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異世界転生しても社畜なので辛い  作者: あぶてにうす
1話 異世界転生しても結局働き詰めで死ぬ
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緊急事態(クラスB)

 宗弥の懸念は、ただキャッキャッしているだけの場所で、新人らしからぬ目の濁り方をしている奴がひとりだけいたということ。


 エマは、的確に木の実を採取していく。適当にやっているわけではなくレクチャーを踏まえた上で迷いなく採取していた。宗弥の手元にも、採取にあたっての図解などはあったがエマの判断は恐ろしく早く、的確だった。


 昼休みになった。配られた弁当をクリスちゃんを囲んでみんなで食べている。


 クリスちゃんも、特にエマに関しては関与しないように見えたので、隙を見てエマに話しかけてみることにした。


「やたらと手際がいいな、何かやっていた?」


「別にー。ウドルキーの木の実は乾燥させないでそのまま食べれば痛み止めみたいになるから、選別の仕方は知っていたってだけ」


「そうなのか」


「そうだよー。あんた、やたらあたしに構うなぁ。好きなの?」


「そうかも」


 と答えると、エマは飲んでいた飲み物を吹き出した。


「お前、ふざけんな、鼻から入っただろーが!」


「残念でしたね。まあ、気になってはいるけど、必要以上に関わらないつもりだよ。今だってクリスちゃんが見てないからこっそりここにいるだけで」


「あんな、大したことの無い女にビビってんのかお前は?」


「そりゃ怖いよ。調べれば調べるほどに怖いお方だ。だから、僕は君に大人として忠告しなければいけない。あの人に逆らってはいけないし、あの人の前でそれなりにやる気がある風に見せなければならない。いいね」


「くだらねぇな。どいつもこいつも、真面目にやれ真面目にやれって、結果出してりゃあとは何でもいいだろうがよ」


「なんとなく君が跡目を継げない理由が分かったぞ」


「どういうことだよ」


 エマは宗弥をにらみつけた。


「そういうところだよ。多少なりとも従うような様子だけ見せておけばなんとかなるのに、それをしないから損をする」


「うっせーな、少しは見込みがある大人だと思ったら、アンタも同じこと言うんだな! あたしは退屈なんだよ、速く上がりたくて上がりたくて仕方ないんだよ。こんなチンケな山菜とりじゃなくってもっと害獣じゃなくて、巨大な魔獣がドーーーーーンって! 現れてだな!」


「そんなことがめったに無いからこれがEランククエストなんでしょ?」




 ドーーーーーーーーーン。




 突如として轟音が鳴り響いた。その後に続くのは、山全体に響き渡るいななきだった。


「出たんじゃねぇの? 魔獣」


「そんなバカな」


「行ってくる。多分あたしの望み通りになっているはずだ!」


 エマは即座に駆け出した。


 遠くでクラリッサが人を集めているのは分かった。ただ、エマを追いかけないと、どこにいったのか分からなくなる。緊急時の合流先も分かっている。なら、どこに行くか分からないエマと一緒に合流地点に帰るのが一番良い。


「ちょっと、待てやーーーー!」


 と、宗弥が追いかけていく。


 体調が回復しているおかげか、すぐに息は上がらずなんとか走れている。ただ、エマが十キロ以上の装備を装着して、軽く流しているのと同じ速さを叩き出すのに宗弥は全力を出さなければならなかった。


 エマがちょうどこの山の入り口を見渡せる崖の上に到達する。宗弥も数分遅れでなんとか追いつくことが出来た。


「おいこら、ペース抑えて走ってやったのにその体たらくかよ」


「し、っしかたないだろ、運動なんてあんましない不健康な生活してたんだからっ」


 息を切らしながら、宗弥はしゃべる。しゃべるたびに肺から空気がただ漏れ出ているような感覚になった。


「見てみろ」


 エマが伏せて宗弥もそうするように指示される。匍匐前進で前に進んで宗弥に崖下の様子を見せた。


 凄まじく巨大な猪が崖の下にいた。五トントラックと同等程度の大きさを固そうな金色の毛で覆っており、口から生える牙と瞳の色が金色に輝いていた。


 崖の一部が崩れ落ちていて崩落した岩が出入り口を塞いでいる。


「あいつが崖を崩した。さっきのドーンって音はこいつがぶつかった衝撃だろうよ。その証拠に、額のところと牙のところに土付いてんだろ? あれが激突した跡だ」


「いくらなんでもぶつかった程度で崩れるのか?」


「まあ、それぐらいの威力はあんじゃねーの? それか、前から何回もやっておいてもろくしておいたとか?」


「動物にそんなことができるのか?」


「さあな、魔獣の類になってくると人並みの知性があるらしいから、そういうことって十分ありえるらしいよ」


「そういうものかな」


 と、反応すると、猪は皆がいる森へと向けて走り出した。入り口の谷を抜けるとそのまま森になっているのだが、道を外れて別の場所から一気に駆け上がっていった。


「あいつ何がしたいんだ」


「あたしには、だいたい検討がつくけどな。とりあえず戻るか」


「わかった」


 そのまま来た道を歩いて戻っていき、合流地点を目指していく。合流地点に指定されていたのは小さな小屋だった。扉を開けるとこのクエストに参加していた冒険者とクリスちゃんが待っていた。


「遅かったじゃないのー。心配したんだからね!」


 クリスちゃんが甘ったるい声で言った。


「申し訳ありません。彼女と行動を共にしていまして、単独行動に出たので、孤立の恐れがあり、合流地点を知っていたのは自分だけだったので彼女に同行していました。報告を怠ったことをお詫びします」


