恥ずかしいでごわす。
「慣れないものですわね……」
街中央の噴水広場の前にリーズは立っていた。
レース生地の黒手袋に、赤色のドレス、ハイヒール。おまけに化粧までクラリッサにして貰った。長い髪もアップにしてもらってなんだか自分じゃないような気分になった。幼いころから教会の家の子供として生まれて黒い服ばかり着ていたような気がするし、黒と白以外の服など着たことはなかったのではないかと思う。
先程から通りかかる男の人がちらちらと盗み見るようにこちらを見ていることに気がついた。
今着ているドレスだが鎖骨から胸元にかけて大きく開いていて、肩も大きく露出している。気がついて、着ているだけでなんだか恥ずかしくなってその場に丸まりたくなるような気持ちだった。
思えば、このギルドで宗弥達に出会うころ全身真っ黒な服を着て顔までヴェールで覆い隠していたのだから、どんな心境の変化があってこんな格好をしてしまったのか。
……気にして欲しいから?
一瞬そんな疑念が頭をよぎったが、それは違うだろうと打ち消した。
「お待たせ致しました」
ヒューゴが燕尾服に身を纏い、伸びた金髪をオールバックにしていた。
元々、物語の王子様みたいな美貌だと思っていたけども、きちんと着飾ると煌くようなものを辺りに撒き散らしているように思える。通りすがる貴婦人が皆一目見て振り返って両手で口を覆う。一目惚れした乙女のような反応をしていた。
「いえ、わたくしも今きたところですわ」
「では、行きましょうあまり時間は無かったはずです」
「そうですね」
◆ ◆ ◆
さかのぼること一日前。
「えーと、なぜわたくしがヒューゴ様とデートをすることになったのか教えて頂いてよろしいですか?」
「ゴメン、本当にゴメン。なんだかめんどくさかったからそういう流れにしちゃった」
宗弥はなぜクラリッサと三人で話した結果明日、リーズとヒューゴがデートをすることになったのか説明をした。
リーズのヒューゴに対して思っている『気がかり』をクラリッサは恋愛話だと勘違いし、説明をすることが面倒になった宗弥がそのまま話を止めずに着地をさせたということだった。
「宗弥様、たまに分かっていて酷いことされますね?」
「たまに分かっていて酷いことするので、ぐうの音も出ません。ゴメンなさい」
「とは言え、デートというもの興味が無いと言われれば嘘になりますし、宗弥様の顔を立てる意味でもやりましょう」
「あるんだ」
興味は確かにあった。
たまにこっそりと盗み読んでいた、ヨシュア戦記を恋愛小説に仕立てたものではヨシュアと目される人物と様々な登場人物が二人きりでデートをするということは度々あった。
本部に戻れば働きづめでそういったことをしているゆとりもなにも無いまま、時間が一気に流れていきそうだと思っていた。
「本当はノリノリだったりします?」
「いいえそんあことはありませんわ」
等と淑やかに笑ってごまかした。
ヒューゴの事を恋愛感情のようなものとして好きなのか、ついぞ恋をしたことが無いので知らないでいた。けれども明日のデートについて、それなりに楽しみにしている自分もいるのだとということは確かに認めることができた。
◆ ◆ ◆
一緒に歩いていて、思っていたよりも緊張はしなかった。
「それではこちらへ」
劇場の前階段の前で立ち止まると、ヒューゴはリーズに手を差し伸べた。
「?」
「レディをエスコートするのがこういう時に紳士がすべきことと思っておりましたが……」
「あ、ああ、気がつかないもので失礼しました」
リーズはヒューゴの手を取り、エスコートをしてもらう。
ただ、手を載せているだけなのになにが起こっても大丈夫だろうと思わせてくれる。ヒューゴの身体の強さがなせることなのか、それともリーズがヒューゴに対して思っていることなのか。
少しだけ胸が高鳴るような感じがしたと思っているうちに階段を上り終えてしまった。
チケットを渡して座席へと向かう。舞台を見るのも初めてだったので、ヒューゴの先導はとても助かった。
席に座って程なくして劇は始まったのだった。
タイトルは『大地支えし巨人モーラ』加護術式にもなっているゲーン教のエピソードを劇用にアレンジしたものだった。
劇の内容自体は散々聖典を読み込んでいたため大体のことは分かっていた。
モーラは力の強い一人の英雄であり、彼が世界の危機に際して、自らを犠牲に地面を支え世界を救った。
聖典に描かれるところは、彼が世界を危機の際に救ったという記述のみに留まっていたが、劇になるとモーラの人となりを描く事に注力されていた。というよりかはアレンジだった。
モーラは田舎町のただの力自慢だった。
街に商売に行ったとき、九頭を持つ巨大な蛇が現れた。騎士団でも太刀打ちすることが出来なかった怪物を彼しか引くことが出来ない強弓で撃ち抜く。
モーラはそのまま街で騎士としてスカウトされ戦いに身を投じる。隣国との戦いを平定させ、姫は彼の事を好きになり思いを遂げる。しかし、そんな折魔界からの侵略があり、モーラはゲーンといった神々と共に戦いに挑むのだった。必ず帰ると言いモーラは死闘を潜り抜ける。その影には彼を思う姫の祈りがあった。
最後の戦いの折、魔神を討ち倒した大陸が崩落する災害を引き起こす。
モーラは崩れ行く大陸に己の身を挟み込んで大陸の崩落を防いだ。
だが、生身のままで押し返すことは出来ず、自分の命を犠牲に人ならざるものへと変わらなければ守れないことを知る。
