異世界の冒険者会社で美少女冒険者たちを雇っています(短編版)
「うーん……」
俺はオフィスの私室のソファーに腰掛け、冒険者募集の告知に応募してきた冒険者たちのリストを眺める。
整頓された執務机の上に置かれた羊皮紙には、以下のような記述が並んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ロナ…………ドワーフ/女/ウォリアー/レベル2/希望賃金:銀貨12枚
ティアラ………人間/女/プリースト/レベル1/希望賃金:銀貨6枚
エフィル……人間/女/ガード/レベル3/希望賃金:銀貨24枚
ファリナ……エルフ/女/メイジ/レベル2/希望賃金:銀貨12枚
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「──社長、ご決断を」
俺が座っている斜め後ろで、側近よろしく立っているメイド姿の女性が、俺に意思決定を迫ってくる。
「そう言われても、どう決めたものやら……」
俺は頭をかきかき、考える。
何を考えているかというと、うちの会社の最初の従業員として、彼女たちのうちの誰を雇うか、ということだ……。
現代日本において平々凡々と暮らしていた俺が、いつものようにだらだらとネットをしているときに見つけたその広告が、俺の運命の始まりだった。
「ファンタジー世界で会社経営をしてみませんか? ──冒険者たちを雇ってダンジョンに行こう!」
そんな煽り文句の広告を見つけて、ありがちだなぁと思いながらも、「会社経営」という部分に興味を惹かれた俺は、広告先で何気なくクリックを続けて行ったのだが──
そのうちに、いつの間にやら俺の意識がブラックアウトして、次に気が付いたときには、今の異世界にいたというわけだ。
ちなみに、異世界に辿り着いた俺が最初にいた場所が、今も座っているこのソファーだ。
そのときには当然、俺は挙動不審な行動を取り、慌てて転んだりもして、今と同じく斜め後ろに控えていたメイドのリアナさんに訝しまれた。
俺は動転しながら、分からないことをリアナさんに片っ端から質問した。
するとリアナさんは、転んだ拍子に頭を打って記憶が欠落したものと考えたらしく、根掘り葉掘り質問する俺に対し、様々な事を丁寧に説明してくれた。
リアナさんから聞いた話を要約すると、こうだ。
この世界の俺は冒険者カンパニーを経営する若社長で、つい先日病死した父親からこの会社を引き継いだばかりである。
冒険者カンパニーというのは、賃金を支払って冒険者を雇い、ダンジョン探索をすることでお金を稼ぐ会社のこと。
雇った冒険者には常に一定の賃金を払わなければならない代わりに、ダンジョンで手に入れた物品は原則すべて会社の物になる、というシステムになっている。
なおこの世界では、冒険者というのは基本、この冒険者カンパニーに雇われて冒険を行なうことになっている。
冒険者カンパニーに雇われずに、個人でダンジョン探索やら何やらをやって生計を立てるということは、事実上不可能に近いのだとか。
ちなみに、冒険者を雇うのは基本、終身雇用ではなく短期雇用なので、父親が経営していた頃のお抱え冒険者とかがいるわけではない。
唯一の固定社員と言えばメイドのリアナさんぐらいのもので、それ以外の財産と言えば、この住居を兼ねた社屋と、備え付けの家具、それに幾ばくかの現金ぐらいのものだった。
そんなわけで俺は、右も左も分からないまま、この異世界で社長になった。
ひとまずは、リアナさんの助言に従って冒険者募集の告知を出してみて、その結果が先のリストなわけだが……。
「──社長、誰にするか決めかねるようであれば、ひとまず応募してきた冒険者たちと、面談をしてみてはいかがでしょう?」
俺が誰を雇うべきか迷っていると、リアナさんが助け舟を出してくれた。
「面談……?」
「はい。人を雇うということは、ともに働く仲間を選ぶということでもあります。社長ご自身が、この人と一緒にダンジョンに潜りたくないと思うような従業員は、雇うべきではありません」
まったくもって正論だった。
社長と言っても、うちのような零細冒険者カンパニーでは、社長自身も冒険者として実働することになる。
そんなオーナー店長ならぬ、社長冒険者というわけだから、自分にとって嫌な人を雇わないということは、確かに重要に思える。
