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三話 衝撃の事実!

 姉ちゃん。姉ちゃん。姉ちゃん。姉ちゃん。


 俺の姉ちゃんが魔法少女に? いや、魔法少女が姉ちゃんなのか?


 ……自分でも何を言っているのか理解ができない。


 姉ちゃんは、大きなその目をさらに見開き俺を直視している。


 流れていた音楽の間奏が終わり、再び歌が流れてくる。そうだ、思い出した。この曲は昔、姉ちゃんが大好きだった『初代ピュアピュア☆プリンセス』のオープニング曲だ。


 部屋の中は軽快な音楽に乗せ、やたら可愛らしい声で歌う魔法少女ソングに満たされていた。


 だが、この南極のように凍りついた空間は、その音楽を俺たちの耳には届けず静寂を生んでいた。


 ふと姉ちゃんの横を見ると、綾乃が気まずそうな顔をしてちょこんと座っている。そうだなぁ……。彼氏といちゃいちゃしているときに、父親にいきなり部屋に入ってこられたときの百倍くらいは気まずそうな顔だ。


 姉ちゃんのほうに視線を戻すと、口をへの字にして、今にも泣きそうだ。


 普段の凛とした姉の姿はそこにはなく、デパートで親とはぐれて不安そうにしている子供の千倍くらいは悲壮な顔をしている。


 ……やばい、姉ちゃんが泣きそうだ。


 こんなとき俺はなんて声をかけてやればいいのか……。

 

 一、「なんて格好してるんだよ! 今年でもうハタチだろ?」


 二、「……スゲェ! 超カッコいいよ! 俺のハートに魔法がズギューン」


 三、「姉ちゃん、電話」

 

 そうだ。母さんから姉ちゃんに電話があったんだ。


「姉ちゃん。……あの、電話。母さんから。何度かけても姉ちゃん電話に出ないみたいだったから」


 顔面蒼白で目には涙を浮かべていた姉ちゃんは肩をびくつかせた。


「……………………あ……うん……」


 姉ちゃんはまるで、頭に二、三発、ハンドガンの弾を打ち込まれたゾンビのような足取りで、部屋の入り口に居た俺のところまで歩を進め、電話を受け取った。手は震えていた。


「……もしもし……うん…………あぁ…………書類? うん……お母さんとお父さんの部屋にあるの? ……うん……わかった…………」


 姉ちゃんは背中を丸め、頭を垂れ、母さんからの電話に応対している。携帯電話を持つ手とは反対側の手に先ほど突きつけられた魔法少女のステッキがしっかりと握られている。


 棒立ちで悲壮なオーラを醸し出した魔法少女が、携帯電話で自分の母親と話している図というのはなかなかシュールだ。これが自分の姉ちゃんでなければ笑い転げているかもしれない。


「…………わかった……すぐに探して持っていく……」


 電話を終えた姉ちゃんは首も下げ、


「……お母さん……会社で使う書類……忘れたみたいだ……探して……届けてくる」


 ところどころ言葉が詰まる。いつもハキハキと喋る姉ちゃんとは違い、声も小さい。


「じゃあ、行ってくる……」


 姉ちゃんは魔法少女の姿のまま、ドアノブに手をかけ出ていこうとしている。


「まさか姉ちゃん……そのままの姿で出かけるわけじゃ……」


 急いで制止する。このまま家を出たらご近所さんからどんな噂を立てられるかわかったものじゃない。


 そして、再び静寂。いたたまれなくなったのだろうか、綾乃が大音量で流れていた魔法少女ソングの音源を経つ。真の静寂の中、家の外の道路を通る車の音だけが部屋の中に響いている。


 綾乃のやつ、よけいなことしやがって。なんだか余計気まずくなってきちゃったよ!


 不意に姉ちゃんが口を開いてきた。


「浩介」

「はい!」

「ちょっと着替えるから……悪いけど部屋を出てってくれないか?」


 姉ちゃんは俺の目を見ず、俯いたままだ。


「姉ちゃん、俺の携帯……」


 顔を上げ、俺を見るその目には涙が溜まっていた。持っていた携帯電話を俺に差し出すと、その振動で目からは一筋の涙が頬を伝った。なんか俺が泣かせたみたいだ。


 俺は差し出された携帯を受け取り「じゃあ……」と言いドアを開ける。


 去り際に綾乃が俺にウインクをして下を指差していた。おそらく姉ちゃんが出かけた後に話があるということなのだろう。聞いてやろうじゃないか、わが姉の変貌の理由を。


 居間に戻り、冷蔵庫の中の麦茶をコップに注ぎ一気に飲み干す。


 まだ頭の中が混乱している。


 今度はコップに氷を入れ、再び麦茶を注ぎ入れる。


 姉ちゃんの趣味はコスプレだったのか? もしかしてアニメオタクなのかもしれない。いままで家族には言えなかったのかもしれない。


 そりゃそうだ。才色兼備、文武両道、周りからは羨望のまなざし、ご近所さんからは「自慢のお姉ちゃんねー」と言われ、尊敬の念を集めている。


 そんな姉ちゃんが「私の趣味はコスプレです!」なんぞ言おうものなら今まで羨望のまなざしで見られていた反動で、何を言われるのかわかったものじゃない。


 好きなものを好きといえないのはつらいよな……。


 もしかしたら綾乃は唯一の理解者だったのかもしれない。


 綾乃が持っていたあの大きな紙袋の中身はコスプレの衣装だったのかな?

