もしも王子様であるなら
宗弥が遠くに出かけている間、仕事は特になく短い休暇になった。
ドミニクはアルミン冒険者ギルドを離れ、ギルドの裏山で野営をしていた。緊急依頼で突然出なければならないことがあるので、仕事がある時はギルドの市街地に家を借りているが、休みの日に野営をすることがある。ドミニクにとって市井での生活はすこし落ち着かないものであるので、こうして山で過ごすことで、疲れを癒すことと、狩人としての感覚を無くさないようにしている。
木漏れ日の中で漫然と昨日捕獲したラギの干し肉をかじっていると、下から人が上がってくる気配がした。忍んでいる様子もなく警戒もしていない。
ドミニクは即座に太い木の陰に隠れると矢をつがえ待つ。人数は恐らく二人、不意をつけば一挙に倒せるだろう。
「あれ、いねーや。ここだと思ったんだけどな」
「でも、さっきまでここにいた感じはしますね」
現れたのはエマとリーズの二人だった。エマは平服で帯刀していて、リーズはいつも通りの尼僧服だった。
「なんだ? おまえ等か」
警戒した自分を馬鹿馬鹿しく思って木の陰から出た。
「なんだ、じゃねーよ。最近休日になるたび消えやがって。こうやって野営地探すのも結構大変だったんだぞ」
「休みの日にどう過ごそうが勝手だろ……」
「勉強は?」
「むう」
地味に痛いところを突かれた。
ドミニクはまだそこまで字が読めなかったり、一般的な教養に欠けているということは自分でも分かっていた。それで、宗弥の提案で余暇にリーズやエマが勉強を教えるということを行っていたのだった。
だが、ここのところなんだかめんどくさくなって休みになるたびに行方をくらましてごまかしていた。
「いや、おれ思うんだよ。よりおれらしいあり方ってものをさ考えるべきだと思うんだよ。だから、じいさんに教わった術を忘れないようにこうして野営を……」
「お前なあ……」
エマが不機嫌になりながらたしなめようとしたら、リーズが留めて代わりに前に出た。
「ドミニクさん、わたくしたちがここまで来た理由をお考えになってはいかがですか?」
リーズは静かにそういったのだった。
リーズの表情はいつもと変わらない楚々とした微笑みだった。鋼の意思によってその顔なのだろう。ただし、溢れ出る怒りと闘気は抑えきることが出来ずにあふれ出している。
巨大な熊型魔獣ベスティアと一対一で退治した時に感じたプレッシャーそれを上回る恐怖が重圧のように襲いかかった。
「すいませんでした……」
「わかって頂ければ良いのです。では、さっそく始めましょうか」
そうして従うままに野営地で勉強会が始まった。
エマがわざわざ背負って持ってきた折りたたみのテーブルを広げて、教科書を取り出して文字の勉強から始める。
「何でここの綴りが反対側になってるんだよ。これはどっちにも読めるように曖昧に書いてやがるな」
「う、うるせぇ! 何となく、その文脈で読めりゃ良いだろ?」
「あ、お前自分が書けないこと棚に上げやがったな、そんな風に文字の書き方が曖昧だから読み方も曖昧で、どっちも上手くならないんだろ。自分の苦手と向き合いやがれ!」
「あー、お前言いやがったな! クソ、もともと突っ込むしか脳がないくせに頭いい風なこと言いやがって、身につけた知性が一ミリも役にたってねーじゃないか!」
「クソ、てめぇ、人が時間作って教えてやっているってのに何だその言い草は! あたしのぶっ込みはちゃんと計算づくだよバーカ」
「お前が考えなしに突っ込んだやつ何回フォローしたと思ってんだよ。分かってんのか。ああ!」
「おう、やんのかおら」
「何でもありってんなら、そう負ける気はしないけどねぇ」
至近距離で火花を散らしていたところから一挙に離れて、お互いの獲物を構える。
ドミニクは己の弓矢を。エマは剣を抜き、投げナイフを手にいくつかストックする。
「お静かに。騒々しいですわよお二人とも」
「おう、静かにすんぞ、このクソレンジャーをのしたらな」
