継承され続ける力
「無事だったのか……ナザレも」
宗弥達が戻った時、場の空気が一瞬にして泡立ったようだった。
「状況は?」
その反応を無視して、宗弥は聞いた。
「とりあえず、一通りの対応は一旦終わった。ここで化け物化したのは大体倒した。大臣のマッシュも同様だ。ただ、街にも同時多発的に化け物が現れて今は対応に追われている。ただ、一つ気になることがあって、混乱させることができれば十分だってマッシュが死ぬ前に言っていて……」
「それだと、本国から軍隊が迫っていてもうこの街は包囲されているかも知れないです」
ナザレが宗弥の後ろから出てきて言った。
「その辺どう? クリードさん」
「ああ、そいつの言っている通りだ。トランジ共和国からここガサに向けて軍隊が派兵されている。すでに関所は突破されていて数時間後には都市城壁の前にはトランジ共和国軍がぐるっと囲む寸法だ」
「宗弥、お前こうなることを分かっていてこうやったのか?」
エマが追求する。
「悪いが成り行き上こうなるのは避けられなかった。僕は起こりそうな最悪にとりあえず備えたまでだ。ミカエラ盗賊ギルドの面々が動きやすいように取り計らい、町中で起こりそうな混乱の初期対応をしてもらう。蜂起してクーデターを起こすところまでで止まると思っていたがまさか本国の軍隊まで動かしてくるとは想定してなかったな」
「想定してなかったで済む問題なのかよ!」
エマが怒鳴りつけたが、宗弥はまるで動じる様子が無かった。
だからどうした? という顔で立ち続けている。
「セト様は全部知った上で今日を迎えたのですか?」
リーズが聞いた。
「実のところ、直感的には大臣たちの間にざわめくようなものは感じていたが、ここまで巣食っているとは」
「あんたは、信じてたやつに裏切れたりして悲しくなったりしなかったのか?」
ドミニクがナザレの手を握りながら言った。
「そういった気持ちはとうに抱えている。それ以上の気持ちがあるとするならそれは自分自身への失望だ」
「そうかい」
「で、どうする?」
宗弥が言う。
「どうするったって、さっさと暴れまわっているやつらを片付けてまずは都市に籠城をするか、もしくは王都を放り出して一旦逃げ出す。そんなもんだろ。ギルドが公式に他国の戦争に介入するなんてことはできないだろうし、あたしの所属しているドラゴンスレイヤー協会にしてもそうだ」
「さっさと片付け終わったころあたりに、今囲んでいる軍隊の準備が完了するね。うちの盗賊ギルドから引っ張ってきた人間は精々が十五人程度、それなりに引きつけたり避難誘導したりして混乱を最小限に抑えられるけど軍隊はズタズタな筈だ」
「そこの御仁が言うように、今報告が来ている限りでは鎮圧に一時間程度、そこから作戦本部を設営をしてさらに一時間程度最短でやってもこの程度だ。そして開戦する当初から全体の一割程度はなんらかの負傷をしており治療をしていると考えるとまともに機能するとは考えられない」
この場に残って山羊頭の迎撃をしていた大将軍のガニルがそう言った。
「打つ手は何か……」
沈黙が辺りを包んだ。
大軍を相手にどのように戦っていくのか、誰もが良い案を持っているようではいなかった。
「なんとか、するしか無いんじゃないか?」
ドミニクが言った。
全員がドミニクを見た。分かってはいたが誰一人として言えないことだった。
「おれら作戦が無いとか、作戦通りに行かなかったなんてよくあった事じゃ無いか」
数秒間の沈黙があって、それからエマがハハっと笑った。
「そりゃそうだったな、そんな感じで国滅ぼせそうなクルガンオオトカゲ倒したり、ファヴニール倒したんだよな」
「だが、相手は人の軍隊だぞ! まともな対策もなしにバラバラな状態でやればあっという間に瓦解するぞ!」
ガニルが吠えた。
「それは、そうなんだけどさ。やらないとダメなんだろう? 宗弥がよく言っていたよ頭とケツが決まっているならやるしか無いって、おれは結局ここの生まれでいずれはここに帰ってくる。だから、なんとしてでもここを守りたいなら、おれしか出られないって状態でもおれは戦うよ」
「手伝おう」
ヒューゴが進み出た。
「わたくしも」
リーズが出た。
「やるしかねぇだろ」
と、エマ。
