宗弥は五徹目
エマの迷いはヒューゴが吹き飛ばしてくれた。
たった一人で勇者でなければ倒せないとされるファヴニールに対峙してしまったのだ。
葛藤もなにもかもが馬鹿馬鹿しくなってきた。
戦わなければ、活路は見いだせない。体制を立て直しているうちに負けてしまう。
それならばもてる全力を尽くして、やつを倒すしかない。
ヒューゴ達がいる最前線に合流する。
「遅れて悪かった。今からこっからのこと考える」
「無理しなくていいんですよ?」
ヒューゴが言った。
「ばか、おめぇ、今のはリーズがとんでもねぇ術式を使ってたまたま出来たことだからな!」
「分かっている。君は私がこうした時に必ず来てくれると信じていた」
「うっせぇよ」
ヒューゴは分かっていたのだ、本当はこうする他ないということを分かっていながら迷っていた自分の未熟さを分かっていた。それでも信じてくれたのだ。
「こっから指示をだす。ついてきてくれるか?」
全員が頷いた。
「内容は簡単だ。やられる前にやる。さっきからあの龍、白い光線を出すたびに首のよこのエラみたいなのが開くんだ、一定時間経たないと閉じないみたいだし連射はできないはずだ。その間に徹底的にかき回して、最後逆鱗を砕く」
「分かった」
作戦の概要を短い時間で簡単に伝えた。三分以内で仕留める短期決戦になる。
リーズは全員に対しての宿りし神の肉体へ術式を切り替える。
「我は火龍纏いしもの、我が疾走は汝の飛翔、その顕現。『竜騎士の突撃』」
エマは自前の槍を背中に背負うと、腰に差した双剣を抜きはなった。
エマの全身を真っ赤な炎が包み、身を屈め、一挙に飛び出していく。
それは赤い閃光だった。
ジグザグに屈折をしながらファヴニールの攻撃をかいくぐり、何度も削り取りようにファヴニールの表皮と肉を傷つけていく。
ドミニクが弓を構え、その一撃を射抜く瞬間を待っていた。
「我が願い、天界にいる神まで届き、その願いを叶えよ『祈りの矢文』」
ドミニクはエマが一瞬動きを止め、ファヴニールがエマにきっちり照準を合わせる瞬間を目掛けて矢を放った。
ファヴニールの眼球に突き刺さる。
この戦闘が始まっての恐らく初めての有効打。
ヒューゴは突き刺さったことを見届けると、ファヴニールの前足を足場に飛び上がり、目玉に突き刺さった矢を金槌の要領でメイスで思い切りぶん殴り根元まで体の中に叩き込んだ。
激昂し、羽ばたき、地響きを発生させるほどの咆哮を上げる。
ヒューゴが再び、メイスで己の盾を叩いて挑発する。
「悔しいか! 悔しいか古龍よ! 悔しいと思うならもう一度私と勝負しろ」
ファヴニールのエラがもう一度閉じて、白い光が溢れ出る。
もう一度ヒューゴに狙いを定めて、白い光線を吐き出そうとする。
ヒューゴはヒューゴで目の前に青い城門を展開した。
この瞬間をエマは狙っていた。
「天鱗砕き」
この一撃を入れるためだけの挑発と組み立て。この天鱗砕きを突き入れ決着をつける。
炎の推進力を得て一挙に突撃を仕掛ける。
ファヴニールからしても、死角にあたる位置から走り跳躍する。
瞬間、ファヴニールと目があった。
ファヴニールの瞳の中にエマがいることは分かった。
この龍はこの作戦を完全に読み切っていたのだ。結局仕留める手段がエマの天鱗砕き以外無いことを分かっていた。だからこそ仕掛けのタイミングはきちんと理解していたのだろう。
ファヴニールはエマに照準を合わせると腕を思い切り振った。
直撃。地面に叩きつけられる。
一瞬、意識が吹き飛び、目を覚ますと開かれた口はこちらを向いていた。
敵わなかった。ここで全ておしまいだ。
思えば宗弥はこのクエストに反対していた。こういうことがあったときに対応が出来ないからやめておいた方が良いと。こんなことが起こるとは、誰も起こるとは予想してなかった。
『あきらめるのは、まだ早いんじゃないか? エマ!』
宗弥から念話が入った。
空から巨大な矢が落ちて来て、ファヴニールの首を貫いて地面に突き刺さった。
「え?」
何が起こったのかエマにはわからなかった。
ただ、次々と巨大な矢が空から落ちてくるのだった。
* * *
「クハハ! 恐れ慄け! これぞ、我が財宝の最高傑作の龍殺し『バルムンク』だ!」
