乗っ取り(みんなが決めることだよ!)
「あーーーーーー、そうですねー」
喧喧囂囂と言い合う二人に割って入るように宗弥は言った。
「何?」
「何だ?」
全員の視線が宗弥に突き刺さった。
どうあるべきかじゃなくて、何ができるかを考えて、やれ。宗弥は自分の中で唱えて自信を奮い立たせた。
「ここでどうしたいかというのは、君たちが決めることだと思うよ」
全員が反応できていなくて何をいっているのか理解している様子ではなかった。
「みんなが、決めることだよ」
宗弥は全員を手の先でぐるっと指した。
クラリッサも、エマもお前何言ってんだ。言葉を発さずとも分かった。
「僕たちが……?」
「俺らが……決める?」
「そうだ、君たちに選択権利がある。君たちの振る舞い次第で、生き残れるか死ぬかが決まると言っても良い」
宗弥は全員に語りかける。注目が一道に自分に集まっているのを感じた。
「一番の問題は君たちが判断を迷うことだ。そうなることによってバラバラになって誰一人として同じことを考えなくなる。だから、君たちは選ばなくてはならない、クリスちゃんが言うようにここに止まって助けを待つか、エマに従って打って出るか」
「待って、あなたはただの徒弟でしょう? 現場の責任は私が」
「おっしゃるとおり、僕は紹介者としても半人前の身分だ。ただ似たような仕事は以前やっていたことがある。僕がこれからやりたいことはみんなをあるべき形にまとめて、あるべき形でプランを遂行するということだ。僕は僕が知っている限りのことしかしゃべりませんよ? だから、安心してください」
クラリッサの方を向いて言った。『信頼してほしい、これからあなたの思うようになるようにする』宗弥はそう伝わるに微笑んだつもりだ。
「ちょっと待てよ。お前何しゃしゃり出てんだ、あたしに任せときゃいいんだよ!」
「おっと、君の立場は所詮半人前の冒険者だ。仮にどんな実績を積んでいたとしても、ここでの基準は半人前の冒険者だ。そんな君にここにいる全員を説得できるのかい?」
「そりゃ、そうだけどさ……」
「まず、僕の話を聞いてほしい。その上でみんなに判断してほしい」
「分かったよ」
完全にやる気をなくして、ふてくされて座り込むエマ。
「よし、じゃあみんなに説明するが、どちらの発言にどれくらい信憑性があるかということが一番気になっているはずだ」
全員が頷く。
クリスちゃんが勝ち誇ったような表情でエマを見下ろしていた。
「まず、クリスちゃんがどういう人間か話そう。本人は嫌がるかもしれないが皆には的確な判断をしてほしい。いいですよね? クリスちゃん?」
「き、緊急事態ですから、ここにいる全員の安全を優先してくださって構いません」
「はい、ありがとうございます。ではクリスちゃんですが実のところ、以前はクレリックであり、現役だったころは的確な補助とアシストでかなりの熟練者であったという記録が残っている。現役引退後に現在の紹介者という立場で冒険者を育て続けていた」
ざわめき。年相応と考えるなら、働き始めから紹介者だと考えるのが妥当だろう。
「紹介者としてそれなりにキャリアを順当に積み上げた後、基本的に初心冒険者、及び僕のような初心紹介者の教育、クエストの斡旋が主な仕事だ。このポジションについてからもまた長い経歴があり、今現在ギルド内での売り上げ利益は第四位。下級クエストを受注している紹介者の中では最も優れたランクだ」
「ちょ、ちょっと!」
今作っている、かわいくて優しいチュートリアル役のお姉さんというのは、捨ててもらってベテランのとても頼れる先輩になってもらう。
「まあ、そんな訳で紹介者としてのキャリアと元冒険者という経歴を考えれば、このクエストにおいては、最初のうち彼女に従うのは間違いではない。それは僕も同様だ。この場において一般的に考えれば彼女以上に正しい判断を出来るものはいない」
一斉にクラリッサを新人達が見た。一様にみな信頼の眼差しをまっすぐクラリッサに向けている。
「伊達さん、こ、困ります。そんなに私は」
クラリッサは少し照れているようだった。
「そうです、今回のケースに関しては荷が重い」
宗弥がそう言い切ると、また、空気が固まった。
「何を……?」
新人のひとりが質問にもならない言葉で、困惑を口にした。
宗弥はその新人を指差した。
「そうだ。その考え方は正しい。クリスちゃんはベテランだ。しかし、紹介者になって以来、魔獣討伐に該当するA~Cランククエストの受注を受けていない。冒険者だったときに討伐は果たしているが、あくまでサポート彼女自身に何かを決めたりするリーダーシップは無い」
クラリッサにしても呆然とこちらを見ている。エマはこちらを見て笑った。
そうだ、それが正解だと宗弥は言い切りたかったが、飲み込んで先を話す。