「このクソ生意気な指揮官気取り倒してからであればね」
リーズは、ふむと呟くと、大地支えし巨人の顕現を歌うように詠唱する。
「汝その身に落下せし大地を受け止めしもの巨人は一歩たりとも歩くこと能わず、顕現せよ」
リーズは呪文を改変して詠唱した。
すると、ドミニクもエマもその場から一歩も動き出すことができなくなり、その場に倒れこんだ。
「ぐおおおおおお、重いいいい」
「何だこのデタラメな術式は!」
「ああ、すみません。ちょっとした改変なので、すぐに霧散すると思いますが。とりあえず落ち着いてください」
リーズがそういうと、ドミニクとエマを地面へと叩きつけた術式が解除された。
「次に同じことやったら、どういう風になるか分からなくなる、とんでもない失敗術式があるのですが、お試しになられなますか?」
貞淑な穏やかな笑み。静かで柔らかな怒りというものが何一つとしてない、静謐な笑みは全てを飲み込んで滅しそうだった。
「や、やめとくよ。悪かったな、ドミニク」
「こちらこそすまなかった、エマ」
「分かれば良い」
リーズが覇王のような風格で言った。
そうして、何もなかったかのように、勉強会は再開された。
ドミニクはそれなりに教わっていたつもりではいたが、記憶が定着してくる前にサボり始めてしまったために最初の最初から教え直すことになってしまった。
やはりというか、最初からエマが教えようとすると「なんで、そんな簡単なことも分からないんだよ」みたいな論調でずっと話し続けてしまうので、ドミニクは都度噛みつき、進行していかないということが繰り返して起こってくる。結局当初の役割通り、リーズが教えてエマは退屈そうに何もしないという形に落ち着いて行った。
「ふと、思ったんだけどさ」
課題をやっている間にドミニクが言った。
「なんだよ」
退屈極まる様子でくわえた楊枝をエマは口でもてあそびながら答えた。
「もし、これは仮にだ。おれのよく分からない生まれがはっきりと分かって、王子様とかだったりしたらどう思うよ」
「しょーもないこと考えるなぁ、リーズはどう思う」
「もちろん立場の違い等ありますが、神の前に人は平等です。ドミニクさん自身がわたくしたちをどう思っているか次第と思いますがね、あ、綴りまた間違ってますね」
エマはくそでかいため息をついてから、立ち上がった。
「結局よ、別に王様だろうが何だろうが知ったこっちゃ無いんだわ。あたしとしては。ドミニクはドミニクだし、頼りになるレンジャーだ。王子だからどうこうってのはないし、ここにい続けるなら頼りにはし続けるって話だ。ただ、そういう与太話って嫌いじゃないぜ。例えばその、首から下げた指輪が王位を継承したものだけが持つ指輪であるとか?」
「いい話だなそれ、そういや、じいさんがなくなる前にこれをくれたんだ『大事にもっとけ』って」
ドミニクはいつも首から指輪に硬い紐をつけて首から下げていた。
錆びてこそいなかったが誇りにまみれていて綺麗ではなかった。磨いたとしても、到底高いものにも思えなかった。
「じいさんがおれのことを拾った時、というよりかは傷ついた兵士に託されたらしい。そういえば、ここの裏側に文字が彫り込んであって、よくよく読んでみればここにおれの名前が掘ってあったんだわな」
ほれ、と指輪をエマに渡す。
「ほんとだ、お前の名前が掘ってあるな、あとなんか小ちゃい宝石が入ってるみたいだけど、なんだこれ、リーズわかるか?」
「ガネトによく似ていますが、違っていますね」
リーズがドミニクに指輪を返した。
「じいさんが言ってたんだ、いつかお前自身をその指輪によって知ることになるって。それでふと思ったわけだよ。おれは王子様なんじゃないかって。まあ下らない話だし、ありはしないと思うんだけどな」
「下んな」
「はい、また綴り間違ってますよ。そういう与太話は良いですから、早く取りかかってくださいねー」
「はい」
ドミニクはそのまま課題に向き合ってひたすら判別の難しい文字を書き続けた。




