エマの宣誓
宣言通り、宗弥は同行しなかった。
パーティは、宗弥を除く全員。あとは全ての指揮をエマに任せて宗弥はどこかへ行った。もともとエマからしたら、戦闘面ではただの一般人と同じだし、ほとんどのクエストに同行しているが足手まといだ。
何もしないと宣言したところ腹は立ったが、そもそも宗弥にこの先やることなど特になかったということを思い出した。
アイト村は馬車で一日走らせた先にあった。
国境警備隊の前線基地で一日泊まり、夜明け前に出発し昼頃に到着する。
村の家屋が並ぶなか、そこから突き出るように聖堂が見えていた。
「教会、でかいんだな」
エマが呟いた。
「そうですね、この村はゲーン教においても古きものとの戦いの舞台になることが多かったのです。なので、教会としては信仰の地として大きな聖堂を建て、布教に勤めて参りました」
リーズが応えた。
「あんたがあの時あんなに真剣になるとは思わなかったよ」
「確かに、宗弥さんの言っていることは合理的なように見えますが、わたくしはあくまでゲーン教会から派遣されているクレリックで信仰を守ることがここで働かせていただいている以上に大切なことだからです」
「なあ、あんたにこういう話を聞くのは変な話なんだけどさ、なんか楽しみとかあるの? ゲーン教以外のところで」
「わたくしの生涯はゲーンの教えに捧げました。教えを広めること以上の楽しみなどありませんよ」
リーズは柔らかく微笑んだ。
「そうかい」
確かに強い信念をもって布教に取り組んでいるのだろうけれども、本当にそれだけ? ということをエマは疑ってしまう。
暇な時に、ドミニクやエマに一般的な勉強を教える時でも優しく丁寧に教えてくれるのだけど、こうも完璧な答えばっかり返ってくるとほんの少し疑ってしまうのだった。
入り口に到達すると見張りの兵隊が気がついて走ってきた。
「ギルドから派遣されてきた。あたしが現場の責任者のエマ・バレーだ」
「お待ちしておりました、お話はすでに伺っております。どうぞ、こちらへみんな待ってました」
「待っていた?」
「ええ、そうです」
見張り番に立っていた男の声はやけに弾んでいた。
大体の場合、派遣で別の土地に行った場合まず実力を疑われ、それから実力を少しづつ認めさせた上でようやく期待してもらえるものだと思っている。
村とは言っても、建物は石造りで道路も舗装されていて小さな街という趣だった。歩いている最中だれかと会うことは特に無かった。
見張りの男に連れてこられた場所は、この村の中心にあるだろう広場だった。そこにはおそらくこの村の全員が集められている様で、エマたちがその広場に入っていくと一斉にいろめきたった。
「何これ、ちょっと怖いんですけど」
ドミニクがエマの影に隠れて言った。
「最初から真っ当な評価を得られているのではありませんか? それは、ありがたいことです」
ヒューゴは満足そうだった。
壇上に上がると、紺色の良い生地を使っているだろう服に身を包んだ男が向かい入れた。
白髪を後ろになでつけ、整えられたヒゲを蓄えた壮年の男。ヒューゴと同じぐらいに背が高く、ヒューゴよりも恰幅がよかったが、腹は出ている様子は無かった。
「はじめまして、村長のジャン・ジャック・ブランです。お話は伊達さまより伺っております。この時間にいらっしゃると伺っていたので村のみんなにお披露目をと考えましてこのような形を取らせていただきました」
「現場の責任者のエマ・バレーだ。よろしく」
ブランは握手を求めてきたので、エマが応じる。
ブランの手は分厚く、拳のあたりの関節や指の関節がやたらと分厚くなっていた。剣や、拳をかなり習熟したものによく見られる特徴。
実際に握手をしてみると、強い力で包まれるようだった。未だに鍛錬を辞めた様子は無さそうだった。握り返すと、ブランは目を見開いた。
