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五話 魔法少女の職場? へ行こう

 仕事場には姉ちゃんの車で行くことになった。


 玄関横の駐車スペースに止めてある、薄いブルーの車に乗り込む。助手席には綾乃を乗せ、俺は後部座席へ乗り込んだ。


 姉ちゃんが運転席に乗り込み、エンジンをかけクーラーを入れ、出発する。


「浩介、後ろでもシートベルトを忘れるな」


 おっと、忘れるところだった。姉ちゃんの車の後部座席に座ることはほとんどないからな。


 後部座席のなれないシートベルトを装着し、深く座り直し一息つく。


 甘いフルーティーな香りのする車内はとてもさわやかだ。


 座席のシートはダークブラウンで統一されシックな印象を醸し出している。洗練され上品な車内だが、ルームミラーやダッシュボードの上などにさりげなく置かれている可愛らしい小物を見ると、やはり女性らしいところもあるのだなと思う。


 外は相変わらずうだるような暑さだが、先ほど両親の会社へ書類を届けに行った際の、クーラーの冷気がまだ残っているようで、五分ほどで快適な温度に保たれた。


 クーラーの冷気が綾乃の髪の毛を揺らめかせている。少しそれを嫌がってか、綾乃は冷気を避けるように体を傾けている。


「姉ちゃん、クーラーの風、ちょっと下に向けたら?」

「おお? そうか」と言い姉ちゃんがクーラーの送風口を下に向けた。


「えへへ。ありがとう。浩介」


 綾乃が満面の笑みでこちらに向いてそういった。俺は少し恥ずかしくなってしまい、コクリと軽く頷いた。


 準備はいいな、と姉ちゃんが合図を出し車が出発した。

「家からどのくらいのところなの?」

「十五分くらいで付く。着いたらおとなしくしていろよ。あまりはしゃぐんじゃないぞ」


 俺はもうそんな子供じゃない。


「はしゃがないけどさ……。ショーの練習とかあるんだろ? 部外者の俺が行って邪魔にならないのかと思ってさ」


 綾乃には大丈夫と言われたが、少し心配になっていた。


「ショー? お前は何を言っているんだ? 何か勘違いをしていないか?」


 勘違い?


 ああ、そうか。裏方の仕事なのかな?


「まあ、向こうに着いたらいろいろ説明してやる。そうすれば私たちがどのような事をしているか一目瞭然だ」


 そうだな、たぶんいろいろ難しい仕事なのだろうな。裏方っていうのは。出演者に危険が及ばないように舞台を設置したり、音響関連のケーブルを引っ張ってきたりとやることは多そうだ。


