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ことり、と机の上にコップが置かれる。
「頼んでないんだけど?」
「あちらのお客様からです」
ウェイターはそう言って、斜め後ろの席に座る、一人の男を指し示した。
「よぉ、無撃。久しぶり」
「お前、イラか!久しぶりだな。勇者時代以来か?」
「そうだな」
彼──イラは軽く手をあげると、そう言って微笑んだ。
「それで、そこの子供は誰なんだ?まさか、怠惰でニートな元勇者様が、娘というわけでもあるまい?どこで拐ってきた?」
笑いながら、彼はジョークを飛ばした。
全く変わっていないな。
そんなことを思いながら、レイジーは顔をしかめて見せた。
「拐ってねぇよ。こいつはまぁ、盗賊に襲われてた所を助けてやって、その礼に団子をご馳走してもらってるだけだよ」
「へぇ?あのめんどくさがりなレイジーがねぇ?お前も変わったもんだよ」
「そういうお前こそ変わってないよな?変わったところと言ったら、槍がグングニルじゃなくなってるところだ」
「ほぉ?目は衰えていないようで」
イラはニヤニヤ笑いを浮かべながら、水滴のついたコップの表面を袖でぬぐった。
勇者時代──というのは、まだこの世に魔王が存在していた頃の話だ。
彼、怠惰のレイジーは、その時代、勇者としての教育を、不本意ながら受けさせられ、先代の勇者様から立派な剣を頂き、魔王を討伐した。
イラはその教育を受けている時にであった。
彼の専門職はランサー。槍士だ。
彼は中距離で攻撃と防衛を受け持ち、後ろで回復役を買っていたヒーラーを護りながら戦っていた。
そのため、後ろなんか気にすることの無かった俺とは大違いで、その戦闘能力はずば抜けて高かった。
まぁ、先代から学んだ、怠惰のための奥義みたいな技には、到底及ばなかったわけだが。
「昨日、ここの周辺を彷徨いていたら、珍しくオーガに遭ってさ。試しに実力が落ちてないか遊んでたら、それほど変わってなかったよ」
「何、オーガを殺ったのか!?」
目を丸くして言う彼に、レイジーは肩をすくめながらこう答えた。
「腹が減ってたからな。焼き肉にして、昨日は全部食っちまったよ……。ところで、お前は何でこんなところにいるんだ?マリアとの新婚生活はどうしたんだよ?」
すると彼は、額に手をやってため息をつくと、お茶を飲んで頭を振った。
「マリアなら浮気されたよ。マーリンの野郎が寝とりやがった」
「それは、ご愁傷さまだね?」
「あぁ、全くだ。結婚して三年後にこれが発覚したってんだから、もうなんとも言えない気分だね……。それで、今は気晴らしに槍を一から鍛え直してるってところだよ。俺、お前が食ったっていうオーガ狙ってたんだぞ?」
コップを片手に、指を突きつけてくるイラ。
カリン、と音がして、中の氷が割れる。
「それはすまないことをしたよ。でも、あのマーリンがなぁ……。根暗そうにしてたあのメイジも、そんなことするんだなw 人生何があるかわかったもんじゃない」
「だな」
彼はそう笑うと、背もたれに背中を預けた。
すると突如、カウンターの方で大声が聞こえてきた。
「んだとゴラ?あ?俺様に酒が出せねぇってのか?」
「そんなこと言われても困ります!ここは喫茶店で、居酒屋ではないんです!」
さっき入ってきた、あのチンピラたちか。
はぁ、とため息をついて、俺はコップに口をつけた。
「あ、あの。レイジーさん」
不意に、ラストは彼の服の袖を引っ張った。
「何?」
「ここ、ちょっと不味くないですか?」
「いや、団子は旨かったぞ?久しぶりに食ったよ、こんな人工的な食べ物」
レイジーは微笑みながら、彼女の頭を撫でた。
「あ、いえ、その……団子のことじゃなくて、あちらのカウンターの方の不良が……ですね」
「なんだ、そんなこと気にしてんのか……」
スッと横目に、彼はチンピラたちを見据えた。
薄汚い服装。
つぎはぎだらけの衣服に、汚く汚れた肌。
髪はツルッパゲており、頭頂部に申し訳程度に残っている位だ。
おまけにガーガーと煩い。
……ちよっと『威嚇』してやろうか。
俺は席をたつと、腰の剣に手をかけた。
「あ?誰だよテメェ?」
「お前みたいな餓鬼畜生に名乗る名前なんてない。あと煩いから静かにしてくれないかな?」
と、同時に、スキル『威嚇』を放つ。
すると、彼らは何か得たいの知れないものに睨まれたような顔をして、クソッと悪態をついてその場をあとにした。
「どうしたんだレイジー?らしくないじゃないか」
「っせ」
煽る彼に、レイジーはそう吐き捨てた。
「あ、あの!ありがとうございました!」
カウンターに居た女の子が、お礼を述べてくる。
「別にいいよ、あれくらい」
レイジーはそうとだけ告げて、席へと戻る。
「連れの女にでも惚れたのか?」
「違ぇよ。うっせぇな」
そう言いながら、彼はラストの頭を撫でた。
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