襲撃者(大体襲った側が死ぬ)
ふと、殺意を感じた。
窓の外だ。誰かが狙っている。明確な殺意だ。二秒後に撃たれることまでは予期できた。
「伏せろ、ナザレ!」
「え?」
ドミニクはナザレに組みつくようにして、地面に押し倒す。
刹那、窓ガラスを割ってナザレがいた場所を通って床に突き刺さった。
敵襲。何者かによるものだけど、誰なのかわからない。それでも緊急時には体は自動的に動いてはくれる。ドミニクは護身用のナイフだけ手に取ると、ナザレを引き寄せて窓際まで転がった。ここであれば死角になって撃てないだろう。
「三秒数えて一気に扉の外にでる」
「分かった」
ナザレは緊張しているようだったが、意味はわかっていたようだった。
三秒数える。ランタンを消した瞬間にナザレが走り出す。ドミニクも後ろを警戒しながら、ついていき扉を開けて部屋を出る。
後ろ手に扉を閉じた瞬間、扉に矢が突き刺さって、甲高い音を立てた。
「エマ達と合流しよう。あいつらがここの中じゃ一番強いし、一番安全だ」
そういって、ナザレの腕を引いて一挙に廊下を駆け抜けていく。
階段を降りていこうと角を曲がった瞬間に殺意のようなものを感じた。
ドミニクが角を曲がって降りようとする直前にナイフで一直線に突きにやってくる。
ある程度読めた行動だったので、突いてきた腕をとって、即座に脇の下にナイフを深々と突っ込んだ。
倒れたのはメイドの女だった。知っている顔ではない。こんなメイドはいなかった筈だ。
死んでいるかどうかは分からないが、深手は負わせた。追っては来ないだろう。
階段を降りると既にヒューゴとエマは戦い始めていた。
ヒューゴは護身用のナックルダスター。エマは大型のナイフを振り回していた。
それぞれ、二人づつ同時に対応していたが、特に問題はなさそうに見えた。メイド服、執事服、衛兵の格好をして槍を携えたものもいる。
ヒューゴはナイフ程度では切り傷を与えることがせいぜいなようで、受ける傷を無視して前腕を二つの盾のようにして接近。一人はまっすぐ右手をストレートに殴って倒すと。横にいたもう一人は大ぶりなフックを叩きつけて、壁ごと叩き割る。
エマは同時に二人の刺客から襲いかかられてもすんなりその二つの攻撃を捌ききる。
一定の時間受け続けると、エマは一気にギアを上げて衛兵の槍を受けたと思った瞬間には、目の前まで近づいて首を切り裂く。
驚いているもう一人の執事風の男にナイフを投げて、眉間に突き刺すとあっさり倒れた。
「無事か?」
「おう、こっちは大丈夫だ」
「宗弥とリーズは?」
「問題ない。ちょっと隠れてもらってるだけだ」
エマがそう言うとリーズと宗弥は閉じられた扉から出てきた。
「こんばんはー……」
宗弥のは意外といつも通りだった妙に引きつった笑顔でもない。リーズの顔色は少し悪かった。
「どうする?」
エマに指示を聞く。
「敵の狙いが分からない。帰ってきてる王様が危ないかもしれないからそこと合流して、武装を返してもらう」
全員が頷いて一気に走り出す、エマが先頭、ヒューゴがしんがり、その間に他の面々が挟まれるような形になる。ドミニクは前にも後ろにも参加できるような陣形。
王様がいるのは向かいのまで移動する必要があった。
ここまで直ぐに敵と遭遇したが反対側の棟に移動したところで、たまたま進路上にいなかった為か誰とも会うことは無かった。
寝室まで駆けつけると、その手前で見張りをしていたゼパスと二人の衛兵とはちあわせた。
「いかがなされました?」
さすがに返り血まみれのパジャマに身をまとっている一団は異様に見えたのだろう。
ゼパスはこちらに歩きながらいつでも飛び出せるように手は下にある。後ろの衛兵も武器を構えはしないものの、いつでも攻撃にも防御にも持っていける体制になる。
「敵襲があった。ここも狙われる可能性が有るから急いで逃げよう」
「分かりました。旦那様と奥様をお呼びしましょう。さ、一緒に奥へ」
「ありがとう」
ゼパスの判断に迷いはなかった。即座に判断してくれたことにドミニクは感謝した。
「仮にもあなたは、わたくしとセト様が認められた王子です。その方のおっしゃることを信じられないとは従者として失格でございます」