とは言ったものの、面談なんてどうやったらいいのかさっぱり分からないのだが、「とりあえずこの場に呼んでみて、適当に話をすればいいんです」というリアナさんの助言に従って、俺はひとまず、面談なるものをやってみることにした。
最初の一人は、ドワーフの少女だった。
見た目は人間の子どもそのものという感じで、背丈は小学校低学年ぐらい。
ただ、小学生らしい細さはない、若干のぽっちゃり体型だ。
少し浅黒い肌で、栗色の髪をポニーテイルにしていて可愛らしい。
「ロナ・ドーバンだ。見ての通りのドワーフで、ウォリアーをやってる」
ドワーフの少女は愛らしい声で、しかしぶっきらぼうにそれだけ言うと、それ以上話すことはないというように黙ってしまう。
俺は、ロナから渡された『ステータスシート』に、視線を落とす。
役所で発行されたその羊皮の記録紙には、以下のような記述が施されていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:ロナ・ドーバン
種族:ドワーフ
性別:女
クラス:ウォリアー
レベル:2
HP:334+50
MP:16
STR:33
VIT:29
DEX:21
AGL:19
INT:10
WIL:16
LUK:20
スキル
・アックスマスタリー(Lv1)
・アックスボンバー
・HPアップ(Lv1)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このステータスシートというのは、役所で発行している、冒険者の能力を表すシートらしい。
正規の冒険者登録が為されている冒険者を対象とし、魔道具を使って能力を測定、魔法のペンによって出力したもので、冒険者の身分証明も兼ねているとのこと。
ちなみに俺のステータスシートもあって、その内容はこんな感じだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:アーヴィン・マクダレス
種族:人間
性別:男
クラス:ファイター
レベル:1
HP:234
MP:17
STR:18
VIT:19
DEX:17
AGL:16
INT:9
WIL:17
LUK:15
スキル
・ソードマスタリー(Lv1)
・ダブルスラッシュ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
もちろん、アーヴィンという名前はこの異世界での名前であって、元々は別の名前を持っていたわけだが、それはこの際どうでもいいので置いておく。
それはそれとして、面談だな。
えっと、何を聞いたものか……
「──ロナさんは、どうして我が社で働こうと思ったのですか?」
俺の口から出てきたのは、そんな就職面接官の定例句だった。
だって、何聞いていいか分かんないんだもん、しょうがないじゃない。
「どうして……? 別に特に理由はないけど。働き口を探してた、それだけだよ」
「……そ、そうですか」
あれ、そういう答えアリなんだ……。
うむぅ、勝手が分からんぞ。
「ティアラ・フェデュールです──お願いです、仕事をください! 私このままだと、腹ペコで死んでしまいます!」
二人目は、神官御用達の白い法衣に身を包んだ、金髪の女性だった。
ロングヘアーの美しい美人……のはずなんだが、着ているモノといい本人といい、どこか薄汚れた印象がある。
「は、はあ……えっと、自己PRをしてもらえますか?」
「それをしたら、仕事が貰えるんですか!?」
薄汚れたお姉さん……ティアラさんは、何だか分からないがすごく必死だった。
でも、どれだけ必死だとしても、面接官相手にそのがっつきっぷりはないかと思うんですが……。
「えっと、あの……そうだ、ヒーリングが使えます! やっぱり、ヒーラーは必要ですよね。絶対必要ですよ! えっと、あと、あと……あの、雇ってもらえるなら、とにかく社長に尽くします! 何でもしますから、是非雇ってください!」
うーん、喋らなければ清楚な感じがして、綺麗な人なんだけどなぁ……どうしても、残念な人という印象が拭えない。
ていうか、何でもしますってあなた……いや、一瞬だけ邪な考えが浮かんだけど、そういう金と権力を悪用したアレなのはダメですね、はい。
