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異世界転生しても社畜なので辛い  作者: あぶてにうす
2話 身元不明の王子様
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おうのうつわ


「これを、こう捻って体ごとこっちに行けば」


「痛、痛い、痛い痛い痛い」


 ドミニクが簡単に関節技を極めると、ナザレはドミニクを何度も叩きながら抗議した。


 あんまりにも痛そうにするので、ドミニクはすんなり離した。


「どうしてこんな痛いことするの!」


 一度極まった手首をさすりながらナザレは言った。


「ナザレがこの技教えてーって言ってきたからでしょ? 極まったら痛いに決まってるでしょ」


「でも、こんなに痛くする必要ないじゃないですか!」


「極まって痛くない関節技なんかないよ! ナザレはこれまで何を習ってきたんだよ。殴らせればへなちょこだし、弓矢は射れるけど下手くそだし、関節技が極まったら痛いって何よ!」


「だって、これは先生も教えてくれなかったし、型だけきちんと出来ればそれでいいって……」


 ナザレが消え入りそうなこえでつぶやいた。


「型しか習わなかったの?」


「そうだよ? それ以外は痛いし危ないからダメって」


「本当に?」


「本当だよ! これが武術だって! 僕は免許皆伝されたマスターなんだ!」


 どうだ、すごいだろって感じでナザレは胸を張った。


 ドミニクは、無意識のうちにナザレの手首を取り、さっきやった技と全く同じ関節技を極めた。


「痛い痛い痛い。何で!」


「なんかちょっとムカついて。ゴメン」


 すぐに離したが、気分は晴れない。およそドミニクがこれまで資格だの何だのというのはもらっていなければ、トミックから全ての技を聞いたわけでもない。全く実践を経験していないにもかかわらず、マスターと言ったことに腹を立てたのか、自分でもよくわからなかった。


「ひどいよ」


「ごめん、それは謝るけど、それにしたって型だけ教えてそれ以外何も教えなくって全部授けたっていうのも凄いな」


 実際に何もさせないで、武術の体操の部分だけで教えたとする。


 怪我をさせたくなかったのだろうというのは何となく理解できるが、本質では無い。


「武術は結局のところ形だけ覚えても何にも意味がない。実践の中でどう応用できるかが問題なんだ。だから、実践を伴わない武術はただの踊りだよ」


「そ、そんな!」


「試験まで後二日ないけどものになるのか? これ」


「それを言うなら君だって、ここでこうして僕に関節技かけて遊んでる場合じゃないでしょ!」


「う、うるさい! だんだん出来るようにはなってるじゃないか! それにだ、適度な休養は必要なんだよ!」


 試験まで残り二日間しかなかった。


「はい、じゃあ、適度な休養おしまいね! 時間ですから! 今度は僕の番ですからね、覚悟してくださいよ!」


「ぬう」


 そうして、ナザレとドミニクは本日の武芸の訓練を終えて、部屋へと戻る。


 さっそく、ナザレが取り出したのは、過去に実施された試験の問題を時間以内に解けというものだった。


 ドミニクの試験勉強は進んでいて、当初問題文がギリギリ読める程度のところから、合格点を満たす程度の点数は、模擬試験で出せるようになった。


「はい、不合格」


「は? 何で?」


「受け入れなよ。これが現実だよ」


 ナザレが突きつけた回答用紙は五割程度の正答率しかなかった。合格ラインは六割。不合格である。


「何でも何もありますか! 不合格です!」


「ナザレ、君はあえて難しい問題を出したな。さっきの腹いせだな!」


「腹いせではありません。これはれっきとした官僚登用試験の過去問題です。その中でも最も合格者数の少なかった年の過去問題ではありますが、この問題が出ていたなら不合格ですよ。不合格!」


「やっぱり腹いせじゃないか。何で敢えて一番難しい問題出したし、狙っておれのこと不合格にしたな!」


「違いますぅぅぅ。今日ここの問題は必ずやろうと思っていたんですぅ。まだまだこういうところに苦手なところがあろうから残った日にちでこのあたりもちゃんとしとこうね❤️ って懇切丁寧に教えてあげようって思ったのに。君ときたら何だ! 教えてあげようとしているのに何て態度を取るんだ!」


「言い方! 言い方ってあるだろう!」


「ふん、君が言えたものかよ! いつも僕の弓を見るなり、「下手くそ」だの「何を習ってきたんだ」とか「センスのかけらもない」とか「絶望するほど上手くならない」とか好き勝手言ってきたじゃないか!」


