決着
死ぬ。
確実に死ぬということをエマは理解した。すべてがゆっくりに進みただ一つの死という結末に向けて進んでいる。
こういう時は大抵、まったく動けずにただ行く末を見守って後に起こる出来事をただ見送ることでしかできない。
なので死ぬ。死ぬはずなのだが、
ー-何をすべきかということがただ一つ、光の道のように見えていた。
『ようこそ』
囁くような声が聞こえた。それはマリアの声にも聞こえた。
すべてが静かで、ただ、為すべきことだげは分かった。体は自動的に導かれるままに動いていく。
手始めに、左に一歩だけ進み、交差して下した刀を跳ね上げるとちょうどやって来た槍が受け流されて行った。
エルヴィンの目が見開かれるのが分かった。そんな馬鹿なとでも思っているのだろうか。
すれ違いざまに、脇腹が斬れそうだったので斬った。
ドラグーンドライブを離れてから掛けたことが分かった。
洗練されているが、無駄な動きが多い。
瞬時に叩き込まれる30連撃をいなすだけであれば別に簡単な事だ。
一定の間隔で差し込めそうならば、斬る。
ただ、それだけで良い。ごく簡単な事だった。終わりまで続ければいいだけの事だった。
技量と精度の最果て、剣戟の正しい答えが見えている限り、あらゆる技は子供のお遊びに成り下がる。
力も速さも不要だ。必要なのは精度と技だけ。
□ □ □
宗弥は審判に試合を止めさせようと客席から飛び降りた。
だが、当のエマは、エルヴィンの必殺技を受け流したかと思えばうつろな目で、口からはよだれを垂れ流し、二つの刀はだらりと下げられている。
この構えを見た時に、何も心配はいらないのだということを分かってしまった。
トーゴーがやっていたことに似ているが、極みに到達してしまったものの立ち居振る舞いなのだろう。
エルヴィンがドラグーンドライブを掛けて一気に畳みかけるが、エマは全てはじき返した。
あまつさえ反撃を隙間隙間で挟み込んでいく。
子供をもてあそぶように戦い続けていく。一方的にエルヴィンが消耗をさせられている。
撃ち合うごとにエルヴィンに傷が増えていく。
エルヴィンが満身創痍になりながら、気合を入れ直して突撃してくる。
エマは、瞬時に手首を切り、両太ももを切り裂いた。
いずれも骨ごと絶つような剛剣ではない。しかし、動きを止めるには十分だった。
エルヴィンは槍を取り落としその場に膝まづく。
エマは首に刃を押し当てた。刃を引け場合即死である。
「そこまで、勝負あり! 勝者、エマ・バレー!」
滝のような歓声が会場を包んだ。
すべての観客が立ち上がり、歓喜した。
真なるチャンピオンの誕生。人類最速の剣をその身にて顕現したことを証明した。
「え、あ?」
エマは呆けたように目を覚ましたようだった。
「勝ったのか?」
エマが駆け寄って来た宗弥に聞いた。
「そうだぞ。どうやったんだ?」
「なんか、声が聞こえて。なんだ、ひいばあ様か? なんかいろんな人があの時間の中で正しいことを教えてくれたんだ……」
「それは……」
ヒューゴの言う神との契約に近いものなのではないのか。この世界の根源的な無意識の集合体に接続をしたということではないのか。エマに自覚はないようだが、成し遂げたようだ。
「こんな、ことが認められてたまるか! 間違っている間違っているぞこんなのは!」
トウタが観客席から降りて来て、エルヴィンの肩を支えながら言った。
「そうともこんな決着は間違っている。おっしゃる通りなんですよ!」
宗弥が言った。
「何を言っている! 私はこの勝敗が、エマがいかさまをしたと言っている」
「違いますね、いかさまを使っているのはエルヴィン様の筈だ。というかそこにいる人間はエルヴィン様なのでしょうか、」
「人間に決まっているだろう。ここにいるのは正真正銘私の息子のエルヴィンだ!」
「はて、ではあなたの息子さんのエルヴィンさんは我が国屈指と言われるエマの技量と、人間離れした怪力をいつ頃手に入れたのでしょうか?」
「それは、以前から持っていた筈だ。力が目覚めたのだ」
トウタはかなり狂信的にエルヴィンを信じている。それもそのはずだ、嫉妬心をたきつけてこうしてけしかけるまでの強い思い込みというのはそう簡単に疑われるものではない。
「では、その力に目覚めたというのはちょうど一か月ほど前ではありませんか?」
にわかに、トウタもエルヴィンも反応をした。
