激突、巨龍討伐
全ての準備が整った一時間後巨龍の実際の大きさが明らかになってきた。
苔にまみれたような岩のような肌だった。長らくその場から動かなかった影響だろう、漆黒の体の上に見える緑は実際に苔もいくつか待っているのだろう。そして、体は岩よりも硬く、よく鍛えられた鋼と同様の硬さがあるのだろう。
四足歩行を繰り返し、ゆっくりと迫ってくる山のようだった。
巨龍は羽ばたくことはほとんどない。長らく、一箇所にとどまり動くことをせず体のみ大きくなってしまったために、羽はあるが飛ぶことは出来ない。
エマの指示で聖歌隊が一斉に歌唱を開始する。
聖歌とはゲーン教の経典を歌にしたもので、訓練を受けたクレリックにある程度の教えを修めた教徒であれば参画することが出来る。
歌を受け取る加護化にあるものは宿し神の肉体の術式を受けたことと同等の効果を得ている。
「長弓隊、準備。任意に射撃しろ」
『了解』
個別に小隊長である、エマと、ヒューゴと、リーズ、ドミニク、村長のブランには念話術式をそれぞれ付与している。
ドミニクは、すぐさま全員に矢を番えさせ、一斉に放たせた。
頭上を越えていく弓矢の黒い影は大きな放物線を描いて、雨のように巨龍に降り注いだ。
降り注いだ矢は、浅くではあるが次々に巨龍の背中へと突き刺さっていく。
次の瞬間一斉に、放たれ、着弾した矢が爆発を起こしていった。
長弓隊が放った矢は爆弾をくくりつけた弓矢だった。到達したころに爆発するように設計してある。
咆吼。
巨龍が吼えた。地面を揺るがすほどの衝撃があたりいっぺんに伝わっていく。
長弓隊は意に介さず、爆裂する矢を放ち続ける。
だが、その爆破の衝撃もそこまで伝わっていない様子で巨龍は一度身を起こすと、再度前足をつき後ろ足を高く、羽を立てる。
巨龍の蒼色の瞳が、金色へと変化する。怒り。威嚇し、臨戦態勢へと変わっていく。
「盾隊、構え。突っ込んでくる」
『分かっている!』
ヒューゴ率いる盾隊の連帯。
盾はいくつも並んでいるが一つの大きな、頑丈な壁として、互いにフォローし、分散し突撃に備える。
巨龍が走った。一挙に馬よりも早いトップスピードに達し、盾隊に激突する。
盾隊はビクともしなかった。
逆に怯んだのは巨龍の方であった。顎が上がってたたら踏む。
『エマ、村長、出番だ』
「分かってる」
両翼に控えていた、長槍隊が突撃を開始する。
連帯し、一つの大きな槍となった二つが巨龍の前足目掛けて突撃を仕掛ける。
ひるんでる隙に命中。
ただ、直撃させ、突き刺す野ではなく、こそぐように当て、背面へと抜けていく。
遊撃手がいることに気がついた、巨龍はエマ達の隊を狙って尻尾を叩きつける。
想定済みの攻撃。
ヒューゴ一人だけを真っ正面に残し、他の盾持ちはエマと村長、巨龍の間で連帯したまま盾を構えていた。
片翼の盾持ち部隊を直撃。
一歩後退はしたが、持ちこたえる。
巨龍の一撃を受け止めた。その隙にエマたちは足の付け根の部分をこそぎ、村長たちは前足の脇のあたりをこそぎに行く。
上から見たとき、エマと村長は速度を落とさずに何度も円を描きながら、巨龍の皮膚を削り続けていた。
鬱陶しく動き周り続けるエマと村長の槍の部隊を巨龍は、爪や、尻尾、あるいはその胴体を持ち上げて叩きつける動きをするが、二つの盾の小隊に、あるいはヒューゴ一人に防がれていく。
開始から三十分。
訓練し続けたとは言え、全力での連帯は着実に槍の小隊と盾の部隊を消耗させ続けた。
比較的高性能な武器で揃えたとは言え、エマの握る槍もあと数十分戦い続ければ持たなくなるだろう。
それは盾隊の装備や、耐久力も同様だった。
このまま高速で皮膚をこそぎ続けるという手もあるが、長くは持たない。
うまくいかないことに腹を立てた巨龍が繰り出す、切り札を放つことを待っている。
徐々に、腹のあたりの白い部分が赤みを帯びているのが分かっている。想定通りなら、終わりは近いと、エマは確信した。
ドミニクは弓を持ったまま、直立不動で新しい指示を待っていた。
歌を変えろとエマから指示があった。
聖歌隊の歌のうち三分の一が歌う歌に変更があった。
リーズが教えてくれた、経典の一節をたたえた物。炎で閉ざされた山を越えるためにゲーンから与えられた杖を掲げると途端に炎が凍りつき、新天地へ進むことができた。その物語をたたえた歌だ。
ドミニク達、長弓隊とリーズの聖歌隊は、二〇〇メルほど後方で隊列を作って待っていた。
「長弓隊、全員分かっていると思うが三秒以内にありったけうてるようにするんだぞ」
力強い返事が帰ってきた。
最初の頃、うまく出来るか心配だったが結局エマのカリスマに乗っかって必要な技術を仕込んでいくだけでよく、別段難しいことはなかった。
「歌おうぞ、みんな」
後ろの聖歌隊の賛美歌に乗っかって、自分たちも凍結の歌を歌い参加することが出来る。
炎を吐いたら、聖歌隊と同じ歌を歌いながら弓を番えて氷の雨とするのだ。
