流れ着きましたが、本当に特殊な才能が無かった(就職先は決まった)
「おい、あんたしっかりしろよ」
目をさますと、まず太陽の光が眩しかった。
眩しさに目をやられないように手で隠しながら起き上がる。
宗弥はスーツのままで横になっていたようだった、手にひんやりとした石畳の触感が伝わって来る。
寝ぼけた頭で、何が起こっていたか。宗弥はさっきまで新宿で仕事をしていて、電車に乗ろうとしたところまで覚えている。あの変な取調室みたいなことの問答もある程度覚えている。
さて、ここはどこだ。周りを取り囲んでいるのは、自分がいたところの服では無い。やけにゆったりとして、そこまできっちりサイズが考えられているようではない。
「ああ、大丈夫です。すぐ起きあがれます」
自分がしゃべっている言葉が、日本語とはまるで違う響きなのにも関わらずスムーズにしゃべれていることにびっくりした。日本語ではない。しかし、日本語と同程度にボキャブラリーがあってしゃべることが出来る。
立ち上がってあたりを見渡してみる。なるほど、ここはどうやらマーケットのようで気がつけばあたりに人だかりが出来ている。ちらっと視線をとばせば見たこともない果実や、野菜が並んでいる。そして、それがどういうものなのか知識として存在している。
分からないのにしゃべれる、見たことも無いのに存在を知っている。なるほど、あの天使と自称する女が言ったように、異世界転生を果たしたらしい。衣装と顔は生きていた頃の最後の姿のままだったが。
「あ、あんたどうしたんだ。いきなり空から降ってきてしばらくそこに眠っていたんだ。大丈夫か?」
気のよさそうな背の低い中年の男が宗弥の顔をのぞき込みながら言った。
「大丈夫です。ちょっと働きすぎで、心を少しだけ病んでいるだけなんです」
「そうか? あんたがそういうならそれで良いんだが、三十分間何しても起きなかったんだ。気になるだろうに」
「良い人なんですね。わざわざ心配してくれてありがとうございます」
目の前にいる中年の男はとてもこちらを心配してくれているようだった。
おそらく自分の今の体調に問題は無いだろう。何せ、死んで生き返ったばかりだ。ここでいきなり瀕死にする理由はあまりないだろう。
突然人垣が分かれていき、宗弥を中心とした輪の中から一人出てくる。
簡素な鎧のを着ていて、半ヘルみたいな兜をかぶっていて、剣を腰からぶら下げている。見るからに兵士といった趣の男だった。
「ギルドに通報があった! 不審者が倒れているということだが、誰だ!」
「たぶん僕の事ですね」
「出たな不審者め! こちらの指示に従わなければ切り捨てる!」
兵士風の男が剣を抜きはなった。
「わー、落ち着け、落ち着け。僕は戦えないし。おとなしくついていくから!」
「よし、わかったなそのままだ手錠をかけて、本部まで連行する」
宗弥は兵士風の男に手錠をされて、連れて行かれた。
マーケットの人々から、奇異な目で見られているというのが分かる。よほど自分の姿形、そして服装というのが珍しく見えるのだろう。
「まさか、彼が伝説の転生者だっていうのかい?」
「し、声が大きい。決まったわけじゃ無いんだから」
大きな声で話していて、それを咎めているようだった。声のした方を見ると若い男女が気まずそうに視線を逸らした。
そのままマーケットを抜けるとの建物が目の前にそびえ立っていた。庭園が周りあったり、門があったりするわけでも無い。町の中心にある象徴のような建物だと思った。
建物の中に入ると、受け付けカウンターのようなものが横一列に並んでいて、手前側に何人か武装したいかつい男たちが座っていた。見たことがある光景に近いものを挙げるなら、市役所のカウンターとその待合か、銀行のそれに近いものだった。受け付けをしているのは割と普通な感じの男性女性で、皆一様に黒い衣服を身にまとっている。上下黒の仕立てのしっかりした服で、喪服のようにも見える。
受け付けカウンターを素通りして、その奥にある大きなデスクにある女のもとまで来ると、女は書類から目をあげた。
女も同じように黒い服に身を包んでいた。中年程度の女でメガネの奥から放たれる眼光が鋭い。このフロアで一番偉い人かな? と勝手に邪推した。
「異邦者を連れてまいりました!」
