二人目の入院者
リーズが、目が覚めた時には二日が経っていた。
「起きたって聞きましたけど、大丈夫ですか?」
知らせを聞いて宗弥が駆けつけた時には、リーズは顔色は悪いながらも本を読む程度には回復しているようだった。
駐屯地の中でも特別な個室を与えられており、簡素ながら綺麗な部屋だった。
「ええ、なんとか」
リーズは振り絞るように笑顔を作るが、その笑顔が宗弥にとっては痛々しく映った。
「管理する身分にあるので、冒険者の体調不良や病気、怪我はちゃんと教えて欲しいかな」
「宗弥さんにだけは言われたくないですね」
柔らかい口調のまま、刺さることを言ってきた。
宗弥にはそういった意味での実績はいくつかあった。ファヴニール討伐では討伐直後に死にかけ、即入院。ドミニクの王位継承に伴っての儀式も、もろもろの手続きが全部終わってその後一週間弱寝込んだ。
宗弥に必要以上に働かせないようにしようというのは、パーティ全体に流れている風潮だった。
「痛い、それはとてつもなく痛いですが、それとこれとは話が違いますよ! ちゃんと話してもらいますからね!」
リーズはしばらく顔を膨らまして眉間にしわを寄せて宗弥を見つめたが、宗弥はそれに動じなかった。本人は恐らく睨んでいるつもりなのだろう。
「はあ、参りました。わたくしとした事がこんな事で倒れてしまうのが恥ずかしいので、ちょっと話したくは無かったのですが」
「是非お聞かせください」
宗弥はアルカイックスマイルを浮かべながら、身を乗り出した。
「最近、あんまり眠れないんです」
「眠れない? 何か気になることがあって寝付けないとかそのようなことですか?」
不眠症。
ここは異世界とはいえ、生活を営んでいるのは普通の人間で同じような脳の構造をしていると思う。そうなれば、精神の病がはっきり名前が付いていないだけであるにはあるのだろうとは思う。
「眠れない。という訳では無いんです。一応眠れはするのですが……」
「疲れが取れない?」
眠りが浅い為に、いくら寝ても疲れが取れないということはある。
「いえ、そういうわけでも無くってですね、毎日同じ夢を見るんです」
「夢……ですか?」
「はい、同じ夢です。毎回同じ状況で始まるんです。ファヴニールを討伐する時に、わたくし足を挫いてしまって……その時、あの龍はわたくしのことを見ていましたから死を覚悟したんです。それをヒューゴさんが守ってくださって助かったのですが」
「それは、現実の再現ってこと?」
「そうです。途中までは同じなんですが、助けて頂いた直後にヒューゴさんが骨になって灰になってしまうのです」
「毎日見ると」
「はい……。毎日その夢で深夜に起きては眠れないのです……」
「もう一度寝ようとしても眠れない」
「はい」
「何か気がかりなことがあるんじゃないかな。夢だけというのもなかなか考えにくい、もう一度眠ってしまえばその夢は見なくて済む。リーズさんにとってそれがものすごくショックな夢だから眠れないのではないかな?」
「そう、なんですかね?」
「分かりませんが、聞いている限りじゃヒューゴさんの死を何度も夢に見ていますね。それが何かを想起させるのですか。例えば……。ヒューゴさんが目の前で死ぬとか」
沈黙。
リーズはまじまじとこちらの瞳の奥を覗き込んでいる。
言い終わった時にこれは自分が言うべきことでは無いのだと確信した。
「そう……なのかも知れません……」
「そうなんですね。何だか僕には彼があまりにも頑強だから死ぬことはないのではってついつい思ってしまうんですけどね」
言いながら、誤魔化すように乾いた笑い声を上げた。
「むしろ逆です。彼が人並み外れて頑丈だからこそ、心配なんです」
「どうして?」
リーズの顔色はすぐれなかった。拳を強く握って手の震えを抑え込んでいるのが分かった。
「彼は出来るか出来ないか、自分が生きるか死ぬかということを考える前に有りたい姿になろうとするのです。それが結果として頑丈になったのか、元より頑丈であったのかは分かりませんが彼を人並み外れて頑丈にしたんだと思っています。ファヴニールの前に立ちはだかった時、わたくしは英雄的な行動に感銘を受けましたが、同時に心の片隅でこんな無茶は出来るはずがないと、思ってしまったのかも知れないのです」