三キルメルほど離れた山岳地帯の中腹、宗弥はよれよれになったスーツ姿で高笑いをしながら言った。
双眼鏡を手に命中した様子を見てガッツポーズを作る。
「まあ、これ古龍討伐用超弩級魔砲って言うんだけどね」
隣に立っていたクラリッサが突っ込んだ。
「知ってる! すげぇ知ってる! でも、僕結局ただのサラリーマンじゃん? ここではただのギルドの紹介者じゃん? 人としては並のスペックだしそういう必殺技みたいなの欲しいじゃん!」
「あーそう、寝不足でだいぶ頭がおかしくなっちゃったのね……」
テンションが壊れた宗弥を冷たくクラリッサがあしらった。
「あー、みんな、第一射終わったらもう一発ずつ打っちゃおっか? そこまでしないと仕留めるの難しそう」
「……いいの?」
「バルムンクは龍が死ぬまで放たれ続ける必殺の兵器……。でも、でも、でも、おおおお」
言葉を口にしながら宗弥はその場に泣き崩れた。
「あの……」
クラリッサが集めてきた魔砲の操縦手たちは判断に困っていた。
「はーい、もう一発お願いしますね!」
「あああああああああああああ! 撃ってえええ! 撃ってええええ! でも死ぬ、僕の財布死ぬううううう!」
宗弥は悲鳴をあげて痙攣した。
クラリッサはテキパキと指示を出して、魔砲の再装填を行い発射させた。
* * *
遡ること一週間前。
「ええ、ですのでこちらからの提案としては対古龍討伐兵装と弾を無償で貸していただきたいのです。オペレーターも何人かお願いしたいですね」
宗弥がそう良い放った途端、応接間にいる全員が唖然となった。
メアリーを脅迫したネタ(異性関係を除く)をひとしきり話をしたあと、宗弥は打ち手を提案した。
応接間にいるのは宗弥を含め四人。強迫観念してつれてきたメアリーと、軍部の地方局長であるサム・リーと、龍種討伐部門副長のアンディ・ローグだった。
「かなり譲歩したつもりなんですけど、どう思いますか? あなた方が我々に隠していたのはそもそもアイト村を古龍の襲撃によって滅びるということを気づいていながら隠ぺいし、なおかつ当ギルドというよりも僕が命を預かっている冒険者を生け贄にしたということ。この二点だ。安すぎるぐらいだとは思いませんかね?」
と、宗弥は言い切った。
「こんなものは認められない。第一古龍が出現したという確証が無いではないか。馬鹿馬鹿しい無駄な時間をとらせおって。第一古龍討伐兵装の貸し出しなど、認められるわけがないではないか! そのような荒唐無稽なことを並べ立ててそんな無茶がまかり通ると思ったか!」
吐き捨てるようにリーが反論した。
「なら、あの龍はどこから出てきたのでしょうね?」
「それがどうしたと言うのだ」
「古龍というのは正しくなく、彼らはある種天の使いのような存在だ。そこに生きて暮らしているというものではなく、ある日生じるものだ。巨龍が、基本的に火山地域などマナが豊富な地域に定住する習性があり、移動などめったにしない。そしてまた、この世界中の巨龍に関してはドラゴンハント組合により国境をこえて観測しておりそのほとんどは把握されていると言われている。さてここで問題です。彼の進路を逆にしたところでそういったマナが豊潤な地域はなく、また移動に関しては軍部の発見の方が早くドラゴンハント協会には共有されていない。本来であればそうする義務があるのに不思議ですね」
聞いているうちにローグの顔がどんどん青くなっていった。
「しらばっくれるのは別に良いんですけど、こんな雑な隠蔽の裏が簡単に取れない訳がないじゃないですか。この事が明るみになったら、皆様はゲーン正教会、ドラゴンハント組合に対しても重大な裏切りを行ったってことになりませんかね? なんならうちのヒューゴは兵卒の間では神格視されるほどの英雄ではありませんか。その彼を邪魔に思った軍上層部が誅殺したって見方だって出来ますよね?」
笑顔で宗弥は言い返した。
「良いんですか? 本当にこのまま放置してしまって? 僕はあくまで可能性の話をしているだけなんですけどね。残念ながらうちの冒険者はもともと所属していた組織ではかなり重要な役割をもっていますし、組織だけでなく、彼らの死は事件の衝撃をより大きくしてしまうのではないかと思うんですよね」
「貴様それ以上の無礼は……!」
