地震を操る巨人
それからずっとエマの説教が続いた。
「お前ら、雑に教科書通りにやり過ぎだろ。きちんと教科書通りに丁寧やってればもう少し長持ちしただろ」
兵士たちは全員その場に座って俯いていた。
宗弥は、数字の行かない営業会議を曖昧に思い出していた。昔の辛い記憶ばかり思い出してしまう。
「ヒューゴが突撃受けた後に左右に分離するやつ。弓兵がリーズを狙うタイミング。独自の工夫って思ってるかも知れないが、そのまま弱点になってんぞ」
「お言葉ですが、あれは我々の三代前の師団長より受け継がれてきた突破陣形でして、訓練にも多大な時間をかけており……」
「ゴミだから直せって言ってんだよ」
「ぐぅぅぅ……」
先ほど指揮を任されていた師団長のジードが食い下がったが、エマが一蹴する。
「今回の演習で分かったのは、まずは教科書通りに直せってことだ、時間があればこの駐屯地に合った防衛方法を考えて訓練をする良いな」
誰一人返事をせずに俯いてしまっていた。
エマがアルミンの兵士たちを必要以上に打ちのめしてしまったのだった。
「返事は?」
沈黙。
「返事は?!」
一斉にハイと、勢いの良い返事が返ってくる。
エマは気が済んだのか、ずっと組んでいた腕を解いた。
「でも、『何者も立ち入れぬ聖域』は良かったと思いますよ。あれは、私にも抜けませんでしたし、エマも天鱗砕きを使ったところで貫けなかった事でしょう」
「バッカ! これからそこだけ誉めようと思ってたのに」
顔を伏せていたアルミンの兵士達は顔を上げてヒューゴを輝く何かを見るような眼で見つめた。
「あ、そうだったんですか? 皆さん落ち込んでいらっしゃるようでしたし、確かにエマの言うとおり隊列はすぐさまバラけますし、練度を欠片も感じることは出来ませんでしたが、あの盾だけは良かったと思います。ドミニクが入り込んでいなければ攻略するのは一苦労でしたね」
穏やかな口調だが、レベルが低いということははっきりとヒューゴも口にしていた。
「よくぞお気づきになられました! あの技はヒューゴ殿の伝説的な盾の技術に着想を得て我々が練り上げたものなのですぞ!」
「へえ。そうなんですか?」
呆けた感じでヒューゴが答えた。
「騎士団を抜けられた時、大変残念に思いましたが、今なおご活躍と伺っております」
「あ、ありがとうございます」
ヒューゴにいつものような威勢の良さは感じられなかった。どこか拍子抜けしたような反応だった。
ジードをはじめとした兵士たちはヒューゴのことを子供がヒーローを見るような目で見ていることに気がついた。
結局これが目的だったのかというのが宗弥の感想だった。
ヒューゴが騎士団内において生きた伝説になるぐらいには人気があり、英雄視されている。
訓練というのは半分は建前で、もう半分は騎士団内で憧れられていたヒーローであるヒューゴに直接この技を見てもらいたかったという気持ちもあったのではないかと思う。
「話は終わったか?」
おそらく宗弥と同じ結論に至ったエマが、不機嫌を丸出しにしてそういった。
「え、ええまあ……」
「なら、とっとと訓練のメニュー組むぞ。まずは……」
遠くで何かが低く鳴り響く音が聞こえた。
雷ではなく、地面の底から響いてくるような音だった。そうして、にわかに地面が揺れていることに気がついた。
「ん、なんか地震?」
地面は揺れていた。揺れるとすぐに収まりまたドシンという音とともに地面が揺れている。
「宗弥何言ってんだ、地震じゃないぞこれ。断続的で、なにかを叩きつけたことによる衝撃で揺れている。こいつは……」
演習所全体に巨大な影が射した。
太陽を隠したのは巨人だった。体の大きさは、五階建てのビルぐらいの大きさがあった。巨大な一つ目が顔の中央にあり、筋肉の隆々とした巨人だった。
両手に棍棒を持っており、それを弄ぶように持ち上げたり、地面に落としたりする。棍棒を地面に落とすたびに地面は揺れているようだった。
「サイクロップスですか」
「なーんでこう、行く先々にやたらBランククエスト相応のクリーチャーがごろごろ出てくんだろうね」