 なんだか少し興味がわいてきた。


 昔の惨劇が頭をよぎるが五歳の頃の話だ。綾乃の言うように、もう笑い話として語ってもいいのかもしれない。


 ふと、ルームミラーを見ると綾乃が笑顔で鼻歌を歌っている。


 体を左右に揺らし、足をパタパタと上下させている。


「なんだかご機嫌だな?」


 綾乃に声を掛けると、助手席と運転席の隙間から顔を出し、俺を見る。


 その顔は無邪気に笑っており、まるで夏の高原に咲く一輪のひまわりのようだった。


 俺は少しドキドキしてしまい、顔をそむける。


「えへへー。だってこうして三人で出かけることって最近なかったからね。少しうれしいかも」

「そうだな。中学に上がったころから、お前ら二人はなかなか一緒に遊ぶことをしなくなったからな。これからはもう少し三人で会える機会を作ろう」


 中学に上がると「女の子と遊ぶなんて恥ずかしい」とか思うようになってしまった。


 姉ちゃんと一緒にいるときに、男友達にみられて「シスコン!」とか茶化されたからな。


「浩介は、私ともあまり出かけなくなってしまったのだぞ? 思春期の男の子というのはそういうものなのだろうけどな」


 あなたは母さんか。


「この前、浩介の風呂を覗いたときにビックリしたよ。いつまでも小さいものだと思っていたんだけどな。浩介のアレはもういろいろアレだった。準備OKってな感じだったよ」

 「なんで覗いてんだよ! アホか姉ちゃん! それにまったく意味わからん!」


 そんな俺の抗議を気にも留めず、ニヤニヤしながら車を運転している。


 よし、分かった。今度姉ちゃんの風呂を覗いてやる。


「私は中学に上がっても、浩介ともっと遊びたかったんだけどな。一緒に登校したり、お弁当作ってあげたり、ね。なんだか少し避けられているように感じちゃったから……」


 綾乃がちょっと照れたように頬を赤らめている。


「お、俺は別に避けていたわけじゃないよ。ただなんとなく女の子と遊ぶっていうのは少し恥ずかしいというか……。なんというか……」

「もうお前ら、付き合ってしまえばいいのに」


 姉ちゃんからとんでもないツッコミが入る。


「そ、そ、そんな! 椿さん。付き合うとか……。そんなこと……」


 綾乃はすぐさま正面を向き、うつむいている。後ろからかすかに見える顔は夕日のように真っ赤だ。


 俺はもうツッコミ返す気力もなくなり、ため息をつき、後部座席のシートに深く座り直した。


 ルームミラーから見える姉ちゃんの顔は、いたずらが成功したガキ大将のように憎たらしい顔をしている。


 苦虫を噛み潰したような表情を姉ちゃんに見られて、茶化されないように俺は顔を横にそむけた。


 気がつくと、車は山道のような道を走っていた。道は舗装されているようだったが、道幅は非常にせまく対向車がきたらすれ違うことはできないだろう。


 次第に、舗装されている道は終わり、砂利と土だけの坂道を上っている。


 徐行しながら走っているものの、車内はひどく揺れている。


「ね、姉ちゃん。こんなところに仕事場があるの?」

「ああ、そうだ。もう少しで到着だ」


 後ろを見ると、視界は砂埃で真っ白になっていた。


 坂道の上まで登りきると、少し開けた場所に到着した。とは言っても周りにはうっそうと木が生い茂り、夜に訪れでもしたら多分遭難する。


 姉ちゃんは車を左側に寄せ、サイドブレーキを引き、車のエンジンを止めた。


「よし。ここからは歩いていくぞ」


 車を降りると、今までクーラーの恩恵を受けていたせいで外の暑さが堪える。


 セミの大合唱が耳を刺激し、湿度も高く不快指数はマックスだ。


 姉ちゃんはスポーツバッグの中からタオルとスポーツドリンクを二つずつ取り出し、綾乃と俺に渡してくれた。


「今日は特別暑いからな。汗をかいたらしっかりと拭いておけよ。水分補給も忘れるな」


 そう言い、歩き始めた。


「ところでさ、姉ちゃん」

「ん? 何だ?」


 少し疑問に思っていることがあった。


 姉ちゃんは高校の頃、進路が決まるとすぐに車の免許を取得し、新車を現金一括で購入したのだ。


 あの放任主義の親が新車を購入してくれるとは考えにくい。当時まだ、高校生だった姉ちゃんは俺をディーラーに連れて行き「どの車が良いと思う?」と聞いてきた。


 受験勉強で忙しく、早く帰りたかった俺は適当な車を指差した。すると姉ちゃんは「うむ」とだけ言い、即決で購入した。


 あの時、姉ちゃんの懐から出てきた札束を忘れることはできない。


「この仕事って、いつくらいから始めたの?」

「高校に入学してすぐ始めたな。もう五年目になるかな」

「ちなみに給料はどのくらいもらっているの?」

「ああ。時給制だ。今は1240円……いや、この前確か20円昇給したから1260円だったな」


 地味に高っ! 俺は一度もアルバイトはしたことは無いが結構高給な方だと思う。


 なるほど。謎は解けた。これだけもらっていれば新車を一括で購入することも可能だろう。


 俺だったらたぶんダメだな。すぐ無駄遣いしてしまうから。


「私も高校生になってから始めて今1120円だよ~」


 綾乃も自分の時給を暴露する。


 いいなぁ、俺も雇ってもらえないかな。


 この道を歩き慣れているであろう姉ちゃんと綾乃は、慣れた足取りで先へ進んで行く。


 セミの大合唱に、湿度が高くまとわりついてくるかのような空気。止まらない汗をタオルで拭いながら、高給取りの二人に夕食はなにを食べさせてもらおうかと考えていた時に、


「痛ッ!」


 足に鋭い痛みが走った。倒れた木をまたごうとした時に鋭い枝でふくらはぎをひっかいてしまったみたいだ。


 しゃがみ込み、ズボンをまくりあげ痛みの走った箇所を確認する。右足のふくらはぎに五センチほどのキズがあり、血が少し滲んでいる。


「浩介! 大丈夫か?」


 十数メートルは先を歩いていた姉ちゃんが、俺の異変に気が付き走ってくる。俺のそばにやってくると、傷の具合を確認する。そっと手を傷のあるふくらはぎにかざした。


「だ、大丈夫だよ。ちょっとひっかいただけだし」


 こんなかすり傷くらいで大袈裟だな。


 姉ちゃんの後ろから綾乃が「大丈夫?」と声をかける。


「よし。なんともないみたいだな。気をつけろよ。このあたりは道が整備されていないからな」


 ふと、ふくらはぎを見ると、痛みは無く傷も綺麗さっぱり無くなっていた。


 ん? 確かに傷があったと思ったが……。気のせいだったか?


「どうした? 浩介。歩けないのか? 手を繋いでやろうか? まだまだお前は甘えん坊だな」


 綾乃が姉ちゃんの後ろで、手を口に当てクスクスと笑っている。


 今日はもう何度、姉ちゃんに茶化されたのだろうか……。


 今日はやけに突っかかってくるな。でもなんだか姉ちゃん楽しそうだ。いつも不機嫌というわけではないけど、凛とし過ぎていて、姉弟と言うよりも母親のような印象を受ける時がある。さっき言っていた三人で遊ぶ機会を作るっていうのも悪くないかもしれないな。


 再び、俺たちは歩き始めた。

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