人としてファヴニールに太刀打ちすることは出来ない。
それは、宗弥が資料を読み込む限り間違いなくその通りだった。
ファヴニールが前回登場したのは、ヨシュア戦記の中での事だった。
恐らくヨシュア戦記の中で現れた限りなく神に近い力を持つ強いものとして記されている。
ヨシュアと騎士団は懸命に戦ったもののファヴニールを倒すことが出来ず、ヨシュアは己の命を犠牲に更なる力を得て倒す事を決断してファヴニールを打ち倒す。
普及しているヨシュア戦記ではヨシュアは一度死に冥界にて大地支えし巨人であるモーラ神に出会い、復活を果たしている。
宗弥が一通りの資料を読み漁ってのファヴニールへの感想は一言で言えば『特撮の巨大怪獣』というような印象だった。それと戦うにあたって戦車でも、戦闘機でもなく、魔法の力を持っているとは言え只の人が数十秒でも戦えるはずもない。
リーズが言っていることはごく当たり前の事だった。だが、何故かヒューゴなら大丈夫だと宗弥自身も思わされているところはあった。
「……多分リーズさんの指摘、合っているんだと思います。僕も今言われるまでヒューゴさんなら大丈夫だろうって思っていました」
「分かってくださいましたか? 彼を目の当たりにした人が彼の中に別の何かを作り上げてしまう。そして彼はそれに答えてしまう。だから、わたくしが守らなければならないと思っていたんです……」
リーズの顔は青ざめて、涙さえ浮かべている。
ヒューゴが人ならざる無敵の英雄である事。恐らくそれは、ヒューゴ自身が信じ込んでいることであり、それを実現する度に周りにいる人間が皆、彼を無敵の英雄であるということを信じるのだろう。リーズを除いては。
リーズは怖かったのだろう。誰一人として、彼が人であるということを分かっていないという事が、そして守れるのは自分しかいないと背負いこんでしまったのだろう。
「無意識のうちに、彼が強大な敵に立ち向かう時に、わたくしが出来る以上の加護を彼に与えていたのかも知れません」
「それは確かに、思い当たる節がある」
リーズの顔色が悪くなることと反比例して、ヒューゴの調子はここのところものすごく良かった。
通常、エマ、ドミニク、ヒューゴの三人で役割分担をしながら倒すBクラスからAクラス相当の巨大魔獣をヒューゴ一人で倒し切ってしまうという事が多々あった。これが単純にヒューゴの調子が良いだけなら良いのだが、リーズの犠牲の上に成り立っているとなれば話は別だ。
「正直、あんまり良い状況だとは思えない。気持ちは分かるし、言っていることも正しいのだけれども、術が彼に対して強大になりリーズさんの状態が悪くなるのは良くないことだと思う。この事に関しては、三人に周知をした上できちんと協力をしていく形にしたい」
「周知……それはどうか、やめていただけませんか?」
「なら、今後は無意識的にヒューゴに対して過剰に頑張るのをやめてくれ」
「はい……」
リーズは分かってはいるようであったが釈然としない様子だった。
もしも自分が同じことを言われたのならそれは大抵納得する事が出来ないし、自分で言っておきながらもっと上手い言い方は無いものかと思った。付け加えるなら、無意識にやっているのであれば是正は尚のこと難しい。助言としては最悪だ。
「こんにちはー」
重苦しい沈黙のなか、能天気な大声が病室に響き渡った。
戸口から現れたのはヒューゴだった。今は鎧は着ておらず、平服で現れた。手には花束が握られている。
「ああ、宗弥もいらっしゃったんですね! リーズ、大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと体調を崩しただけですから、そんなに心配しないでください」
そう言うと、さっきの沈痛な表情と変わっていつもの笑みを浮かべたのだった。
それを見た時に、何とも言えない気持ちになった。彼女は、彼女で、彼女のしたい事とは別に、ヒューゴの前での態度をいつものところから崩すつもりは無さそうだった。
「……さっきの件、だけどエマにだけは相談したい」
「承知しました」
ヒューゴは何が起こっているのか分からずとぼけた顔をしていたが、リーズの中ににわかな苛立ちと、自分の中に多少の苛立ちが生まれるの分かった。
「じゃあ、先に行っている。お大事に」




