四話 語られた真実
クーラーの稼働音は相変わらず、室内に響き渡っている。
……いやいや、少し落ち着こうか。
魔法少女だって?
何を言っているんだ、綾乃は?
そういえば、姉ちゃんと二人でアルバイトしているって話してたな。子供たち向けのショーの着ぐるみのバイトでもやっているのか? そうか、そうか、魔法少女物のショーのバイトなんだな。だから魔法少女をやっているって言ったのか。
昼からアルバイトに行くって言ってたな? それがショーのことなんだな?
今日は暑いだろうからな。大変だな。
「ごめんね今まで黙っていて。どうしても浩介には知っておいてもらいたかったから。つーちゃんのためにも……」
なんだか妙に重いな……。
要するに、アルバイトの衣装のサイズを確かめるためにあのコスプレをしていたというわけだろ? 今日のイベントの衣装なんだよな? それで少しテンションが上がっちゃっただけなんだろ? 誰にでもそういうことはあると思うよ。姉ちゃんのテンションの上がりっぷりには心底驚いたけども……。
これは俺の個人的な見解なのだが、魔法少女というのは「少女」である以上、小学生高学年から中学生くらいまでなのではないかと思う。綾乃は高二、姉ちゃんにいたっては今年ハタチになる。いろいろ厳しいのではないかと思う。まあ、ショーならいいのか。顔見えてないし。
いろいろ頭が混乱している。一つずつ疑問点を聞いてみよう。
「魔法少女って……。仕事なんだろ? あんな恰好していたのは?」
「仕事といえば仕事になるのかな?」
いまいち、的を射ていない
半分趣味も兼ねているとか?
年齢的に魔法「少女」とは言えないから……。魔女?
なんだか、森の奥深くで怪しいドロドロの液体を混ぜているイメージが沸いてくる。
そのとき、外から車のエンジン音が聞こえてきた。姉ちゃんが帰ってきたのかな? 少しは落ち着いているといいんだけど。
「あ、つーちゃん、帰ってきたのかな?」
しれっと綾乃は答える。
綾乃はソファから立ち上がり、居間を出ていき玄関の扉を開け、姉ちゃんを迎えに外に出て行った。
居間の窓から姉ちゃんが車から出てくるのが見える。綾乃と何かを話している。
何を話しているのかは聞こえてこないが、姉ちゃんが驚いたような顔をしている……。綾乃が両手を合わせて何か謝っている素振りだ。
五分ほど何かを話していると、綾乃は姉ちゃんの手を掴み家の中に入ってきた。
俺はなんだか盗み聞きをしているような、申し訳ない気分になり、すぐさまソファに座りなおす。居間のドアが開き、綾乃と姉ちゃんが入ってきた。
姉ちゃんは先ほどまでの悲壮感はなくなっていた。その代わり真剣なまなざしで俺の方に目を向けている。
口を真一文字に結び、俺を真っすぐ見据えている。綾乃と姉ちゃんは俺と対面に二人で並んで座った。
「さて……。浩介」
姉ちゃんが座るなり話しかけてきた。先ほどまでの慌てっぷりは既になく、いつも通り凛としている姉ちゃんに戻っていた。
綾乃も姉ちゃんの話に耳を傾けている。
なんかあれだな。三者面談みたいな感じだ。
「綾乃から話は聞いていると思う。私たちは魔法少女だ」
姉ちゃんの口からこの単語を聞くとなんだか少し滑稽だ。
「さっきつーちゃんと話してみて、やっぱり浩介にもちゃんと話しておいた方がいいと思って」
綾乃も何時になく真剣だ。
二人ともちょっと変だぞ。こういっちゃなんだけど、たかがショーのアルバイトの話だろう? かしこまって話すようなことじゃないと思うのだが。
そりゃあ、確かにいままで姉ちゃんと綾乃がどんなアルバイトをしているのかは知らなかったけど、これは二人のことだから特別俺に話すようなことでもないと思う。まあ、言ってくれればそうなんだなー。くらいには思っていたけども……。
「ちょっとまって。アルバイトの話だよね? なんかものすごく真剣に話すから何事かと思っているんだけど……」
「お前にはアルバイトとは言っておいたが……。少し違う。とにかく人の役に立つ立派な仕事だ」
ん? アルバイトじゃないのか? まさか学生の身で正社員ということはないよな?
「確かにお金は頂いている。しかしこの仕事はお金のためにやっているわけではない。私の正義のために行っていることだ」
着ぐるみのショーの仕事に正義感が関係するのか?
あのトラウマが頭をよぎる。まあ、でもそこまでの思いを持って仕事をする人もいるのだろうし、姉ちゃんらしいなとは思う。
「そっか。じゃあさっき二階で魔法少女の衣装を着ていたのは何かの練習だったの?」
言ってからしまったと思った。姉ちゃんの目にみるみる内に涙が溜まっていく。
やばい! 姉ちゃん泣いちゃう!
