スカウト/リーズ(クレリック)
「お断りします」
リーズ・シャロンは宗弥の提案を聞くと、食い気味に断った。
リーズは全身黒のローブに身をまとい、黒いヴェールで顔を隠していた。全身黒の一色で、喪服のような格好だった。ゲーン正教会に属するクレリックと経歴書には書いてあったが、似たような経歴の持ち主は何人もいるはずだが、彼女のような極端に露出をしない格好をしているものは他にいなかった。
「何故ですか」
「無駄だからです。私がパーティに入っていようが入っていまいが、あと一年で私は教会本部へ帰ることになっています。所詮は時間つぶしにすぎず、特定のパーティに所属をしないというのは私の方針です」
「へー、そうなんだ」
宗弥の横に座っていたエマが挑発するような口調で言い返した。
「私は今日、単発のクエストにあたってのヘルプを要請されたのでその契約を確認しに参りました。それについてはお受けしましょう、悪い条件ではありませんので、しかし、パーティ入りの話についてはお断りさせていただきます」
「そうですか、ですが少し気になってることがありまして」
「何でしょうか?」
「あなたはゲーン正教会所属で独立したクレリックではありませんね? 見る限り、神学校を卒業し、教会に所属し数年働き、その後本部で働くことになる。個人的な所感ですが、教会内であなたはかなり優秀な若手とされているのではありませんか?」
リーズは二十二歳。神学校そ卒業して、教会所属になったのは十八歳。そこまで長くない期間で地方の教会を周り一年前に、本部所属になっている。会社に置き換えて考えるなら、エリートとして入社をして最初の数年間は地方を経験し、その後本部所属になって出世をしていくという経歴に近かった。
「へー、あんたすげーんだな。行ってきた地方の教会って言っても、全部ゲーン教の中でも有数の有力どころばっかりじゃねーか。お、うちの地元の近くにも来てる」
エマは経歴書のバレッツバレーを指差した。
「……期待はされていると思います。神学校は主席で卒業しましたし、いく先々でそれなりに責任のある仕事をさせていただいたと思っています」
「なら、あんたはすごい出世をこれからするんだな。何でこんなところにいるんだ?」
一瞬、宗弥は固まったがリーズは別段動揺した様子もなかった。
「本部は私に期待をしてか、教えが行き届かないようなこのような土地に信仰を広めて欲しいと要請をされました。それが私がここに来た理由なのです。信仰の為とは言え、少し後悔しています」
「詳しく教えては頂けませんか?」
「……そうですね。この街に来たころ私はやる気に満ち溢れていました。信仰の加護の無い民や、冒険者を導き、ただ戦闘に用いるだけがゲーン教ではなく教えとは生きていくに必要な智慧であると広めたかったのです……」
リーズはそこまで迷った様子もなく、後悔についてしゃべりはじめた。
誰かに聞いて欲しいという思いがどこかにあったのだろうと思えた。
「最初に入ったパーティはこのギルドでも優秀と言われるリーダーを擁立するパーティーでした。エルリックさんでしたっけ、一回しかご一緒したことないのであまりよく覚えていませんが」
「有名なところですね確かに」
エルリックをリーダーとするパーティは、このギルドの売り上げランク一位の紹介者が要する主力のパーティだった。見方によっては、このギルド内で最も優秀とみる向きもある。
「最初に同行させていただいたとクエストはそこまで難しいものではありませんでした。終わったあとエルリックさんに『ゲーン教の話をして欲しい』と部屋に招かれました、私は意気揚々と教えの尊さを説くためにエルリックさんの部屋に伺ったのです」
「嫌な予感がするな」
「僕もだ」
「私は突然エルリックさんに抱きつかれたのです! あまりのことに気が動転してしまいましたが、持っていたお守りに対人術式が組み込まれていたので、エルリックさんが痺れているうちに難を逃れることが出来ました。男の人は出会うとあのようになってしまうのでしょうか、私はとても恐ろしく思いました」
「予感ぴったり当たったな」
「僕もだ!」
きっとセクハラネタだろうと思ったら、やっぱりセクハラネタだった。
