無限卓球のはじまり
卓球は宗弥のサーブから始まった。
ボールを空中に上げてサーブを打つ。ヨシュアのフォアハンド側からボディに切れ込む回転を掛けるサーブだ。素人ならまず打てない。
宗弥が打った瞬間に、ボールは宗弥のコートに返球された。
「何……だと……?」
厳密に言えば、ヨシュアのコートに入った瞬間にフォアハンドに回り込み強烈なスマッシュをぶちかまして来たわけだ。
これは大会でも、全国常連の強豪に甘めにサーブをした時に容赦なくやられた記憶があった。
「あんた、これは思ったことが現実になる世界だろう? そんなぬるいサーブでなんとかなるのかと思っていたのかよ」
「く……」
思えば、自分の卓球の実力を正しく把握しているせいで、卓球が強いってどういうことだっけ? ってことを見失いつつある。
続くサーブも厳しめに狙うが、あっさり一発で強烈に返されてしまった。
打ち返せるかと思ってラケットに当てるが、あらぬ方向に飛んでいきアウトとなった。
サーブがヨシュアに入れ替わる。
とんでもない回転がかかったサーブが飛んできて、まったく触れないままノータッチエースが二回続いた。
宗弥から見て0-4。
このままでは勝てる気がしない。イメージを刷新せねばならない。
そう、目指すは最強。卓球の世界チャンピオンのイメージをトレースする。卓球を高校まで続けてやめたが、なんやかんやでテレビで中継されて見るくらいには卓球は好きだった。
宗弥のサーブ。
キレのある回転がかかって、ヨシュアに襲い掛かる。
ヨシュアは打ち返してくるが、今度は反応することが出来た。
これが世界王者の反応だ!
深く帰って来たボールを純回転をかけて、返すというやり取りを繰り返し。
少しでも短くなったら前に詰めてスマッシュで撃ち抜く。
「っしゃあ!」
初得点にガッツポーズ。
おそらく最初からヨシュアは世界チャンピオンならばというイメージを埋め込んだ上でやってきたのだろう。それは、県大会ベスト8ぐらいのサーブなど鼻くそレベルでうちかえせることだろう。
1-4となったがこれは大きな一点だった。
次のポイントも同じ展開で取り返していく。
ヨシュアのサーブ。
宗弥のコートに入った瞬間に直角に曲がっていく。問題なく反応して返す。
次に強打が来ると予想して一気に下がり、やって来たスマッシュをカットで返してイーブンに持ち込む。
構わず強打を打ち返してくる。左右に振ってくるのを対応をしていき、追い付けなかったところで打ち込まれた。
ヨシュアはミスをせずに打てる限りトップスピンがかかった強打を連続して打ち込んでくる、
己が強ければ勝ち抜くことが出来るヨシュアはそう考えているのだろう。
スコアは、3-9ヨシュアへとサーブ権が移った。
この空間において、ミスという概念は存在せず1ポイントごとに明確に決着をつけなければポイントはつかない。
宗弥はカットを多用し、コート深くに返球を繰り返していく。
ヨシュアはどんな場所からでも強打を打ってくる。
けれども深く、低く入ってくるスライスしたボールを強引に打とうとすれば打球は浮き上がりこちらのチャンスになる。
そういってボールを追いつけない角度と速さで的確に打ってエースにする。
パターンをつくり辛抱強く守って、無理が出た時を撃ち抜いてチャンスをものにする。
連続ポイントで11-9で1ゲーム目は取った。
サイドを入れ替えてヨシュアからのサーブ。
ヨシュアの作戦は変わらなかった。
どこからでも強い打球を打ってくる。これは変わらないが、ミスを誘って甘くなったボールを叩き込む。強い卓球のディティールを少し知っているから何とかなる。
3-0となった。
ヨシュアに変わった様子はないが、このまま勝てるほど簡単な相手ではない事だろう。
だが、うまくいっている限り作戦に変更はしない。宗弥はカットを続けていく。
