歓迎
それは、それは、手厚い歓迎を受けた。
ヒューゴとリーズは宿屋の一番良い部屋をあてがわれた。キングサイズのベッドが二つ並び、豪奢な装飾が部屋を彩っている。貴族や、王族が泊まる際に用いられるもので有るらしい。
どうやら、拒否する権利も無いので苦笑して受け入れて言われた通りに鎧を脱いで部屋で待っている。
しばらくして、カサブランカ市長がやってきて、出るように誘われてついて行くと、そこは酒場だった。
慌てて装飾したといった感じで、バーカウンターの上には「リーズ様おめでとうございます」と書かれた看板が掲げられた。店の中は町の人達で溢れかえっており、酒場の外にまで人がいてそれぞれ、杯を持っている。
「それでは、リーズ様の栄転を祝しまして、かんぱーい」
かんぱーいと全員が杯を掲げてリーズの栄転を祝った。
代わる代わる、ヒューゴとリーズの前に人が現れては祝いの言葉を述べて行った。ある程度の人間が挨拶したころ皆各々で楽しく飲み始めるようになった。次第に興が乗ってきて誰かが、ステージに上がって楽器を弾き始めた。それを見て他の者達もステージに上がり、楽器を弾ける者は演奏に続々と加わって行った。ヴァイオリンに始まり、ドラムが加わり、ベースが増えて、トランペットを吹くものが現れ、ピアノを叩く人も増えた。
次第に大編成のバンドが出来上がって、即興で演奏を合わせていく。
誰かが踊り出し、釣られて踊る人間が増えていき、やがて踊る人間がフロアを埋め尽くして行った。
もはやここまで来ると本来の目的など関係が無くて、ただ騒ぎたいから騒いでいて、そう言った集団になりつつあった。
ヒューゴとリーズはなんとなくその様子を眺めながら、程よいタイミングで去ることを考え初めていた。もう、ここに自分たちがいる必要は特に無いのだと。
「さあさ、お二人もこっちに来て踊りましょう」
町娘の誰かが二人を誘って、他の町人達が背中を押して、ダンスフロアの中央に二人を招いた。
帰ろうと思っていたのに踊らざるを得ないような情況になってしまった。
「あの、私、こういった場は初めてでして……踊れと言われましても何をしたら良いのか分からなくて……」
「一応心得はあるには、あるので……リードしますから、身を委ねてください」
「はい」
ヒューゴは家督の継承権こそ無いものの、それなりに名前の通った貴族の生まれだった。一通りの貴族としての振る舞いは幼い頃より教育されていて身についていた。
一方でリーズは田舎の教会の子供として育ったため、こういった回に混ざることもこれまで許されることはなく、これまでを生きてきた。
フロアの中央へ、ヒューゴが手を差し出しリーズが手を取り音楽が始まる。
リーズはどうしていいのかわからないでいると、ヒューゴが動き出し握る手ににわかに力が入る。これに任せれば良いのだということをなんとなく確信して、ヒューゴのリードに合わせて動いていく。ただ、力を抜いて彼がしたいように体を委ねていくと、なんとなくそれっぽい動きになっていく。ゆりかごに揺られているようだと思った。
ただ、この人に任せていればそれで良いと。
足が追い付かなくなって、転びかけたがなんてことなくヒューゴは元に戻し何事もなかったかのように踊り続けた。
「お上手ですね」
「ここまで体を預けてくださる方も初めてだったので、人生で一番うまく踊れた気がします」
「お上手ですね」
二言目は皮肉のつもりで言った。きっと誰にでも同じことを言っているのだろう。
彼ならば、何もかも委ねて大丈夫、そう思わない女などいないと思うのだった。
ふと、強烈な耳鳴りがした。
不快な音が鳴り響いているというよりかは、脳に直接響いてくるかのような甲高い悲鳴のような金切り音。目を閉じ、耳を抑えて膝をつく。
「大丈夫ですか?」
慌ててヒューゴが駆け寄る。
あたりを見渡すと、ヒューゴ以外全員が膝を屈して頭を抱えていた。皆同じような症状だった。
「大丈夫……。それより、あなたはこの耳鳴りが聞こえないの?」
「聞こえていますが、この程度耐えられなければ騎士の名折れと存じます。皆さんこれで倒れられたのですか?」
信じられないという風に言うが、人並み外れて頑丈なこの男の言っていることが何もかもが現実からかけ離れている。