「ということになりましたので、クリードさん、あとはそちらの振る舞いはお任せします。報酬に関しては僕に請求できなかった際はギルドにというか、クリスちゃんにお願いします」
宗弥は、クリードに話しかけた。
「何を言っているんだ? 俺たちは俺たちのケジメをつけるためだけにここに来たんだ。こうなっちまったら最後までやるってんだ」
クリード達も乗り気。
その様子に励まされるように徐々に、ドミニクの周りに兵士たちが集まってきて参加を申し出てくる。
「ドミニク、君は友と思えるナザレを救い出すことができたんだな?」
セト王がドミニクに聞いた。
「そうだ、助けられた」
「王権を使ったようだな?」
ことが起こったことを知っている人以外は全員目を見開いた。
「腕に使った跡が残る。やはり見込んだ通り、お前は資格を持っていたようだ」
ドミニクの上でにはたしかに、弓を持っている腕から出血をしている。縁を描いて中心から放射状に線が走っている。
「ドミニク、祈りの矢文は使えるか?」
「使えるけど、この弓で引いたら矢が砕けだんだ」
「そうか、伝えていなかったな。この弓で祈りの矢文を引くには専用の矢がいる」
「撃てないんじゃないのか?」
「そもそも祈りの矢文は誰が誰に向かって祈った故事を元にしているかを知っているか?」
セトは教師のような口調でドミニクに聞く。
「えーと、おれもよくは知らないけどゲーン教にあった故事で、弓の達者なアッラが遠く山の向こうにいるゲーンに伝言を伝えるために風の神に祈ったって話から来てるとは聞いているけど」
「今お前が持っている王権はアッラ持っていた弓そのものだ。もし、仮にも祈りの矢文を使うならその弓を使うなら、神話と同じ矢を使わなければ砕けるのだ」
「な、なな、な、そんな記録、教会にも残っていませんよ! た、確かにアッラはこの国を建国した王であることは確かなのですが……」
リーズが今まで知らないことに出くわして慌てていた。セト王は簡単にこの国で一人しか知らない伝承を簡単に話してしまっていた。
「もう、王である権利はお前に譲渡されている事だろう。貸してくれ」
ドミニクがセトに王権を渡し、セトが引こうと試みるが微動だにしなかった。
「やってみてくれ」
そいういって、ドミニクへと王権が手渡される。
ドミニクが引こうとするが、引けないというか半分程度引けたところで止まった。
「あれ、さっきは引けたんだけどな」
「それをナザレに渡してもらっても良いか?」
「はい」
今度はナザレが受け取って、引くと半分は引けた。
「やはりか、王権を引く権利は二つに別れた。ドミニクがナザレを救わなければ、ドミニクに権利がすべて行くのだが、同様の資格を持っている場合に関してはこういう風になる」
「この国を裏切った逆賊にその権利があると言うのですか!」
サイードが喚いた。
「王権は権利を選定する弓に過ぎない。ただ、権利があるということ。しかし、正しい知恵と心が無ければ引けない物だ。ナザレ、君のこの国への忠誠は信じるに足りるか?」
「はい、僕の命は、僕の魂を救ってくれたドミニク様とこの国に捧げます」
「ならば、良い」
セトはただそう言った。満足をしているわけでもなく、ただ、信じているとそう答えたようであった。
その問答だけでこの場にいる誰をも納得させてしまったのだった。
「ドミニク、ナザレと二人で弓を引いてみてくれ、それで出来るはずだ」
「こうか?」
ナザレの後ろに立て、二人で一緒に弦を引くとあっけなく引けた力は特に必要がなく二人であればすんなりと引けてしまうようだった。
「出来た」
「伝承にある通り、祈りの矢文は山一つ越えた先まで狙って弓矢を飛ばすことが出来る。あとはこれをどう使うかだが……」
「簡単だろ?」
ドミニクが言った。
「おれたちはファヴニールを倒した伝説の勇者なんだぜ?」
城壁の向こうにはトランジ共和国の旗印がそこかしこに見えている。平原を埋めつくさんばかりに鎧に身を纏った兵士達が並んでいる。
表に出たのは、ドミニクとナザレ、リーズと、ヒューゴと、エマだ。
「降伏の意志は無いようだな?」
加護術者が敵将の声を辺り一帯に響き渡るようにしている。
トランジ共和国からの使者は三十分ほど前に来たが、降伏の意志なしということで追い返している。
