第70話「ねこのいどころ大作戦05:その名はブルーアイ」
体調不良やその他諸々で、執筆滞り気味で、大変お待たせしてしまいました。
自分は阿於芽だと伝えてきた機動兵器、そして阿於芽の人型プローブそっくりの謎の男性。
謎をはらみつつ、大会はいよいよ戦闘に突入していきます。
(承前)
もふもふもふもふ。
じっと我慢。
もふもふもふもふもふもふもふもふ。
「あのね、カーチャ」
「あら、なんですの船長」
「もう気は済んだかしら?」
「気が済んだ、って、何のお話でしょうか?」
「私をもふもふするその貴女の手のお話」
「いつまででもしたいですわね」
まるは根負けした。
「ごめんなさい、思考の邪魔になるのでそろそろそのもふもふ、止めて頂けるかしら?」
「あら、お嫌いでしたの?」
まるは、自分の頭の上にはきっと、黒いひもがぐるぐるっとなった昔の漫画風の表現が浮かんでいるんだろうなと感じた。
そんな彼女たちの目の前には巨大なロボット=機動兵器が、まるで壊れたおもちゃのように座り込んでいる。
先ほどまでどこか壊れたように暴走し、大暴れしていたが、今は大人しい。
<逆に壊れてしまって動作停止しているのかしら?>
まるはあらぬことをいろいろと考えた。なにしろこいつは言うに事欠いて、自分のことを阿於芽だと主張したのだ。超次元生命体と融合して出鱈目生物となっている阿於芽ではあるが、いくら何でも非生物である機械になってしまったとは考えにくい。
「で、このロボ……機動兵器の解析はどんな感じなの?」
「今ナノマシンを全身に送り込んで調査させているところですわ。解析率は60%、あと10分くらいで終わりそうですわね」
「じれったいわねえ」
「仕方ありませんわ。複雑に組みあがったマシンですもの」
カーチャは平然としていた。二人の脇では秋風副長が、ずっと何かの装置の調整をしていた。
「秋風君は何してるの?」
「ロボットの周囲の空間をチェックする亜空間スキャナーを調整しているところです。もし阿於芽船長が何らかの現象でロボットに意識だけ接続したのなら、これで本体とのリンクがたどれるかもしれませんからね」
「なるほど、現実的な推測ね」
「何しろ、あっちの『彼』の存在も謎ですしねえ」
『彼』とは、阿於芽が使っていた人型プローブ=ナノマシンで構成された、猫を収容可能な全身義体、と、そっくりの外見をした謎の人物だ。
「『彼』をくまなく調べましたが、やはり人間だという結論が出ました」
「ナノマシンで出来ているわけではない、ということ?」
「そう断言できればいいのですが、センサーでチェックできないんですよねえ」
「その時点で怪しいと思うんだけど」
「ですが、ナノマシンである、とも言えないところがつらいです」
「ふむう」
「実はそこで一つ問題が出ているんです」
「あら、何かしら」
「起動兵器の選手登録なんですが、操縦者は阿於芽船長になっているんですよね」
それを聞きながら、カーチャが肩をすくめて続ける。
「でも現状では彼はどうなっているかさえ不明な状態だから、このままだと出場辞退、なんてことに――」
「うわ、あんまり嬉しくない報告ありがとう」
まるが皮肉ると、秋風は平然と続けた。
「それじゃ今までの努力が無駄になっちゃうじゃないですか? だから阿於芽の代役を立てられるか、例の委員会に問い合わせたら、条件付きでOKが出ました」
「いい知らせね」
まるはなんだかとても嫌な予感がしたのでつっけんどんにして、そのまま流そうとした。
「まる船長なら察しておられると思うのですけ――」
「私は辞退させていただくわよ?」
「でも船長しか適格者がいないんですよ」
「どういう訳よそれ」
「大会の参加者名簿にはまる船長も名前を連ねられている、これは責任者である以上了承して頂けますよね?」
「……うー、まあ。当然ね」