この角度なら浮き球が来ると予想をしてスライスを放つ。
低く、半ば転がって見えるように飛んでいき、ヨシュアの足元へ滑り込んでいく。
ヨシュアは容赦なく振り抜いた。
普通に考えればトップスピンをかけて山なりの軌道で入ってくる。宗弥は毎回この球を狙って叩いていた。
だが、放たれた球は回転のかかっていないフラットなボールだった。
そのまま行けば、間違いなくホームラン。しかし、ここにはミスという概念は存在しない。
ホームランコースのピンポン玉は直角に折れ曲がり、宗弥のコートを叩いてエースとなった。
ヨシュアは明確に物理法則の常識を無視し始めてきた。
「インビジブルウォールショットとでも名付けようか……」
ヨシュアは己の打球を見送りながらつぶやいた。
「そういうの主人公っぽくてかっこいいって思うよ」
「馬鹿にしていられるのも今のうちだぞ?」
「そう怖い顔するなって、良いなって思っただけだよ」
ヨシュアは本気で馬鹿にされて怒っているようだったが、名前をつけるということは良いことだ。何せ、そのキーワードを元に技化できるのだから有用なやり方だ。
技化できるような何かがここまで何かあれば良かったが、結局の所宗弥に残っている技なんてものはなくて「やけくそ」と「なにくそ」ぐらいしか無い。
ついぞ必殺技らしい必殺技を持たずにここまで来てしまった。
伊達宗弥、本当に異世界転生者なのだろうか。何とかしてほしいクソ女神殿。
2セット目、3‐0まではリードしていたがインビジブルウォールショットの存在で追い込んだと思っても、容赦なくエース級の球が飛んでくる。
反応をして、より一層深く、低く、攻撃の機会を奪っていく。
インビジブルウォールショットは、ミスという概念を生んだ。
見えない壁を反射して、コートの中にいれるというものは複雑であるらしく、ミスを生んだ。
ただ、しかし劣勢というのは変わらない。
あっさりと、6-11というスコアで奪われた。
「これで、1-1でイーブンだな」
「イーブンだとでも思ったのか? 絶望的なまでに差がついているということを知らしめてやる」
ヨシュアは勝ち誇る。
そんなことは分かっていた。必殺技という概念が無いまま、ずるずると悪い方向へと進んでいく。
ヨシュアはさらに加速をする。
インビジブルウォールアタックは、高さだけでなく、横方向に打ってあり得ない角度でネットインするなんてシチュエーションが出来上がって来た。
宗弥はなんとか拾いながら、ヨシュアがチャンスと思って打ち込んだもののカウンターだけを狙わないといけないことになる。
ヨシュアは宗弥の低い球に対して、ホームラン級の球を打つ。
予想通り、見えない天井のようなものに阻まれて宗弥のコートに厳しく突き刺さる。
宗弥は、クロスコートに短く鋭角に打ち込む。
ヨシュアは瞬時に追い付くと、真横にボールを吹き飛ばすようにぶっぱなす。
またも見えない壁に阻まれて反射してコートに落ちる。
ヨシュアはこの段階で、縦方向のアウトの球をねじ込む壁と、横方向のコースを強引に捻じ曲げる2種類のインビジブルウォールアタックを使い始めていた。
宗弥は回り込んで、強い横回転をかけてコートの真横からクロスに打つ。
ネットの真横に落ちて、はねてネットにかかって落ちた。
2-5
「こんだけやって一ポイントとは……」
結局の所イメージの限界だ。
スライスはしてもコートの上を転がらないし、条件が揃わなければ今のような技も狙って出てこない。付け加えれば今のやり方もさっき打ち返されている。
「下らないな。そんなに汗をかく必要も、うまく行かない事にいらだたされることもない。ただ、打たせなければいいだけじゃないか」
ヨシュアは吐き捨てるように言った。
ピンポン玉にヨシュアは黒い炎を灯すとすぐに消した。
「言っておこう。こんなゲームは簡単だ」