リーズについてだが、顔は全く隠れてしてしまっていて分からないのだが、声が妙に艶っぽかったり、全体的にほっそりとした体軀をしているのだが、胸だけ大きく突出している。全体的に緩やかな服を着て誤魔化そうとしている痕跡は見て取れるが、どうにも限界がありそうだった。
要するにエロいのだ。存在が。
「次に私は男の人が怖くなったので、女性だけのパーティに参画しました。一時的にではありましたが充実した時間を過ごせたように思います」
一時的に。そう、上手くいかなかったから、リーズは訳ありなのだ。
「そのパーティが男の軍団の倒されて、服従しなければならなくなったとか?」
「いいえ、今はこのギルドには所属はしていませんが、彼女たちはとても強かったのでそういった目には遭うことはありませんでしたし、勘違いしたどなたかが襲いかかってきても楽々と返り討ちにしていました」
「ならどうして」
「エマ、君は知らないかも知らないが、さっきの話は同性間や、女性から男性というパターンも別段珍しいことではない」
「何だって」
エマが宗弥を睨んだまま硬直した。
「そうですね。先ほど伊達さんがいった通りだと思います。彼女たちと一ヶ月行動を共にした時に、『本当の仲間になりましょう』と言われて、みんなが集まっているリビングに行ったらみんなが欲望のままにまぐわっていました。私も抱きつかれましたが、お守りの対人術式のおかげでなんとか難を逃れました」
「あんた、そこまで行くと不憫だな」
「私の教えかたがいけなかったのか、布教がうまくかなかったのはひとえに私の修行不足です。しかし、その後も同じようなことが何度も起こっていくうちに私はこの地にゲーンの教えを広めることを諦めるようになってしまいました。本部に連絡を取っても任期を迎えるまではここで役目を果たせと言われてしまいました……」
会うたび、新しい冒険者と出会うたびに、こういうことをされ続けて、逃げ続けるうちに学習して何も出来なくなった。そうして誰とも関わらないようになって、日々を暮らす為だけにこの街で暮らしている。
もともとの能力はともかくとして、職場の人間関係に病んでうまくいかないということはよくある。しかもそれだけでなく、仕事としてうまくやりつつ教会としての新規開拓を行なっていかなければならないというおがリーズの仕事だ。現状この街でそれなりに暮らしていくという役目しか果たしていなかった。
「なら、パーティに入らねぇのはそういうことが起こったりするからなのか?」
「そうです、このような教えの行き届かぬ場所では規律を求めるということが無謀でしたので、パーティは組みません」
リーズはそれっきり黙り込んだ。
エマは沈黙に、宗弥の方をちらっと見ると、リーズの方を向いた。
「なあ、教会ではそういうことはあったのか?」
「みだりな姦淫は厳しく罰せられますから、そういったことはまずあり得ません」
「偶然かな、うちの家の部隊もその点については厳しく罰則を設けられていて、そういう話はやったら直ちに部隊から放逐されるようになっているんだ」
「そうなんですか? あなたのご実家というのはゲーン教の教えが広く伝わって」
「信仰は自由だ。熱心な信徒もいるのは確かだが、部隊内での不倫や恋愛に関してのトラブルはひいばあちゃんのころに整備された」
セクハラなり、痴情のもつれがやっかいなことになるというのはこの世界でもある程度認識されていることらしい。ゲーン教会本部でもそのあたりのきまりは徹底して励行されているように思われる。ただ、ここのギルドに関してはその限りでは無かった。そして、冒険者、紹介者に関しての規約を読む限りでも罰則は特に設けられていない。
「それに関しては、僕のもともといた世界でも同様だった。決まりとしては厳しく罰せられるようにはなっているし、クビはともかくとして降格の対象にはなるよ。そして、組織内で晒しあげられるしね」
「うわ、それ追い出されるより辛くない?」
「自主的に辞める人は多いよ……」
そうして、地位もプライドもズタズタにされて自分からやめていくのである。
「だから、という訳では無いけどうちのパーティに限って言えばリーズさんがおっしゃっているようなことはまず起こり得ない。いえ、仕組みの上で起こりにくくなっています」
「なので安心ですとでも言いたいのですか?」
けんのある声でリーズが言った。
「ならさー、あんたの顔を見せてくれよ。本当にあんたが、出会う人々全員を誘惑してしまうような呪いの類を持ってるなら、顔見ただけであたしも、宗弥も我慢できなくなるんだろ?」
