ヒューゴ・フェレイルとは
「無理」
エマは部屋に帰ってくるなり開口一番にそう言った。
「何が」
「ヒューゴと組むのが無理だ。だいたいあんたも、あってその日にクエストに行くって何事だよ」
「悪かった。それは反省しているけど、失敗した時の損失が少なくて現場でどう動くか見たくてぶっこんだというのは確かにある。まさかあれほどとは……」
押すなよ? 押すなよ? と注意した後で押されて大惨事になるのはある種のコメディの様式美だと思っていたけれども本当にやりきって仕事を台無しにする奴がいるんだと衝撃を受けた。
「どうするんだよあれ。ただのひよっこだったら別にどうにでも使い道はあるんだけど、あれは無理だ。元の出自に影響されすぎている」
「まあ、それはそうなんだけどね……」
「なーんであいつを取ろうと思ったかな」
「理由は簡単。頭数が欲しかったから」
「ならあいつである必要はあるのか?」
「一応裏付けになるようなデータはあるにはあるんだよ」
「どうなデータだいってみろ」
「クリスちゃんは基本的に初心冒険者の入り口だ。ただ、どんなに広い心を持っていても時として放り出ことがある」
「見りゃ分かるわ。あいつは無理だわ」
「まあ聞きなよ。放逐する連中のその後は二種類に分別されるんだ。ひとつはそのまま野垂れ死に、もうひとつは別の紹介者のもとについて大活躍をするというパターンだ」
「ならあんたは野垂れ死にする方をもらったんだな」
「いいや、この場合は後者だ。どっちものデータをそれなりに見たけれども、野垂れ死ぬパターンは蛮勇が過ぎたが腕前はたいしたことなく低ランククエストで事故死のように死んでいるが、今回のことを思い返してみろ。ヒューゴ、クルガンオオトカゲに轢かれたじゃないか」
轢かれたというよりはね飛ばされた。クルガンオオトカゲの突進は家屋を破壊する程度には威力があり、また、頭部が非常に頑丈にできている。村一つ滅ぼす時は村の建物は大抵破壊し尽くされている。
「回収したときの彼の様子はどうだった?」
「……ピンピンしてた。骨も折れた様子もない」
「だろう? 駆け出しの冒険者なら普通、あれで死ぬはずだ。だが、彼は違ったしその点に関してはきちんと評価すべきなんじゃないかな?」
「それはそうだけどよぉ……」
エマは唇を尖らせて不服そうににらんできた。
この話はここまでだとするように、宗弥は手をたたいた。
「ま、クリスちゃんにしてみればヒューゴもエマも厄介な熟練者だ。君もいずれ僕がいなかったら他の冒険者に引き渡す前にやっかい払いされてたに違いない。君を使いこなせると僕を見込んだのは君だし、僕もそう思ってる。ならヒューゴもそれと同じだ。使い方を考えてやればいい」
「分かった。ならとりあえず、訓練所で技術を見極めておく」
「なら、僕は僕で、彼の昔の知り合いのラインを当たってみようかと思う。それと、あと何人か声をかけたいと思っている人たちがいるからその人たちに会うときに、少し手伝って欲しい」
「どうせ、そいつらも何か曰く付きの連中なんだろ?」
「正解!」
「その自身満々な顔やめろ。はー、こんなことなら、付いていくなんて安易なこと言うんじゃ無かったなホント」
「辞めても良いんだよ?」
むしろ、なんでエマ程の人間が付いてきているのかが不思議なくらいだ。
「今回ので完全にダメって分かったら抜けるよ。結局自分の直感が正しいって思いたいんだよ。決定的なことが起こるまではな」
「そりゃ助かる。ただ、僕のいた世界にはコンコルド誤謬って言葉もあるから、ほどほどにしないとね」
自分が賭けたコストに対して、損をしているという時に客観的に判断して損切りができない結果として大失敗するということをエマは考えてないのでは無いかと疑ってしまう。
「そのけじめが今回だろ? な?」
「はいはい」
* * *
「アンタ! ヒューゴさんの何が聞きたいって言うんですか? あの人は素晴らしい人なのですよ。どんな場所でも、どんなところにいてもあの人は強いに決まっているんだ。それを今更オレに聞いてなにになると言うのですか!」