「二か月ほど前ですかね、ちょうど我々の優秀なクレリックであるリーズが教会にもどるという話がありまして、その際に派遣されたリャンという僧兵がおりましてね」
「その話がこの話となんの関係がある」
「ええ、ですから彼女はエマとリーズの能力をどちらも兼ね添えるというスーパーな人材だったのですよ。しかしながら、その正体は百貌の魔人ナイアが憑りついた人間であったのです。ですから時系列で言えばリャンから外れた後新しい作戦を立てるにあたってこのようなことをなさったのでしょう。リャンからナイアが離れたのは1か月半前ぐらいですから多少のタイムラグがあるとは言え、整合性が取れますね」
「そんなバカなことがあるか! 証拠は証拠はあるのか!」
「無いですよ。そんなもん」
宗弥は鼻で笑ってあしらった。
「ナイアの特徴は人に憑りつき、人の力を二つ真似ることだ。しかし、それらしい影や策謀は見かけるんですがどうにも証拠が乏しくてですね……ただこうして、状況証拠を集めて突き付けることは出来る。さて父君のエルヴィン様ですが、病気をされていたのですか?」
「そんなことは無い、父上は至って健康であった。だが突然、病気に感染して闘病の末亡くなったのだ」
「でも、正直トウタ様は思いませんでした? よっしゃラッキー都合がよくなった。これでエマの後ろ盾は何も無いって。死ぬにしても都合がよすぎる時期だとは思いませんか? もう少し伸びればエマの実績は認めざるを得ないところまで来ているはずだ。ナイアならば毒殺というのも逸話にはたくさん出てきますし、長い時間をかけるなんてことも容易な事でしょう」
「なんの根拠があって、我が父の死と我が家を愚弄するか」
「だから無いって言ってんじゃないですか。僕が言っているのはあくまで推測の話ですよ」
マルケスの話なんかはカマかけ以上の何ものでもない。根拠も何もないが状況だけひたすら突き付け続ける。
ただ、エルヴィンに憑りつているナイアを見る限り反応はしている。ごくわずかな青ざめると言ったそんな感じだけれども。
「ナイアに本体という概念はありません。特定の人間であるということがありません。あるとしても、誰かの皮をかぶっているので親しい誰かがある日ナイアになっていたということは往々に起こりえます。そして、本来のエルヴィン様はこんな戦いを望まないお優しい方であるという証言は何十人と聞いてります。なんなら元々エマが後継者にはふさわしいとでも思っていたんじゃないんですか?」
これもはったり。実際にはエマとハイデガー博士にしか聞いてない。エルヴィンはそもそも心が優しく訓練して技や体力は身につくものの戦う心までは手に入らなかった。
「そうだぞ……、兄貴はそんな自信満々な奴じゃなかった。あたしは知っているんだ、本当は学者になりたいってことを兄貴から直接聞いていたんだ……」
エマが片膝をついて息を切らしながら言った。
「そんなことは無い! 私こそが正当なるバレー家の後継者」
エルヴィンが反論した。
「それはナイアだから言えることなのではありませんか? あなたは本当にエルヴィン様なのでしょうか?」
エルヴィンが押し黙った。
「黙るということは肯定と見做しますよ?」
「息子が魔人であるはずがあるものか! 信じない、息子は息子の筈だ」
トウタはエルヴィンを抱き寄せて主張した。
「エルヴィン様はエルヴィン様です。ナイアに今は憑りつかれているだけですから……。そういう意味で言えばトウタ様あなたも被害者ですね……」
「被害者……だと?」
「ええ、被害者ですとも。国の中で才があると認められながら、優秀過ぎた先代と時代を塗り替える天才に挟まれてずっと葛藤をされていた筈です。マルケス様も恐らくはエマのここまでの実績を踏まえてエマに襲名をさせたことでしょう。あなたは過去の傷を清算し、自らを受け入れて生きていくほか道は無かったはずです……」
「だが、このような分をわきまえない力だけがある小娘がバレー家を継ぐなどあってはならない。あってはならないのだ!」
「それは……」
宗弥が言いかけたところでエマが遮って前に出た。
「正直、親父には悪いことしたって思っているよ。ごめんな。家を出た時のあたしは確かにバレー家を継ぐにはふさわしくなかった。親父の言う通り力だけがある馬鹿なガキだった。いまでもガキなんだけどな」
おそらくこの場で最も驚いるのはトウタ。次いで、宗弥だった。
謙虚……だと?