「君は凄いこと言うな。捉えようによってはアウトだろ」
「だって気になるじゃんかよー」
「それはそうだけど、そういうのはもっと段階を踏んでから……」
「いいでしょう、あなたには正当な理由があります。私がこれまでのような仕打ちを受けてきたのは、ひとえに教えが届いていない不信者たちのみなのですか……」
リーズはヴェールを外した。
そこにあった顔というのは、陶磁器のようななめらかな白い肌に、柔らかな紫の瞳。鼻筋は通っていて、唇だけ血色がいいのか際立っていて目元には涙ボクロがあった。あたりの空気が甘ったるくなるような感じがした。
宗弥の感想としては確かにそういう人間がいたり、意図しない方面から誘引してくるような妙な色気は確かにあることは認めるが、我慢しようと思えば普通に我慢できるレベルだった。ここでの生きていくすべを失うぐらいならば絶対に手を出すことはないだろう。
「なんだ、普通じゃん」
エマがあっさりそう言った。
宗弥がどんな言葉を話そうか迷っているうちにエマが、ど真ん中を通っていった。
リーズは最初呆気に取られたような顔をしていた。それから、何を言われたのかを理解して、顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。
「ど、どうしたアンタ。何故泣くの?」
エマは狼狽した。
宗弥は口を出さないようにした。エマに任せることにした。こういう時に、無自覚に解決してしまうのがきっとエマなのだろうと思った。
「分からないです。……でも、嬉しかったんだと思います。ここに来てずっと、本当は自分がまともな人間なのではないかと思い悩んでいたのだと思います」
「そーなのか? あたしにはよく分かんねーけど、あんたが綺麗な人だってのは認めるよ? ひいばあちゃんが言ってた事だけど、『痴情のもつれで人がどうこうなる組織は田舎のド三流騎士だけ』だそうだから、あんたをそういう目に合わせたやつらがことごとくド三流だったってことでどうよ?」
「そう言って頂けると嬉しいです」
リーズはそう言って涙を拭った。
「僕たちは早急に組織を作り上げなければならない。あなたが望むのであれば、僕たちはあなたが遭ってきたことを僕たちの組織では決して発生させないことを約束しましょう」
「ま、あたしがここにいる限りはぜってーそんなことさせねーけどな。全員ぶちのめしてやる」
そのもの良いはとても真っ直ぐで良いとも思うのだけど、もう少し言い方ってあるだろうと、宗弥は思ったが黙って飲み込んだ。
「彼女、エマ・バレーが基本的には現場での責任者になるので、そういう意味では心配はいらないと思う。リーズさんは彼女のことは知っているか?」
「バレー家の中でも優秀であったとは伺っています。教会からもとても信頼できると伺っています」
「なら話ははえーな」
「問題が一つ残っています」
「それは何でしょうか?」
「伊達宗弥さん。あなたは異世界からの漂流者でいらっしゃいますね?」
「そうですが、それが紹介者としての僕に何か?」
「初対面の方に言うのも問題なのですが、我がゲーン教のかつての法王が異世界からの漂流者と共に冒険をしたというのですが、かの者は決して信頼してはならず、もし同様のものが現れた際は協力をしないという取り決めがありまして……。拘束力はさほどあるような内容ではないのですが」
「そ、そうなんですか?」
優秀な人間ばかりだと思っていたが、中にはとんでもないものもいたものだ。
「それっていつ頃だ?」
「七十年前ぐらいですね。確か、ヨシュア様と一緒に冒険をした後袂を分かったようで、その後に作られた枠組みのようです」
一体何をしたんだ斎藤義明さん。
「ヨシュアの話は良いだろ。もうだいぶ昔の事だし、ひいばあちゃんもいろいろあったみたいだけど、もう許してやれよってぼやいてたぞ」
「まて、エマ、君のひいばあちゃんもヨシュアと一緒に冒険をしていたのか?」
「そうだよ。あれ、言わなかったっけ?」
「そうだね」
やたら詳しいと思ったら、エマは関係者の親族だった。
「ひいばあちゃんのマリア・バレーはヨシュアと一緒に冒険を繰り広げた人間だ。名前はもちろん別人になっているけどな、ひいばあちゃんを基にした人物も出てくる」
「ヨシュアは具体的に何をしたの?」