ちなみに、このティアラさんのステータスシートの内容は、以下の通り。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:ティアラ・フェデュール
種族:人間
性別:女
クラス:プリースト
レベル:1
HP:216
MP:22
STR:16
VIT:16
DEX:14
AGL:13
INT:15
WIL:22
LUK:15
スキル
・メイスマスタリー(Lv1)
・ヒーリング
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「エフィル・パーラー。ガードっていう職業柄、守ることには自信があるよ」
三人目は、銀髪をショートカットにした、ボーイッシュな女の子だった。
彼女は自信満々の表情で、エメラルド色の瞳を向けてくる。
「キミが社長初心者だっていうなら、ボクを雇っておいたほうがいいんじゃないかな。──実力分だけちょっとばっかり多めの賃金を要求するけど、命はお金じゃ買えないからね」
シャツ越しに控えめな胸を張り、エフィルは言う。
ちなみに、このエフィルのレベルは3なのだが、この世界のレベル3の冒険者の実力というのは、ベテラン冒険者のそれに該当するらしい。
「えっと……あなたの長所と短所を教えてください」
「……長所と短所? 長所は、やっぱり自慢の防御力かな。短所は……まあやっぱちょっと敏捷性に劣るってところだけど、それでもその辺の新米冒険者と比べれば、遜色ないはずだよ」
エフィルは確かに質問に答えてくれるが……うーん、微妙に聞きたかったことと違う。
エフィルが言うのは能力的な長所・短所であって、そうじゃなくもっと性格的なものを聞きたかったわけで……いやでも、仕事の話をしているんだから、それでいいのか?
質問している俺自身が質問の意図を理解していないもんだから、何の意味もないな、これ……。
ちなみにエフィルのステータスは、以下の通り。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:エフィル・パーラー
種族:人間
性別:女
クラス:ガード
レベル:3
HP:422
MP:26
STR:34
VIT:37
DEX:26
AGL:16
INT:20
WIL:26
LUK:26
スキル
・スピアマスタリー(Lv1)
・カバーリング
・DEFアップ(Lv1)
・チャージ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
確かにステータスは、1レベルの俺やティアラのそれと比べれば、全体的に相当なモノなんだよな……。
問題は、エフィルが1レベルのティアラと比べたら4倍の賃金を要求してきているところで、彼女にそれだけの価値があるかどうかは、ちょっと分からない。
なお、希望賃金が高いのは、このエフィルが特別に強欲だからというわけではなく、高レベルの冒険者ほど高い賃金を要求するというのは、当たり前のことらしい。
「ファリナ・グラスウィンド。見ての通り、メイジをやっていますわ」
最後の候補者は、草色の三角帽子に、同じ色のローブを着た、金髪縦ロールのエルフ少女だった。
メイジ、2レベル、希望賃金はドワーフのロナと同じ、銀貨12枚。
「あなたが好きな本について教えてください」
「……本、ですの? 妙な事を聞きますのね。メイジなので当然ですけれど、最もよく読んでいるのは、魔術書ですわね。けれど好きな本と聞かれれば……やっぱりあれかしら、幼少の頃に読んだ英雄冒険譚『竜と魔法使い』。思い出したら、久々に読み返したくなりましたわ、この街の図書館に置いているかしら?」
ファリナは答えてくれたが……うん、やっぱり何のために聞いたんだか、我ながらよく分からんな。
そんなファリナのステータスは、こんな感じだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:ファリナ・グラスウィンド
種族:エルフ
性別:女
クラス:メイジ
レベル:2
HP:214
MP:24+5
STR:10
VIT:9
DEX:25
AGL:27
INT:33
WIL:24
LUK:20
スキル