「ご苦労。尋問室まで連れて行け」
女は宗弥のことを上から下までまじまじと見て、立ちあがった。
「私が対応する。ちょっと今回のケースは特殊なようだ」
「は、かしこまりました」
そのまま三人で尋問室なるところへと向かっていく。階段を上って角を曲がっての一室へ。天使と面談した場所によく似た尋問室だった。
簡素な椅子に座らされる。
「質問をはじめる。貴様をみる限り我々と人種が違うな。森を抜けてあそこに行き倒れていた訳ではなく、いきなりあそこに倒れた状態で現れていたと聞くがどうなんだ」
中年の女が聞いた。
「気がつくとあそこに眠っていたらしい」
「らしい、とは何だ? ここに至るまでのことを覚えていないのか?」
「そもそも、というかここはどこですか? 僕は元々日本のサラリーマンで、電車に轢かれたところまでは覚えているんだ。それでよくわからない女と話して気がついたらあそこに横になっていた」
「いま、貴様は日本と言ったか? おい、こいつの所持品を取り出せ」
後ろに控えていた兵士が宗弥の近くまで来て何か入っているか叩き始める。スーツのポケットの内側に入っていたのは名刺入れ。シャツの内ポケットにスマートフォン。財布は尻のポケットに入っていた。
スマートフォンがテーブルに置かれた時に、兵士が電源ボタンを押したのか点灯した。
「あの? これは何ですか?」
兵士が質問した。
「いま光ったこれはなんだ?」
「スマートフォンですけど……」
「これは何をする道具だ?」
「遠くにいる人と話をしたり、世界中の情報をインターネットで見たりする道具です」
概念を聞かれているような気がしたので、概念を答えた。
それを聞くと、兵士はギョッとした様子だった。
「そんな技術、よほど高名なクレリックで無ければ出来ないことが……?」
「みんな持ってるものなんですけどね」
「やはり異世界からの漂流者であったか」
「か、彼が異世界人だと言うのですか?」
「そうだ。高度に発展した世界で生きていた人間であり、高度な魔術に近い道具を携行したり取り扱うこともある。数十年前に唐突に現れた勇者は有名だな」
「はい」
中年のマネージャー格っぽい女が兵士に問いかけている。
「その人間は少年の身でありながら、常人には考えつかない体力、腕力を持ち、圧倒的な破壊魔術をもって戦場を蹂躙しつくしたと伝承には残されている。国境線での防衛戦において三十万といる侵略軍をほぼ独りで撃退し、その戦闘の終わりに姿を消したと言われている」
宗弥は、天使の話を思い出していた。曰く多大なアドバテージあり、その力を行使して英雄譚を残すことで死の直前へと巻戻る。その事例だろう。
「おい、君、試しにその手錠を引きちぎってみろ。伝承通りであれば引きちぎれるはずだ」
「……はい」
宗弥は力を込めて、手錠を思い切り引き延ばしてみる。だが、手錠はびくともしなかった。
「どうした、本気でやってみろ」
「んぎぎぎ、いや、まじめですよ! めちゃくちゃ真面目にやってますよ! でも外れないです!」
体制を変えて、鎖を上に持って行ったり、横に持って行ったりするがびくともしない。むしろ、手錠に皮が押し付けられてとても痛い。
「ダメです」
あきらめる頃には息も絶え絶えになっていた。
「ま、まあ、力だけでないということかもしれない。炎や雷、氷や風が手のひらに起こることイメージしてみろあるいは何か動かせるか試してみろ」
「やってみます」
やはりというか何も出なかった。生前宗弥には超能力の才能はこれと言ってなかったが、異世界に漂流したとしてもその力に開眼するわけでも無かった。
「……よし、分かったそう簡単に出ないことは分かった。検査をしようギルドに雇われる冒険者としての一般的な身体測定をするぞ」
宗弥はここに送り込まれる前の天使の言葉をまた思い出していた。曰くティーエイジャー向けのサービスで、宗弥にこれといった能力は与えられていないということを。
そうして体育館みたいな修練所に行って、一通りのテストを受けた。学校に通っている頃に受けたスポーツ
テストに似たような試験に魔術の試験が加わったものだ。
受けた。
宗弥は自分でも頑張った方だと思った。過労で衰えた体に鞭を打ち走り、呪文を唱えたりもしたが何も出なかった。
