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二十話 守りたいもの

 俺以外の三人の話は思ったよりも早く終わり、三十分程でリビングに姿を現せた。すでに夜の十一時を回っており、この日はコテージに泊まっていく事になった。


 全員、この日は必要以上の会話はせず、早々にそれぞれあてがわれた部屋へ入っていった。


 分かってはいた事だったが、俺には内容はほとんど教えてもらうことはなかった。ただ、決戦は明日の夕方七時頃。綾乃が力のすべてを振り絞り封じ込めた結界も一日ほどしか持たないということだった。


 俺は部屋に入ると、服を着替えることもせずベッドに倒れこんだ。様々な思いが溢れ出てくるが、すぐに眠りに落ちてしまった。

 



 翌朝、起きた時にはすでに昼近くになっていた。よほど疲れていたのだろう。譲二さんが昼食にサンドイッチを用意してくれていたが、食欲は無かった。


 それでも口に入れてみるが、味は全くわからなかった。その後、譲二さんの車で、先日激しい戦いがあった廃工場に向かい、そこにおいてある姉ちゃんの車に綾乃とともに乗り込み、一度自宅に帰り準備をする事になった。


 運転している姉ちゃんは、一言も口を開かなかった。学校に立ち寄り俺と綾乃は、置いてあった自転車に乗り帰路に着いた。


 先日、この学校に来る時までは、何も変わらない日常だったのに……。


 綾乃は自分の家の前まで行くと、自転車を降り俺をみつめた。消え入りそうな声で「大丈夫だからね」と言っていた気がする。


 なにが大丈夫なものか。このまま綾乃をさらってでも逃げてしまいたい。しかし、それで生き延びたとしても、綾乃は俺を許すだろうか。


「ごめん、綾乃。俺も戦いたかったんだけど……」


 それだけを言うのが精一杯だった。綾乃はゆっくりと首を横に振り、


「ううん。そんなこと浩介が気にすることはないよ」


 それだけを言い、自宅の扉を開け、入っていった。


 自宅の前まで来ると、駐車スペースに姉ちゃんの車がおいてあった。すでに帰宅しているらしい。


 俺は自転車を横に置き、家に入り自分の部屋がある二階の階段を上がっていた。家のリビングと台所には姉ちゃんの姿はなかった。おそらく自分の部屋にいるのだろう。姉ちゃんに声をかけようかと思ったが、やめておいた。俺には掛ける言葉が見当たらなかった。


 自分の部屋に入ると、ふと懐かしい気分に襲われた。一日家を開けていただけだったが、その一日で様々な状況が変わった。昨日まで何も変わることのない日々を過ごしてきた。明日も同じ日常が訪れ、今後も続いていくものだと思っていた。しかし、明日には姉ちゃんも綾乃もいなくなってしまうかもしれない。


 何気なくベッドの縁に座ると、目の前にある本棚が目に入った。収められている本はマンガのコミックだったり、参考書だったりと統一感はない。


 目に入ったのはそれらではなかった。子供の頃好きだったヒーローのキャラクターのシールが、本棚の横の方に張ってあった。


 『アストロレンジャー』と書いてあるそのシールには、リーダーのアストロレッドが最強の武器『アストロソード』を持ちポーズを決めていた。


 テレビの中の正義の味方であれば、こんな絶望的状況でも笑顔を絶やさず、皆を奮い立たせ、強大な敵に向かっていくのだろう。しかし、俺達は普通の人間だ。命を掛けるなんて出来やしない。


 ……でも俺は、その命を掛ける権利すら与えられなかった。


 俺はそのまま、姉ちゃんと俺の部屋を隔てる壁の方に頭を倒した。今、壁を隔てた向こう側の部屋にいるであろう、姉ちゃんは一体何を考えているのだろうか。


 うう、う、と言う声が聞こえてきたのはその時だった。


 押し殺すようなうめき声。時折、ぐずぐずと何かをすするような声も聞こえてきた。姉ちゃんの声だ。


 その声を聞いた瞬間、俺の頭は沸騰するくらいに熱くなっていた。


 俺は何も考えることができなくなり、部屋を飛び出し姉ちゃんの部屋の扉を開けた。


 姉ちゃんは机に座り、何か手紙のようなものを書いているようだった。俺が急に入ってきたのに驚き、それを急いで机の引き出しに隠した。


「こ……浩介! どうした?」


 姉ちゃんは涙を急いで手で拭い、俺の方を向いた。泣き明かした目は赤く腫れており、髪の毛もいつもの艶を失っている。目のしたにはくまができており、昨夜も全く寝ていないのだろう。ひどい顔だった。


 俺は、乱暴に足音を鳴らし姉ちゃんに近寄った。姉ちゃんは少し怯えたような顔をしていたが、構わずに肩を掴んだ。


「姉ちゃん! もうグロウなんか放っといて逃げよう。あんなのに姉ちゃんが構うことはない!」


 もうダメだ。姉ちゃんや、綾乃の気持ちなんてどうだっていい! 見殺しなんてできない! なんと思われても構わない。姉ちゃんと綾乃を連れて譲二さんを説得する。グロウを閉じ込めた結界をここではない何処かへ捨てる。それでいいじゃないか。犠牲になる人のことなんて知ったこっちゃない。どうせ俺とは関わりのない人間なんだ。


「ダメだよ……。浩介。わたしは戦わなくちゃいけない」


 俺はその言葉に怒りを覚えた。肩を持つ手に、無意識ながら力が入る。直視する俺の目線から逃れるように、姉ちゃんは視線を床に落とした。


「なんでだよ! 死んじゃうかもしれないんだぞ! あんなの……。あんなのかなうわけ無いじゃないか!」


「ダメ……。逃げる訳にはいかない。だって……だって、あのグロウは……」


 そこまで行って姉ちゃんは口をつぐんだ。


「なんだってんだよ!」


 思いがけず、声が大きくなってしまう。こんな……責めるつもりじゃないのに。


「私は……私は、魔法少女だから……。みんなを守らないといけないから」

「なんだよ! 意味分かんないよ! そんな魔法少女って……。ふざけてんなよ!」

「浩介! お願いだから怒らないで……」


 姉ちゃんはそう言い、俺を抱きしめた。こんな風に抱きしめられたのはいつ以来だろうか……。


 「嘘……。嘘なの。魔法少女だからっていうのも嘘……。みんなを守らないといけないっていうのも嘘なの……。私は……私は」


 俺の胸に顔を埋め、姉ちゃんは今までにした悪さを吐露するように声を絞り出していた。


 「大切な……。この世で一番大切な浩介を守りたいだけ……。それだけ……。そのためなら私は命だって惜しくない」


 ――命だって惜しくない。その言葉を聞いた瞬間俺は、頭の芯が破裂したような衝撃を受けた。


 頭で考えるよりも、体が動いていた。俺は姉ちゃんを払いのけ、部屋を出ようとした。


「浩介! どこに行くの! 行かないで! 浩……」


 俺は呼び止める姉ちゃんの絶叫を最後まで聞かずに、家を飛び出した。

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