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一話 俺の姉ちゃん

 七月下旬、日曜日午前七時……。高校二度目の夏休み。


 そろそろ太陽がウォーミングアップを終え、全力を出す時期に入ってきている。


 部屋の外からはけたたましく鳴くセミの声が聞こえる。朝っぱらから冷房の電源を入れているせいで、灼熱の外界からは遮断されている。


 休みの日には、なぜか学校のある平日とは違い朝早く目が覚めてしまうのはなぜだろうか。


 居間にあるテレビ画面の中では、ピンクや青の衣装に身を包んだ数人の少女たちが、世界を征服しようとしている敵と戦っていた。


 少女たちは上下左右に飛び回り、宙返りをしながら敵の隙を狙い強烈な魔法を打ち込んでいる。


 いわゆる、魔法少女物のアニメだ。


 チャンネルを変えようとも思ったのだが、寝起きはだるい……。リモコンまで腕を伸ばすのもだるい。本当に低血圧は困る。


 相変わらず、テレビの中の魔法少女たちは正義の鉄槌をふるっている。

 どうやら物語は佳境のようだ。


 先ほどまで戦いを優勢に進めていた魔法少女たちは、いつのまにか劣勢を強いられていた。地面に突っ伏した魔法少女たちに対して敵は耳まで裂けた口を大きく開きこう言った。


「フハハハハ! これでもう終わりだな! ピュアピュアプリンセス達よ!」

 敵はガハハと品のない笑いを発していた。


「……私たちはまだ負けていない! 今まで助けてくれた人たちの思いを無駄にはしない!」

 ピンク色の魔法少女がそう叫ぶ。


「死ねぇぇい! ピュアピュアプリンセス達よ!」

 敵は右腕を大きく振りおろし、巨大な火の玉を魔法少女たちに向けて撃ち放った。


「正義は負けない!」


 ピンクの魔法少女がそう叫ぶと、勇ましい音楽が鳴り響き魔法少女たちにキラキラと光が降り注ぐ。その光を浴びると少女たちの衣装はさらに豪華なものに変わる。


「これがみんなの思いの力よ!」


 魔法少女たちの渾身の一撃が敵を粉砕する。正義が勝ったのだ。


 正義の味方が勝ちました……。っと、良かった良かった。


 思いっきり伸びをする。わき腹が思いっきりつりそうになったとき、居間のドアが開いた。


「浩介……。高校二年生にもなってそんなアニメを見ているのか?」


 そこに現れたのは、ジョギング帰りの、今年から女子大生になった姉の椿つばきだった。


 きめ細かく日に焼けた肌。その肌に流れる一筋の汗は、そのまま首筋を通り鎖骨のくぼみに溜まる。姉ちゃんは首に掛けたタオルでそれを拭う。


 髪の毛は薄くブラウンに染めポニーテールにしている。真っすぐ俺を見つめたその瞳はまるで瑪瑙のように美しい。


 そして一言。


「なあぁ? どうなんだ?」


 姉ちゃんは口角を軽く上げ、ニヤリと笑う。


「……べ……別に、起きてテレビ付けたらやっていただけだし、というかそもそも見てないし……頭に入ってないし……」


 ――我ながら情けない言い訳だなぁとは思う。


「わかっているよ。お前の趣味・嗜好・性癖は全て把握している。あまりむきになっていいわけはしない方がいいぞ? 私以外の人間からは誤解されてしまう」


 お姉さま……あなたはなぜ俺の性癖まで知っているのですか? 今すぐベッド下と机上段の鍵の掛った引き出しに入っている、高校生御用達至高のバイブルの確認を行わなければならないと思った。


 俺はテレビの電源を切り、大きくあくびをした。


「あまりだらしない大口をあけるなよ。虫が入るぞ」


 いちいちよくわからないツッコミをしてくる。


 そう言うと姉ちゃんはきびきびとした動作で俺の前を横切り、冷蔵庫の方に向かっていく。無駄な動作一つせず冷蔵庫を開け、麦茶をコップに注ぎ、口を付ける。


 コクン、コクン、と麦茶をのどに流し込む姉ちゃんはなんだかとても艶めかしい。


 こういう表現は少し……。いやかなり気持ち悪いのだが、姉ちゃんはとても綺麗だ。いや美しいともいえる。


 すらっと長い手足に、ヨーロッパ辺りの博物館に置いてある女神の石像如く抜群のプロポーション。


 通っている高校にもかわいい女の子はいるのだが、どの子も姉には敵わない。


 敵わないというかなんだか色気が違うのだ。年が二つ違うだけなのだが、お年頃の女の子から女性への羽化っぷりは半端ないと思える。


 高校時代、姉ちゃんは陸上部に所属しており、長距離では県内四位という成績を残している。高校を卒業した今でも、毎日十キロ以上は走らないと調子が悪いらしく、雨の日も、風の日も春夏秋冬例外なく朝のジョギングを欠かしたことは無い。