「噂と、聞いていた話と相違は無いようですね」
「ただの、ガキって思われることには慣れてるんで、別にそう扱ってもらっても構わないっすよ?」
「いや、敬意を持って対応させていただこう。あなた方はこれからこの村を救っていただく英雄なのだから」
そういうと、ブランは村人たちの方を向き直った。
「アイト村の諸君、先日ギルドから来たという伊達宗弥殿の抱えるパーティだ。彼女がバレー家屈指の天才、マリア・バレーの再来と名高いエマ・バレーだ。今回の巨龍撃退において、ドラゴンスレイヤー一家として名高いバレー家の麒麟児。彼女のいうことは絶対であるということを胸に刻んでおけ」
村人の反応は皆一様に目を輝かせていた。
仕事をしないと宣言していた宗弥だったが、エマ達全員に今回の仕事を伝える前にこの村に来て自分たちに関しての情報を与えていたのだろう。
宗弥は教練に関しては完璧にやるつもりではいたから、ここまではスムーズに行くように取り計らっていたのだろう。
「何か一言あれば」
ブランが前に出るように促した。
「あたしがエマ・バレーだ。紹介にあったように、バレー家の跡取りで、今回のサイズの巨龍討伐はあたしが指揮を執って倒したことは何度もある。だから安心してほしい。あたし以外のヒューゴ、リーズ、ドミニクも全員腕利きだ。ただ、巨龍討伐には人数と連携がまず第一に重要だ。必要な領域に達成させるまでの時間はたった二週間しかない。どうかあたしについてきてほしい。勝利は約束する」
「その言葉あてにさせてもらう。どうか、アイトの民を導いてくれ、我々でこの村を守れるよう助けてほしい」
「は? 何言ってんだ、あたしたちは一緒に戦って守るに決まってんだろ!」
瞠目。
エマとその仲間以外全員が。
「アイトの民は代々自分たちの土地は自分たちで守り続けてきた。今回伊達さんから聞いたのは、あくまで誇り高きアイト村のために対ドラゴンに対しての戦うすべを教えていただけると……」
「ああ、それはその通りだが、あたしたちも戦う。なぜなら、何人か腕の立つやつもいるのだろうが、あんたらにこの村は守れない。だから、あたしたちはあんたたちを鍛えた上で一緒に戦うと言っている」
「それが、どういう意味であるかわかった上で言っているのですな?」
ブランから、殺気のようなものが立ち上るのが感じられた。
闘気というには大きすぎる、青い炎をブランが纏っているように見えた。村民の方を見ると一様に同じような様子だった。
アイト村というのは神話の時代、それこそゲーン教の時代から魔獣との戦いに晒され続けた村だ。公国の国境線からも外れた自治区という扱いになっている。村人は作物を作るほかに軍事教練も行い続けているため、村人全員が戦うことができる町だ。
ゲーン教教会が保護下に、置き、国として公国は介入することが禁じられている。だからこそ国にしてもそこまで具体的な対策を取ることが出来ない。ギルドとして介入は出来る。しかし、誇り高い武人の村であるこの村の人々がそう簡単に受け入れるものではない。
どうやって説得をするか、それは腕づくで。
「あたしか、こっちのヒューゴで相手してやる。こっちのヒューゴはアホみたいに頑丈で、力自慢十人用意してぶつからせてもビクともしないはずだ。あたしも、そうだな、十人ぐらいなら相手してやる。全員ぶっ倒せるぜ」
歓迎ムードが一転して、殺伐とした空気になった。この村の全員が全員プライドの高い武人でその全員に喧嘩を売った形になった。
「ちょっと、エマ、落ち着きなよ。何もこんな強引なやり方を取らなくったって」
ヒューゴが慌てていた。が、エマは問答無用でヒューゴを前に出した。
「まずは力自慢から来い。こいつが相手をする」
「ええー?」