「無い。そちらこそ、止めるなら今のうちだ!」
ドミニクがあたり一帯に響き渡る声で言い放った。
「何故止める通りがある?」
「我々はファヴニールを打ち破りし、勇者の一団だぞ! どれだけ強い兵士を揃えていようがおれたちには勝てない。おれたちを倒すとは、神獣を倒すことと変わらないことだ」
ドミニクは、ヒューゴに名乗りのセリフとやり方を教えてもらい精一杯やってはいるが、恥ずかしさは近くでみているものからすれば隠しきれていない。
「ほう、そんな話はとっくに聞き及んでいるぞ。軍隊がほぼ壊滅しているこの状況で勝てるとも?」
「勝てるさ!」
ドミニクは高らかに叫んだ。
「いくら屈強な兵士を何人も集めようが、頭が死んでしまってはどうしようもないな? 今からファヴニールを射殺したこのドミニク・サンガが、一矢のうちにこの軍隊の将軍を射殺してみせよう」
「馬鹿な出来るはずがなかろう」
弓矢の射程はどれだけ加護をつけようとも、1キルメルが限界と言われている。
少なくとも、敵の最前線と城壁までが1キルメル程度。通常最前線にまでこの部隊を率いている将軍などほとんどいない。大抵は全体が見える位置に座っている。少なくともドミニクが感じ取っている限りでは5キルメル程の距離を感じている。
「外せば、意味がなくなる。分かってんな?」
エマが言った。
ドミニクは、ただうなずいた。
「ナザレ力を貸してくれ」
「分かった」
ナザレがドミニクの腰に手を回し、一緒に矢と一緒に弦を引く。
「我が神よ、この戦いに勝利をもたらせ、我が願い、天界にいる神まで届き、その願いを叶えよ『祈りの矢文』」
黄金の矢は輝きを放ち、ドミニクとナザレを中心に風が渦巻いていく。
目に見える距離を遥かに超えたその先にいる、『敵』を確かに捉えた。さっきまでしゃべっていたやつと同じ気配がする。
ドミニクはナザレとの呼吸を合わせる。
ナザレもドミニクに応じて呼吸を合わせる。
呼吸のたびに二人の間に生じる誤差は少なくなっていき、風と二人の呼吸と相手の呼吸、全てが重なった時に矢を離した。
放たれた金色の光は長い放物線を描いて飛んでいき共和国軍の中へと沈んでいった。
当たったと、ドミニクは確信しそこまで見届けると、残心をやめた。
数秒のうちに向こうの軍隊が波打ったかのようにざわめき始める。
一斉に臨戦態勢に入る共和国軍。全員が殺気立ち始めるが、怯えもまた等しく伝播していた。
「おれには祈りの矢文を同じようにやる力がある。まだやるなら、偉い奴から順番に同じようにしてやる」
この弓矢を使った『祈り』は、どこまでも届き、どこに届けるかを教えてくれる。
神話の再現そのものだった。
トランジ共和国軍全体を恐怖が完全に支配していた。
ファヴニールを打ち破ったこと、それに加えて聖典と同じ弓矢を使う戦士の存在。人智を超えた存在をひょっとしたら目の前にしているかもしれない。そんな恐怖が伝染していった。
「撤退する」
辺り一帯に響き渡り、やってきた兵士達は引き返していく。
見えなくなるまで遠ざかっていったことまで見届けると、ドミニクはその場にへたり込んだ。
「上手くいったね」
宗弥がドミニクの肩を軽く叩いた。
「本当に一本だけで良かったんだな……」
ドミニクがそうこぼした。
宗弥が考えた作戦はシンプルなもので、敵の前に自分こそがファヴニールを倒した勇者と名乗り出て、祈りの矢文で大将を倒す。
さらに、挑発をすればそう簡単には突っ込んでは来ない。来たとしても大幅に足並みが乱れてこちらが立て直す時間を確保することが出来るというものだった。
「立派だったぜ。王子様?」
「ええ、張り切ってレクチャーした甲斐がありました!」
「まさか、教典の再現をこんなところで見られるとは……ご立派でしたよ」
口々に感想を述べられた。
ナザレが三歩ほど前に出てドミニクに手を伸ばした。
ドミニクは震えながら手を取って立ち上がる。
「さすがは僕の王様だ。僕は君に一生、忠誠を誓うよ」
「ああ、でもおれたちは二人で一人の王子だ。おれがナザレを助けるから、ナザレはおれを助けてくれ」
「もちろんさ」
雨はいつしか上がっていた。暗く空を隠すような曇天は割れて、光が差していた。