「あ、ああ、それは、その」


 およそ人に物事を教えるなんてことはドミニクはやったことがなかった。


 教わったと言っても、トミックじいさんから物心つく前から教えられていた。だから、気がついたら出来るようになっていたので、教わった記憶というのもほとんどない。


 習っているのに出来ないというのが不思議と思ってしまう節があるし、弓をそれなりに覚えたという知り合いもエマぐらいしか知らない。


 前にもあったが、エマのそこそこに習得したというのはその道の普通の達人レベルってことであり、全くあてにならないということは知ってはいた。


「すいませんでした……」


「わかれば良いんですー。僕がこんなに丁寧に教えてあげているのに、ドミニク様ったら本当酷いんだから!」


 思った以上にナザレは怒っているようだった。


 一通り言い終えると、ほっぺたを膨らませてそっぽを向いた。


「謝る、これまでのことは本当に悪かったと思うから許してほしい。どうすれば良いんだい?」


「ごめんなさい、僕も言いすぎました。あと二日しかないから、お互い頑張りましょう……ね?」


 ナザレはドミニクに向かい合うと、ドミニクの手を両手でにぎった。


 同じ年頃の男の手のはずなのに、自分よりもずっと頼りなく柔らかな手だと思った。


「よし、じゃあ最後に試験に出にくいところ、だけどもそれなりに重要なところを教えて、明日は早めに切り上げて休もう」


 それから、ナザレのレッスンが始まった。


 試験勉強は、最後の段階まで来ていた。普通の人が一年がかりで勉強してやっと受かるかどうかという試験を二週間で仕上げてくる、ナザレの教え方は卓越していた。


 夕食の時間になるまでずっと勉強をし続けてその日は終わった。


 ドミニクは夕食を食べ終えるとすぐに眠くなったので、サロンで喋っている宗弥やエマ達を尻目にさっさと部屋へと戻って寝ることにした。


 疲れているのか、暗くなるとさっさと眠くなる習慣なのか、灯りもつけようともせずにベッドの上に横たわると即座に眠りに落ちた。


 しばらくして、人の気配がした。


 熟睡していたが、ずっと森の中で暮らしていたせいか生き物の気配には妙に敏感になっている。


 ドミニクがナイフを取って起き上がるのと、ナザレが扉を開けるのは同じタイミングだった。


「うわ、びっくりした。起きてたの?」


 ナザレが部屋に入ってくるなり言った。


「何だ、ナザレか。おやすみ」


 ドミニクは即座に毛布を頭からかぶって、寝直すことにした。


「ちょ、ちょっと寝ないで下さいよ!」


「だって、ビビるような相手じゃないし。殺しに来たとしても、寝たままで倒せそうだから」


 ドミニクが気配に敏感なのは、寝ている間でも外敵に対応できるように訓練されたからだった。


「何か用?」


「ちょっと眠れなくって、お話しないって来たんだけど……」


「いいよ、起きよう」


「ありがとう」


 ナザレは部屋の中に入ってくると、ランタンをベッドサイドのテーブルの上に置いた。


「試験、明日だけどどう思っているの?」


「実はあんまりよく分かってないんだ。この二週間一生懸命勉強してきたけど、何で頑張ってるかなんて分からない。宗弥が、そうなれる可能性もあるのだからやることも出来る。おれはおれ自身が何者なのか知りたかったからこの試験を頑張ってるけど、今の所どういう人間なのかは知らない。知るためには王子様にならないといけないんだろうけど、なったところで分かるもんなのかな?」


「さあ、それは分からないけど」


 ナザレは口元だけで笑って見せた。作り笑いをしようてして、うまく行かなかったような顔だった。


「ドミニクは自由で良いね」


「どこに自由があるって言うのさ」


「僕から見ると、だいぶ自由に見えるけど?」


「自由なものか、そもそも弓の技術と生き残る技術を徹底的に叩き込まれて、アルミンに来てからは紹介者に騙されてて、騙されてるって気がついたらそこを抜けて一人でそれこそ自由にやってるつもりだっけど、それでさえ不自由だったってことに宗弥に出会うまで分からなかったんだ」


「不思議なことを言うんだね。誰かに強制された訳でもないのに」


 ナザレは怒っているのか、にわかにこわばったような声だった。


「独りでやってるときは自由だって確かに思っていたんだ。だけど、それはおれがそれを自分で選んだつもりでいて選ばされていただけなんだって思う。それを宗弥とみんなが教えてくれたんだ。おれが自由になる道って何だろうって思ったとき、たくさんの物事を知ることなんだろうって思うんだ」


「知ると、何が出来るの?」


「選べるようになるんだと思う。いろんな生き方を」


「そう」


「だから、王様にはナザレがなるべきなんだっておれは思うけどね。知ってるってことは、それだけ選択肢を知ってるってことなんだから」


「ありがとう。でも、たくさん選択肢を知っているからといって良いものを選べるわけでは無いんだ。選ぶにはきっと、正しい心がいる。誰かのために己をなげうてる正しい心がいると思うんだ。だから、ドミニク、君が王様に成るのがいい。僕には自分のことしか考えられないんだから……」


 ナザレは視線を落として、拳を強く握っていた。華奢な手の甲から血管がにわかに浮き出るようだった。


「ならこんなのはどうだ? ナザレがおれにいろいろな選択肢を教えて、おれが選ぶなんてやつはどうだい?」


 ナザレははっとしたように顔を上げて、数秒真顔でドミニクの顔をのぞき込むと口を押さえてかみ殺すように笑った。


「それは良い。出来たら最高だね」


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