ヨシュアがトスをして、サーブを打つ。
打った瞬間にボールに黒い炎を纏い、とてつもない速度で体へと迫ってくる。
ただ、早さという点において他スポーツの追随を許さない卓球においては「めちゃくちゃ早い」で済む程度だ。
きちんとしたテイクバックから、フォアハンドでリターンを返す。
だが、返らなかった。
重い球というが物理法則を無視して重い球だった。
宗弥は打ち返せず、ラケットが弾かれてボールは空中に舞った。
「なるほど」
「重力弾。もうあんたが点数を取るなんてことは無くなったんだ。どうしてこんなにも簡単なことに気が付かなかったのだろうか、単純に俺の刀技をこのラケットとボールに込めさえすれば、どこまでも普通の卓球をやっているアンタに勝ち目がないってことになんでもっと早く気が付かなかったんだろうか」
確かにと思ったが口は挟まないでいた。
結局の所宗弥にはいくらイメージしようとも普通の卓球しかできなかった。透明な壁には反射はしないし、回転すら常識的なレベルでしか作用しない。
ヨシュアが気が付いてからは勝負はヨシュアにとってより簡単な方向に転がっていった。
とてつもなく重い重力弾。
最初から使ってきたインビジブルウォールショット。
突然玉が8つに分身したり、打った瞬間に球が消えたり、打った瞬間に消えたかと思うほど高速な球を撃ちだしたり、挙句ボディショットを宗弥ぶち当てて吹き飛ばして返球を不可能にさせる。
いくつも怪我は負ったが、この卓球において「決着がつくまで死なない」ということを提起していたおかげだろうか、けがはすぐに癒えゲームは続行していく。
2-11 ヨシュア
といった具合に連続してセットを奪い取っていった。
サイドチェンジ。
宗弥のサーブになるが、もはやチートスキルといっても良いような特殊能力でラリーは全て3手以内で終わってしまう。
どれが来るか全く分からないということが続いた状況でとにかく打ち手を考えなければならなかった。
0-10 となりヨシュアのマッチポイントを迎えた。
「次で終わりだな。伊達宗弥」
「それは、……どうかな。しぶとさぐらいしか取り柄が無いからさ」
マッチポイントに至るまで、さまざまなことを試みたが結局勝てる方法どころかポイントを取れる方法しか思いつかなかった。
宗弥は一つの理だけ心に決めた。それ以外には何もかもをしてて、その理の要件定義を実現することだけに執念を燃やす。
「これで、終わりだ」
ヨシュアが重力弾にてサーブを打つ。
宗弥はラケットを伸ばし、重力弾にラケットを当てる。勢いに負けてヨシュアに返るボールは山なりにゆっくりと入っていく。
ヨシュアは雷を帯びて大きく構える。
迅雷疾風の構え。雷撃の如き速さを以てスマッシュをする最速の技。
紫電を纏ったボールが宗弥のコートへと入る。なんとか反応してラケットで触るがボールは宙高く舞い上がった。
「終わったな伊達宗弥」
宗弥は返事をせずに、構えを直す。
ボールは見るまでもなく空高く舞い上がった。気を付けてみなければ見ることもかなわない。
「何か言ったらどうなんだ? 世紀の一騎打ちに負けてこの世界が滅ぶかもしれないというのに、何も言わないのか? だんまりなのか?」
勝ちを確信してヨシュアは言ったことだろう。
ただ、この時宗弥もボールも死んではいなかった。
高く舞い上がったボールは、まっすぐ落ちて卓球台のエッジに当たってから地面に落ちた。
1-10
「そんなバカなことがあるか」
「言っただろうしぶといって」
一つだけの理だけで、あと22回ある戦いを全て勝ち抜く。
そんなことが出来るのか普通に考えたら、寒気がするような確率だし、なにより根性がいる。
それでも、不思議と出来るような気がしていた。
今は一人でも一人じゃない。死ぬより苦しい事でもきっとやり遂げられるだろう。確信だけが胸に上って来た。