「その中で、整備パートから除外可能、機械類の操縦能力にたけている、この二点で絞ると――」
「太田君や加藤君はどうなのよ、彼らを選手に入れなかったかしら」
「彼らは航宙船の操縦はできますが、機動兵器のライセンスはないんです。まる船長、ご自分のライセンスはご存知ですよね?」
「私も航宙船しか――」
「船長資格を取るときに、何かやりませんでした?」
言われて、まるは思い出した。まるにインプラントされた記憶チップのアクセスは脳より早い筈なので、これはまるの深層心理のなせる業だったろう。
「――汎人類圏汎用巨大重機操作運用二種免許を取ったわよ――」
まるで寿限無のような長ったらしい免許である。
「独立船の船長は緊急時に運営を一通りできるように、資格をいろいろ取るんでしょう。船長が阿於芽を船長適格者に選ぶときも、それで篩にかけたはずですよ」
「そんなの今時、学習機械で――」
「操縦は実技適格試験なので、知識だけじゃ駄目なのでは? 確か2ヵ月くらい実習受けないといけないですよね」
「――ええ、猫が2ヵ月懲りずに通ってきたって、教官に褒められたわ」
「二種免許は不要ですが、クローズドの大会とはいえ、人類圏全体で使える巨大重機操作免許は要件として入っていますね」
「ええ、大会要項を見たけど、このほかに危険火器取り扱い免許と重装兵器管理者と……あとなんだっけ」
「爆発物管理者と大型打撃兵装管理者、亜空間技術者上級。あと3つくらいありますね。いずれも汎人類圏の免許が必要です」
「そんな資格ばっかり取ってる変人、そうそう居ないでしょ」
「そうでもないですよ? まる船長ご自身がそうですし、阿於芽船長も取得済、イライジャさんも、そう言えば織田会長も資格所持者とか……」
「みんな変人ばっかりじゃない。私を除いてね」
「――船長も大概変ですけどね。猫だし」
まるは最後の言葉をシカトして続けた。
「私以外に適格者がいない、って事ではないんでしょう? ラファエルだって資格は持ってるし、秋風君も確か――」
「ラファエル副長はそもそも大会エントリーに入ってませんし、私はバックヤードの主任ですから兼任できません」
「――うぐ」
まるはしばらく考えてからすぐに反論した。
「でも、選手一人、ってことはないはずよね? 控えの選手は?」
「まる船長ですよ?」
「えっ?」
「船長には事前に書類を回して了承を頂いてますよ。ちゃんと読まれなかったんですか?」
まるは慌てて記憶を遡った。
「機材の購入申請と一緒に、大会要項をお渡ししましたよね。口頭で説明もしたはずなんですけど」
<あれ? そうだったかしら?>
ちょっと腑に落ちない感じがしないでもなかったが、まるは不承不承頷いた。
「まあ、仕方ないわ。やるしかない以上、負けないようにしなきゃね」
「それとですね」
「まだ何かあるの?」
「登録はまる船長、人名義で行ってますね」
「人? 人間ってこと?」
「ええ、猫は大会要綱的に記述がない、ってことで。だから阿於芽船長も人型プローブを使っていたわけですし」
「面倒くさいわねえ」
頭の上に黒いぐちゃぐちゃしたものが浮いてないかしら、そう思いながら、まるは天を仰いだが、そこにはただ、天井があるだけだった。
§
<冗談じゃないぞ、これは……>
彼は焦っていた。
自分の体を動かす感覚は、人型プローブを操っているときのそれに近く、関節の位置や向きが違うはずの体を意図通りに動かしてくれる。だが、どことなくぎくしゃくとした感覚が残るのは、メカの挙動が生物の関節のような運動神経とのフィードバックを伴うものではないからだろう。例えば人が手の甲を見ようとすると、腕を曲げて、甲を顔に向けて、首を傾ける。という一連の動きが一つの符号となって勝手に動くのだが、この体ではまるでそれぞれに分解された動きであるかのような印象を感じる。
