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十五話 新たな脅威

 結局、昼飯を食べてから三時間ほど、ショッピングに付き合わされた。それで買ったものはワンピース一枚。おもいっきり太陽に向かって、どんだけ時間掛けるんだよー! と言いたかった。俺ならシャツ一枚買うのに十分とかからないぞ。……女性物の服屋が多いわけだ。飽きもせずに本まぁ……。


 心のなかでぼやきつつ、俺と綾乃は自転車で学校に向かった。学校に着いた頃には、すでに午後五時を回っていた。


 太陽が西の方に傾いていたが、まだまだ辺りは明るかった。真っ昼間の灼熱っぷりは少しだけなりを潜め、涼しい風が吹いていた。


 雲が出てきたようで、空の青を所々白く塗りつぶしていた。朝の天気予報は一日晴れとの事だったが、早めに帰宅したほうがいいかもしれない。


「ちょっと待っててね。教室に数学の参考書忘れてきちゃったんだ」


 と言いながら、綾乃は校舎の方に早足で向かっていった。


 校門のところで、ぼけーっと待っているのも、暇なので、なんとなく夏休みの学校を見学したくなった。


 夏休みということもあり、学生服の生徒はいなかったが、グラウンドでは、運動部が声を出し、どこからか吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。


 俺の通う学校は、グラウンドを抜けると割と広めの広場があり、それを挟む形で、旧校舎と、数年前にできたばかりの新校舎が連絡通路で繋がっている。


 上空から見ると、コの字型の眺めになる。


 旧校舎は一年生が、新校舎は二、三年が使っている。


 校舎と校舎の間にある広場の中央には一本の大きな木があり、それを囲むようにベンチが設置されている。授業がある日の昼には、お弁当を持った生徒たちで一杯になる人気スポットだ。


 休みで人が居ないそのベンチに腰を下ろした。思い切り腕を上に伸ばし、今日の疲れを外に追いだそうとする。じんわりと体全体が伸びて、凝り固まった体に心地よい感覚があった。さらに頭の後ろで手をくみ、ゴロンとベンチに横になった。


 高さ十メートルは有ろうかという、大きな木のお陰でベンチ周辺は日陰となり、直射日光を遮ってくれている。風が枝葉を揺らしているのを見ていたら、今日の疲れが一気に押し寄せてきた。枝と葉がこすれ合う音を聞いているうちに眠気が襲い、うとうとし始める。

 



 ――少し夢を見た気がする。目の前にグロウがいる。


 俺の前には壁になるように、姉ちゃんと綾乃がいた。


 一緒に戦っているんだ。――イヤ、俺には力がない。二人は俺を守ってくれているんだ。


 怖い。怖い。恐怖が体を支配している。歯がゆい。何もできない。


 俺はただ、怖くて泣いているだけだ。そんな情けない俺を二人は必死に守ってくれている。



 