衛兵に入り口を守らせた上で中へと入っていく。回廊を抜けて寝室へ。
「セト様、起きてください」
「何事か」
セトとアレクサンドラは同じベッドに眠っていた。セトは眠たげに起き出した。
「賊が進入したと、ドミニク様より報告がありました。取り急ぎ避難を」
「わかった。警軍への通報は?」
「まだ行っておりません。一度脱出されてから、通報しましょう」
ゼパスは修羅場慣れした様子だったし、セトもまた同様だった。急いで身支度を整えるセト、アレクサンドラも同様だった。
ふと、叫び声が聞こえた。
何かが来るだろうと構えて、臨戦態勢に入るエマとヒューゴ、それとドミニク。
ゼパスも同様だった。
部屋の中になだれ込んで来たのは真っ黒な巨人だった。山羊頭を持つ巨大な爪をもった生き物。見張りに置いていた近衛兵を惨殺してきたのか、顔や体の半分が真っ赤に濡れている。
「ツェンと、ノイエがやられたか……」
「ゼパスさんはセト様とアレクサンドラ様を連れて退避してください。あれは我々で何とかします」
宗弥の指示。
「しかし、ツェンもノイエもこの国では指折りの武芸者。手ごわいことは間違いありません」
「ええ、存じております。しかし、我々は一度あいつとの戦闘経験があり、倒しかたを知っております」
「では、お任せいたします」
そう言ってゼパスとセト達はその場を離れて奥にある通路へと逃げていった。
「そうは言ったが、こんな陳腐なナイフでどうするよ?」
取り残された状況でドミニクが言った。
「頑張るしかないだろ。宗弥がああいったんだから」
エマが答える。
「作戦は?」
ヒューゴが聞く。
「頑張れ!」
宗弥の回答。
「「すっこんでろ!」」
ドミニク、エマ、同時に回答。
「はい……」
言葉通りすっこむ宗弥、リーズと、ナザレと後ろに固まる形になる。
「どうするか? フル装備なら、対策のしようはあるがこれぐらいしかない」
ヒューゴはナックルダスター。エマは大型のナイフと投げナイフ一本ずつ。ドミニクはナイフ一本だけ。
とっさのことであれば対応できるが、真面目に対策が必要な相手である。心許ない。
「ヒューゴはリーズになんか良い感じの術式をかけてもらえ、当たり負けないのなら『大地支えし巨人』の術式か。そっちは長引かせろ。やり方は何でも良い。ドミニク、こっちは二対一で戦い続けて隙を見て前回倒したところに攻撃を突き刺せ。牽制はあたしが、トドメはドミニクが刺せ」
現れた山羊頭はニ体、三人が散る。
ヒューゴ。突っ込む時には術式がかかっているという信頼から真っ先にタックルに入る。
リーズ、慌てて略式詠唱でヒューゴに加護術式をかける。
ヒューゴが山羊頭に激突する。
本来組み敷くのだが、ヒューゴは相手を勢い余ってぶっ飛ばした。
壁に弾き飛ばされる山羊頭、ヒューゴは迷うことなく殴り続けた。
もう一方の山羊頭が、ヒューゴに気を取られている間にエマは一挙に接近して、心臓部分を穿ちにかかる。
山羊頭を倒せるポイントはドミニクが放った二本の弓矢のうち片方が急所に当たったため死んだと考えられた。なので同様の敵に出会った際は心臓を穿つということを一旦決めごとにしていた。
山羊頭はきっちり反応し、エマの一撃を弾き飛ばす。
ただ、ドミニクがあらかじめそれを見越して、弾くのと一緒に斬撃を大腿部に入れる。
山羊頭はドミニクに反応して腕を刃のような形にして振り抜く。
ドミニク、その腕を滑り込んでかわしながら手首を斬りつけ、後退。
ドミニクは立て続けにナイフをダーツのようなまっすぐな軌道で投げつけると、肩に刺さった。
山羊頭は興奮した様子で、ナイフを抜き放つとドミニクに一挙に突撃する。
「あたしのこと、忘れちゃいないか?」
エマはドミニクと山羊頭の前に突然現れた。
突進してくる山羊頭の心臓のあたりにナイフを置くと、山羊頭の心臓はエマのナイフに自分の勢いで串刺しにされた。
即座に真っ黒な液体へと形を変えて溶け出していく。やがて真っ黒な水たまりとなった。
当たりは心臓のようだった。喉は有効ではないと分かった。出会ったら心臓を穿つということが決まりごとになった。