「良いから、やってきてくれよ。多分こいつらは自分の心の中から変わりたいって意識もなければ、心の底でどうにかなるって思っているんだろう。それを叩き潰さないと、教練さえうまくいかない」
結局温和な雰囲気で始まったが、やることは変わらない。
ここで、やるべきことは根底からこの村の十人の考えていることを変えて、自分の手足として使いこなすことであって、彼らに付け焼き刃的にドラゴン討伐の知識を与えることではない。
「なるほど、そう考えてるんだね。エマは。分かった、やってみよう」
「頼んだ」
壇上からヒューゴが飛び降りた。
すると、ヒューゴと同じぐらいの背丈があって、より体重のありそうな男たちが十人ほど集団の前に出てきた。
「へ、こんなヒョロヒョロのもやし、俺たちの誰か一人で弾き飛ばせるぜ」
「力を合わせて一斉にかからない限り、私を抜くことは難しいと思うよ」
「言ってろ、やっちまおうぜやろうども!」
ヒューゴが地面を踏み込み、大きく構える。
一斉に屈強な男たちが襲いかかる、ヒューゴの腰に一斉に組みつき弾き飛ばそうとする。
だが、ヒューゴは柱のようにその場にずっとあったかのように動かない。
「ば、馬鹿な!」
と、観客の一人が叫んだが、それなりの人間の力でこいつと力比べをして勝てるものなどほとんどいない。クルガンオオトカゲと相対している時でさえ、効率を考え出したころこいつ一人で加護術式無しで前線を張ることが出来る人間だ。
「そんなものですか? もっと頑張ってくれないと、ちょっと期待はずれですね」
男たちは力を込めるが、全くヒューゴは動かない。
逆に、ヒューゴがその場から歩き出すと、十人の男たちが後ろへ後ろへと下げられて行って、十歩ヒューゴが進んだところで止まった。
「こんなものでどうですか? 分かったでしょう?」
ヒューゴがそう言うと、男たちはその場に崩れ落ちて肩で息をしながら空を仰いだ。
一方でヒューゴはなんでも無いようで、およそ格の違いというものを見せつけたような形だ。
「じゃ、次はあたしだな。誰が来る、何人でも構わんぞ?」
エマが壇上から呼びかけると何人か反応する気配はあった。
「一人で十分だ。私が出よう」
「あんたがやってくれるんだ、光栄だね」
ブランがエマを睨め付けながら進み出た。
「ここですぐやるか? 武器はいるか?」
「良かろう。徒手にて十分。あなたは何かいるか?」
「へ、いらねーよ。なめんな。あんたのタイミングで好きに来な」
即座に距離を取りブランは構えた。拳を高く目線の辺りまでもっていく、数度ステップを踏む。
エマは無造作に半身に構えた。もはや構えとも言えない隙だらけにも見える。
ブランが距離を消滅させたかのようにエマの目の前に現れた。
まっすぐ振り出される右の拳。だが、その先にエマはいなかった。
「良いじゃん、おっさんかなりの達人だな」
「なっ、馬鹿な!」
エマは、ブランの胸に背中をつけて立っていた。
そのまま伸びきった腕を掴むと、ブランを背負って投げ飛ばした。
「ぐおお」
背中からしたたかに地面に打ち付けられ、苦悶してる間にエマの拳が顔面の前で寸止めされていた。
「あたしが相手だったってことが不幸だったな」
「み、見事……」
その場にいる全員が息を呑んだようだった。
おそらくというより、間違いなくこの村でもっとも強いのがこの村長なのだろう。それがあっさりと倒されたとなればそういう反応になるだろうと思ったし、この反応を待っていた。
「宗弥からいろいろ聞いているかもしれないが、巨龍を倒すには、あたしたちと共に戦え、そして、あたしたちの手足にならないと勝てないってことは良く覚えておけ」
反感は無くなっていた。ただ、自分たちよりもエマたちの方が強いということは認めているようだった。
「ただ、勝利は約束する」