「……すけ? 浩介?」


 ハッと俺は飛び起きた。目を見開くとそこには、少し驚いた顔をした綾乃がいた。


「寝てたの? そんなに疲れちゃった?」

「ああ……悪い。ちょっと寝ちゃってた」


 伸びをし、大きくあくびをした。


「参考書見つかったか?」

「うん。持ってきたよ。 もう夏休みの課題全部終わっちゃたから、二学期からの予習しようかなって」


 綾乃は俺に見せるように、参考書を胸の前に掲げた。


「……まじで? もう全部課題終ったの?」

「普通は七月中に終わらせるんじゃない?」


 俺は最初の数ページを開いただけで、全く手をつけていないんだけど……。課題って普通は夏休み末期になってヒィヒィ言いながらやるもんだと思ってた。


 綾乃は俺のすぐそば――ベンチに置いた手と手が触れ合うくらい近くに腰を下ろした。


 風になびく綾乃の髪が俺の肩に触れた。息遣いも聞こえて来そうなくらいに……。


「知ってる? このベンチがいつも満席な理由」


 俺は無言で首を横に振った。綾乃は手をベンチに置き、足をパタパタさせている。


 「よくある話なんだけど、このベンチで一緒にお弁当を食べたカップルは、幸せになれるんだってね。だから今みたいな季節でも、お昼になるとほぼ、満席になるんだよ」


 なんじゃそりゃ? いつも思うんだけど、この手の噂って誰が広めるんだろうな。


「それに、この場所って校舎から丸見えでしょ? グラウンドからもよく見えるから、生徒公認になっちゃうんだって」


 ふとグラウンドを見る。練習をしている生徒がチラチラこっちを見ている気がする。このクソ熱い中、練習してるのに、いちゃつきやがって! と言う声が聞こえてきそうだ。


「……お弁当……。持ってくればよかったね」


 綾乃が大きな目をこちらに向けた。さくらんぼ色に染めた頬は、西に沈みかけた太陽の光によるものか……。それとも……。いつの間にか肩と肩が触れ合っていた。


「……ねえ。浩介はさぁ……好きな人って……いるの?」


 一つ一つの言葉を押し出すように綾乃が聞いてきた。


 さくらんぼ色だった綾乃の頬は更に赤みが増していた。目を潤ませ、血色の良い唇はキュッと閉じられている。


 そんな綾乃を見ていたら、妙に体が暑くなり、心臓が早鐘を打った。いきなりの質問に俺が少し言いよどんでいると、綾乃はゆっくりと下を向いた。真一文字に閉じられた唇はだんだんとへの字になっていった。


「………………いるの? 好きな人……」


 綾乃は、長い長い沈黙の後、下を向いたまま、かすれるような声で言った。さくらんぼ色だった頬は更に赤みを帯び。熟したりんごのような色になっていた。ベンチの縁を持つ手は力が入り、下唇を噛み締めている。


 恋愛経験が皆無な俺でも、さすがにこの状況が意味する事はわかる。


「綾乃」

「ん?」


 綾乃は下唇をかみながら、こちらを向いた。先程よりも目は潤んでいた。噛んでいた下唇を離した。プルンと唇が揺れる。


 ほんの少し……。ほんの少しだけど、綾乃の顔が俺の方に近づいてきた。目を細め、顎が少しだけ横に傾いた。いつの間にか、綾乃が人差し指だけを俺の手の甲に乗せていた。熱い。


 これは……。まさしくこれは…………。この展開は……。


 少しだけ、綾乃に顔を近づける。綾乃は目をつぶった。確定です。確定です。


 この際、グラウンドから丸見えだとかは、どうでもいい。心臓が今まで生きてきた中で一番働いているかもしれない。胸の奥が詰まるような感覚。小人が体の内側から、ハンマーで何度もぶっ叩いているような感覚だ。


「あ……綾乃」

「……浩介」


 俺も目を閉じた。


 ……ハァ、ハァ、という声が聞こえる。


 綾乃の吐息? まさか興奮しているのだろうか? 途端にエロい妄想が俺の頭を支配する。

 

 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、

 

 ……興奮し過ぎではなかろうか? まさか綾乃がそんなエロい子だったなんて思いたくはないけど……。


 俺の頭が少しだけ冷静になる。……少しだけ、目を開けると……。


 目をつむる綾乃の後ろに、滝のような汗を流した…………おっさんの顔が見えた。


「んなああぁあぁぁぁ!」


 おっさんは目を閉じ、唇を突き出しひょっとこのような顔をしていた。口をちゅっぱちゅっぱさせている。


「じ、じ、じ……譲二さん!」


 綾乃も「えっ、何? 何?」と言いながら後ろを向いた。


「どうぞどうぞ。続けてください。わたしに構わずに」

「あ。譲二さんだ。こんにちはー」

「はい。こんにちは。今日も暑いですね」


 譲二さんはひょっとこみたいな顔を、普段にエセ紳士の顔に戻した。綾乃も何も無かったかのように、譲二さんの方へ向き、いつもどおりの笑顔で挨拶をしていた。


「じ、譲二さん。なんでこんなところに……」


 俺は全身の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。


「いやぁ、校内を歩いていたら、木の所にカップルがいるなぁ、と思いましてね。これは! と思いまして、全力で駆けつけてきたわけですよ。そうしたら、浩介君と綾乃さんだったじゃないですか。なんだかいい雰囲気だな、と思って。ちゅーするのかな、と思いましてね。隠れてみていたら興奮してきちゃいましてね。過呼吸になるところでしたよ。いやぁ。もう少しだったのにバレてしまいました……。残念!」

「……いや。そういうことじゃなくてですね」

「いいですねぇ。青春。手を握るのにも、ドキドキして、アナタは私の事好きなの? 私はアナタのことが好き。でも確かめるのが怖い。でも伝えたい。……そういうことができるのは今だけなんですよ。ハァ、キュンキュンさせてもらいました。」