 あ……例外はあったな。台風の日に走ると言い出した時は全力で止めたが……。


 とにかく、その習慣のおかげなのかこの素晴らしいプロポーションは今でも維持している。


 ――言っておくが、俺は姉に特別な感情は抱いていないぞ? いくら綺麗だといってもミロのヴィーナス像に恋をする人はいないと思う。いや……いるかもしれないが少なくとも俺は違う。


「よし、お前も朝食を食べるだろう? まだ四つ切の食パンが二切れ残っていたはずだ。それを焼いてくれ。後、スクランブルエッグも作ってくれ。いつも通りカッチカチにな。私はシャワーを浴びてくる」


 姉ちゃんは凛とした態度でそう言うと颯爽と居間を出ていき、風呂の方へ歩いて行った。


 カッチカチにしたらスクランブルエッグじゃなくいり卵だろうと思ったが黙っておいた。


 もう一度ソファの上で伸びをし、キッチンへと向かう。パンをトースターに入れ、冷蔵庫から卵を三つ取り出し、ボウルに割り入れる。さいばしを取り出し卵をかき混ぜる。


 我ながら手際よく料理がこなせるようになったものだ。


 料理をするようになったのは、高校生になってからだ。


 それまでは普通の家庭と同じく、食事は朝昼晩と母親が作ってくれていた。


 高校になると同時に母は父の会社の手伝いを始めた。何を隠そう父は一代で会社を興した社長である。


 そんな父の会社を手伝うため、母は子供二人をほったらかし、仕事に打ち込んでいるというわけだ。


 義務教育を終えたら、一人前の大人。というのが俺の家の家訓である。


 ということでほとんど家に帰ってこない両親に代わって俺と姉ちゃんは家の事を一切合財やることになってしまったわけだ。


 ……と言っている間にパンは焼け、姉ちゃんのリクエストのカッチカチのスクランブルエッグが完成した。


 風呂の方でシャワーの音が聞こえる。


 姉ちゃんはいつも凛としている。そんな姉ちゃんの慌てた姿など、生まれてこの方みたことは無いのだが、シャワーでも覗いてみれば少しは動揺するのだろうか?


 そんなことを考えていると、


「できたか?」


 丁度十五分。姉ちゃんがシャワーから出てきた。


 ポニーテールをほどき髪の毛を肩のあたりまで下ろして、麻のショートパンツにタンクトップという出で立ち。


 姉ちゃんといえども少し目のやり場に困る。ブラはしているな。本当に良かった。


「何だお前は? 照れているのか? 私を女として見ているのか? まさか欲情しているのか? 私は近親相姦に興味は無いぞ?」


 頼むからそういう冗談はやめてくれ。肉親なんだぞ。場が凍りつくから。


 俺の反応を見ることもなく、姉ちゃんは食卓のイスへ腰を下ろす。


「さて。頂くとしよう。何をやっている? 早くお前も座れ。」


 アンタが変な冗談を言うから、俺は凍りついているんだよ。


「いただきます」


 俺が席に着く前に姉ちゃんはさっさと食事を開始する。


 これが俺の姉ちゃんだ。


 いつも凛として質実剛健。まるで百万人の民を束ねる女帝のようなオーラを放っている。


 かと思えば、俺をからかいニヤニヤしている。


 ……まぁ……別に嫌っているわけではないんだけどな。


「ご馳走様」


 早っ!


 俺はまだ何も口につけてもいないのに。


「浩介。お前はいつも動作が遅い。何事もテキパキとこなさないとこの先……」


「わかったから! すぐに食べるから!」


 姉ちゃんの言葉を遮り、すぐ朝食に手を付ける。このままでは長いお説教が始まってしまいそうだ。


「……まぁいい。私の食器は流しに置いておくからな。洗っておいてくれ」


 姉ちゃんは食べ終わった食器を持ち、流しに置いた。そして、ちらっと時計に目線を移してこう言った。


「今日は八時頃、綾乃あやのが来るからな。昼くらいまでは私の部屋にいる。それから二人でバイトに行く。昼食と夕食は適当に済ませてくれ。今日も父さんと母さんは会社のはずだからな。私の帰宅時間はわからん」


 俺の前に立ち、腕を組みまくしたてる。


 ……この姉ちゃんはもう少し姉弟らしいコミュニケーションを知らないのだろうか。本日の予定を淡々と喋っている。


「ん。わかった」

「私がいなくて寂しいのなら電話をしろ。なるべく早く帰ってくるからな」


 右手を上げ、頭の上あたりでヒラヒラと振り、姉ちゃんは二階の階段を上がって行った。


 姉ちゃんはいつもこんな感じだ。


 どうやったらあの姉ちゃんをギャフンと言わせることができるのだろうか……。


 そんなことはできないと分かっているので、俺は朝食を口の中に運ぶことに集中することにした。

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