・ファイアボルト
・MPアップ(Lv1)
・アイスジャベリン
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
で、面談に来た応募者たちを一旦帰したあと──結果として俺は、やっぱり迷っていた。
「3レベルガードのエフィルか、1レベルプリーストのティアラのどっちかなんだよなぁ……」
執務机の上に置いた四枚のステータスシートのうち、真ん中の二枚をトントンと交互に指で叩く。
あの自信満々のボクっ子、エフィルが言っていた「命はお金で買えないからね」というのは、本当にその通りだと思うわけで。
聞くと、この世界には蘇生魔法とかいうものもわりと一般的に普及しているらしいが、だからと言って、当たり前のように死んでもいいとは思えない。
いずれにせよ、まだ右も左も分からない俺にとっては、ひとまず安全マージンを大きく取っておくことは大事なことだと思う。
とすると、求人に応募してきた四人の中で最もレベルが高いエフィルを選ぶという選択は、確かに間違っていないとは思う。
ただやっぱり、賃金が高いのがネック。
日当が銀貨24枚というのはどのぐらいのものなのかよく分からないが──まあ、銀貨1枚の価値は現代日本で言うところの1,000円~1,500円ほどのようなので、ざっくり言って日当3万円といったイメージで把握すればいいかと思う。
現代日本基準で言うなら、フリーの専門家に1日仕事してもらうために必要な依頼というのが、ざっくり3万円ぐらいだと聞いたことがあるから、その基準で考えるなら、まあ飛び抜けて高い金額ではないのかもしれない。
いや、命懸けの仕事であることも考えるなら、プロを雇う金額としては、むしろ安いぐらいか。
しかしここは現代日本ではないのだから、その数字をそっくりそのまま持って来て考えたら、痛い目を見るかもしれない。
一方、1レベルプリーストのティアラに関しては、どちらかというと同情票に近い。
なんかあの人、ここで俺が雇ってやらないと、明日路上でくたばっている姿が、そこはかとなく浮かぶんだよな……。
慈善事業ではないとは言え、なるべく彼女を雇ってやりたいという気持ちが何となくあって、そこがエフィルとの迷いどころだった。
もちろん、希望賃金が安いというのも、ティアラの見逃せない魅力だ。
現代日本基準で言うなら、銀貨6枚=6,000円~9,000円程度の日当というのは、日雇いアルバイトを雇う感覚に近いと言えるだろう。
そんな辺りを踏まえてメイドのリアナさんに相談すると、彼女の口からは、こんな提案が返ってきた。
「正直あまりお勧めはできませんが……場合によっては両方雇うというのも、一つの手ですね」
「……両方?」
「はい。社長が最初に挑まれるべき『初心者の洞窟』は、社長と、もう一人冒険者がいればどうにかこなせる場所かとは思いますが……何事も経験という側面もございます。多少の失敗を許容できる程度には、資金ストックは残っておりますので、試しに心の赴くままに雇ってみてはいかがでしょう?」
……なるほどね。
とにかく最初は情報収集が目的で、死なないことが最優先。
失敗してもそれを次に繋げればいいと考えれば、少しの無駄ぐらいは許容範囲ってことか。
結局俺は、リアナさんの助言を甘んじて受けて、エフィルとティアラの二人を雇って、冒険者カンパニーの登竜門『初心者の洞窟』に挑むことにしたのだった。
「おいしいです! おいしいです! アーヴィン社長は私の命の恩人です!」
エフィルとティアラに雇う旨を伝え、前金として今日の賃金の6分の1を渡すと、ティアラは早速、その受け取った銀貨を使って、露店で買い食いを始めた。
露店にて銅貨1枚で売られていた、ハンバーガーのような肉を挟んだパンにむしゃぶりつくティアラは、涙すら流していた。
「あのねぇ……キミ、冒険に出るための装備は大丈夫なの? いくらプリーストって言ったって、丸腰はないよ? 今回はボクもいるからいいけど、普通は戦士と一緒に前線に出て、メイスやフレイルでモンスターを攻撃するのも、プリーストの仕事でしょ」
街中を三人で歩きながら、エフィルが呆れたようにそう言う。
と、ティアラは最後の一口をごくんと飲み込み、銀髪の少女に向けて反論した。
