二十二話 明かされた真実
「十二年ほど前に家の近くのショッピングモールで、ヒーローショーを見た時のことを覚えているか? 浩介が五歳の頃で私が七歳の頃だ。綾乃もいたな」
忘れるはずがない。小さいころの記憶で一番鮮明に残っている。
俺は小さく「うん」と言った。
「あの時は酷かったなぁ。ヒーローの中身がおっさんだって知った時は卒倒してしまうかと思った。私も綾乃も相当ショックだったんだぞ」
姉ちゃんの口端に少しだけ笑みが浮かんだ。しかし、すぐに口元は引き締められた。
「でも、浩介のショックは私たちと比べ物にならないくらい大きかった……」
正直なところ、あの後のことはあまり覚えていない。多少トラウマは残したが、最近は笑い話として語ってもいいと思うようになっている。
「あの後、浩介は自分の持っていたヒーローの人形や、おもちゃをすべて捨ててしまったんだ。それもすべて切り刻み、粉々に叩き壊していたんだ。それまで宝物のように大切にしていたのに……。ひとつ残らずに」
俺は、当時の自分がしていたことに絶句した。
「それでも浩介は納得していなかったんだろうな。今度は私の持っていた、魔法少女のおもちゃを壊し始めた。同じ体験をしたのに、なぜまだそれを持っているのかと思ったのだろう」
俺はそんなひどいことをしてしまったのか……。姉ちゃんへの謝罪の言葉が頭をめぐる。
「そこまで浩介の心は失望していたんだな……。他の誰にも分からない。自分の心から信じていたものが壊れていく感覚をお前は味わっていたんだ」
姉ちゃんが俺の顔を覆うように手を添えた。俺の顔をまじまじと見る、姉ちゃんの顔には後悔と謝罪の色が見える。
「でも、私はそんな浩介の心の内を理解してあげることはできなかった。壊されていく人形を見ていたら、頭が熱くなってしまって……。お前を思い切り叩いてしまったんだ」
当たり前だ。いくら自分が失望してしまっていても、だれかの大切な物を壊す権利は無い。
「そして、お前は家を飛び出して行ってしまった。お父さんと、お母さんは遊びに行ったままどこかで迷子になったのかと思っていたらしい。……私だけが知っていた。お前の心を理解してやれなかったんだ」
姉ちゃんの瞳に、後悔の色が浮かぶ。顔に添えられたてが小刻みに震え、軽く力が入る。
「夜になって、お父さんとお母さんは警察に捜索願を出した。綾乃の家や、他の友達の家にも電話を掛けてみたが、来てはいないということだった。そうしたら、すぐに家に警察から連絡が入ったんだ。当日、ヒーローショーをやっていたショッピングモールの屋上で男の子が倒れていると。……保護されている病院へすぐに向かった」
自分のことを話されているのだが、少しばかりホッとした。なにせ何も覚えていないのだ。
「病院へは綾乃も一緒に向かったんだ。病院のベッドで寝ているお前を見て、私たちは目を疑った。あんなに元気だったお前が……見る影もなく、やつれ、死人のように青白い顔をしていたんだ」
俺は何も声を出せず、姉ちゃんの話を聞いていた。俺に身に何が起こったと言うんだ?
「それを見て、全て私のせいだと思った。あの時、もう少し浩介の心を理解してあげられれば……。私はお姉ちゃんなのに……」
「姉ちゃんのせいじゃない」
俺はかぶりを振り、姉ちゃんに言った。
姉ちゃんのせいであるはずがない。俺が姉ちゃんのおもちゃを壊してしまったから……。
姉ちゃんは首をゆっくりと横に振り、話を続けた。
「お前は苦しそうにベッドに横たわっていた。医者が言うには原因不明だったそうだ。体には怪我もないし、全く異常はなかったそうなんだ。その後、一週間ほど治療を続けていたが、症状が回復することはなかった。そして医者が言ったんだ。…………持って今夜だって」
姉ちゃんは語尾を震わせた。
「お母さんが崩れ落ちて泣いているのを見て、私は思ったんだ。だれでもない、私がなんとかしないと、私が浩介を守らないといけないんだって……。その時だったんだろうな、私はこの力に覚醒したんだ」
強い動機により、力は覚醒する。姉ちゃんはその時、俺を守りたかったから力を覚醒させたんだと思う。……じゃあ、なぜ俺は……力を覚醒できないんだろう?