<なるほど、中脳に相当する運動中枢機構を作れば、もっと快適に動作させられる、ってことか>
彼は自分で作っていたマシンの動きをじかに感じて、改良点をどこかにメモっておきたくなった。
しかし、この体では、せいぜい先ほどやったようにブレードを握って、どこかに切り付けて意思疎通を図るくらいしかできない。
<通信機構が感覚に接続できれば、直接話せる可能性もあるんだがなぁ>
彼は、彼の周辺で忙しく動いている仲間にカメラを向けて、それぞれの動きを追尾した。
すると、中に気になる人物がいた。
ボーっとした感じの優男。
なんでこんなに気になるんだろうか。
すると、外部センサーが音声を認識したことを知らせてきた。センサーを意識に繋いで解析された音声を聞く。
『ええと、そこの機動兵器君。君は本当に阿於芽なの? あー待って待って、そのブレードで答えを切り付けようとしないでね。君の周囲の人を傷つけかねないから』
<まるのやつ、聞くだけ聞いて何も言わせないつもりか? ん? なんで僕は話の相手の名前を知ってるんだ?>
『とりあえず君との通信手段はカーチャが何とかしてくれるから、もう少し待って』
彼=阿於芽?は、肩をすくめようと思ったが、機械の体の関節にはそういった自由度はないらしく、変にきしむような動きになっただけだった。仕方なく、彼=阿於芽?は機動兵器のメインカメラ=頭を頷かせた。
『私には疑問があるのよね。ここに連れてきたのは君がよく使う「若者」の人型プローブそっくりの格好をした男性。残念なことに記憶を失っているし、検査してもよくわからないの』
<勝手に『若者』とか名前を付けてくれるんじゃないよ……>
『君のそばに彼を連れてくれば、共振、というのかしら、何か特別なことが起きるかもしれない。という判断から連れてきたの』
<残念ながら何も変わってない。第一、僕にはろくに記憶らしい記憶がないんだ>
『センサーによれば、特別な変化は起きていないわ。――ちょっと待って、カーチャの準備ができたみたい』
<お?>
カーチャは5㎝角ほどのキューブを手に現れた。
「船長様方、お待たせしましたわ」
彼女はキューブを地面において、手元にあるスイッチか何かを軽く操作した。キューブは「さあっ」っという感じに溶けたかと思うと、青黒い霞のようになって機動兵器のところに集まり、そして吸い込まれるように消えた。
「先ほどのキューブは特定目的をインストールされたナノマシンの集合体です。機動兵器の制御中枢からいじれる音声出力モジュールを形成しますの」
言われる先から、彼=阿於芽?の意識に、アクセス可能な出力装置が知覚できるようになっていた。
『ヴゅ、あ゛。ザザッ』
声を出そうとしたが、変なノイズが出るだけでまともに動かない。彼はいらいらした。
カーチャは苦笑いをしながら彼をなだめた。
「あー慌ててアクセスしないでくださいます? まだ制御プログラムのインストール中の筈ですわ……インストール完了。では簡単な言葉から試してくださいませ」
彼=阿於芽?は、内心赤面しながら慎重に言葉を選んだ。
『私にいい考えが――』
まるは元ネタを察してぴしゃりと言い返した。
「いや、あんた変形しないし。高いところからは落ちるかもだけど」
『最後まで言わせてくれても良いじゃ無いか』
「嫌よ、著作権に触れるじゃない。それより、再度質問するけれど、あんたは阿於芽なの?」
『……多分。頭には自分が阿於芽だという認識があった、それ以上はわからない。自分がどんな人物なのかも』
「一つ間違えてるけど、『人物』じゃないわ。だって、私と同じ猫なんだから」
『そういえば君は猫だね。僕も猫なのか』
まるは顔をしかめて、それから情けない困った顔になり、カーチャの方を振り返った。
「記憶喪失かしら? 変なネタは覚えてるくせに」
