雇用契約と書いてやくそくと読む
ドミニクは、扉を締めると即座に宗弥に襲いかかった。
「なんでそうなるの?」
宗弥と一緒に部屋に戻ったドミニクが、真っ先に宗弥の襟首を掴んでそう言った。
「待て待て、何でそうなるって言いたいところだけどそう思うのは当然のことだと思うよ」
「どういうこと?」
ドミニクは手を話して、持ち上げていた宗弥を下ろした。
身長差はかなりあるはずなのに、あっさりと持ち上げることができてしまったことに驚きつつ、その顔を見た。先ほどセトから睨めつけられている時の穏やかな微笑みだ。およそ自分の命が危なくなったとして宗弥はこの顔をするのだろうかとドミニクは思った。
「順を追って話そう。そもそもトミックおじいさんは君に最後なんて言ったか覚えているかい?」
「この指輪を持って、アルミンへ行け。やがてお前の生まれを知ることになるだろうって言われけど」
「実はトミックさんから、手紙を預かっているんだ」
宗弥は懐から手紙を取り出した。そこにはたしかにトミックのサインが記されていた。
「トミックさんからこの手紙が届いたのは一年前。うちの冒険者ギルドに届くようになっていて、担当紹介者に渡されるものだ。前任者は封すら開けてなくって、君に関しての書類をまとめて受け取った時にこの手紙も混ざっていた。読んでみると良い」
ドミニクは宗弥から手紙を奪い取ると読もうとして、固まった。
「えっと、代わりに読もうか?」
「う、うるさい! 自分で読むわ!」
ドミニクは時間をかけながらも自分で手紙を読みきった。
その手紙はアルミンでドミニクの紹介者になったものへ宛てられた手紙だった。
* * *
ドミニク・サンガ担当の紹介者さまへ
私の名前はバーナード・トミック。
かつてアルミンで冒険者として所属をしていた。
もしも聞き届けていただけるならドミニクをつれてラサ王国のガサまで連れて行ってあげてほしい。そこで、孤児であった彼が何者であるか、彼自身が知ることになるだろう。
十年前のある日、私の小屋を訪ねてきたラサ王国の親衛隊の兵士がいた。
彼の名前はダンと言ってかつて冒険者としてともに過ごした仲間であり、旧知の友人でもあった。
彼はまだ、幼かったドミニクを連れてきて一緒に彼が首から下げている指輪も預かった。
ダンは「どうか、この子を守ってほしい。そして時が来たらラサへと連れて行って欲しい。それで全てが分かるだろう」と言い残して死んだ。彼はここまで戦いながら逃げて来た様子だった。
それから、私とドミニクは森から森へと移りながら旅をしながら暮らしていた。
ドミニクには一通りの生きていく方法を与えたつもりでいました。狩の方法、罠の仕掛け方とかいくぐり方、戦い方、持てる技術は全て叩き込んだつもりではおります。必ずこの手紙を読んでいるあなたの役に立つことでしょう。
もしも、ドミニクに対してそれなりに恩義を感じるのであれば彼をラサへと連れて行って欲しい。
本来であれば私が彼をラサへと連れて行くべきなのだが、この手紙がわたる頃には私は死んでいるだろう。
それと、私自身がドミニクとの暮らしを糧に生きていたようなところがあり、私の手元を離れてしまうのでは無いかと考えているうちに死期が迫ってきてしまった。
私と生きているうちは彼は狩人としての自分しか見いだせないだろうが、どうか、彼の真なる姿を見つけてあげて欲しい。
* * *
ドミニクは読み終わると膝から崩れ落ちた。
「こういうことだ。手紙が届いたのは結構前だったけど、そのころ君に専属の紹介者はいなかったから放置されていたんだ。君の本当の出自を確認するためにここに連れてきたわけだが、一応事前にそれなりの調査はしたんだ。それでまあ色々分かった訳だ、王家の血を引く者の外見上の特徴。十年前に失踪した王子と同じく失踪したダンという男。ダンが誘拐したのでは無いかと疑われていたが真相は不明。そこまで分かった所で、ゼパスさんを僕たちの近くまで来るようにちょっと他の組織に依頼して出きるようにしてもらったのさ」
「どうして、どうしてくれるんだよぉ! おれ、王子とか言われても何もわかんねーぞ!」
ドミニクは地面に突っ伏して泣き始めた。
「何故泣くのですか」
「わかんねぇ、わかんねぇよ。でも、おれはただ拾われてレンジャーとして育てられただけで、王子とか言われてもわかんねぇよ。じいさんも言えなかったって何で言えなかったんだよ。王子って何だよ」
「混乱していますか? 裏切られたような気もしていますか?」
「は? 混乱だって? こんな意味わからねーことあるかよ。トミックもじいさんも黙ってたって何で隠してここまで持ってきた、そして、どうして宗弥はおれにここまで隠したんだ!」
ドミニクは泣き顔のまま、起き上がって宗弥にまた摑みかかる。
「落ち着きなよ。ドミニク、君は興奮すると見境がなくなるね。連れて来る前に君に王子と言って信じたのか?」
「信じられる訳がないでしょ!」
「うん、だから黙っていた」
「そ、それもそうか……」
ドミニクの頭に上りきった血が冷めていくようだった。
「じゃあ、何でこんなところに連れてきたんだ。それなりにおれは役に立っているって思っていたのに」
「うん。役に立っている。替えが効かないと思っているし、誰にも出来ない仕事をしているとは思う」
「じゃあなんで!」
「約束しましたよね? 君が不利益を被るような嘘はつかないって。これは、トミックのおじいさんの願いでもある。だから僕はただ、契約を履行しているに過ぎないんだよ」
宗弥微笑みもしなかった。普段誰かを説得するときはいつでも貼り付けたような微笑みを浮かべることが多いのだが、ドミニクに対してはただまっすぐ目を見つめて言ったのだった。
「真面目にやって試験を受けても良いし、試験を放棄して王になる権利を捨てたって良い。君が選ぶんだ」
ドミニクに答えられることは無かった。ただ、可能性を提示されただけだった。
ドミニクはいくら考えても分からなかった。どうなりたいのか、どうありたいのか、どう望まれているのかまるで分からなかった。
ただ自分自身のことをしりたかった。
「受けるよ、試験。出来るかどうかは分からないけど……」
「分かった」
それだけ言うと宗弥は笑った。