そうして、最後の仕上げにじいさんから教わった、一撃をあいつの眉間に叩き込む。
* * *
リーズは指揮をとり続けていた。
それと同時に、歌うことに疲れ果てた一般人を順次ローテーションさせていき、修道女にしても何人かごとに交代させていった。
広範囲に渡っての賛美歌の斉唱による加護術式は、ある程度訓練を積んだクレリックを中心として組めば、教典をそれなりに理解し、歌が分かっていれば誰でもこの術式に参加することが出来る。
結果として、命がけの戦いなのにも関わらず、戦場に歌が鳴り響き、御伽噺のような様相になっていく。
ただ、それはそれでいいとリーズは思う。
信仰の加護が歌として、鳴り響き、戦うもの達を高揚させていく。それは何も、術式の効果だけではない。信仰の歌が助けている光景というのは一目見て、自分が見たかった光景の一つだったと思った。
『リーズ、氷の道の歌を始めてくれ』
指揮をして、事前の打ち合わせ通り、氷の道の歌を歌い始めた。
終わりは近い。
* * *
ヒューゴはのしかかろうとする巨龍を、盾で受け止めた。
百メル級の超弩級サイズののしかかりを受け止めるなど、土砂崩れを一人で受け止めるようなものだ。
だが、受け止められる。
歌が自分の力になっている。筋肉の、骨の力が地面から突き上げて巨龍の自重を支え切ることが出来る。
受け止めている間にエマが背後を通過する。
ヒューゴは盾で、巨龍を弾き飛ばすと。前足の爪目掛けて思い切りメイスを振り下ろした。
分かりやすく巨龍が痛がった。
出来た攻撃の隙を逃さず、エマと村長が率いる槍の小隊が襲いかかっていく。
巨龍が吼えた。
先程から赤くなり始めてきた腹の赤い光は、濃い色になってきた。それこそ燃えるように。
エマの言う、頃合いだろう。
「頃合いだ。盾で囲め。盾の隙間から一度突く」
エマから。
「了解した。閉じるぞ」
槍の小隊が動きを止めて後退する。
それが、一つの合図だった。ヒューゴを中心とした盾の正体は一つの盾の塊として、巨龍を囲んでいく。
一斉に、盾の隙間から巨龍の腹を突いた。
巨龍は痛みに震えることなく、もう一度咆吼した。そうして大きく息を吸い込もうとする。
「閉じ込めるぞ! 『閉ざされし、堅牢なる城壁!』」
一斉に連帯したままで、中位の盾魔術を全員で放つ。城壁のような幻影が巨龍を囲うように形成された。
巨龍が炎の息を吐き出す。
巨龍の炎は、全て溶かし尽くす炎と言われている。実際術式加護もなく鉄の盾と鎧だけで前に出れば即座に原型を留めない液体かそれに違いないものになるだろう。
ただ、そうならないようにここまで鍛え上げたのだ。
ヒューゴを中心とした『堅牢なる城壁』は炎を完全に閉じこめていた。
巨龍だけがその炎を一身に浴びることになり、炎上する。
ただ、炎が巨龍の身を焼くことになったとしても、巨龍自体にダメージは何一つとしてない。体の中に炎をため込めるのであれば当然それよりも頑丈な外皮が耐えられないことはない。
「ドミニク、今だ」
『分かった』
燃え盛る巨龍。中に再び弓矢が降り注ぐ。
今度は着弾と共に爆発するのではなく、突き刺さった場所を凍りつかせて行く。
炎は一瞬で消し止められ、表皮が凍りついていく。
ただこれでも、不完全で下準備の段階。炎を一瞬で消し飛ばし、表皮の温度を急激に下げることによって、砕けやすくしたのだった。
風を切り、一つの弓矢が巨龍の眉間を打ち抜いた。
ドミニクが放った、『天に届きし、祈りの矢文』
放てば天まで届くと言われる、弓矢の技術の最奥。
名刀のように鍛え抜いた鏃と。極限まで鍛えぬかれたぶれない白銀ののシャフト。風を受けて加速する翼龍の羽を組み合わせた一点もの。
その人の技術の粋を集めた一撃は、確かに巨龍の眉間の刺し貫いた。
悲鳴のような咆哮を上げる巨龍。
だがそれで終わりではない。
『あとは任せるよ、エマ』
「ったりめーさ!」
巨龍をしとめるには逆鱗のその後ろ、心臓を貫かなければ倒すことは叶わない。
エマが巨龍と対峙し、逆鱗を貫くことを任されたのは一度だけではない。
何度も任せられ、一撃で必ず仕留めてきた。
今回も予定の段取りは完璧。この一撃をもってして終わらせる。
「天鱗砕き」
祈るように槍に口づけをし、構える。途端に槍の背後から魔力の奔流が、飛び出してくる。
まだドミニクの一撃が効いている今のうちに、仕留められることを確信。
一挙に駆け出し、ヒューゴの盾を踏み台にして跳躍。
溢れ出る推進力を殺さず、逆鱗を深く根元まで刺し貫くと、エマは巨龍の腹に着地し、足の力を使って槍を引き抜いた。
確実に心臓を刺し貫いた感触があった。
エマが宙を舞い、着地をするのと、轟音を立てて巨龍が倒れるのは全く同じタイミングであった。
「やったか?」
と誰かが言った。
エマが仕留めた槍を掲げると、倒したという確信に変わり、一斉に歓声が沸き上がった。