「力を覚醒した瞬間、浩介の体の中になにか禍々しいものが入り込んでいる感じがした。それこそが、浩介を蝕んでいるものだと……。それをどうにかしないと、私が排除してやると……」
俺は喉を鳴らした。
「姉ちゃん、もしかして俺の体を蝕んでいたものって……」
そうだ。グロウだ」
冷水をぶっかけられたような感じがした。綾乃と、譲二さんが顔をしかめながら俺を見た。
「誰に教えられたわけでもない……。私は自分の中に生まれた力のことを理解していた。この力が浩介を救うんだと……。その夜、私はつきっきりで力をお前に注ぎ続けた。なんとか一命を取り留めたが、まだグロウはお前の体の中に残っていた」
自分の体にグロウが……。
「一週間ほどした頃だった。ようやくお前の体の症状が回復し始めたんだ。その時は綾乃も力に覚醒して協力してくれていたんだ。二人で浩介の回復を喜んだ。でも……」
姉ちゃんの顔が憎悪に歪んだ。そんな姉ちゃんの顔を見たのは初めてで戸惑いを隠すことはできなかった。
「あのグロウが……。まだ生きていたなんて。あのとき完全に倒したと思ったのに……。まだ浩介を喰おうとしているなんて……」
姉ちゃんは俺の顔から手を離し、腕全体を震わせながら拳を握りしめた。ギリギリと聞こえてきそうなくらいに歯を噛み締めている。
「姉ちゃん。それって……。もしかして……」
姉ちゃんは下を向いたまま、何も答えない。ずっと姉ちゃんの話を聞いていた譲二さんが重い口を開いた。
「そうです。今戦っているあのグロウが、子供の頃、浩介くんを喰らおうとしたグロウなんです。」
……やはり、そうなのか……。意外にも俺の心は落ち着いていた。グロウを見た時の異常な恐怖感はそのためだったのか。
「あのグロウは普通じゃありません。おそらくですが、子供の頃の浩介くんを襲った時でも生まれて十年は超えるくらい、強大な力を持つグロウだと思われます。それが今も成長を続け、再び浩介くんを喰らおうと狙っているのでしょう。最近、我々と一緒に行動し、グロウと戦ってきましたからね。それで気づかれてしまったのでしょう……。だから私たちはあのグロウを放おって置くことはできないのです。あのグロウに取り憑かれてしまったら、今度こそ命は無いでしょう」
譲二さんはあくまで淡々と、事実を述べていた。しかし、その顔は苦痛に満ちている。
「もう大丈夫だと思ったんだ。あれから十年以上も経っていたし……。浩介と一緒に……正義の味方をやれたらいいなって……。そんな馬鹿げたことを思わなければ……」
「浩介くんを、私たちと一緒に戦わせてくれ、と言ったのは椿さんなんですよ。でも責めないでくださいね。あのグロウがここまで執念深いなんて、誰にもわからなかったのですから」
姉ちゃんを責めるつもりなんて、あるわけがない。子供の頃も、そして今も姉ちゃんは命を掛け俺を守ってくれている。そこにいる綾乃も譲二さんもだ。
姉ちゃんはきつく握った手をゆるめ、俺の背中に手を回した。そしてゆっくりと俺の胸に顔をうずめた。
……姉ちゃんはこんなに背が小さかっただろうか? いや、俺が大きくなったのだろう。頭一つ分くらい小さい姉ちゃんは、まるで迷子の子が親に出会った時のように、俺を抱きしめ、すんすんと鼻を鳴らしている。
「お前が生まれた時にお母さんが言ったんだ。今日からお姉ちゃんだよ、って……。二歳の頃だったけど、今でもはっきりと覚えている。初めて見たお前は、しわくちゃで髪の毛もあまり生えてなくて、猿のようだった。急にそんなこと言われても実感がなかった。……でも、お前は小さな、触ったら壊れちゃいそうなその手で私の指を握ってきたんだ。その時思った。私の弟なんだ。絶対守らなくちゃいけないんだって……」
姉ちゃんは顔を上げ、上目遣いで俺を見る。
「……だから。浩介。お前を守らせてほしい」




