epilogue→opening
「信じてたよ。エマが勝つって」
「ったりめーだろ。アタシを誰だと思ってんだ」
弱り切った顔でエマは虚勢を張った。
「バレー家はいずれ継ぐ。ただ、あんたの勇者の仕事ってやつを手伝うことぐらいは出来るだろう」
「ありがとうな」
エマの肩を担いでエルヴィンとトウタのもとに行く。
エルヴィンはナイアが抜けて気絶していたようだったがうっすらと目を開けた。
「エマか……。ひさしぶりだね、家を出てってからみんなそわそわしててさ、早く帰ってきて欲しいなって僕はずっと思っていたんだ」
「心配させて悪かったな、兄貴。ただ、ちょっと仕事が残ってるからもう少し片付いたら帰るよ」
「ああ、待っているよ」
そういうと、エルヴィンはまた眠り始めた。
「まあ、ちょっとこの隣にいる勇者様のお手伝いをひいばあ様同様にお手伝いすることになったから、帰りはするが少し時間をくれ」
「分かった」
トウタはそう言って笑った。
宗弥が初めてあったころからずっと怒っている顔だけ見ていただけに、こんな風に優しく笑う人なのだと驚いた。
「表彰は少し後になる、控室に戻って休んでいてくれ」
審判の男がやってきてそう言った。
エマは怪我こそしていなかったが、消耗は酷いものだった。渾身の力を使っての必殺剣の行使に残りの力全て使っての神と呼ばれるものとの接続で何も残っていない。
「エマ、今日はもう病院で休んだ方が良いんじゃないか?」
「大丈夫さ、表彰ぐらいまではなんとかやっていられるよ」
「そうかい」
「悪いが表彰式は行われない。そういうことになった」
底冷えするような声。本能的に恐れが寒気を呼ぶような声だった。その声は耳からではなく直接体に流れ込み、心臓を儂掴みされているかのようだった。
ナイアが消えた辺りに小さな黒い炎が灯っていた。黒い炎は大きくなりスタジアムの観客席の最上段よりも高く火柱を上げた。
火柱の中から出てきた人間は、黒い髪に黒い瞳、東洋人の特徴を持っていた。漆黒の鎧に身を包んだ剣士のようだった。年はエマよりも少し上な程度だった。
「アンタは……」
「斎藤義明……。この世界ではヨシュアと名乗った方が通りがいいだろう」
誰もが信じられないという顔で彼を見た。
斎藤義明、伊達宗弥の前の転生者。
前回の召喚のおり、その黒い炎を纏う闘技で敵を打ち倒し神とさえ契約をし魔獣大戦の勃興を未然に防いだ希代の英雄。さっき戦ったナイアと一騎打ちの末光の中へと消えていったというが……。
「伊達宗弥、一騎打ちにて俺と戦え」
「何……?」
「宗弥さん! 今行きます」
観客席に控えていたヒューゴが今にも飛び出しそうなぐらい乗り出していた。ドミニクはすでに矢を番えており、リーズは杖を構えている。
「動くな。この場にいるものや貴様らの大事な仲間がどうなっても良いというのか!」
ヨシュアは、黒い炎をまとった剣をヒューゴたちに突き付けた。その瞬間に三人の動きは止まった。
エマに戦う力はない。そして、伝説通りの力をヨシュアが有するならば、黒い炎の剣を一振りしただけで観客に多大な犠牲が出る。
「クソ、なんてこった」
エマが横で毒づいた。どうすれば良いのか誰も判断がついていないようだった。
「はは、ははははははははははははは」
宗弥は何もかもがおかしくなって笑い出した。
あまりのことに現実を受け入れられずに笑ったように見えただろう。ただ、宗弥にとってはあまりにも思った通りにイベントが発生したことによる哄笑だった。
「あんた、相当切羽詰まって出てきたな。ナイアに打ち手はもうなかったやりたくもない最終手段を使って僕らの大将を直接討ちに来て返り討ちに遇った。まだ、僕があのクソガイダンスに呼ばれて無いってことはあんたがたの大将。つまりアンタが相当切羽詰まった状態で出てくる。さっきナイアが言っていた何もしないサイトとはあんたの事だろう?」
