
殺して生き返って、強くなって、殺して生き返って、強くなって、繰り返す。
繰り返す何度も何度でも。ノーライフキングを滅ぼし尽くすまで戦い続ける。
『貴様、人を超えたな』
「それがどうした」
ノーライフキングを叩き潰す。体も甲冑も跡形も無く砕け散る。
『今、何が起こっているのか正しく理解出来ておらんようだな』
脳内に響き渡る声。
日は高く昇っていた。夜はとっくに明けていた。
全身は戦いで傷つき、骨は何カ所も折れていて、内臓も損傷している。甲冑すでに壊れていてつぎはぎのようになっている。
ふと、宿りし神の肉体の術式が途絶えていることに気がついた。
「リーズ?」
念話と声で呼びかけるが反応が無い。というよりか、念話の術式が途絶えている。
遠くで祈り続けていたリーズが何かしらの理由で倒れたのだ。
「貴様、リーズに何をした!」
『安心しろ、クレリックには手を出しておらん。せいぜい、倒れて気を失っている程度だろう。気がついていなかったのか?』
沈黙。
すると、頭の中で笑い声が木霊してきた。
『なるほど、なるほど、人智を超えたお前の要求に耐えられなくて倒れたのか。それでもお前は術式が掛かっていると信じて戦っていたというのか。いやはや傑作傑作。人の域を越えておる。だが貴様は所詮人だ。出来たことと言えば結局結果の先延ばしに過ぎん』
突然、全身から血が吹き出した。
折れている腕が折れている腕としてしか、機能しなくなった。千切れた筋が、千切れた筋としてしか機能しなくなった。壊れた内臓が、壊れていると信号を送り激痛と喀血と嘔吐を繰り返す。
「そんな、馬鹿な……これまで、何事も無かったはずなのに……」
『貴様の力は神の力を人の身に宿すのが本質だ。短い時間であれば何も問題が無かったが、今回ばかりは相性が悪かったようだな』
ノーライフキングは悠然と立っている何事も無かったかのように。
もう一度立ち上がろうとするが、骨も筋も壊れている。
しかし、立ち上がりもう一度あいつを倒すことは出来るのだ。
メイスを構えて、ノーライフキングに一挙に振り下ろす。
あっさりと、甲冑で受け止められて、その手に持った斧が薙払うように振り抜かれる。
メイスで受け止めたが、メイスが砕け、甲冑に深くめり込んだ。
遠くへと吹き飛ばされ、数度地面をバウンドした。
『さらば、勇者ヒューゴ・フェレイル。貴様の名前、我が胸に刻んだぞ』
薄れ行く意識の中でそんな声を聞いた。




