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異世界転生しても社畜なので辛い  作者: あぶてにうす
1話 異世界転生しても結局働き詰めで死ぬ
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聖典の怪物

 ただ、違和感はあった。


 確かに心臓を刺し貫き、殺したはずだった。だが、炎袋の赤みが消えることなく煌々と輝き続けていた。


 火袋の光こそ、生命の輝きであり、龍が死ねばその光は次第に消え失せる。


「まずい、死んでない」


 振り返ってエマは呟いた。


 火袋の橙の光は、巨龍の全身へと瞬くうちに広がっていき、表皮がひび割れていった。


 何かが起こったということに全員が気づき、勝利したムードに包まれていた味方が騒ぐのを一斉に辞めさせた。


「何が起こっているんだ、エマ」


 ヒューゴが聴いた。


「脱皮、しているのか?」


 エマにとってもはじめてのことだった。巨龍を倒したらその皮膚がひび割れていくなどまずなかった。ただ、火袋の光が全身に行き渡って灼熱とともに龍が脱皮するということはある。


 巨龍は体をもう一度持ち上げた、そうして心臓を貫いた傷を中心に皮膚が割れていった。そうして脱皮を行いあらたな体が‘出てくる。


 その表皮は光り輝く黄金だった。


 煌きながら、一回り小さいサイズの龍が現れる。額から伸びる一本の角。びっしりと埋め尽くされた金色の鱗。背中に巨大な翅を持ち、二股に分かれた長い尻尾。その先には刃のような先端が付いていた。


「ファヴニール……」


 ヨシュア戦記や、ゲーン教教典に出てくる伝説の古龍種。


 ファヴニールの大きさは山のような巨龍ほどではないにしろ、それでも大型の部類に入る。


 ヨシュアや、ゲーンと言った世界を救った英雄の出現を以って始めて打ち倒される。本来であれば支配者である生命だ。


「はは、マジか」


 呆然としてしまった。


 よくよく考えれば、巨龍と言ってもどの品種にも該当しない巨龍だった。大枠として、そういうもので類似したものとして狩ればいいのだろうと思っていた。エマにも知らない竜種はいくつかある。そのうちの一つだろうと思っていた。


「あたしはバカだったんだきっと」


 ファヴニールが大きく羽ばたいた。巻き起こした風によって、何人かが転んだ。


 強い風が吹いて、エマは目を覚ました。


「エマ、指示をくれ!」


「分かっている。体勢を保ったまま後退し、アイト村まで撤退する!」


 ヒューゴたちが前に進み出て、再び連帯を組み巨大な盾を作り上げる。


 ファヴニールは無造作に音もなく歩み寄ると、二股に尻尾をいっぺんに振り回した。


 ヒューゴを除く全員が吹き飛ばされて、宙を舞った。


 尻尾の重さはどう考えても、巨龍の方が重いはずだった。だが、振り下ろされた力があまりにも違ったのか、全員で連帯を組んでもいとも簡単に砕けた。


「こんな、こんなの無理ダァ」


 今の一撃で怯えきった盾兵が泣きながら言った。


「狼狽えるな、隊列を整え受け止めるんだ!」


「ダメだ、俺は逃げるぞ!」


 といって、吹き飛ばされた、盾兵の一人が逃げ出すと、残る盾兵も全員逃げ出した。


「勇敢なるものは我に続け! 今こそ、アイトの男としての生き様を見せる時!」


 ブランが槍を構えていた。その周りでブランの小隊が連帯を組んでいる。


「突貫!」


「やめろ! 無謀だ!」


 村長が突っ走った。


 連帯は、前足に直撃したがその程度の打撃でファヴニール傷一つ着くはずもなく、なんなく弾き飛ばされた。


「まだまだ!」


 村長たちは再度突撃をかける。


 ファヴニールは、前足を叩きつけると地響きとともに村長たちの動きが止まった。


 簡易的に繰り出した、ファヴニールのアースクエイクに似た技。

 ブランたちの動きが止まった瞬間、ファブニールはもう一度足を上げて踏みつぶそうとする。


「必倒脚!」


 エマはすでに駆け出して、槍を棒高跳びの要領で飛び上がって、振り下ろされるファヴニールの足に己の必殺の蹴り技をぶつけて弾き飛ばす。


 弾き飛ばすといってもわずかに着弾点をずらして村長の真横に落ちるようにするのが精一杯だった。


「引け! こんな状況で戦っても犠牲を増やすだけだ!」


「しかし、我らは」


 ファヴニールが息を吸い込み、大きく吐き出そうとすると、口から白い光が漏れ出て、直後白い光線となって放出された。


 白い光は全員の頭上を越えてアイト村へと届いた。


 光線はアイト村の後方の山と、教会の大きな塔を通り過ぎていった。


 刹那。光線を通り過ぎた場所が瞬時に炎上した。教会の塔は、光線を通ったところから真っ二つに切断された。


「ふざけるな、やっていられるか!」


「逃げる! 逃げるぞ」


「でも、一体どこに逃げればいいの? アイト村でいいの?」


 今の光線で、勝てない相手だとここにいる全員に植え付けるには十分だった。どこまで行っても見えている限りの場所にはあの光線が届く。


 村の壁であれば多少なりとも耐えられる可能性がある。その希望を託して、一斉に全員が武器を捨てて逃げ出し始めた。


 勝利の歌は止み、悲鳴だけが辺りに響き渡るようになった。


「どうするエマ?」


「一旦引くぞ」


 一挙に逃げ出し始める全員と動きを合わせて逃げ始める。


 ファブニールはゆっくり歩き出してきた。


 全員が全員脱兎のごとく逃げ出していたが、リーズとドミニクは配備位置で止まっていた。


「何しているんだ、すぐに逃げるぞ!」


「すみません、アイト村にいくよう全員を説得していたら、時間がかかってしまいまして」


「右に同じく」


 リーズとドミニクも同様に走り出す。


 無言で走り続けた。ただ、リーズが途中ですっ転んだのだった。


「リーズ!」


「ごめんなさい、すぐに行きます」


 追いつくだろうと思って、そのまま前を向いて走り出す。だけど、リーズが追いついてこない。振り返るとリーズは同じ体勢のままだった。起き上がったまま立ち上がろうとしない。いや、立ち上がれないのだ。


「リーズ!」


 悪いことに、さっきまで歩いていたはずのファヴニールが駆け出していた。


「わたくしのことは良いから先に行ってください!」


 エマはそこで迷ってしまった。


 リーズのところまで戻って、彼女を担いで追いつかれはしないだろうか。振り返らずに走り続ければ追いつかれる前に壁の内側に入って作戦を練り直す時間が得られるのではないか。


「女性の自己犠牲ほど、私が最も見たくない行動です」


 そんな中で、ヒューゴがファヴニールとリーズの間に立っていた。


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