「やめましょう。リーさん。この男、おそらく全て知った上でここに来ています」
ローグが青くなりながら言った。
「しかし……」
リーが不満そうに口を尖らせた。
「提案の意図は理解しました。しかし、アイト村に派兵し食い止めるというには実際、国境地域への武力介入と、取り沙汰される可能性も十分あるのは事実ですし、すでにアイト村を越えたところでの迎撃で審議させていただいておりまして、いまからその案を修正し審議にだすとなると時間がどうしても……」
「ええ、こちらの軍部がとてつもなく予算を通すのに時間がかかると話は聞き及んでますし、我が国の被害をもっとも少なく済ませる方法はアイト村を過ぎてギルドにやってくる手前で迎撃をすることですね」
「なぜそれを……」
「もしも、同じ立場であらゆることを犠牲にしていいならそういう風に考えるでしょう。そしてもうその準備は出来ているのではないですか? 兵装に関してもいまこちらの方面に向けて輸送中と伺っておりまして……。これはご提案なのですが、僕たちに『試射』させていただけないでしょうか? って提案になります」
「試射?」
メアリーが言った。
「ええ、そうです実際に発射する前に僕たちに試射させていただく。それで結構です。その先にたまたま古龍がいたというかたちで考えておりまして、それで最初の提案に戻る訳です」
再び沈黙。
最初の呆れから、一転してやらねばならないけど出来ないという顔だった。
「しかし、予算案はアイト村を滅ぼした後に発射がされるというように申請をあげておりまして、追加の予算を通すとなると一週間程度はどうしてもかかってしまいます」
ローグがうむくように答えた。
「なら、こうしませんか? 結局のところ間に合わないということなら、僕たちが人員とお金を出して打たせていただいたという形でやらせていただくというのは」
「そ、それでいいのか?」
リーがすがるように答えた。
「ええ、今回は時間との勝負がなにより肝心です。追加予算を取り付けるという点において時間がかかるということならば、一旦そちらにつきましてはこちらの預りとさせていただきまして、お借り出来ればと思います」
「それならば、大丈夫かと思います。ただ貸し出せるのはあの兵装一式と、マニュアル。弾と人員に関してはそちらでご用意いただくことになりますが……」
ローグが答えた。
「あてがあるのでそれで問題ありません。ただ決断にあたって今回こちらで金額を一時的にもつということになりますが、たまたま試射した際に古龍に命中し、うちの冒険者が仕留めた場合に関しては追加の報酬もご検討いただければと思います」
「わかった検討しておく」
ほっとした顔でリーが答えた。
「では至急、一次的な受け渡しの申請をお願いします。また、すぐに受け取りに行くので場所も教えてください」
「はい、かしこまりました」
とりあえずの最小単位での目標は達成できた。
宗弥の目的はここに来て、古龍討伐兵装をどんな形であれ借り受けることだったからだ。
* * *
神罰のようだと思った。
巨大な釘のような矢が次々に降り注いで行き、ファヴニールを地面にくくりつけていく。
雨ではなく、降り注ぐ雷のように次々と刺さっていく。最初に十本が漏れなくファヴニールに命中し、白い光線は予備動作の段階で止まった。
『とりあえず、君が思っている疑問は一旦後回しにしろ。ファヴニールは学習をするし、体もすぐに治る。このワンチャンスをものにしろ』
「分かった」
もう一度立ち上がる。
矢が第二陣のものが降り注いだが、ただ、ファヴニールはすぐさま動き出しそうだった。
幸いにも、ファヴニールは目の前にいた。
今から走っても間に合わない。なら、投げるのだ。
「天鱗砕き」
炎を放出し続ける槍を、ありったけの力を込めて投げ飛ばす。
勢いを足で止め、止めに入った足の太ももの肉が軋みをあげた。腕は千切れるかと思うほどの痛みが走った。
投げられた槍は一直線に、一条の炎となって逆鱗を撃ち抜いた。
撃ち抜かれたファブニールは硬直すると、光の柱となってその姿はたち消えて行った。
「勝った、のか?」
何が起こったのか処理しきることが出来ず、勝ったことをしばらく理解できないままでいた。