「まあまあ、落ち着いて。とりあえず座ってください」
いきなり噛み付いてきそうな勢いで、入ってきた男が怒鳴りながら宗弥に言った。
宗弥は翌日、ヒューゴに会って、公国騎士団時代の知り合いがいるか聞いてみた。
三人はこのギルドにいるらしく、上位クエストを着実にこなしているパーティーの中にも知り合いがいた。今日都合がついたのは、ヒューゴの元部下の男だった。
「すみません、いきなり呼び立てて。今日はヒューゴ・フェレイルさんについて聞きたくて、この場を設けました。まず一つ聞きたいのですが、今日ここ来るにあたって何か聞いていますか?」
「うちの紹介者から、ヒューゴさんが使えないって言うからお前の知っているヒューゴさんについて話してこいってここに来たんだ。使えない訳ないだろ。あの人が」
興奮しすぎて、ヒューゴの元部下のウェインが机を拳で叩いた。
「分かりました。あなたがヒューゴさんを尊敬しているのはよく分かりました。ただ、私たちはあまり彼のことを知らないのです」
「そうなんですか……。うちの紹介者が、あまりにもヒューゴさんがダメだから、クリスちゃんからも追い出されて、新人の名前も売れてない紹介者の元に飛ばされたって聞いて。信じられなくて……」
その、名前もない新人の紹介者が自分なのだけれども、それは黙っとくことにした。
「えーと、彼を押し付けられたというよりかは、おそらくとても優秀だろうと思ったので、私たちのパーティに入ってもらいました。ただ、彼がどういう人物か分からないので、彼を知っている方に教えていただきたかったということなのです」
「ヒューゴさん自身には聞かないのですか?」
「それに関してはうちの優秀な冒険者に聞いて貰っているので、僕は僕で、彼のことを聞いていきたいと思います。さっそくなんですけど、彼が所属していた第八師団はどういう部隊で彼は何をしている人物だったのですか?」
「オレ達が所属していた、第八師団はキール王国との国境地帯の警備と防衛が主な仕事だった。キール王国とはあまり関係が良いとは言えず、国境近くにある銀山は未だに所有権がはっきりせずに、小競り合いは続いている地域だ。八つある師団のうち最も危険な配属と言われているんだ」
ここまでは調べて出て来た情報だ。ヒューゴとは経歴だけを見れば、貴族の五男として生まれ、士官学校を卒業のち、この最も危険で過酷と言われている第八師団に転属となり、一定の活躍の後ある日突然引退を表明し冒険者となった。
問題は彼の経歴に対して、クリスちゃんが言っていることと、これまで感じているポンコツ感とのギャップが著しいのだ。
「ヒューゴさんはオレ達みんなが尊敬していた立派な先輩だ。どんな戦場に行っても、誰よりも前に出て、誰よりも勇敢に戦うんだ。オレ達はこの人が倒れない限り、どんな場所でも決して負けることは無いんだと思えたぐらいなんだ」
ウェインの声は涙が少し混じっているような声だった。
「誰よりも前に立って、誰よりも敵を倒したのがヒューゴさんだったのですか?」
「いいえ、あの人は、誰よりも味方を守った人だ」
「そうなんですか?」
「ええ、その人の戦場での役割は守護騎士だ。巨大な盾を携えて誰よりも守った人間だ」
ヒューゴが来た時の装備は、両手剣に革の鎧の軽装備で戦士の装備だった。
「ヒューゴさんの剣の腕前はどうだったんですか?」
「一言で行ってド下手でした。剣がうまく使えなかったので、結局馬鹿でかいメイスを持ってたんですよ。守って守って、メイスでまとめて薙ぎ払う。そんな戦い方をしていました」
「あーそう……」
メイスは長い鉄の柄の先に鉄の塊をつけた打撃武器だ。甲冑の外側から叩き潰す武器で、かなりの膂力を必要とする武器だ。
「あの人はたった一人でも戦い抜くことが出来るんです。あまり公にされていないけども、三年前に起こった国境線での紛争の話って聞いたことはありますか」