「そろそろこちらを手伝ってくれ」
ヒューゴは気がつけば一体増えた山羊頭と合わせてニ体の山羊頭と戦っていた。
ヒューゴは一体と組み合えばもう一体に刺されるため、組んでに投げ飛ばすか、殴るか蹴るかして弾き飛ばすという戦い方で一対一の状況を作っていた。
ヒューゴの体は表皮も含め鋼と言っても差し支えなかった。
しかし、人の範疇で振るわれる刃には一時的な防御が出来たとしても、人智を超えた魔獣の力であれば話は別だ。
「悪い、今いく」
ドミニクがそう言ってナイフを拾い上げると片方の山羊頭に向けて投げ飛ばす。
側頭部に命中。
ヒューゴにかかろうとしていた視点がドミニクに、……向いた瞬間にはエマがその顔面を踏みつけていた。
山羊頭に何が起こったかも判別させないうちに、エマはその場で飛び上がって、上空から心臓を突き刺しにかかる。
山羊頭がようやくエマを捉えて腕を振るうが、すでに手遅れ。
子供を抱きしめようとした恰好のまま山羊頭は心臓を貫かれ、真っ黒な液体へと変わっていく。
その一方でヒューゴは一体になった山羊頭に猛ラッシュをかけていた。
タックルで弾き飛ばすと、拳をありとあらゆる箇所に炸裂させていく。
「大地砕きし波濤の一撃」
一呼吸置いて、拳に力を込めると、青く片腕が輝き出す。
ナックルダスターを使うに当たって必殺技とされる奥義の一つ。
大きな踏み込みと共にぶちかました。
人型に壁にめり込む山羊頭。とても動ける様子ではない。
ただ、そこまで長いこと動けない訳ではない。
「エマ、ナイフ貸せ」
「あいよ」
ドミニクはエマからナイフを受け取ると、即座に山羊頭の心臓めがけて投げた。
投げられたナイフの弾道は、間違いなく心臓へと走っていた。
ただ、山羊頭が唐突に壁から剥がれた。
突き刺さった場所は、心臓ではなく、喉だった。
「しまった」
ドミニクがそう言った時にはすでにヒューゴもエマも飛び出していた。
ただ、外れの場所に当たったにも関わらず山羊頭の黒い液体は全身から溶けだしていった。どろりと溶け出した黒い液体の上に赤い血が滴っていった。
「やったのか?」
「そうみたいだ」
うつぶせになった遺体をひっくり返すと、ドミニクがここに来る途中で深手を負わせたメイドのようだった。喉からと脇からどちらからも出血している。
「こいつ、エマ達のところに来る途中で倒したメイドだわ。襲ってきたやつがこれを使って来たってことなんです?」
「そう、推理するのが妥当だろう」
宗弥はそう答えた。
「一体誰がこんなことを……」
ナザレが後ろで小さくそう言った。
「ごめん、そう言えば実戦の場ははじめてだったよな? 大丈夫か?」
ナザレはリーズの影に隠れて縮こまっていた。
宗弥や、リーズは直接的に敵と戦闘をしないにしてもある程度は場慣れしている。
ナザレは哀れなぐらい震えていた。
手を取って立たせようとすると、手はえらく冷えていた。腰も抜けているようで立つことも困難な様子だった。
「大丈夫だよ」
「そうは見えないけどな、肩かすぞ」
「悪いね」
ナザレはドミニクに肩を借りてようやく立つことができた。
「あ、待って?」
遺体の近くを調べていたエマが何かを拾い上げて掲げた。
「これ、あれじゃん。この間襲ってきた奴らが持ってたアンプル。なんでこんなとこに落ちてんだ?」
「メイドが持ってた予備じゃない?」
宗弥が答えた。
「まあ、一本割れたら替えが効かないし、そりゃそうか」
「セト様に渡したいから貸して貰えるか?」
そう言って、宗弥は黒いアンプルをエマから預かった。
「とりあえずセト様と合流して、事態を収拾しましょうかね」
と、宗弥が言った。
その後、事の収束を計るのに朝まで時間を尽くすことになった。結果、黒い獣はさらに三体現れたが、フル装備になったエマたちが駆けつけて難なく倒した。近衛兵の犠牲は全部で五名、巻き込まれるような形でメイドが一名死亡。重傷者三名、軽傷者八名。
エマ達自身にほぼ怪我はなし、セト達も特に巻き込まれた様子は無かった。
警軍が駆けつけて、事件現場の検証や取り調べなどに警戒をしながら対応をしているうちに、日があけるまで続いた。