「失礼な! 最低限の商売道具ぐらいちゃんと確保してます! メイスと盾とレザーアーマーを売れば、そりゃ一月ぐらいは凌げますけど、そうしたらもう後がないじゃないですか」
「いや、分かってるんならいいんだけどさ」
そんなこんな話をしながら、エフィルとティアラの普段使いの宿に向かい、各自の装備品を回収する。
ティアラは本人も言っていたように、メイスと盾とレザーアーマー。
一方、宿に入ってから20分ほどの時間をかけて戻ってきたエフィルはというと、ガッチガチのプレートアーマーに身を包み、大盾と槍とで武装していた。
「乙女の身だしなみには、時間が掛かるんだよ」
そう嘯くエフィルは、歩くたびにカチャカチャと金属が擦れる音を鳴らしている。
あのプレートアーマー、どう見ても重そうだが……本人はどこ吹く風で、まったく平然としている。
彼女らの肉体的な能力に関しては、おそらく俺の考えている常識みたいなものは、通用しないんだろうな。
ちなみに俺はというと、ロングソードにスケイルアーマーに盾という、そこそこ戦士らしい出で立ちだ。
元の世界の自分と比べて、筋力や体力といった身体能力は比較にならないほど優れているようで、相当重たいはずの武具は、さほど苦にならない。
ちなみに、1レベルの冒険者がスケイルアーマーのような高価な防具を着用していることはほとんどなく、通常はティアラと同じく、レザーアーマーというのが定番らしい。
このあたりは、通常の駆け出し冒険者と違ってお金持ちな、社長の特権みたいなものだな。
さてそんな三人で街を出て、三時間ほど歩くと、目的地である『初心者の洞窟』に辿り着く。
ここまでの道のりは、エフィルにとっては勝手知ったる庭のようなものらしく、まったく迷うことはなかった。
森の木々をせき止めるようにそそり立つ絶壁──そこにぽっかりと開いた洞窟は、入り口から奥に進むにつれて真っ暗になり、先が見通せなくなっている。
エフィルが荷物の中からたいまつを取り出し、火を点けて右手に持つ。
右手に装備していた槍はというと、これは一旦背中に括り付けた。
「戦闘になったら、たいまつは床に投げるから大丈夫だよ」
エフィルはそう気楽に言って、たいまつを掲げて洞窟の入口へと足を踏み入れてゆく。
その横に俺が、後ろにティアラが付き従ってゆく。
「二人とも、『初心者の洞窟』で遭遇する、主なモンスターは知ってる?」
洞窟の通路を歩きながら、エフィルが問いを投げかけてきた。
気軽な口調だが、その視線は真剣に前方へと向いている。
決して、自分の実力以下の場所だからと、侮っているわけではなさそうだ。
俺が分からずに首を振ると、後ろを歩くティアラが代わりに答えた。
「ゴブリン、コボルト、ジャイアントバット……ほかに何かいましたっけ?」
このティアラの返答に、エフィルが首を振る。
「一番危ないのを忘れてるよ。ジャイアントラット──ネズミだよ」
「ああ! いましたねそんなの」
「じゃあ、ジャイアントラットの何がまずいか、分かる?」
「何がまずいか……? えっと……可愛くて攻撃できなくなっちゃうこと?」
小首を傾げて答えるティアラの言葉に、エフィルの首がかくんと倒れる。
「あのねぇ……キミ、プリーストでしょ? そんなことでどうするの」
「……うう、すみません。まだこの洞窟、一回しか来たことないんです……」
「はぁっ……ジャイアントラットの爪や歯には、結構凶悪な病原菌が付着していることがあるから、奴らに引っかかれたり噛まれたりしたら、単純なダメージとは別に、体調を崩す可能性があるってこと。プリーストがいて、キュアの魔法を使えるなら、大した問題じゃないんだけどね」
「……うう、無能ですみません」
「いや、それはしょうがないよ。この洞窟に来る段階で、キュアを修得してるプリーストの方が珍しいし」
そう言ってエフィルはフォローをするが、ティアラはしょんぼりとしたままだ。
……なんだろうなぁ、このエフィルって子。
有能なのは分かるし、悪気もあまりないんだろうけど、いちいち言うことが上から目線というか、他人を小馬鹿にした雰囲気があるんだよな。
ちょっと従業員としては、人間関係で確執を起こしそうな、扱いづらいタイプかもしれない。
「社長も、プレジデントプレートにある情報は、しっかり事前に頭に叩き込んでおいた方がいいよ。雇われた人の命も、社長の判断一つで狂うかもしれないんだから」