「私はよく存じ上げておりませんが」
「大したことはやっちゃいない。ひいばあちゃんもゲーン教の法王も若い頃ヨシュアと一緒に冒険をしたということみたいだ。まあ、そのヨシュアって奴は、ひいばあちゃんとか、その法王とかに気のありそうなことを言って惚れさせるだけ惚れさせて、思いを伝えると重度の難聴になるらしく、一通りの戦いを終えると誰一人として思いを叶えないまま消えて行ったのさ。することを全員とした上でね」
「す、することはしたんだ!」
てっきり、ハーレムものの少年漫画にありがちなモテるだけモテて最後に誰かを選ぶみたいな展開かと思いきや、偉ばないで全員保留しておいて、全員とすることはしたというのは本当にあったんだと衝撃を受けた。
「ヨシュアは突然消えたんだ。それで残された女たちは一様にブチ切れながら故郷に帰って、それぞれの役割を果たした結果大いに発展したんだとさ。多分その取り決めは、そこにたどり着くまで覚えていたことなんでしょうよ。ひいばあちゃんはその話聞いた時に、もう許してやれよって言ってたぞ」
「そうなんですか!」
「まあ、することはしてるから、あたしんとこでは『組織内の恋愛は許可制』ってのと、あんたんとこの『ヨシュアおよび、異世界漂流者に協力するな』ってのは名残だと思うんだよね」
「なるほど、そういうことなのですね。この件に関しては後ほど持ち帰り、考えさせていただきたいと思います」
「いっしょに戦ってくれるか?」
「分かりました。少し確認は必要でしょうが、前向きに対応させていただきます。最初に聞いたクエストのヘルプは承らせて頂いて、教団に確認が取れ次第加入をしたいと考えています」
「ありがとうございます。助かります」
「ところで、エマさんは、宗弥さんのことを異性としてはどう思っていらっしゃるのでしょうか?」
「こいつか?」
エマが横にいる宗弥を親指で指してそう言った。それから鼻で笑った。
「ありえねーよ。こんなヒョロヒョロのもやし。惚れる要素が無い」
「そう言ってもらえて光栄だよ。君みたいな扱いにくいクソガキに惚れられてもより扱いにくくなるだけじゃないか」
「テメェ!」
エマは即座に宗弥の胸ぐらを掴んだ。
「そういうところ! 実家帰るまでになんとかしないと誰も認めてくれないからな!」
指摘をするとエマはそのまままもとの位置に戻った。
「では、仕事のパートナーとしては?」
「悪くねーんじゃねーかな。いちおーあたしが見出した紹介者だし」
「今の所、彼女がいない限り僕に生きる術が無いのと、これから集めたパーティは彼女に現場指揮を一任しようと考えている。もし、僕や他の誰かが君に手を出すことは、彼女が全て守ってくれると思っていい」
「そーいうことだ」
リーズの質問にそれぞれの立場で答えた。リーズはその答えに満足している様子だった。
「もし、私がパーティに入る際に関してですが一つお願いをしてもいいでしょうか?」
「なんでしょう」
「ゲーン教の布教を許して欲しいのです。朝、夕のお祈りは皆さんでやらせていた抱いてもよろしいでしょうか?」
「いいんじゃね?」
エマが軽いノリで答えた。
「そう、簡単な問題では無い。信仰は個人の自由であるべきだし君に他の人の信仰を邪魔する権利はない。お祈りは自由ということではダメですか?」
例えば、精霊信仰や、派生した別の神様、あるいは人の道を極めて救世主となった人間から生まれた信仰がいくつもある。そのうちの一つだけに特化させるというのは、この人種のるつぼになっているギルドでやるには無理があるし、これによって強力な手駒が得られないという可能性だってある。
「それは確かに、そうですね……」
リーズは気落ちした様子だった。リーズの最終目的は布教だ。またダメなのかと思っているのかもしれない。
「ただ、僕自身が特定の宗教に深く信仰があるわけでは無いので、あなたを通じてゲーン教に帰依することを約束しましょう。おそらくそれはこの世界を知るうえでも役に立つことですから、可能であれば僕ができる範囲であなたの布教活動を手伝わせていただきたいとは思っています」
「ありがとうございます。それでは、このクエストが終わってからの本部の説得は全力でやらせていただきますね」
「では、よろしくお願いします」
「はい」
晴れ晴れとした笑顔でリーズは答えたのだった。