「バカな……! 何もないだと? 各国に現れた漂流者は何かしらの能力に特化していて、それはこちらに来た瞬間から発現していたはずだ!」
中年の女は声を荒げて、一緒に持ってきたファイルを叩きまくっている。
「ここに書いてあることと全然違う!」
『異世界漂流者対応マニュアル(ギルド外非)』とそのファイルには記されていた。
「そんなに怒らなくても良いじゃないですか」
「怒るに決まってるでしょあなた! だって、一世一代の私の出世のチャンスだって言うのになんなのよこれ! 魔術は使えないし、身体能力なんて一般人の中でそこそこみたいなレベルじゃないの!」
「あの左右に素早く飛んで返ってくる敏捷性の項目だけ、異様に良かったですね。腕力とか一般人以下…」
兵士がテスト結果が書かれた紙を見ながら総括した。反復横飛びがやたら得意だったのは元卓球部だった動きをまだ宗弥が知っていたからだと思う。
「どうします? この人?」
兵士が聞いた。
あきらめきったような目というか、自分よりより下等な生き物を見るような目で宗弥を見ていた。
「前回の漂流者が同じ用な目に遭ってる人間を何人かいると知ってから、彼らの仕事がしやすいように無条件で市民登録をするように法律が作られた。本来記念碑のような法律であるが、未だ改正されていない」
それほどまでに前回来た人間は英雄的な人物で、さぞ人を思いやることに長けた人物だったのであろう。前任者が優秀というのは良いことだ、プレッシャーもあるが多少の優遇が利く。
「よって能無しとして、街の外に放逐することは不可能だ。だが、商人や職人は基本的には家族であるか幼い頃から弟子入りをしてその術を覚えているし……農夫という手もあるがそれだとここの市民登録が効力を持たない地域になってしまう……」
「つまり?」
宗弥が答えを急ぐと、女は苛立っているのが分かった。これは貧乏くじを押しつけられたときの顔だと宗弥は思った。
「このギルドで雇用する。冒険者として、ではなく紹介者として」
宗弥はそれは確かにと思った。本来高いはずの価値のものが限りなく無価値でなおかつ自分の所で面倒を見なければならない。それは大変なお荷物を背負ったもんだと他人ごとのように思った。
「紹介者って何ですか?」
「簡単に説明すると、国だったり、街だったりから来た依頼を私たちが冒険者に仲介する仕事だ。基本的に来た求人をそのまま横流しするのではなく、紹介者側で調整をしてパーティーを組ませたり、支援を行ったりする」
「その過程でピンハネする仕事ですね」
宗弥は答えた。
女は発言をした瞬間に青筋を立てたのがわかった。なにせ生きていた頃にやっていた仕事とあまり変わらない。
「貴様は人を怒らせることが得意なようだな……」
うわー、怒ってるーとぼんやり宗弥は思った。
仕事中はそこまで下手を打たないつもりでいるけども、どうにも仕事をしている気分にもなれなかったし、どうにもまだ仕事をしている気分で無いからこういうことになってしまうのだろうか。
「すいません。謝ります。転生前の仕事が似たようなものでしたからつい」
「まあいい、紹介者は怪我で冒険者を降りた者や放浪者がなることも多い。ただ、給料は仕事のグレードと数で決まる。仕事を達成できなければ賃金は一切支払われない。遠征や準備をしたところでその準備金も支払われない。うまくやれなければ、研修が終わり次第すぐに脱落する」
「あ、はい」
よくある研修終わったらそのあとは放置、仕事が取れなければ仕事が物理的に続けられなくなる外資系によくあるモデルに似ている。
「だが、安心すると良い。今紹介者のなり手は少なく、新入りに手厚い紹介者が上に付くことになる。彼女に同行しつつ、仕事に何が必要であるかということを覚えていけば良い」
「なるほど、それは安心ですね」
その実態がどうなっているのかは分からないけれども。
「ところで、貴様も異世界から漂流してきたのだ。他の異世界からの漂流者にできなくて、お前にできることは何だ?」
「そうですね」
少しだけ考えた。
若くて未熟で体力はある頃の自分と、今の自分に何が違うのか。十年で覚えたことは確かにある。それしかしていないようなきがするが。
「謝ることじゃないですかね?」
面接の答えとしては最低の答えを宗弥は言った。