『この音を聞いたすべての村人に告げる』
念話術式。ゲーン教術式と異なる響き。
本来波長の違う念話術式を人間向けに無理やり調律したことによる耳鳴り。
知能の高い魔獣であれば、念話使った指揮を行うものもいるというのは聞いたことがあった。
「でも、そんなの聖典の中にしか……」
そんな魔獣など、いないのだ。お話の中での存在でしかない。
『直ちに、村に外に出ろ』
強制力のある厳めしい声。
その場にいる全員の酔いがさめたようだった。誰もが目をぱちくりとさせてお互いの顔を見あっている。誰かが、店の外に出ると雪崩のように一斉に店の外に人が出ていき、人々は町の門まで向かっていった。
門の外に出ると、少し離れた先に軍勢と言っても差し支えないほどの人の大軍が見える。
月の高い夜であったので、姿形もはっきりと見ることが出来た。
町の周りを囲い込む軍勢は皆鎧も武器も纏っていなかった。よろよろと動いており、一様にまともそうにも見えなかった。
中央に佇むひときわ背の高い漆黒の甲冑に身を纏った騎士だけが、月光を背に浴びて一人佇んでいた。月光を飲み込むような黒い鎧だった。纏っているマントは血に濡れたように赤く、手にした身の丈を越す大斧は生きている人間を刈り取るための道具のようだった。
徐に男が兜を外すと、骸骨の頭が露わになった。
『我は死者の王、ノーライフキングである』
目の前にいてなお、頭の中に響き渡る声。
「何者であるか!」
ヒューゴが遠くにいる敵に向かって言った。遙か向こうの軍勢全員に響き渡るような声だ。
『我を知らぬか、よろしい。で、あれば改めて人々に名乗ろう。我が名はノーライフキング。死者の王であり、魔王軍四天王が一人である』
「魔王軍? ヨシュア様が自らの犠牲と引き換えに滅ぼしたと聞いたが」
『否、誤っているぞ人間。ヨシュアは、我らを滅ぼしたのではなくこの世界と魔界とを繋ぐ門を閉じたに過ぎない。我らはこの雌伏の時を過ごし、今こそこの世界に宣戦布告をすると共に進軍を開始するものである!』
魔王軍、ヨシュア戦記で戦っていた相手である。
ヨシュアは魔王軍の進軍間際に召喚され、激戦に勝ち続け、自らの犠牲と共に魔王城を光と共に消し去り戦いは終結をされたとされている。
「そのような妄言を聞いて、このヒューゴ・フェレイルが恐れると思ったのか」
『さぞ、貴様は勇猛な戦士であろう。だが、貴様以外はどう思っているかな』
「ヒューゴさん……」
リーズが袖を引いて、ヒューゴに辺りを見るように促した。
町の住人の中に一人として、戦士の目をして、闘志をギラつかせるものはいなかった。この町に駐在する軍隊は居ない。国境の境でもなく、山賊の出現もしない、平和な町だ。有志を募って結成された自警団程度はある。しかし、クルガンオオトカゲが二、三体程度現れれば簡単に滅んでしまうような町だ。
誰も戦えない。皆怯えている。
『貴様らには二択を与えよう。一つは生きたまま我が軍門に降れ。貴様らに生存の権利を与えよう、代わりに我らが魔族への忠誠を誓い魔族のしもべとして生きよ。もう一つは、死して我が軍門へ降れ、我が軍勢に加えよう』
「誰が……」
と、ヒューゴが言いかけたところでリーズが強く袖を引いた。
誰しもが徹底抗戦を考えている訳ではない。この場で徹底抗戦を言い渡せば、即座に死霊の軍隊は襲いかかり、大勢の町の住人が犠牲になることだろう。
『すでにこの町は一万の我が死者の軍勢によって包囲されている。逃げようとしたところで一切の無駄である』
死者の軍勢は続々と増えていく。歩いてくるもの、地中から現れるもの様々である。
死者の王であり、死者を操る能力を持っているということは間違いないのだろう。そして、この軍勢は大将であるノーライフキングを倒さない限り増え続ける。たとえ倒したところで、あの屍の群れがおとなしく全滅するとも限らないだろう。
『貴様らには猶予を与えよう。明日のこの時間までにいずれかの選択をするが良い』
あらがえば死。
あらがわなくとも命と生活の保障がされる訳ではない。
『さらばだ、良い返答を待っている』
そう言うと、ノーライフキングは黒い霧と共に消え失せた。死者の群れも幻のように消え失せた。




