ヒーローの帰還
それから、いつもの喫茶店まで行って、いつも打ち合わせをしている奥の小部屋を借りた。今回はきちんと飲み物を三人分頼んで。
「さて、いきなり本題に入るけど、ヒューゴさんはどうして剣に軽装というスタイルになったのですか?」
「この街に入った時に、武器屋さんから冒険者にふさわしい格好があると勧められて、そちらの方がらしいですよ! って言われて、そうしたんです。違ったんですか?」
「ちげーよ馬鹿!」
「馬鹿ってなんですか! あなたは私の先輩ですけど、理不尽な罵倒には断固として対応させていただきます」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだバーーーーーカ!」
「落ちついてください、二人して言い合ったら話が進まないでしょう」
宗弥はポケットからスマートフォンを出して、テーブルの上に置いた。
「まず、冒険者の装備についてだけど、正直ごった煮だ。様々な役割をもった人間が装備を統一されて戦うということはまずない」
「そうなんですか! 私が聞いた物語では、少年が冒険者を志して、皮の鎧と両手持ちの剣から始めてやがて最強の冒険者となったと聞きましたが」
「ヨシュア戦記のことか?」
エマが頬杖をつきながら言った
「そう、それです! 私は、騎士団にいた頃たまたまヨシュア戦記を読んだのです。そこで天啓を得たのです。正義とは何かわからなかった私は、これだと思ったのです。実際に起こった史実を元にしていると言いますし、それでその物語の舞台になったこの街に来たのです」
ヨシュア戦記とはこの街にかつていた伝説的な冒険者の話でこの国のベストセラーだった。ある意味でこのまちはヨシュア戦記の舞台としても有名で、ギルド内にはお土産屋さんがあったりする。
「そして、入り口になんと、ヨシュアが着た鎧と同系統の装備が一式があるではありませんか! 聞いてみれば、ここに来たはじめて冒険者になられるかたはみなさんこれを来ているとおっしゃった。ならば! 即座に購入しました。一緒にドクケシソウセットを買うとお得だということであれも買ったのです! 武器屋さんは親切でした! 私の新しいスタートをする準備を整えてくれたのです!」
そう、見た目の意味では。ただ、その実態はぼったくりだった。
「どうして、その装備にこだわっているのですか? あなたは、もともとは重装備の守護騎士で、何故その戦士の姿になったのですか?」
「私も、ヨシュアのようになりたいと、願ったから。この格好は誓いなのです!」
「それは、無理だぞ」
「何故ですか?」
「ヨシュアは、異世界から漂流した人間で最初っからデタラメに強かったし、漂流者と同じ才能があるとは思わないことだな」
「ば、馬鹿な! そんなことはこの本には」
そう言ってヒューゴが胸元から取り出した本をエマはぶんどると、ペラペラとめくってヒューゴに返した。
「これは小説版な。多少脚色されていて、一番よく知られているけど、一番違うのは主神ゲーンの天啓を受けた少年ではなくて異世界からの漂流者ってことな。書いてあることは大体あっているけど、ヨシュアの名前はこっちの方言で少し鈍ってて、ヨシアキ・サイトウと言うそうだ」
「前任者の斎藤さん……」
さぞ優秀な方だったのでしょう。斎藤さんのおかげで、宗弥は今職にありつけているのだ。
「だ、だが、勇者であったことには間違いがないはずだ!」
「それはそうなんだけど、その装備でお前クソみたいに弱いじゃねーか。宗弥、さっきの映像記録してたって本当か?」
「あ、ああ。撮ってたとも。見ようか」
スマートフォンを起動して、動画を流す。
「そ、その機械は!」
「ああ、異世界から持ち込んだ代物だとよ」
「なんと!」
「良いから黙ってみろよ」
「はい」
映像ではさっきの道場でのヒューゴとエマの手合わせが一通り載っていた。
最初、ヒューゴがあっさり剣と素手でやりあってボコボコにされているところから始まった。
「見ろよ、何も出来ねーうちにあたしにボコボコにされてんじゃねーか」
「む、むう、私としては果敢に攻撃をしかけているつもりだったのですが……」
獲物に差があるにしても一方的な処刑に等しかった。
何も出来ない草食動物に肉食動物が襲いかかって補食するみたいな光景が近かった。