「あまり聞いたことは無いけど」
国境地帯で武力衝突があった程度のことは調べてみてわかったがそれぐらいだ。
「あれは、夜襲されたんです。哨戒していたオレが気がついて詰所で報告。ヒューゴさんがその時の詰所の責任者だった。やってきた軍勢はその時点でパッと見500人を優に越えていた。あとから聞いたら総勢3000人いたそうだ。なのにヒューゴさんは打って出ようと言った。普通に考えたらさらに後方にある前線基地に即座に応援を頼んで守りを固めようという答えをオレは予想していたのに」
「こちらは何人ぐらいだったんですか?」
「30人ぐらい……ヒューゴさんが言うには夜のうちに銀山を占拠してしまおうという考えが敵にあるから、もし、ここで引けば銀山を失うことになると言うことで打って出ることになったんです……」
「普通に考えたら無理な話だよね?」
「そうなんです。ひとりを伝令を出して、あと残り全員で行きました。詰所にいた兵士達は皆、重装備の兵士達でしたから全員で銀山の前に張って防衛戦を行ったんです。あの時、最初からいきなり不利な状況からのスタートでした。オレ達は銀山の入り口を占拠して、応援が駆けつけるまでの間戦い抜くと決めたのです。ただ、敵は本腰を入れて攻め込みに来ているので倒しても倒しても次々に補充が効くんですよ。最初は良かったんです。加護術式がきちんと機能して、オレ達の方が練度は上回ってたから、撃退自体はそれほど難しくなかったんです」
一番落としたい銀山を背負ってということなら、安易に全体を魔術で焼き払うなどして被害が及ぶということも考えられる。逃げ道は決して無いが、守るには確かに容易いと思った。
「問題は時間でした。ぶっ通しで戦ううちに、皆疲れて来ました。後ろに控えていたクレリック達も絶えず、治癒術式か、加護術式のどちらかを詠唱し続けることになり、段々けが人が増えていき、加護は薄くなり、押し返す力も弱くなって行ったのです」
宗弥は人員が足りない中での、残業を思い出して即座に無かったことにした。
「そんな中でヒューゴさんは声を出し続けていたのです。まだ、自分達は元気であり、戦う気があるということを敵に見せ続けたのです。オレ達が辛くなり始めると、ヒューゴさんは自分に攻撃を集中させるために一歩前に出たです。それからはヒューゴさんを代わる代わる手伝うような形で守り続けていたのでしたが、皆限界を迎えて、最後加護術式は完全に切れていたと思います。そんな中にあってもヒューゴさんだけは、声を出して一人ででも敵の攻撃を受け止め続けたんです」
最初から、泣き声気味に話していたが、今は時々嗚咽も混じり、ウェインはぼろぼろに泣きながら話を続けていた。
「敵も、決して倒れないオレ達を見て、攻めあぐねているようではありました。朝日と共に応援は駆けつけました。それと共に敵は一斉に引いていきました。まともに戦えていたのは最後ヒューゴさんだけでした。ヒューゴさんが勝どきを上げた時、オレ思ったんです。英雄って本当に居たんだってそう思ったんです」
「君にとって、ヒューゴさんはそんな存在だったんですね」
「そうです。あの人は、オレの……憧れなんです。そんな人がこの街で皆んなにバカにされているなんて信じられるわけがないじゃ無いですか!」
「いや、バカにはしていないと思うけど」
皆一様に、扱いにくいとは言う。
「だから、あの人をこの街で、冒険者であったとしても、オレの憧れでい続けて欲しい。オレには今日言われていたヒューゴさんが本当にあの戦いの英雄と同じ人には思えなくて……」
ただ、ヒューゴ本人に聞く限り、面識はあるし挨拶もしたと言うことなので、同一人物であることはまず間違い無い。
「分かりました。ウェインさん、今日はありがとうございます。今、僕の抱えている冒険者と一緒に対応策は考えさせていただきたいと思います」
「お願いします!」
深く頭を下げられて、すがるような目で頼まれてしまった。