……まあでも、エフィルの言っていることは、たいてい正論だ。
俺は色々言いたいこともあったが、ひとまずは頷くにとどめる。
なお、『プレジデントプレート』というのは何かというと、冒険者カンパニーとして登録してある会社の社長に渡される、魔力が込められた板である。
30cm四方ぐらいの正方形の魔道具で、このプレートの上で指先を使って特定の操作をすることで、プレート上に多種多様な情報が表示されるようになっている。
例えば、雇用契約を結んだ冒険者のステータスを表示したりできるほか、すでに知られているダンジョンの情報なども収納されていて、そこに内包される情報量はかなりのものだ。
で、当然、この『初心者の洞窟』に関する情報も、ある程度収納されているわけなのだが。
正直、何のイメージもないところに、いきなり字面で説明されても頭に入って来ないだろうなと思って見ていなかったが、少なくとも一通り流し読みするぐらいは、しておくべきだったかもしれない。
その点は、少し反省。
まあ件のプレジデントプレートは、今も俺が背負っているバックパックの中に入っているので、そこから取り出して見ようと思えばできなくはないのだが──さすがにダンジョン探索中に、注意をプレートに向けながら歩くのは自殺行為だと思うので、それは控える。
そこはせっかく、自分が雇ったエフィルがいるのだから、聞きたいことがあったら彼女に聞けばいいだろう。
その方が、より生っぽい情報が手に入るだろうし。
「──っと、噂をすれば何とやら、モンスターのお出ましみたいだよ」
そんなことを考えていたら、洞窟の通路の前方から、三体のモンスターが姿を現していた。
闇の中から、たいまつの炎が照らす場所まで進み出てきた彼らは、人間の子どものような小柄な体に、犬の頭が付いたようなモンスターだった。
「あれがコボルト。この『初心者の洞窟』で遭遇するモンスターの中でも、掛け値なしに最弱のエネミーだよ。正直、ボク一人で相手した方が、被害は少なくて済むと思うけど──どうする、社長?」
エフィルはそう言いながら、たいまつを地面に落として、背中に括り付けていた槍を引き抜く。
しかし、エフィル一人で戦った方が、被害が少ないのか……。
ってことは、俺とティアラは戦場から離れて、あの重装甲ボクっ子娘が無双するのを、ただただ眺めていればいいってことだ。
それは何だかなぁ──と一瞬思ったのだが、俺はふと、思いなおす。
俺は勇者でも、チート能力者でもなく、雇用主なのだ。
人を使うのが俺の本懐であって、必要もないのに自らの体を張って戦うというのは、どうも違う気がする。
「よし、じゃあエフィルに任せた。頼むよ」
「オーライ。──ま、大船に乗ったつもりで見ててよ」
エフィルはそう言って、自慢のプレートアーマーを鳴らしながら数歩前進して、コボルト達の前に立ちふさがるように、仁王立ちした。
「──さ、掛かっておいで、ワンちゃんたち」
その悠然とした態度のエフィルに、吠え声を上げながら飛び掛かってゆくコボルトたちだったが──
その戦闘は、まったく一方的なものとなった。
コボルトの牙や武器による攻撃のほとんどは、あるいは盾に阻まれ、あるいは少女の全身を守るプレートアーマーを貫通できず、エフィルの体を傷付けるには至らない。
一度だけ、装甲の薄い部分に攻撃が食い込んで、少女にわずかな苦悶の表情を浮かべさせたが、それも有効打と言うには程遠い、かすり傷程度のものでしかない。
一方で、エフィルの槍による攻撃は、その一突きごとに、確実に一体のコボルトの体を深々と貫き、その命を奪っていった。
だから、エフィルが三度目の槍を振るったときには、勝負は決していた。
「ふうっ……ま、こんなもんかな」
エフィルは振り返り、満面の笑顔でVサイン。
言動とか色々鼻につくけど、可愛いは可愛いんだよなぁ……。
その後の洞窟探索も、エフィル一人でだいたい片が付いた。
ゴブリンが出ようが、ジャイアントラットが出ようが、基本的に彼女が無双して、蹴散らしてくれる。
もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、と思ったぐらいだ。
