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ホラー小説シリーズ

私に取りついていた幽霊の話。

          

     これから、私が取りつかれた幽霊の話をしようと思います。


私は地方の寂れた小さな町で生まれ育ちました。

そこで生まれた子供は仕事がないので都会に行き、

地元には若者よりも老人の姿の方が多い、そういった町でした。


そんな町で私と妹は身を潜めるようにして、ひっそりと暮らしておりました。


私達は両親を幼い頃に亡くしたこともあって、

親戚の家で息の詰まる思いをしながら毎日を送っていたのです。


私の妹は、贔屓目に見ても可愛らしかったのですが奇妙な所がありました。

それは誰もいない所で話をしていたり、何もない所で怯えたりすることです。

当時、私たちを預かっていてくれた母方の叔母は大層それを気味悪がりました。

足のない人間がいる等と妹が言って、周囲に馬鹿にされることもざらでした。

そんなことが重なり、天真爛漫だった妹も成長するに従い、無口で無表情になっていきました。


え、私ですか?そうですね、そう言った特殊な経験は殆どありません。

ですが、せめて兄として彼女の言うことは否定してならないと言う気持ちはいつもありました。

よく私は萎れた妹に、妙なものが見えるのは、悪いことではないと言って慰めました。親戚の家では冷遇されてたこともあり、他よりも兄妹の仲は随分密接でした。


やがて、妹は目が一つのおじさんがいる、黒いもやもやとした化け物がいる等を、

私だけに言うようになったのです。


あれは、ある夏祭りの晩のことでした。

日頃は関わりたがらない叔母も上機嫌で、

もう着れなくなった自分の子供の赤い浴衣を妹に貸し出してくれました。

妹は無表情ながらにとても喜んでいて、微笑ましかったことを覚えています。

はぐれないようにと手を繋ぎながらリンゴ飴や綿あめ、射的などを楽しみました。

私達は日ごろの鬱屈した気持ちを、その時は忘れることが出来たように思います。

まるで両親が生きていた頃のように、時間を忘れて生き生きと過ごしました。


その帰り道の事です。

妹が道の向こう側に白い何かがあると言い始めました。

詳しい話を聞くと、それは白い着物を着た私達の母親で手招いていると言うではありませんか。

私は美しかった母の事を穢されたように思って、手を離して不気味なことを言うなと怒鳴りつけました。


その時の妹の顔を忘れることは出来ません。


猫の子のようにまあるく目を見開いて、感情がすとんと抜け落ちてしまったような表情をしていました。

いつもは手に取るように分かる妹の感情が、この時は分かりませんでした。

妹がまるで知らない人間になったようで、私は有耶無耶にして家路に着きました。


彼女がいなくなったと分かったのは、その次の日でした。

初めは子供の足では遠くまで行けるはずがないと、高を括っていた周囲の大人たちもやがて本腰を入れざるをえませんでした。

勿論、私もあちらこちらを必死に探しまわりました。

町中を探した後に、警察に子供が行方不明になったと相談することになりました。


それでも、妹を見つけ出すことはできませんでした。


私はそれからよく夢を見るようになりました。

夏祭りの帰り道、妹の発言を穏やかに肯定し、兄妹仲良く家に帰る夢です。

時が経つにつれて、あれは妹にとっていきなり背中を剣で斬りつけられたような手酷い裏切りだったのだと理解するようになりました。

他の誰が何を言っても、私だけは彼女の言葉を否定してはいけなかったのです。


やがて、町の人々は妹は死んでしまったのだと噂するようになりました。

それでも死体の姿すら杳として見つかりません。


私は段々、妹が別の何処かに行ってしまったのではないかという考えがこびり付くようになりました。

何処かというのは、私のような鈍感な男では電車や飛行機に乗っても辿り着けない場所のことです。

肩身の狭い思いこちらよりも、そちらの世界の方がきっと妹にとって優しく思えたのではないか。

馬鹿馬鹿しいと思いつつ、そんな考えが頭を離れなかったのです。


夏祭りのあった日から半年の際月が経ち、私はおかしくなっておりました。

妹に酷い言葉を投げつけた町の人達を憎み、彼女に辛く当たってた叔母を恨み、

何よりも自分自身の事を呪いました。


そんな毎日を過ごしていると、当然の事ながら夜に眠れなくなりました。

ある日、深夜にふと鏡を覗き込むと何か赤いものが映っていたのです。

しかし、後ろを振り返っても何もありませんでした。

その日はそのまま、眠りにつきました。


次の日の深夜には、赤い服を着た子供らしきものが映っていました。

その次の日は、今度は着物を着た女の子らしき姿が映っていました。

気のせいではなく、それは段々こちらに近づいて来ていたのです。


叔母達は眠りが早いので、1人ポツンと夜を過すことになります。

だから、私以外の人間が鏡に映ることはあり得ないのです。


私はじわじわと恐怖感に駆られながら、鏡を覗くことをやめませんでした。

何故なら、その子供が妹なのではないかと思っていたからです。

正直なところ、私を恨んでいるなら早く酷い目に遭わせればいいと思ってさえいました。

死者に手向けられる花のように、それが彼女の慰めになるなら構わなかったのです。


そうして幾つかの夜を越え、

とうとう鏡越しにはっきりと兄妹は対面したのです。

その時は丁度向かい合わせのようになって、そこまで近づいたのは初めてでした。


直視すると、そこにいたのは悍ましい化け物ではなく、ただの私の妹でした。

私が熱を出した時には、ずっと側にいてくれたこと。

動物が何より好きで、近所の猫をとても可愛がっていたこと。

無表情でも、時々ささやかに微笑んでいた彼女のことを思い出しました。


私が呆然としていると、何事を言ったのか妹の唇が動きました。

それが彼女を見かけた、最後の夜になりました。


その3日後に、妹は死体となって見つかりました。


死因は溺死でした。死亡推定時刻は丁度夏祭りのあった前後でした。

近くを流れていた深い川に足を滑らせ、遠くまで流されたらしいのです。

警察の方は、それでも何故今まで見つからなかったのかと首をかしげていました。


今では、私は東京で就職をして毎日を忙しく過ごしています。

もう既に妹の姿は朧気で、思い出すのにも時間が掛るようになりました。

それでも私は、彼女の魂が健やかでいることを願ってやまないのです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 哀しいお話でした。彼女にとってはお兄さんが自分のいる世界との唯一の糸口だったのですね。 ラストの彼女の自殺、暗く寂しい世界にぞっとしながらも儚い絵面を想像してしまいました。 [一言] 「美…
[一言] こんばんは(^_^) 兄弟間の心理描写がとてもリアルに描かれていて、とても読み応えがありました。 妹がいなくなった時、神隠しにあったのかな?と思ったんですが、川に足を滑らせてしまって溺れてし…
[一言] 怖かったです。 何が怖いかというと、幽霊が見えた、という浮世離れしたことよりも、妹さんを裏切ってしまったという後悔が想像の範囲内で手が届くので、とてもリアルに感じられました。 これからも執筆…
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