 譲二さんは両手で自分の体を抱き、クネクネと体を揺らしている。顔は恍惚の表情で視点が定まっていない。ああ、キモい。


 綾乃は先程まで平静を保っていたが、今は、しゃがみこんで、手で顔を覆っている。耳まで真っ赤だ。


「じ、譲二さん! そうじゃなくて! 学校に忍び込んじゃダメですよ。いくら変態だからって……。やっていいことと悪いことがありますよ!」


 譲二さんが不思議そうな顔で俺を見た。綾乃もしゃがみこんだままで、俺の顔を? という表情で見つめていた。


「ん? え? 俺なんか変なこと言った?」

「あ、あのー。浩介くん、知らなかったでしたっけ? 私ここの理事長なんですよ」

「え……。えええええええ!」


 譲二さんが頬を掻き、苦笑いをしている。


「まあ、入学式や卒業式くらいしか顔を出さないですからね。覚えてもらえないのもしょうがないかもしれないです……」


 なんだか少し寂しそうだ。正直、普通に高校生活をしていたら、理事長にはあまり興味がわかない。理事長って何する人だっけ? 学校経営?


「浩介、全然わからなかったの?」

「うん。全然」

「はあ……。やっぱりもう少し顔を出したほうがいいんでしょうかね。でもあまりでしゃばってもよろしくないと思うんですよね」


 譲二さんは肩を落とし、落ち込んでいる。


「そういえば、譲二さんって、どんな仕事しているんですか? あんなでかいコテージ持っていたり、学校の理事長やってたり……」


 譲二さんはいじけて、うつむいていた顔を上げ、


「まあ、いろいろですよ。この学校の他にも、会社をいくつか経営しています。ほとんど、人に任せていますので、私のやることはあまりないんですけどね」


 この人お金持ちだったのか……。なるほどと合点がいく。俺や姉ちゃん、綾乃の安からぬ給料はどこから出ているんだろう、と思ってはいたが、そういうことだったのか。


「清らかな子どもたちを育成する事業には、特に力を入れています。この学校もそうですが、保育園なども経営していますよ! 幼児は本当に天使ですよ! 男の子も、女の子も、ヘブンズ・ガーデンです!」


 この変態に育成されたら、清らかな子どもたちの将来が心配だ。グロウを倒すよりも、この人を倒したほうが世の中の為になるのではないかと思う。


「高校生もいいですね! 大人になりきれていない微妙な時期! ラブ青春。この木だって、少ない予算の中で植えたんですよ! それで、噂を流して……。どれだけ、この場所で甘酸っぱい恋愛模様が繰り広げられていったことか……。私のキュンキュンスポットですよ! ココは! キュンキュン」


 あの噂って、アンタが流したのか! このおっさんは……まったく。


 譲二さんは、俺達に背を向け、なんかよくわからないことを力説している。もうどうしたらいいのか全然わかんない。すると、綾乃が俺の袖を引っ張り、


「こうなっちゃったら、譲二さん長いから、あっちいこ」


 さすが俺よりも、譲二さんとの付き合いが長い綾乃だ。あしらい方を熟知している。俺と綾乃は、ソロリソロリとその場を離れようとした。


「おっと、お二人とも、ちょっと待って下さい」


 譲二さんは、上半身だけをこちらに向け、奇妙な格好で俺たちを止めた。その後、ゆっくりと背筋を伸ばし、いつもの傍から見たら立派な紳士の立ち姿で、俺たちを見つめた。


「これから少しお時間あります?」


 俺と綾乃は目を合わせた。俺が小さく頷くと、綾乃も頷いた。


「ええ、大丈夫ですけど……」

「そうですか。すみませんね。デートの邪魔をしてしまって」

「ででで、デートじゃないですよ。ただ、綾乃との付き合いで買い物をしてただけですよ!」


 先ほどまでのことを思い出し、しどろもどろになってしまう。


「デートじゃなかったの?」


 綾乃が大きな目で俺をみつめてくる。俺の反応を楽しんでいるようにも見える。


「じゃあ、今度はデートしようね!」


 綾乃は綺麗な歯並びの白い歯を見せ笑った。


「ああ、うん……」


 もう少し、気の利いたことの一つや、二つでも言えればよかったのにと思う。本当に今日は驚かされてばっかりだ。綾乃をこんなに可愛いと思ったのは初めてだ。綾乃は少し可笑しそうに笑った。


「それで、なにかあったんですか?」と、俺が聞くと、譲二さん少しだけ、表情を険しくさせた。


「ちょっと厄介なグロウが現れました。お二人の力を貸してください」


 心臓が一度、大きく跳ねた。

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