ちなみに、「実は敵がめちゃくちゃ弱いだけなんじゃね?」と思って、エフィルに下がっててもらって俺自身が戦ってみたりもしたのだが──コボルト三体をちょっと相手にしただけで三途の川が見えかかったので、早々にエフィル先生に助けてもらった上で、戦闘後にはティアラから、一日七回しか使えない貴重な『ヒーリング』をかけてもらう羽目になってしまった。
そんなわけで、エフィルが最初に言っていた「ボク一人で相手した方が、被害が少なくて済む」という意味が、痛いほどわかってしまった。
やってやれないわけじゃないが、パーティにエフィルがいる以上は、俺が出しゃばっても被害の拡大にしかならないということだ。
なお、モンスターを倒すと『経験値』が手に入って、将来のレベルアップのための糧になるのだが、これもパーティ登録さえしておけば、パーティ内の誰が戦って、誰がモンスターにトドメを刺しても、パーティ全員で均一に分配されることになっているらしい。
この点でもやはり、俺が自分の体を動かす必要性は、さらさらなかったりする。
「──よし。これでダンジョン踏破だね」
エフィルが、洞窟の最奥に溜まっていた水を水袋に汲み上げて、俺に渡してくる。
この水が『初心者の洞窟』のトレジャーの目玉で、希少なポーションの素材として、高く売れるのだとか。
ちなみにこれは、汲んでから一日ほどで、この場所にまた溜まるとのこと。
「それじゃ、今日の探索はこれで終わりでいいかな、社長?」
そのエフィルの問いに、俺は頷く。
ここまで十数回のモンスターとの遭遇があったが、そのどれも、エフィルが蹴散らして終わっただけだった。
エフィルは戦闘ごとに多少の傷は負っていったが、結局ここまで、ティアラのヒーリングが必要なほどの怪我はしていない。
どうにもダンジョンの難易度と保有戦力とがアンマッチした感じだが、まあまあ、何となくの雰囲気は掴めたし、よしとしよう。
最初から安全マージンを高く取るつもりだったんだし、おおよそ計画通りの結果とも言える。
あとは、街に帰って収穫物を売り払って、清算をするのみだ。
洞窟に向かったときと同様、やはり三時間ほどをかけて歩き、街まで帰ってくる。
その頃にはもう、すっかり日は落ちて、視界の色彩が黒と青とで構成されるようになってきていた。
俺たちは店じまいをする露天商たちを脇目にしながら、役所の灯りを目指して歩いてゆく。
役所には、冒険者窓口と呼ばれるコーナーがある。
冒険者カンパニーは、その日の仕事の成果を、この窓口で「買い取って」もらう。
買い取ってもらうものとしてまず挙げられるのが、モンスターの討伐証明だ。
この国では、放っておくとわさわさ増えるモンスターの除去を、主に冒険者に一任している。
冒険者には、モンスター掃除人としての役割があるのだ。
モンスターを倒したカンパニーは、その証明として、モンスターの体の一部を切り取って、役所の冒険者窓口まで持ってくる。
モンスターそれぞれに討伐証明部位は決められていて、例えばコボルトなら尻尾、ゴブリンなら両耳、といった具合だ。
役所の冒険者窓口ではその討伐証明部位を買い取り、代金を支払う仕組みとなっている。
また、買い取ってもらうもののもう一つ大きなものが、『初心者の洞窟』の最奥で汲んできた水のような、トレジャーの類だ。
これは何らかの希少なアイテムの素材になることが多く、当然ながら高値で買い取ってもらえる。
これらを換金し、うちの会社が今日獲得した収入は、こんな感じになった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●討伐証明
コボルト×12……銀貨6枚
ゴブリン×6……銀貨4.5枚
ジャイアントラット×6……銀貨4.5枚
ジャイアントバット×5……銀貨5枚
●トレジャー
『初心者の洞窟』の水……銀貨10枚
以上の合計額……銀貨30枚
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これが、今回のダンジョン探索による収穫の、すべてである。
……さて、お気づきいただけただろうか。
今日の収入の合計額が、銀貨30枚。
エフィルに支払う賃金が、銀貨24枚。
ティアラに支払う賃金が、銀貨6枚。
結果、綺麗さっぱり、収支ゼロである。
ただ、これを額面通りに、収支ゼロと解釈するわけにもいかない。