それから、エマは二刀を持って、ヒューゴは槍で戦う。しかし流れてくる光景は似たようなもので、もはや生きている時間が違うのでは無いかという程度に差はある。
「ひよっとしてエマって私が知りうる限りの知り合いの誰よりも強い?」
「ったりめーだろ、あたしより強いのがそんなゴロゴロいてたまるかよ!」
エマが短刀を投げ捨ててまた無手になり、ヒューゴから槍を奪い取る。
「見ろ! あっさり、あたしに無刀取りされてるじゃねーか。なっさけねーな。ま、あたし様が相手なんだから、無理もねーよな」
「ムムムウムムムム」
エマは、ワハハと笑いながら、ヒューゴの背中をバンバン叩く。
ヒューゴがしぶしぶ盾と巨大な斧をとって、また、はじまる。
やはりというか、この装備に替えてからヒューゴとエマは同じ時間の中で戦うようになった。かみ合っているのだ。
「だが、なんとここから、ヒューゴがあたしと普通に戦えるようになる訳だ」
「本当だ! まるで別人のようですね! 盾もった方が楽だから、もっとたいしたことないのだと思っていました!」
「何がどうして、楽してたら、弱いんだよ! 楽に倒せるなら楽に倒す。何するでも基本中の基本だろ!」
「何でなのでしょうかね。私がいた環境が過酷だったからなんですかね、戦いとはいつも必死で、もがいて、あがいて勝ち取るものだと思っていましたから……」
「守護騎士って、そういう意味じゃ確かにぶん殴られ続けるのが仕事っちゃ仕事なのか」
「ああ、確かにエマと戦っているときに、盾と斧ではそこまで殴られていませんしそういう意味では普段より物足りなかったのかもしれません。私の戦いはいつも足りない中で受け止めきって勝つというのが常でしたから」
クライマックス、エマが必殺技を出して、同じくヒューゴが最強の技でもって受け止めて、閃光が走り、ヒューゴが受け止め切った。
「君が常に苦しまなければならないってことと、勇者の資質って必ずしも同じなのかな?」
「感覚として、自分が賞賛された時はいつもいつでも苦しい中にあった勝利でしたから、そういうものだと」
「これを見てもらって納得してもらえたかな?」
ヒューゴに宗弥が聞いた
「ええ、理解は出来ましたが、その、私にも転職の機会というかチャンスのようなものは……」
「なら、今からはじめてあたしのところまで何年で到達できるよ? たぶん、あんたのやろうとしていう到達点はあたしと同じことが出来るってことだぞ?」
「それは……確かに十年以上の修行が必要だと思います」
「ならあたしと同じだけ出来る装備でやるべきなんじゃねーか? 手加減したとはいえ、『天鱗砕き』を受け止めたんだからよ」
「確かにあれは驚嘆に値する、凄まじい一撃でした」
「なら、そのスタイルでやるべきなんじゃねーか? そもそも盾が無けりゃ盾で受けてからやっていくって戦い方しかできねーなら、盾は持つべきだし、片手で振った方が振り抜きが良いなら、盾と何かって装備だ。それでヒューゴの力を考えるなら装備はかなり重装備にならなければ合わないって考えると騎士団時代の装備に近いものしか正解はねーんじゃねーか?」
「しかし……」
ヒューゴは眉間にシワを寄せて渋った。
エマの顔を見ると般若のような顔をしていた。絶対説得出来ると思って説得したが、ダメだったときのダメな顔だ。
「君は勇者、ヨシュアのようになりたいんだな」
「はい、そのための旅です。立派な冒険者になって正しいことを見極め、その成果を故郷の繁栄に使いたい」
「求めるものは、勇者としての在り方なんだろうね。なら、多分こんなところに来たところでそんなものは無いよ。あるのは仕事だ。目の前に仕事があって、報酬のために右から左に受け流す。そこにロマンも希望もない。果たすべきミッションもない。そういう意味で君は騎士であり続けるべきだったんだ」
「そんな!」
ヒューゴは雷に打たれたような衝撃に見舞われていた。
「見りゃ分かるだろ、ヨシュアがやったような事はヨシュア自身が勝手に決断して、勝手にやりきった出来事だ。結果として、すごい成果になったが、そんなものここでただやっててなれるものじゃない。騎士として極める方が確かにはやかったろーな」
エマが追い打ちをかける。
「ところで、彼は何をしたんだ?」
宗弥はそもそも、ヨシュア戦記がどういうものだったのか知らなかった。比較対象を知りたくなくて、調べようとすれば調べられたが調べていない。