カーチャは両掌を空に向けてヒラヒラしながら肩をすくめた。
§
見た目は阿於芽の人型プローブにそっくりな「彼」と、機動兵器の阿於芽、ふたりについて、いろいろと検証が進められた結果。いくつか分かったことがあった。
一つ目は、この両者の間には何らかのつながりがあるらしく、時空的な接続を遮断するフィールド、例えばワープシェルで両者を隔離すると、そのどちらもが意識を失った。
二つ目は、そのつながりは距離には影響されないことが分かった。おそらくは阿於芽のアンカーのような、別空間をつなぐ手段で繋がっているものと推測された。
三つ目は、その両者どちらにも、阿於芽としての詳細な記憶はなく、機動兵器上の阿於芽の人格が、阿於芽としての自意識と、断片的な阿於芽の記憶の2割程度を覚えていた。
四つ目は、とても奇妙な話だが、人型プローブはそもそも演算リソースとしての外部の強力なコンピュータを必要とするはずなのだが、男性にはそれらしいものが不要であること。
「この人間の男性が、阿於芽の人型プローブである確率はほぼ100%ですね。問題はどこの演算リソースを使って人型を維持して動けているのかと、男性としての人格はどこから来たものかが全く分からないこと。あとは、中にいる筈の阿於芽の意識が反映されていない事です」
秋風の分析結果は、結局「何もわからない」と言ってるのと大差なかった。
「彼は、この場所から自由に動かして大丈夫なの?」
まるは分析を聞きつつ、資料をコンソールから眺めていた。船長席からやってもいいのだが、面倒くさいのでスレート端末を机の上において、前足でちょいちょいと触れながら3Dディスプレイの表示を動かしていた。
そうやりつつも彼女の尻尾は時々、びたん、びたんと動いて、心中が穏やかでないことを知らせていた。猫がポーカーフェイスを貫くのはなかなか至難の業である。
「確かめましたが、少なくとも10光日程度の距離、ここから離れても何の問題もありませんでした」
「演算リソース無しで存続して動き回れる人型プローブかぁ。私が欲しいわ」
「なし、ということはまず考えられないので、かなり特殊な状況で存続しているのでしょうね」
「待ってよ。そもそもこの状態になる前はどの演算リソースを使っていたの?」
「それなんですが、本来は上喜撰の船内コンピュータを使っていたと思うのですが、阿於芽船長が改造を施し始めて数日後から、アクセス記録も、計算リソースを使っている形跡も残っていません」
「ふむぅ、独自のプロセッサに切り替えたのかしら。変な改造するから今の状況作り出しちゃったんじゃないの?」
「ははは、――可能性は否定できないですね」
「秋風君って、上喜撰の副長兼技術主任でしょ、そういうの把握していなくていいのかしら」
「……面目ないです」
二人が話しているところに、カーチャが頭を振り振り帰ってきた。
「どうにも駄目ですね、あのお子様おじいさん」
「どうしたの?」
「阿於芽さん――機動兵器の方ですけど、もうほんっとに、頑固で我儘で非協力的で……。そろそろさじを投げてもよろしいでしょうか?」
<まあ、本来の阿於芽の性格はそんなものよね。経験を積んで周りとの協力を知ってやっと今の状態にこぎつけたんだから>
まるは耳を寝せて髭を垂らし、目をつぶった。猫最大限の情けない表情だ。
「ああ、船長が悪いんじゃないですのよ」
「他の誰でもない、私が、奴を上喜撰の船長に推したのよ。任命責任はあるわ」
カーチャは何か言いかけたが飲み込んで、深呼吸してから話し始めた。
「では、まる社主にお願いがあります」
改まったカーチャ……エカチェリーナ公女殿下の口調に、まるは居住いを正した。
「なにかしら」
「わたくし、阿於芽船長は業務を履行できる状態ではない、と判断して、秋風副長を臨時代理の上喜撰船長に推挙しますわ」