ドミニクがぼやいた。もうすでに矢を抜いていた。
サイクロップスというか、このサイズの巨人族はまとまった兵力がなければまず倒せないかった。
「今こそ我らの力を見せる時、総員集まれ! クレリック隊は宿りし神の肉体を全体に向けて詠唱。
重装歩兵隊は壁を作れ! 弓兵はその後ろに控えろ!」
ジードが指示を飛ばす。
エマに関しても異論は特にないようで、とりあえずアルミンの兵士達とサイクロップスとの始まり方を見て色々決めていこうかと考えている様子だった。
ヒューゴにしても、まず初撃で崩れることは無いだろうと見ている。
ドミニクは気がついた頃には姿を消していた。いざという時の備えと、誰もフォローしていないポイントを抑える為に動いているのだろう。
緊急事態になった時の宗弥とリーズの動きは大体同じで、曖昧にヒューゴの後ろに隠れて宗弥はなにもせず、リーズはエマとヒューゴに宿りし神の肉体の加護を付ける。
ふと、まだサイクロップスのは両方の棍棒を振り上げた。まだ兵士達に当たる距離では無い。
投げるのかと思いきや、サイクロップスは地面に思い切り叩きつけた。
衝撃音。
地面から突き上げられて、その場にいた全員が転んだ。
「アースクエイク!」
エマが叫んだ。
メイスや、盾など重量のある武器、武装を地面に叩きつけると起こる人為的な地震。
「ええい! すぐに態勢を!」
再びサイクロプスのアースクエイク。
立ちあがった兵士たちが全員すっ転ぶ。
「引いてください、ここは私一人で引き受けます」
ひとりだけ立ち続けていたヒューゴが言った。
「しかし!」
その場に座ったアルミンの兵士達は闘志だけは一人前にあった。
「足手まといです、アースクエイクの範囲外でリーズさんと宗弥さんを守ってください」
「……分かりました」
「エマ!」
「分かってら、ドミニクのいる位置もあたりが付いてる。あたしが仕留める。準備できるまで粘れ」
エマがゆっくりと立ち上がると、そのまま後ろに向かって全速力で走り出した。
『あー、分かってるとは思うけど、そこから北西の方角に200メルほどの森の中にいまーす』
ドミニクからの念話。パーティメンバー全員に向けての発信。
「承知しました、正面からあいつとやりましょう」
アルミンの兵士達と、宗弥とリーズはゆっくりと後ずさりしながらサイクロプスから離れていく。
サイクロップスは楽しそうに地面を打楽器のようにたたき続けている。そのたびに地面は揺れている。
それでも、ヒューゴは全く意に介さず前へと進み続けて行く。
誰も立ち入れない世界に独りで入っていく様は、人として逸脱していて、何か神話の登場人物を思わせるようだった。
リーズは三人に平等にかけていた宿りし神の肉体を解除し、ヒューゴだけに大地支えし巨人へと術式を変える。
ヒューゴは自らのメイスで盾を叩いた。
「我が名は、ヒューゴ・フェレイル! アルミン最強の盾なり、至高の技を持つ独眼の巨人よ! 我と尋常に勝負せよ!」
ヒューゴが咆哮する。
あたり一帯を揺るがして、ヒューゴの声が響き渡る。サイクロップスが生み出す地震に匹敵するような大声。至近距離で聞いてしまったなら、鼓膜を破る程度の威力はあることだろう。
サイクロップスの視線がヒューゴへと向き、地面を叩くのをやめた。
何故だが、ヒューゴのあの名乗りは人も化け物も全て彼と戦いって倒したいという欲望へと駆り立ててしまう。
サイクロプスとヒューゴ一歩一歩近づいていき、
やがてお互いの持つ棍棒とメイスを思い切り振り上げて、
同時に振り下ろした。
辺り一帯に暴風を撒き散らし、お互いの獲物が離れた。
サイクロップスはもう片方の手に持った棍棒を振り下ろす。
ヒューゴの盾に激突する。にわかにヒューゴが引き下がり、サイクロップスも後ろに弾かれる。
ヒューゴは再び前に出て盾を構えると、サイクロップスがもう片方持った棍棒をヒューゴへと振り下ろす。
衝撃。
ヒューゴは後ろにほんの少しだけ押し下げられ、その場に立ち盾を構えている。