これでは俺の取り分がゼロだし、会社付きメイドのリアナの給料や社屋の維持費だって、本来ならこの収入の中から、支払わなければならないのだ。
そういうことも考えれば、実質的には、大幅な赤字である。
『正直あまりお勧めはできませんが……場合によっては両方雇うというのも、一つの手ですね』
『何事も経験という側面もございます。多少の失敗を許容できる程度には、資金ストックは残っておりますので──』
あのときリアナの言っていたことの意味が、ようやく実感できた。
なるほど、これは失敗だ。
そして実際に失敗してみないと、分かりにくいものでもある。
まあでも、両方雇ったことの問題というよりは、エフィルを雇ったことに問題がある気がする。
エフィルの賃金、銀貨24枚──これがあまりにも、コストとして高すぎる。
『初心者の洞窟』の収入では、エフィルを運用するのは無理がある。
ちなみに、その辺のことをエフィルに聞いてみたところ、
「自分の賃金を高いと思わないかって? んー、ボクの実力からしたら、妥当だと思うけどな。よく分かんないけど、社長って儲かるんでしょ? あんまりケチケチしたことばっか言ってると、嫌われるよ」
とか言われて、一瞬ブチっていきそうになった。
堪えたけど。
まあ何にせよ言えるのは、エフィルほどの冒険者でも、自分の賃金がどういう額であるのか、自分を雇う会社の金回りがどうなっているのかには、とんと興味がないらしいということだった。
──そうして、翌日。
俺は、今度はティアラのみを雇って、再び『初心者の洞窟』に向かった。
「エフィルさんいなくて、私たちだけで大丈夫なんでしょうか」
ティアラは俺の横でそんな風にびくびくしながら、たいまつ片手に洞窟の通路を歩く。
ティアラにだって、それほど安くもない賃金払ってるんだから、もう少ししゃんとしてほしいなぁ。
「大丈夫なんでしょうか、じゃなくて、大丈夫にするのがキミの仕事でしょ」
俺がそう言ってやると、ティアラは泣きそうな顔をして俺にしがみついて来る。
「そんなあ! 私、そんなの無理です! もし私がモンスターにやられて捕まって、あんなこととかこんなこととかされたら、社長どう責任とってくれるんですか!?」
妄想力豊かだなぁ……っていうか、あんなこととかこんなことって、どんなこと?
「責任って、結婚でもしろと? まあ、あんなこととかそんなことは分からないけど、万一やられたときのために、蘇生保険には入ってるんだから」
「ううう……どうしてこう社長っていう人種は、みんな鬼畜なんでしょう。昨日はそんなことないと思ったのに……」
鬼畜……鬼畜かなぁ……?
ちなみに蘇生保険っていうのは、雇っている冒険者が死んでしまったときに、蘇生魔法にかかる費用を大幅負担してくれる保険のこと。
雇い主には、雇った冒険者が雇用中に死亡してしまった場合に、その冒険者を蘇生魔法で復活させる義務がある。
本来ならその費用は洒落にならない額になるのだが、蘇生保険に入っていれば、死亡した冒険者一人あたりの蘇生費用の会社負担額は、銀貨100枚で済む。
ただ、銀貨100枚で済むといったって、銀貨100枚というのが結構とんでもない額なのは、先刻ご承知いただけていることと思う。
つまりは、雇った冒険者が死んでしまうことは、会社にとってとんでもない損失であるわけで、普通に考えて、雇った冒険者が簡単に死んでしまうような状況には、会社側は置かないわけだ。
ただそうは言っても、会社が赤字を出さないためには、ある程度のリスクには踏み込まないといけない。
エフィルを使えば危なげも何もなくダンジョン踏破できるが、それでは会社経営が立ち行かないわけで。
「ほら、文句言わずに働くの」
「……はぁい」
結局この日、俺はティアラと二人で、ボロボロになりながらも『初心者の洞窟』踏破に成功し、銀貨28枚の収入を得ることができた。
ここからティアラの賃金、銀貨6枚を支払って、残りは銀貨22枚。
さらに、事務作業全般やコックの役割なども行なってくれる万能メイドのリアナさんに銀貨8枚の日当を支払い、その他保険料とか、社屋の維持費とかも考えると──俺の手元にはいくら残ることになるんだろう。
俺が社長として大儲けするに至るまでには、まだまだ先は長そうだった。