「それは……そうね。いま上喜撰は機動兵器の大会に向けての活動中。船長の不在はちょっと痛い結果になりそうだし」
「ちょっと待ってください、私はそんな器じゃないです」
「部門長やってるんだから、船長だってそんなに違うもんじゃないわよ。しっかりしなさい」
「大違いじゃないですか! 外部との折衝なんて私には無理です」
「それは私が臨時副長として補佐いたします。これでも公女として公の折衝には慣れておりますのよ」
どう見ても小学生ほどにしか見えないカーチャが、強面の政治家を手玉に取る采配を振るっている図を想像して、まるは失笑した。幸い、猫の笑いは人間にはよくわからない。変なくしゃみ程度に見える。
「よろしい、承認しましょう」
「ありがとうございます。で、さっそくなのですけど、先ほど通信が入りまして、予備戦の日程が決まったようです」
「予備戦?」
「本戦に行く前にまず、うちは予備戦に参加する必要があるんですよね?」
「ええと……確かそういう話を瀬木君が貰ってきていたわね」
「ええ。で、第一戦は明日ですので、ハニーは本日中に突貫工事でも何でもいいので、阿於芽さんに武装を突っ込んで準備してくださいます?」
臆面もなくハニーと呼ばれたことより、時間の短さで秋風は飛び上がった。
「本日中って、――あと6時間しかないじゃないか!」
「もちろん、私も協力いたしますわ」
「仕方ないわね、〈コピ・ルアック〉からも私とピンイン以下、技術チームが手伝いに入るわ」
「あら? 船長はシミュレータで戦闘訓練ですわ。〈コピ・ルアック〉からのチームは私が引き受けます」
言われて自分がパイロットであることを思い出したまるは顔をしかめた。
「加藤君の訓練の時に使った方法が使えないかしら」
以前、彼らは武装貨物船競争の際に、新人の加藤候補生(現上喜撰航宙士)の訓練の時間が少なすぎるために、時間を遡行して人のいない惑星上で訓練を行った経験があった。
「船長、残念ですがあの時の話がどこからか漏れているらしく、時間移動によって訓練時間や準備期間の延長をしたり、新技術の開発を行うのはレギュレーション違反になっているようです。大会委員会も上位階梯の異星人とのコンタクトがありますから、きっちり調べられてしまうと思いますよ」
「……多分情報ソースは羽賀さんあたりよね、分かったわよ。シミュレータで出来るところまでやって、そちらの仕上がり次第で実機を触る感じにしましょうか。そんな突貫でどこまでできるか甚だしく不安だけど」
うんざりした顔で尻尾を垂れるまるを不思議そうに見ながら、カーチャが言った。
「あら船長、大丈夫ですわよ」
「何が?」
「だって、船長たちは実戦では、それこそ一夜漬けどころじゃなく臨機応変に戦ってこられたじゃないですか。いつもの事ですわ」
まるはその、「いつもの事」が大嫌いだった。
彼女はフレーメンっぽい表情をしてため息をついた。
§
「ねえ、やっぱり戦闘ってこの格好でやらなきゃダメなのかしら?」
まる=マルティナ。ナノマシンで構成され、人間の姿かたちをした高度情報端末「人型プローブ」を身に着けた状態のまるは、人型機動兵器〈ブルーアイ〉――阿於芽≒青目をそのまま英訳した安直な名前――のコックピットで肩をすくめた。
『その問題は何度もお話しした筈ですが』
「シミュレータで10時間やっただけでもううんざり」
「何言ってるんですか、これから実戦って時に」
そう、今は既に予備戦開始5分前である。
「わかってるわよ、装備チェック開始。阿於芽、レポートお願い」
声をかけられた機動兵器(に意識が乗り移ってしまった状態の黒猫)は、やや面倒くさそうに返答する。
『ハンドソードの抜刀機構正常。ブラスターはチャージタイム20秒、通常攻撃はエアバルカン、毎秒2000発で弾は極超高圧圧縮空気、弾数制限はなし。どちらの銃器も回路正常』