「一方、打って出るべきと主張した、エマ・バレーだが、バレー家について知っているものはいるか? 名前だけでも知っているなら手を挙げて欲しい」
集まったうちの四人が手を挙げた。
「ドラゴン討伐で有名な一家だ。ここにいるエマは、そのバレー家の時期党首に就任する予定であり、今は修行の名目で冒険者をやっている。ただ冒険者としては初心なだけで、彼女に魔獣討伐や、竜種の討伐実績もある」
「なんだって」
「じゃあ、どうしてこんなところに?」
ざわめく新人達。
「疑問はもっともだ、たまたま今回彼女が冒険者としては始めてのクエストだったのでここに居合わせたに過ぎない。彼女が今ここにいたことを救いに思うと良い」
クラリッサはこちらを怯えきった目で見ていた。『その新人と心中する気?』と自殺する人間をみるような視線だった。
「最も最近のバレー家での討伐任務はエマ自身がリーダーシップを握り、死者なし負傷者数名という少ない被害でドラゴンを討ち取っている。ギルドクエストならAランククエストそれのエースであり、指揮官であったのが彼女だ」
宗弥エマを手のひらで差す全員が、エマに注目する。エマはそれに対して動じた様子もない。
「その彼女が今回は倒せると言っていた。百戦錬磨の彼女が倒せると。だから、選ぶ根拠は二つだ。このままここで待っているか、エマを主軸として討伐に出るかの二択だ。君たちの意見が分裂することが僕にとっては一番恐ろしいことだ。心を一つにしてどちらかを選んで欲しい。クリスちゃんに質問だ、彼女がそれほどの大物と知っていたか?」
クラリッサに質問を振り替えす。クラリッサはかぶりを振った。
「いいえ……知りません。そもそもそんなデータは私達のデータには……」
「ない。我々が管理しているのはあくまで冒険者としての経歴のみだ。だが、事実だ」
クラリッサの言うとおり冒険者としてのエマは初心だ。けれど、ギルドで管理している冒険者のデータなど、これまでこなした他のギルドでの記録を含むクエストのデータ、それと特定の技術に関しての階級のみだ。エマに関して言えば、特定の技術の認定はいくつかあるものの、一家の事業としてこなしていたことに関しては記録が残っていない。
クラリッサが彼女について何かを調べていなければ、知らないのも道理。
「そうだね? エマ」
「合ってるぞ。不本意ながら全く相手にされなかった」
エマは動じるでもなく、ギルドに入ったときの事を思い出して苦々しく顔を歪めた。
「ところでエマが考えている作戦の最中に誰かが死んだり怪我したり、犠牲になったりする可能性はある?」
「あるにはあるぞ、運悪く爆破に巻き込まれたり猪に狙われたり、ただ、基本的にあたしがおとりをやるからあとは段取りを手伝っては欲しいぐらいだ」
「つまり、危険な役目は全部君が担うってことでいいのかな?」
「そう思っても良い。お前らひよっこに大したことは期待してねーし。山菜採りより簡単な仕事だ」
「だ、そうだ。君らは特に無理をする必要は無い。ちなみにここで待っているのとどっちが簡単かな?」
「あー、それなら、待ってるほうがキツいと思うぞ。だんだん近づいてくる足音、パニックで逃げ出すやつ。それでも待ち続けるのは辛い。最悪お互いがお互いを殺し合って、魔獣が来る前に全滅なんてこともある。たまたま迷い込んだ類だったらこれでいいんだが、今回はダメだ。殺しに来ている」
エマは何でも無い風に強い未来をさらっと言った。
全員の表情が固まった。
「クリスちゃんは何か言いたいことはありますか?」
「ありえないわ……。打って出るなんて。待って助けを……」
クラリッサは憔悴しきっていた。
「これはあくまで僕個人の意見なのですが」
宗弥は前置きをして。
「実は何もしていない、何もしないって結構大変なんです。閉鎖されたこんなところで数日間待つ。幸い魔獣の猪が見つけなかったとして、救援が来るまではここから出られない。この小屋でこの人数でだよ? 厳しくない?」
小屋の中には参加者が所狭しと密集している。体を横にしたりというのも難しいほど狭い。この場所で三日以上待つ。宗弥自身も正直キツい。
「じゃあ、あとはみんなで決めることだけど、ここにとどまりたい? とどまりたいなら手を挙げて」
誰一人として手を挙げるものはいなかった。
「なら、エマと一緒に打って出たいものは?」
ひとりのチンピラ風の冒険者が手を挙げた。それにつられるように何人も手を挙げる新人が増えていった。徐々にてが上がっていき、最後には周りをみて挙げるものが出てきて全員が手を挙げた。
「よし、決まりだ。追加クエスト魔獣討伐を我々で受ける」
宗弥は宣言した。
「作戦については僕とエマの言うことをきいて欲しい。異論はないね」