「ざっくりだけど、大昔この辺は魔獣の出現ゲートが開きっぱなしで絶えず凶悪なモンスターが出てきていた。それでヨシュアはひたすらにそれを叩き続けてゲートを閉じた。それを聞きつけたその当時のジュバルツタット王国が侵略を開始、ヨシュアもその戦いに参加し、当初圧倒的に不利と言われた状況をひっくり返して勝利した。国を救った英雄だってさ」
「わぁお、マジか。そこがゴールになるか……」
「ゴール?」
ヒューゴが首を傾げた。
「そうさ、ゴール。僕がここに来る前に聞いた話では、化け物じみた力を与えられてものすごく高い目標を達成してもともとの世界でのやり直しが出来ると聞いたんだ。だからそこまで行くのが僕の目標だ」
宗弥がそう言うとエマもヒューゴも目を見開いて、黙り込んだ。
「まー、つまり英雄の力無しで英雄としての仕事をしろってことなんじゃないですかね?」
「お前、それマジで言ってんのかよ?」
「事実を整理するとそういうことらしい。今知ったけど」
「そ、そんな……」
「ヒューゴ、そういう訳だ。僕はどうやら英雄としての仕事を果たさなければならないらしい。だからもし、君が君で英雄に、あるいはヨシュアのようになりたいならそれで構わない。ただ君の目的はヨシュアが持っていたかのような剣技を身につけることだったのかい?」
「いいえ、欲しいのは彼の勇気と優しさ。国を救えるほどの志です」
「なら、僕はその目標と同じところがゴールだ。僕がその目標を達成したとき、君が冒険者として僕の手元にいたとき、君の目標は達成されないのかい?」
「目標……そうですね」
「つまり、君自身が勇者となるのか勇者の一員となるのかって質問なんだけどどうかな」
「ヨシュアだって独りで成し遂げたわけじゃねぇ。共に成し遂げた仲間はいたはずだ」
ヒューゴは考え込むようにうつむいたが直ぐに顔をあげた。
「なら、やりましょう。宗弥さんの元、私の盾の技を振るいましょう。ただ、約束してください。あなたが私にとって従い続ける資質があるのかそれだけは見極めさせていただきます」
「それは心配いらねーぞ、今のところ。なにせあたしが見込んだ紹介者様だ。逆にあたしがこいつを見限ったら考えれば良い」
「そうですね」
エマの実力に裏打ちされた自信から来る言動なのだろう。素直さがヒューゴを後押ししたようだった。
「逆にこちらからもお願いがある」
「何でしょうか」
「考えられる指揮系統として、現場指揮はエマに一任したいと思っている。だからエマの言うことは絶対に聞いてくれ、そこにどんな矜持も通用しない」
「具体的には、敵に名乗りあげるのとかな。やめろ」
「そうですか……。騎士の頃はあれをすればするほど味方を守れたので……」
「どういう効果があるんだあれ? あたしからすると、全く分からないんだが」
「あれをやり続けることで、敵は真っ先に私を倒そうとするのですよ。私の仕事は私に注意を引きつけて受け止め続けることですから、名乗りは効果的なんです。声をあげる限り負けていないとみんなにも敵にも教えられるんです」
ウェインから聞いた話がつながった。要は、劣勢の状況で自分に負荷を集約させた上で、この程度では崩れないという敵味方へのアピールでもあるのだ。
「なら、タイミングはあたしから指揮する。隠密作戦中にやられたらたまったもんじゃねーからな」
「了解しました」
「なら、早速だけど甲冑ともともとの装備ってどうしました?」
「下取りしました!」
宗弥とエマは同時に頭を抱えてうずくまった。
「早速だが、すぐに、買い戻して欲しい。お金が足りなかったら僕に請求してくれ」
「分かりました!」
そう言い残すとヒューゴはダッシュでカフェを後にした。
「……あいつ本当に大丈夫なのか?」
「腕は確かだし、騎士団の中では神格化している人も何人かいるし、使いようだと思うよ」
「うーーーーーーん」
「それより、次に説得したい人のアポイントがすぐにあってね」と
「またそいつもめんどくさい奴ぅ?」
「そう、というか訳あり物件しか空いてない」
「バレー家いたころ、部下なんて選び放題だったのにさぁ。金がないって罪悪だな」
「罪悪の定義は賛成するけど、君だって普通に考えたらめちゃくちゃ使いにくいけどな」
「そーなのか?」
エマが不思議そうに答えた。
「ま、どーでもいーんだけどな!」
すぐにニカッと笑って答えた。一番厄介なのは多分こいつだろうと宗弥は確信した。