「おしゃべりはその程度にしろ。気に入らない奴だ」
「僕たちは今ピンチだ。だが、アンタも残る切り札は自分だけって状況だ。正直ビビってんのはヨシュアさんだと思いますけどね!」
宗弥はヨシュアを煽り散らした。
ヨシュアが余計にいらだつのが分かった。腕づくの勝負ならば勝ち目はないが口喧嘩でなら圧倒することが出来る。所詮は子供が相手だ。
「決戦の場は、特別な場所で行われる……。戦いに応じるのであれば俺に続いてくるが良い」
黒い炎が失われ、光の扉が現れ開かれて行った。
これこそが前回ヨシュアとナイアが戦った光の中なのだろう。
「この好機を逃すわけには、行かない。僕は行く」
「良かろう」
そう言うと、ヨシュアは光の扉の中へと入っていった。
宗弥も続こうとするがエマに手を引かれて止められてしまった。
「宗弥。あんたが行くことは無い。体制を立て直して全員で戦えるときにやればいいだけの話じゃないか」
「エマ。それはダメだ。さっきも言ったとおりそれではここでエマが必ず殺される。君を欠いた状態であの男に勝つ方法、多分無い」
「それは……」
そうだとエマは答えそうになっていた。
「どういう訳か異世界転生者というのは、最後の最後には一対一で神聖な場所でケリをつけなきゃいけないらしい。今まで散々君らに戦ってもらったんだから、たまにはかっこいいところ見せないとな」
「だけど、どうやって勝てるって言うんだよ」
「大丈夫さ。これも結局頭とケツが決まった仕事だ。僕は彼を倒して君らに平和をもたらす。だから大丈夫だ」
「宗弥……」
ここまで言ってようやくエマを安心させることが出来た。エマは手を離してくれた。一歩、二歩と離れて追いかけて来ない。これできっと大丈夫。送り出してくれる。
「じゃ、そういうことでサクッとケリ付けてくるわ!」
観客席にいるヒューゴ達に手をふる。
「相手は強いですが、あなたならきっとなんとかなるはずです!」
ヒューゴ。
「頼んだぞ」
ドミニク。
「どうかお気をつけて」
短い言葉だったけども、それぞれに強い信頼を感じることが出来た。
命がけの戦いをずっと続けてきたのだ。当然と言えば当然なのだが、妙にうれしくなってしまった。
「エマ……」
「何だよ」
エマに出会ったときにこの旅は始まったのだった。元の世界で死んで、どういう訳か流れ着いてエマに出会ってすべての話が転がっていった。遠くまで来ることが出来た。
「これまで、ありがとうな」
「ああ、これまでと言わずにこれからもだ」
宗弥は先に進んで、光の扉に入っていく。
「それについては、ごめん」
謝罪をした。
何せ勝てる気なんかしていない。入った瞬間に秒殺なんてこともあり得る。
どうやって嫌がらせて相打ちに持ち込むかということしか宗弥は考えてなかった。ただ、ヨシュアは必ず滅ぼす。そのことだけを心に誓った。
「バカ野郎が! なんでそんな顔しやがるんだ! あんたはなんで自分の幸せが勘定に入って無いんだ! 勝って元の世界に帰るのか、ここでみんなで楽しく生きるかどっちかにしろ! そのごめんは間違っているんだよ! バカ野郎が!!」
エマは力の限りを尽くして怒り散らしていた。
宗弥はその怒りに苦笑いが浮かんだ。それも確かにそうだった。ただ生きて幸せになりたかっただけなのに不必要な責任ってものは不思議なものだ。
「頑張ってみる」
「頑張れ!」
エマの方を向いて、最後の答えを返した。
エマは泣いていたが同時に笑っていた。宗弥は悪いことをしたなと思いながら、白い扉は閉じられて行った。
「勝つ、この戦い勝ち切るぞ」
誰に告げるでもなく宗弥は自分に言い聞かせた。




