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異世界転生しても社畜なので辛い  作者: あぶてにうす
1話 異世界転生しても結局働き詰めで死ぬ
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ありふれた社畜の死 イントロダクション

 時計の針の音と、キーボードをタイプする音だけがだだっ広いオフィスの中で響き渡っていた。


 最後まで一緒にいた同僚が帰ったのは何時間前だっただろうか。長丁場になると踏んでコンビニに買い出しに行って帰って来たらいなくなっていた。別に恨んでいたわけではない。ただ、自分が抱え込んでしまった仕事の目処がいつまで経ってもつかないのが問題なのだ。


 伊達宗弥は、報告書の最後の一文を書き終わり、最後を日付で締めくくる。


「今日は四月の十五日って、十六日ですやん」


 時刻は午前〇時をちょうど回ったところだった。


 宗弥はほんの少しだけ考えた。結局のところ遅れている報告書だし、明日の朝までに上司のデスクに置いてあれば良い。まだ十六日に出社していないから、これは十五日の仕事だ。特に何の問題も無い。このまま提出だと心に決めてプリントアウトした。


 束めて、ホチキスを留めて、上司の机の上に置いておく。


「いっけね、終電だ。帰ろ」


 答える人間は誰一人としていなかった。


 ただ、何も言葉を発しなければ、そのまま自分のデスクに戻ってうたた寝をしているうちに翌朝を迎えてしまうだろうということは容易に想像が出来た。


 さあ、明日も仕事をして、明後日も元気に仕事をする。抱えている案件の炎上を抑え込むのに一体何日使うことになるのだろうか、取引先に謝って、上司に経緯報告書を書いて渡して、説明して、場合によっては一緒に謝ってもらってそれで終わりだ


 宗弥は、人材派遣会社の営業だった。


 宗弥が遭遇しているトラブルというのは珍しいことでも無い。


 抱えているスタッフがある日突然『飛んだ』のだ。スタッフはある日を境に一切出勤しなくなり、また、家に行ってみても届けられた住所にはもはや誰も住んでいなかったのだった。


 ここまではよくある事だと宗弥も思っている。ただ、問題なのはこれからで、そのスタッフを抱えていた社員も『飛んだ』のだ。こちらは足取りは分かっているが、心と体をボロ雑巾のようになるまで酷使された影響で再起不能になった。飛んだ数日後に退職届と、診断書が本社に届いた。


 それで話が回って来たのは、その問題の社員を統括していたマネージャーの宗弥だった。取引先にもある程度顔が効くのもあって、鉄砲玉のようにこの役割を仰せつかった。


 こんなはずでは無かったと少しは思うが、半年前に状況が一変してそれ以降すり潰されるように使われ続けている。


 半年前、同期の友人が会社を立ち上げた。今、自分たちがやっていることに近いような内容で会社を立ち上げた。それに伴って現状に不満を持っていた連中が会社から一斉に離脱。


 その結果、恐ろしく少ない人数で既存の客と取引をしなければなくなり、綻びは黒死病のように現場社員に蔓延し、結果として上手くフォローできなかった現場のスタッフの定着率も下がっていった。


 結果業績として、新しい会社が伸びていく一方で、宗弥たちの会社の業績は下がる一方だった。それもそうだった、会社を立ち上げた連中の所に大きなクライアントがいくつもあるので単純にその取引先がそっちに流れただけだった。


 そうして、新規獲得事業と称して安定しない案件を安く拾って来ては、炎上させ、拾って来ては炎上させを繰り返していくうちに独立した会社に合流する若手が数名。動く前に心を壊されて再起不能になった若手が数名。


 本部は特に人材を雇用するでも無く、ただ、ふんぞり返って頑張れというだけだった。仮に送られて来たとしても、教育するゆとりが全く無いので邪魔でしかなかった。


 そうして、仕事で手一杯になっているうちに、休みがなくなって帰るのは大体終電だ。


 宗弥は慌てて帰り支度をすると、オフィスから飛び出して駅まで小走りで走った。


 軽いジョギング程度の運動だったのに、顔が熱くて息の切れ方おかしかった。


 改札にスマートフォンをかざして駅の中へ入って階段を駆け上がる。


 ホームに着いた時、まだ電車が来る気配は無かった。色々な駅で色々な事があった影響で、当然のように最終列車は遅れていた。けれども、定刻通りに運行していたっておかしいことではない。だから、必ず時刻表通りの終わりまでにはここにたどり着いていなければいけない。


 そうして最終電車に乗って、朝七時には起きなければならない。

 なければならない。というのが多いなと、宗弥は思った。


『まもなく五番線に電車が参ります、危ないですので黄色い線の内側に下がってお待ち下さい』


 ふと思ったこと、



 生きていなければならないのか。



 生きていなければ、朝七時に起きることもこんな最終電車に乗る必要もない。出会えば人格否定のレベルで怒鳴りつけてくる顧客と上司に合わなくても良い。流れてくるクレームを超高速で落ちてくるぷよぷよのように処理しながら電話で謝ってということもしなくて良い。


 とにかく宗弥は生きている限り、ただ寝る時間以外はほとんどすべて謝ることに費やされているのだと気がついた。


 生きていくためには、謝らなければいけない。謝らなければ生きていけない。


「めんどくせえな、それ」


 宗弥はそうつぶやいて、気がつけばゲートによじ登っていた。本来ホームから転落を防ぐためのゲートをよじ登っていた。


 跳んで落ちれば良い、簡単にできるから抵抗が少なかったものをわざわざよじ登って、生きるのを辞める。そこには明確な強い意志が必要だった。


 ゲートを乗り越えて、線路に降り立った。もう目の前には電車の光が迫ってきていた。


 光は宗弥を飲みこむように大きくなる。


 宗弥はそこで、自分が何をしているのか気がついた。


 今自分に必要なことは、すべてを放棄することじゃない。


 こんなところから早く逃げ出すべきだったんだ。違う、こんなところではない、ここではないどこかへ行って、生き続けるべきだったのだ。


 困ったことに足は全く動かなかった。


 降り立ったのがそもそも直前でゲートを越えてから、宗弥をひきつぶすまで数秒もかからない。宗弥が電車を見た時から一秒もかからずに宗弥は死ぬのだろう。


 ただ、スローに目の前の光景だけが流れていて、流れに取り残された宗弥は、ただ見ているだけだった。


「僕はただやり直したかった。終わりなんか望んじゃいない!」


 断末魔のように叫んだ。


 瞬間意識は断ち切られ、痛みも何も感じることもなく宗弥は死んだのだった。


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