自らのメイスを構えようとせず、ただ、盾を構えて防御を固めている。
サイクロップスは、壊れないヒューゴを見て気に入らなかったのか一挙に距離を詰めると、両手に持った棍棒をヒューゴに向かって叩き下ろし続けた。
一撃ごとに暴風を辺り一帯に撒き散らす、サイクロップスの攻撃が雨霰のようにヒューゴに降り注ぐ。
数十発サイクロップスが殴り続けて満足したのだろう、攻撃が止む。
あたり一帯は土埃が舞っていてどうなったかはすぐに判別がつかなかった。
強い風が吹き、土埃が晴れていく。
ヒューゴはまだ、そこに盾を構えたままで立ち続けていた。
アルミンの兵士たちから歓声が湧く。
いつも間近で見ている宗弥にしてみれば、『まあ、それはそうでしょうね』という気持ちだった。何せ、リーズの超一級の加護を受けていたとは言え、国一つ滅ぼせる龍とタイマン張るのであまり驚くことではない。
いかなる死の恐怖だろうと、立ち向かい必ず生還する。それがヒューゴという英雄に期待されている役割だった。
「その程度か?」
ヒューゴがゆっくりと盾を下ろして、前ヘと進みでる。
さすがにサイクロップスにしても、ヒューゴの圧力に負けて後ろへとたじろいだ。
「来ないならこちらから行くぞ」
歩いて接近するヒューゴ。みるみるうちに、サイクロプスとヒューゴの距離は無くなっていく。
「かつて、この地を支えたとされる巨人よ、我にその一撃を与え給え。『巨人の一撃』」
振り上げたメイスは、とっさにサイクロップスが防御に使った棍棒をへし折り、サイクロップスの膝に命中した。
膝に強烈な痛みが走ったのか、サイクロップスは叫びをあげて膝をついた。
ヒューゴを睨め付け再び、片手に持った棍棒を振り上げた瞬間。
今度は雨が降ってきた。
厳密には、ドミニクが空中に放ったいくつもの矢が、空中で分裂してサイクロップスのいるあたり一帯に降り注ぎ、背中で爆裂していく。
爆裂弾。
ある程度使える予算が増えたので導入したドミニクの新兵器。撃ってしばらくすると、空中で分裂して、接触すると爆発するというもの。
元々中、近距離での正面から対応する際に使うことが想定されていたが、大型クリーチャーに対しては真上に撃って降り注ぐように使うこともある。ドミニクは恐らく、空に三射打ち上げて同じタイミングで着弾するように調整したのだろう。
たまらず、サイクロップスが地面に顔面から落ちる。
「こいつでトドメ」
上空から真っ赤な槍が凄まじい速度で落ちて、サイクロップスの背中から胸を貫いて止まる。
エマが上空から落下して、槍の上にピタリと着地。
瞬間。
槍全体が爆発をした。サイクロップスの穴という穴から炎が飛び出た。
サイクロップスは一度痙攣すると、力を失って起き上がる事はなかった。
『死んだ?』
ドミニクから。
「間違いなくやった。今回は、ヒューゴの動きが良かったな」
「お褒めに預かり、光栄です。エマ」
ヒューゴは無傷だった。一撃ごとに地震を引き起こすような攻撃を数十発連続で受け続けようが無傷だった。
「正直今回はリーズの助けがあれば一人でいけたか?」
「問題なかったですね。多少時間はかかりますが、一つ一つ壊していけば倒せますね」
ヒューゴはしれっと答えた。
もちろんヒューゴ自身に破格の能力があるということは当然なのだが、一人で十人分の加護を付与することのできるリーズの術式あってこそだった。
「リーズ?」
リーズは先程から何一つしゃべらずに黙ったままでいた。
黙っていたので注目していなかったが、顔が妙に青白く指先がかすかに痙攣している。
「調子が悪そうだね? 早く帰って休んだ方がいいかも知れないね」
宗弥が素人目に見ても、立っているのがやっとなのだろうということは見て取れた。他の面々も心配そうな眼差しで、リーズを見つめている。
「い、いえ、わたくしは平気ですので、このまま事後処理を……」
と、言いかけたところで、糸が切れたようにその場に倒れてしまった。
「「「「リーズ!」」」」
一斉に駆け寄ったが、意識をすぐに取り戻すことは無く訓練は一切中止となった。




