プロローグ さようなら俺のヒーロー
幼稚園くらいの男の子にとって、正義の味方に憧れるというのは、通過儀礼であり万物の則法則にも似た何かがある。
もちろんそういったものに興味を持たない男の子もいるのだろうが、少なくとも強盗や泥棒に憧れる子供は皆無だと思う。いまだかつてそんなアウトローなお子様には出会ったことは無い。
世界征服を企む秘密結社の怪人たちを、戦隊ヒーロー達はかっこいい武器やロボットでコテンパンにやっつけてしまう。
そんな姿に憧れた。
二つ上の姉ちゃんは、魔法少女物のアニメが大好きだった。
こちらもいわゆる勧善懲悪もので、ふりふりの可愛らしいドレスに身を包んだ少女たちがマジカルなステッキからレインボーな魔法を放ち、悪を懲らしめるといったお話である。
男の子も女の子も変わらない。
その小さな胸にはいつでも正義の心があったのだ。
もう、十二、三年前にもなるだろうか。ある日、地元の大型ショッピングモールに『魔法少女☆ピュアピュアプリンセス』と『宇宙戦隊 アストロレンジャー』のショーを見に行く機会があった。
姉ちゃんと俺、さらに自宅の近くに住む幼馴染の女の子も誘った。この子も姉ちゃんと同じく魔法少女に憧れた一人だった。
季節は夏真っ盛り。
太陽からの強烈な熱視線が俺たち三人に突き刺さるが、それが苦痛には感じられなかった。
それ以上に小さな胸の中には熱い思いがたぎっていたのだ。
ショーが始まり、戦隊ヒーローたちと魔法少女たちは、それぞれの敵と戦い勝利を収めていった。テレビの中と同じく世界の平和を守ったのだ!。
ショーが終わり、正義の味方たちは子供たちの声援を受け舞台下手に下がって行く。
――その時、だれが言い出したのかは思い出せないが、ある一つの提案がなされた。
「世界の平和を守ってくれたお礼をしたい」
なんとも子供らしい純粋な提案であろうか。
俺たちは正義の味方たちが去って行った舞台の裏側の方へ回り込んだ。
そこには休憩所として簡単なプレハブが設置してあり、地面には何本かのケーブルが地面を這っていた。
ショーが終わったこともあり、何人かのスタッフが撤収の作業に追われていた。
俺たち三人は必死にヒーローたちを探し回った。お礼を言いたい! この熱い思いを伝えたい!
しかし、この暑い日差しの中、走り回るのはさすがに子供たちにはキツイものだ。あきらめかけたその時、俺はあるものを見つけた。
『宇宙戦隊 アストロレンジャー』のリーダーである『アストロレッド』が使っている武器『アストロソード』が立てかけてあった。刀身は黒く、星をイメージしたキラキラした物が付いている。
「ここにいる!」
俺は叫んだ。
姉ちゃんと幼馴染は顔を見合わせ、目をキラキラさせる。その小さく純粋な目を俺に向け、コクンと頷く。
会える……。
ついにテレビであこがれ続けたあのヒーロー達に会えるんだ……。
小さな胸は早鐘を打ち、手の平は汗でびっしょりだ。
休憩所の扉を開けようとしたが、手が震えてうまく扉を開けることができない。
本物のヒーローがそこにいるんだ……。そんなことを考えると頭の中が真っ白になる。
そんな俺を見て年長者の姉ちゃんが休憩所の扉に手をかける。
ススス……と抵抗なく扉は開かれた。
恐る恐る姉ちゃんは扉の隙間から中を覗いた。
………………………………姉ちゃんの動きがピタリと止まった。
頭を左右に振り、体は小刻みにカタカタと震え出す。
さすがに、子供の俺でも尋常じゃない事態と思い、姉ちゃんに帰ろうと言おうとした時……。
「まぁまぁ……。入って一緒に写真でも撮ろうか?」
軽く、いや……。見事に禿げ散らかしたオジサンが扉から顔を覗かせた。休憩所の中からはクーラーの心地よい風が流れてくる。オジサンの頭に薄く生えた髪の毛をそよそよとなびかせながら。
でも、顔と体のバランスがおかしい。
これは。違う……。「ピュアピュアプリンセス」のピンクの着ぐるみを着たオジサンだ。
その刹那、姉ちゃんは小学生になったばかりとは思えぬ身体能力で、俺と幼馴染の後ろに回り、俺と幼馴染の目を自分の手で覆う。
姉ちゃんは分かっていたのだ。これは見てはいけないものだと。世の中には見てはいけないものもある。認識しなければ……知らないままでいればいつまでも幸せでいられるものもあるのだと。
自分もまだ幼い少女なのに……。姉ちゃんは、自分よりも幼い俺たち二人を守ろうとしていたのだ。
その小さな手は、震えていた。無理もない。自らの目を覆うはずの手は俺たちを守っていたのだ。
そして俺たちは逃げた……
去り際に俺は後ろを振り向いてしまった。
数人の魔法少女と戦隊ヒーローたちがこちらを見ている。
それは子供に夢を与え、わずかな休息に体と心を休めていた、満身創痍のオジサンたちだった。