「でもさ、ここに来てさ。あたしより強い奴らに出会った。みんなすげーんだ。リーダーみたいな感じでやってるけど、そんなことは無い。あたしがあの中で一番弱いんだ」
エマは続けた。
「タイマン張って余裕で負ける奴はいるし、国の戦争を弓矢一つで終わらせるやつはいるし、神の理だって書き換えちゃう滅茶苦茶なやつもいる。隣にいる、こいつはよくわかんねーけどなんかすげーんだ」
宗弥は思うのだった。自分の扱いだけめちゃくちゃ雑だと。
「だから、なんだろうな何が言いたかったのか忘れちゃったけど、心配しなくて大丈夫だよ。バレーの家はあたしが守って見せるさ。だから、あたしたちを信じて欲しい。あたしは兄貴を救いたい」
「エマ……」
トウタは絶句をして、エマを眺めていた。その目には嫉妬や復讐心など微塵も含まれない、純粋に自分の娘の成長を喜ぶ父親のまなざしだった。
宗弥も意図せず涙がこぼれ落ちてしまった。これからナイア詰めて倒さなきゃならないのに、泣いた。
「何でいまここで、アンタが泣いているんだよ。おかしいだろ」
「すまねぇ、すまねぇ……。うれしくってつい」
宗弥は涙をぬぐうと、改めて前を向いた。
「さて、お家問題が片付いたところでナイアさんには正体を現していただきましょうか! さて、皆さんここにいるエルヴィンさんがかの魔人ナイアだと思う方は拍手のほどをお願い致します」
最初はパラパラと次第に大きくなっていき、超満員の観客がエルヴィンにはナイアが憑りついていると思うという拍手の雨が降り注ぐ。最後にはトウタも拍手をしていた。
「では、リーズ仕上げをお願い致します」
リーズは観客席から立ち上がり、自らの杖を取ると空に掲げた。
「主神ゲーンに問う! 善良なる人々に紛れ姿を隠す者の姿を明らかとせよ! 審判の光よ真実を照らしだせ! 『神の審判の光』」
拍手とともにスポットライトが当たるようにエルヴィンを照らし出す。
エルヴィンは悶え苦しみ、その体から黒いガスのようなものを表出させていく。
ナイアの存在というものは認知をしているものに憑りつく事は出来ない。
ナイアの倒し方というのは歴史上一度だけ存在しており、それは衆目の元全員がナイアがとりついた人間を理解し、リーズが唱えた神の審判の光にて照らして焼くというものだった。
素体になる人間を弱らせた上で、全ての人に信用させ、すべての人間に目撃される。ウルトラ難易度を何とか成し遂げたのだった。
「クソクソクソクソこんなところで!」
ガスは人の形を作っていくが、光に照らされたそばから煙が削り取られるように減退していく。
「だから、直接戦闘は嫌だったんだ! くそ陰謀屋だけやっていればこんなことには! クソクソクソクソ。どいつもこいつも無能だらけだ! ファヴニールのアホたれも、ノーライフキングのバカもなんもしねえサイトも役に立ちはしねぇ。何で私がこんなめにあわなければいけないんだ!」
黒いガス人間こと、ナイアはのたうち回りながら絶叫した。
人々に見られて、本体の存在を見られてします。それこそナイアの弱点だった。
「お疲れ様ですナイアさん。僕はこうしてあなたに借りを返せてせいせいしています」
宗弥はナイアに楽しそうに言った。実際問題楽しい、ここまでの苦しみを裏で手を引いていたフィクサーはこいつだ。その大ボスが焼け焦げて死んでいく様というのは見ていて大変愉快で痛快なものだった。
「てめぇこのやろう、あんたが、アンタがいなけりゃ勝ったんだ。あんたさえいなければ!!」
「あー、はいはい、大丈夫っすよ。僕がどうやら勇者らしいんで勇者がいれば僕らは勝つそういうもんでしょ?」
「くそがあああああああああああああああああ」
絶叫しながらナイアのガス体は光の中へと蒸発していった。
「フハハ、正義は勝つ。なんてな」
などと笑っていたら、エマに頭をはたかれた。
「調子のんなアホ」