 即座に頭を下げて謝罪すると、となりでエマが舌打ちした。


「人が謝ってるのに、隣で舌打ちってアンタ……」


「で、どうすんだよ。これから」


 つっけんどんにエマが言った。


「あの金色の猪。魔猪、ガディングルは通った場所全て更地にする鋼のような皮膚を持つ巨大猪だ。対応を考えないと始まらないぞ」


「指示をするのは私です! 魔獣出現の恐れがあり、方角からして入り口に現れたと考えられるので、山を登り避難場所へ退避し、救援が来るのを待ちます。私は念話魔術が使えますから、助けは半日と経たずに来るでしょう」


「入り口が先ほどの衝撃で崩れたようなのですが、半日で来れるのですか?」


 宗弥が聞くと、クラリッサの表情が固まった。


「なんとか、……なんとかしてくれるわよ……きっと、それがダメなら山を越えて反対側に抜けて山を迂回してアルミンに戻る!」


「とりあえず、あいつの動きは見てきたけど、この森を迂回して山の上の方からやってくる。山の反対から逃げようとすればバッタリ出くわすようになってるはずだ」


 クラリッサの顔が途端に青ざめていくのが分かった。他の駆け出し冒険者にも動揺が広がっている。


「あいつはきっちり、俺たち全員を皆殺しにするために手を打って来た。何か覚えはあるか?」


 新米冒険者は一様に首を横に振った。それもそうだ、ほとんどが今日が初めての現場だ。クラリッサだけが「まさか、まさか……」と小声でつぶやき続けていた。


「何か、覚えが?」


 そう言うと、クラリッサは顔をあげた。


「別に大した事じゃない……。一週間前に同様のクエストを行った際、害獣として一匹の猪が討伐された。変わった品種で、判定をするかぎりでは魔獣種の子供だったのよ。それを報告し、処理した。ボスにはもう報告をしたのですが、まさか……仇討ちなのでしょうか」


「だろーな。あまり例は多くは無いとはいえあるには、ある」


 エマが言った。


「そんな、そんなことが本当に? 私が知っている限りの事例ではそんなことは!」


「あるんだなー、そんなに多くない事例だしここ数十年のあの都市で取り扱った事件だけに限れば一回あるか無いかぐらいの発生頻度だろうよ」


「あれ? 意外と博識?」


 宗弥が聞くと、エマは顔をしかめた。


「意外ってなんだ、これぐらいあたしがこれからやろうとすることには当たり前に知っていなきゃならない。例えば目の前で魔獣がその子供を殺害された場合大半の魔獣は怒りに任せて襲いかかってくる。だけど、まれに同じ場所で待ち伏せて確実に殺しに来るケースもある。それが今回のケースなんだろうよ。だから、これを見越して魔獣種の子供を殺した場合は厳戒処置がなされる場合もあるがこんな事例が何十年と起こらなければ、忘れ去られるってことはあるみたいだ」


「なら、私たちは……」


 死ぬしか無いという言葉をクラリッサとその他の新米冒険者は飲み込んでいるようだった。


「ちなみにここには何がありますか?」


「半分シェルターのようなものなので、数日分の食料と、緊急用の武器防具一式、それと……、爆薬が少し」


 爆薬という言葉に新米冒険者が色めき立った。


「待って。がけ崩れのところに爆発させても何も起こらないの。崖くずれは地道に掘って修復するしか……」


 一瞬明るくなりかけていた空気が即座にしぼんだ。


「崖に追い込んで囲んでいる崖の壁面を壊して、そのガディングルを倒すとか」


「でも、そんな程度の打撃じゃ……」


「それで良いかもな」


 エマが呟いた。全員が理解できない、そんな風な顔でエマの顔を見ていた。


「考えがある。あたしに従ってくれれば全員助かるアイディアはある」


「そんなものは認められません! ここで助けを待ちましょう。誰かが動き出せば居場所が分かって、皆殺しにされてしまう! 救援を待ちましょう。必要なスタッフも装備も人員も足りない。ここで助けを待ったほうが確実なんです!」


「無駄だと思うぜ。ここがセーフハウスってこともあいつは調べた上で来ている。ここで待っていても全滅だ」


「打って出ていったところで全滅です! 待ちましょう」


「ここで待っている時間も議論している時間も無駄だ。あたしに従え。やらねーなら、あたし一人でもやる」


「それもやめてください! 私たちを危険にさらすというのですか!」


 エマはここで立ち止まっている時間が一分でも無駄で、早く準備を進めたがっている。


 一方のクラリッサは一歩もここから動くべきでは無いと考えている。動けば死ぬと考えている。


 新米冒険者は不安そうにどっちにするべきかということを判断し兼ねて全員が困惑している。


 宗弥はエマを見た。とてつもなく怒っていて、自分の判断した確信は絶対に正しいと考えている。


 一方のクラリッサもまた怒っていた。怯えながら怒っていた。自分の確信は正しいと判断している。伊達に何年間も冒険者をやっていないし、それから十年近く紹介者をやっているわけでもない。実績はある。


 エマに全く実績が無いかと言えばそういうわけでもない。ドラゴンスレイヤーで名を馳せているバレー家は一家とその従者家族と共にドラゴン討伐のパーティーを組み、ドラゴンを討伐している。エマのことが気になって調べたら、エマが参加したドラゴン討伐と魔獣討伐についてはエマの地元の新聞からいくつか出てきた。そのいずれの戦いにおいてもエマは活躍していた。ただ、冒険者としての実績が無いのでこのクエストに今回参加しているというだけだ。


 宗弥がどうすると考えたときに、このまま進ませても平行線をたどり、結果最悪の結論に達する可能性がある。最悪の結論、迷った新人が二派に分かれて結局どちらの目的も果たせぬまま全滅する。


 新人の意見を一つにまとめたほうが良い。


 そうしなければ崩壊は免れない。


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