 別に俺に相談してくれても良かったのに。一緒にコスプレはなかなかできないかもしれないけど、理解くらいはしてあげられる。


 なんだかよくわからない思いが、頭の中をメリーゴーラウンドのように回っている。


 そのとき、居間のドアがゆっくりと開き綾乃が入ってきた。


「……どう? 落ち着いた?」

 その言葉は姉ちゃんに言ってやってくれ。


「姉ちゃんは?」

「今、着替え終わって、届けに行く書類を捜しているよ。見つけたら行くって」

「そっか」


 ソファから立ち上がりコップをもう一つ食器棚から取り出し、麦茶を注ぐ。


「まあ、座って」

 麦茶を差し出し、綾乃をソファに座らせる。


「うん。ありがと」


 そして、沈黙。クーラーの稼動音だけが虚しく部屋の中に響いている。

 なんだかよくわからないけど気まずい。


 そういえば、綾乃と二人きりになるのは久しぶりだ。


 部屋の照明が、引っ掛かりのないストレートの黒髪を一層綺麗に輝かせている。


 ふと、顔を見ると血色のいい肌には健康的な赤みが差している。


 俺の綾乃のイメージは、一緒に遊んだ時間の長かった小学生くらいで固定されている。もう高校生なんだよな。すっかり大きくなっちゃって。いや、まあ、同い年なんだけど。


 綾乃は麦茶の入ったコップを両手で持ち、少しずつ口に含んでいた。


 俺はすでに飲み終わり、氷しか入っていないコップを口に当て傾けていた。少し溶け出した氷を口に含み転がす。


 その時、居間のドアが少しだけ開いた。そこには魔法少女のコスプレを脱いだ姉ちゃんが立っていた。


「……行ってきます」


 静かにドアは閉められ、玄関から出て行くのがわかった。車のエンジン音が鳴り響き両親の会社に出発していった。


 事故しないだろうな。心配だ。


「ねぇ」

「ん?」


 姉ちゃんが出て行ったのを確認した後、綾乃が話しかけてきた。


「つーちゃんのあの格好……。びっくりしたでしょ?」

「そりゃあ、まあ」


 びっくりしないわけがない。今まで俺が経験した出来事の一番……。イヤ、かなり上位に位置するくらいの衝撃だ。


「綾乃さ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 綾乃は半分くらい残っている麦茶のコップを、静かにテーブルの上に置きやや上目遣いで俺を見た。


「姉ちゃんってさぁ……。コスプレマニアなの? それともアニメオタクなの?」


 別に俺は姉ちゃんがどんな趣味を持っていても構わない。それで姉ちゃんを嫌いになったりはしない。


 ただ、今まで知らなかった姉ちゃんの別の一面を見てしまったので、疑問に思っただけだった。


 綾乃はゆっくりと口を開いた。


「どっちでもないんじゃないかなぁ。浩介は、つーちゃんがそういう趣味を持っているって分かったらいや?」


 なんだか少し意地悪な感じで聞いてくる。


「俺は別に」

「あはは。浩介はつーちゃん大好きだもんね」


 こいつは……。俺をからかって楽しんでいるのか。


「別に俺はそんなんじゃ……」


 口の中の氷をかみ砕く。たぶん顔が赤くなっていることだろう。クソ。綾乃の奴め。


「ところでさぁ。浩介は覚えてる? あの時の事」

「あの時の事?」

「何時だったか、ショッピングモールで初代のピュアピュアプリンセスと戦隊ヒーローの……なんだったっけ? あの宇宙っぽいやつ」

「アストロレンジャー」


 俺は即答する。忘れるわけがない。どうしていきなりこんな話を?


「そうそう、アストロレンジャー。」


 綾乃は手を合わせ、満面の笑顔で答える。

「そのショーを見に行ったことあったじゃない。まだ私たちは五歳くらいだったよね? あの時のこと、今では笑い話だよね」


 確かに笑い話なのかもしれない。ヒーローの着ぐるみから覗くオッサンの顔……。俺の中のヒーロー像が粉々に打ち砕かれた苦い思い出だ。多分これが俺の今まで経験した出来事の中でトップに君臨する衝撃的な出来事だった。


 笑い話などでは無い。少なくとも俺にとっては。


 あれ以来、特撮のヒーロー物を見ても所詮は作りものだと思うようになってしまった。世界の平和を守る正義の味方などはいない。当時、俺の心の中にあった宝石箱の中身は全て石ころだったのだ。


 他の人間から見れば、「何だよ、そんなこと」と呆れられてしまうかもしれない。


 あのオジサン達だって、悪気があったわけじゃない。まぁ、少し配慮が足りなかったかもしれないけど……。


 とにかくあの時から俺は、正義の味方に対して全くと言っていいほど興味が湧かなくなった。子供の俺にとってはそのくらい衝撃的なことだったのだ。


 綾乃はそんな俺を見抜いてか穏やかに話し始めた。


「つーちゃんもね。あの時のことは気にかけているみたいなの」

「姉ちゃんが?」


 まあ、姉ちゃんもあの光景は衝撃的だったのだろう。そりゃそうだ、幻滅していてもおかしくは無い。


「うん。でね……。あのね……。本当はこのこと、浩介には言わないでおこうと思ったんだけどね」


 綾乃が顔を伏せ、手を太ももの間に入れ、モジモジしている。


「でもあんなつーちゃん見ていると……。かわいそうだから」

 なかなか綾乃は核心を言わない。


「驚かないでね」

「何だよ。驚かないから」


 俺は業を煮やし、綾乃を問い詰める。


 綾乃は意を決したように、二度、三度、深呼吸をする。そして一言……。


「実は私たち、魔法少女なの!」


 …………………………前言撤回。俺はこのときほど衝撃を受けたことは無い。今まで一番だ。


 だって……。


 幼馴染と姉ちゃんが魔法少女だったんだぞ?

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