モーラは遠くで祈る姫に詫びると、人で無いものとなり大陸を押し返しそのまま石となり大地の一部になった。
彼はその話によって聖人へとなった。
ただ、姫はそのことを儚んで自らの命を断ち、天国でモーラと結ばれるのであった。
カーテンコールが終わり、幕が降りそぞろに観客が劇場から出て行く。ほどほどのタイミングでリーズ達も劇場を後にした。
「良い劇でしたね」
「わたくしはそうは思いませんわ」
劇自体はとても良いものだったと思うがどうにも納得が出来なかった。
どうして納得できないのだろうと思いながら漫然と歩いて行く。
気がつけばヒューゴがずっと困った顔をしていた。
「この後お食事のためのレストランを予約しておりましたが、どうしますか? お気分が優れないようならば、取りやめますか?」
「いいえ、大丈夫ですわ。気を遣わせてしまって申し訳ございません」
劇場を出てからというものの、何かわだかまりのようなものを感じていた。
あの劇はとても面白かったが、どうしても結果に納得することが出来なかった。もちろんあの内容が聖典の内容をそのまま膨らませたものではなく一部物語にしているところもあるのだろう。
モーラは確かに人々を守るために大地を守る巨人となり、その身を捧げた。いつも詠唱していることだ。ただ、今となっては、今日、今この時だけは必要であっても詠唱を憚られるぐらいには苛立っていた。
「本当に大丈夫ですか?」
答えなかったが、大丈夫では無かったのかも知れない。
非日常みたいな出来事は続いて行く。
連れて行かれたのは高級レストラン。普段行くようなギルドの近くの飲み屋や定食屋といった所とは趣が違う。給仕が一対一でついて、丁寧に説明をしてくれる。
ヒューゴが頼んだワインが運ばれてきて、お互いのグラスに注がれて行く。
地方によってはクレリックが酒を飲むことを禁じている区域もあるが、本部では特段禁止をする決まりはない。自制を失わない程度にほどほどにしろというのは言われてはいるが。
注がれたワインを一息でからにした。
「おかわりを」
「え、ええ」
給仕がうろたえながらワインを注ぐ。
ヒューゴにも注ぎ終えると、ヒューゴはグラスを掲げた。
「乾杯をしましょう」
「何を祝するんですか?」
「栄転おめでとうございます。リーズさんの栄転を祝して乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせて、リーズは文字通り一息で杯を乾かした。
それから料理がいくつか運ばれてきた、どれも美味しかったが最初に一気に飲み干したワインのせいか何もかもがぼんやりしてしまい。ただ、美味しかった事だけが分かるというような感じだった。
ただ、たくさんワインを飲んだことだけははっきりと覚えている。
「飲み過ぎですよ……」
「う、るひゃいですよ。ヒューゴさんあたくしの勝手でし」
一通りの食事を終えて、うまく歩けなかったのでヒューゴの肩を借りて歩くことになった。
歩きながら一体いつ食事を終えていつからこの体勢であるいているのか、思い出すのも難しい。
「だいたい、ヒューゴさんが悪いんですよ。心配ばっかりかけて」
「わ、私ですか?」
突然名指しで批判され、戸惑うヒューゴ。
「そうですよ、いつも先ばっかり走っちゃって周りにいる人がどれだけ心配しているかも知らないで、勝手に突っ走っている」
「そうなんですか?」
「あなたは死に向かって走っているようにしか見えないんです」
「そんなことは無いと思うんですが……」
リーズは寄っかかっているヒューゴの手を払って離れた。
「そんなことはあるんです! 今日のモーラの劇を見てまるで貴方のようだなって思いました」
「光栄ですね。かの聖典の英雄と同じと言ってくださるのは」
ヒューゴは和かに笑った。紳士的でお手本のような笑顔だとリーズは思った。余計に腹が立った。
「思っている人がいながら、自分に力があるから必要とされているからと言って自ら命を投げ出す。自分というものが勘定に入っていないんですよ。あなたは」
ヒューゴから笑顔が消えて、少しムッとした顔になった。
「もしも人々を救う力があって、自分一人でなんとか出来るなら命を張るのが騎士としてあるべき姿でしょう」
「一番彼が幸せにしたかった、あのお姫様は幸せにならなかったじゃないですか」
「ですが、彼は神に等しい偉業を成し遂げたんです」
「もういい、ヒューゴさんなんて嫌いです!」
「あ、そっちは反対方向です」
勢いよく歩き出したら、派手に転んだ。慣れない靴を履いていたことをここに来て完全に忘れていた。
「ハイヒール折れちゃっているじゃ無いですか、家までおぶって帰ります」
「嫌です! 歩いて帰ります!」
もう一回立ち上がろうとして、また転んだ。
ハイヒールが無くなった気がしていたが片足だけで余計にバランスが悪くなっていた。
「仕方ないですね」
首と太腿の裏に手を回されて持ちあげられる。これは物語でよく見る形の!
「やめろーこのような辱めを受けて、拙者が生きていられるか! 恥ずかしい! 恥ずかしいでごわす!」
「ごわすって何ですかどこの騎士道小説から持ってきたんですか。大人しくしてください。危ないですよ」
「……はい」
抵抗虚しくリーズはヒューゴの腕の中でまるまっているのだった。
次に気がついたら部屋のベッドだった。夢であればよかったと思ったが、鏡を見てドレスをまだ着ていて、化粧はしたままだった。
翌日リーズは一日中布団の中で、昨日の出来事を思い出しては恥ずかしくなることを繰り返し続けていた。