綾乃は慌ててフォローを入れる。
「そう! 練習! 練習なんだよね。魔法少女の練習! 私が持ってきた衣装のサイズにつーちゃんが合うかどうかの練習!」
綾乃がわけのわからない言い訳をしている隙に俺もフォローを入れる。
「い、いやー。俺一度姉ちゃんが仕事しているところ見てみたいな! 姉ちゃんかっこいいんだろうな!」
すると、姉ちゃんの顔が太陽のように明るくなる。なんだ? 泣いたり、笑顔になったり、やけに今日の姉ちゃんは情緒不安定だな。
「そうか! 私の仕事を見てみたいのか! なんだか照れるなぁ。よぉし! まだ時間は早いが仕事に向かおうか。浩介! 一緒に行ってみるか?
「ちょっと待っていてくれ。今、準備してくるから」
姉ちゃんは勢いよくソファから立ち上がり二階へ上がって行った。
取り残されてしまった俺と綾乃は、お互い目を合わせる。
「一緒に行くって……。俺、仕事の邪魔にならないのかな?」
「う……うん。大丈夫だと思うけど……。あんなにうれしそうなつーちゃん久しぶりに見たよ」
確かに姉ちゃんがあんなにはしゃいでいるのを見たのは久しぶりかもしれない。
いつも背筋を伸ばし、凛としている姿からは想像がつかない。まるで小さな女の子が遊園地に行くかのような表情をしていた。
俺が口を開け、いかにも間抜け面でソファに持たれかけていると。
「浩介……。椿さんのコスプレの件なんだけど」
おっと、忘れていた。いくら仕事とはいえ、なぜあんなのノリノリで魔法少女ステッキを振りかざしていたのかの理由を知りたい。
「つーちゃんはね。今でも魔法少女のような正義の味方に憧れているんだよ。あの魔法少女の衣装も私がつーっちゃんに頼まれて持ってきた物なの」
「あの姉ちゃんが?」
あの時の惨劇を見ているのに、よく正義の味方に幻滅せずそんな思いを持っていられたものだ。
「うん。私の叔父さん、服飾系の会社に勤めているから、オーダーメイドで作ってもらえたの。つーちゃん、ものすごく喜んでいたんだよ」
綾乃はまるで自分の事のように、顔をほころばせて話している。
「だから、つーちゃんの事、変な風に思わないでいてあげてね。つーちゃんいつも浩介や私の面倒を見てくれているでしょ? ……私にできることしてあげたかったから。」
仕事の忙しい両親に代わって、高校受験の際はいつも夜遅くまで俺の勉強を見てくれたし、夜食も作ってくれた。姉ちゃんの学力なら遠くのもっとレベルの高い大学へ行くこともできた。
なぜ、近場の大学に決めたのかを聞いたら「まだまだお子様のお前の面倒を見ないといけない」と茶化すような感じで答えた。
その時はムッとしたものだが、姉ちゃんがいてくれなかったら食事や洗濯などもままならなかっただろう。今でこそ料理や洗濯など家事全般はある程度できるようにはなったものの、そのほとんどを教えてくれたのは姉ちゃんだった。
からかわれて困ることも多いのだが姉ちゃんには本当に感謝している。
それは綾乃も同じ思いなのだろう。姉ちゃんといつも一緒にいるのを見ればよく分かる。
綾乃は今でこそ、屈託のない笑顔と持ち前の明るさで、割と友達が多い方だとは思うのだが、昔は少し控えめのおとなしい女の子だった。
友達もなかなかできずにいた綾乃に声を掛けたのが姉ちゃんだった。
綾乃も姉ちゃんには感謝しているのだと思う。だからこそ今でも一緒にいるのだろうし、姉ちゃんがうれしそうな顔を知ると、自分も嬉しくなってしまうのだと思う。
「綾乃こそ、ありがとうな」
綾乃は俺の言った言葉に対して、意味がわかっていないようだった。
首を少し傾け、俺の顔を直視する。
一本一本がつやのある長い綺麗な黒髪は、輝きを放っていた。
こういった関係が何時までも続いてくれるといいなぁ。という思いを巡らせていると二階に行っていた姉ちゃんが準備を終え居間に入ってきた。
「よし! お前たち準備はいいか? 私の準備は完了だ」
七分丈のジーンズにTシャツという出で立ち。準備をしてくると言っていたので、小奇麗に着替えてきて化粧でもしてくると思ったのだが、そんなことは無かった。
その代わり、手には割と大きめのスポーツバッグが下げられていた。
持っていたスポーツバッグを居間のテーブルの上に置き、ジッパーを開け中身を確認するかのように並べていく。
「今日は暑いからな。スポーツドリンクは何本か持っていく。タオルも用意した。後、日焼け止めだ。虫よけスプレーも持って行く。かさばるからサイフは置いて行った方がいいかもしれない。大丈夫だ。小銭は持っていく」
まくし立てるように準備したものの説明を始める。
……よかったいつもの姉ちゃんに戻ったみたいだ。
綾乃がテーブルに出された用意周到なアイテムを、ニコニコしながら一つ一つ確認している。
「お前たちの準備はいいか? いいなら出発するぞ」
姉ちゃんが張り切って準備をしてくれたので、俺と綾乃は二つ返事で快諾した。