「秒間2000とか、エアバルカンというより空気のビーム兵器ね。ちゃんと制御できるかしら?」
『なんなら僕一人でも動かせるよ?』
「私がやらなきゃレギュレーション違反なのよ、阿於芽はサポートに徹して」
『面白くないな――』
「決まりを守らなきゃ即失格よ」
『わかった、わかったよ。で、敵についての情報は?』
「それがさっぱり。〈地球通商圏〉のどこかの国らしいことはわかるけど、兵装についてはセンサーで調べるくらいしかできないわ」
『カラーリングに書かれている文字からして、おそらく旧ロシアの流れをくむ国家だろうね。〈地球通商圏〉の国家構成は未だに謎が多くてよくわからないや』
二人の会話をモニターしていた秋風から通信が入った。
『こちらサポートルームの秋風より阿於芽。ロシアとは限らないよ、この大会結構アンティークのアニメのファンが多いからね。ロシアの人型兵器が出てくるアニメとかいくつかあった気がするし』
『好きものだらけだね。一応チェックしたところでは、ビーム系の武器が一つ、通常攻撃は両手についているマシンガンのような奴らしい、背中にしょってるでかい青龍刀をどう使ってくるかだね』
「敵の見かけの兵装は3つか。こっちの武装も相手にチェックされていると思うけど、4つ目は関知できてるかしら」
「さあね。あれ自身はレギュレーションぎりぎりだし、実際に使えるかどうかのチェックもやってない。ほかの武器でどうしようもなくなった時のやつだからねえ」
まるが頭の上からまた黒いこんがらがった塊を生やしている間に、彼らのいる闘技場の周りのライトが消えた。
『船長、戦闘開始です』
秋風に言われるまでもなく、まるは感応型の操縦桿に手を伸ばした。闘技場は円形の舞台を取り巻くすり鉢のような構造をしていた。周囲には観客席があるが、フォースフィールドで隔離されており、レギュレーション違反の機体でもいない限りは破られることはない。
すり鉢の底は半径200m程の戦闘用フィールドだ。機動兵器の大きさ・性能から考えれば狭さを感じるほどのエリアだ。そして先ほどまで何もなかった場所に、障害物が突然転送されるように出現してくる。設定ではこの戦闘の舞台は廃墟のようだ。ホログラムだろうか。あるいは異星人のオーバーテクノロジーで実際に物体を転送してきているのか。
そんな中、戦闘フィールドの中央にするするとお立ち台がせりあがってきた。乗っているのはスーツ姿で眼帯の人物。今の時代眼帯など必要なわけもなく、どう見てもコスプレだ。
『さてお集まりいただいた紳士淑女の皆々様――』
会場は最大端から端まで1kmを軽く超える広さだ。肉声が響くわけもない。しかし、明確なスピーカーの姿もない。
『船長、このフィールド、多目的ナノマシンで満たされています。周囲に現れた障害物、況や、中央の人物まですべてナノマシンが構成していますね。彼の声が響いているのは、ナノマシンがスピーカーの働きもしているからでしょう』
「凝った演出ね」
彼らが話し合っている間も、中央に粟られた人影は朗々と喋り続けた。
『まもなく開催される機動兵器大会本大会に向けて、本日は予備戦が執り行われる運びとなりました。対戦カードは――』
空中にディスプレイが出現して、敵方のマシンとブルーアイが「VS」の文字とともに浮かび上がる。
『〈地球通商圏〉は火星師団国より「Jet-черный волк」=漆黒の狼と名付けられた機体。操縦するは師団国の英雄、ウラジーミル大佐!』
コールとともに出てきたのはどっしりした、若干凶暴な目をした北欧系の中年男性。いかにも職業軍人でございという顔つきだ。
『ほら、ロシア系列じゃないか』
阿於芽が勝ち誇ったように言う。
「あらほんと」
まるは気が抜けた返事を返す。正直どうでもいい。
『対するは、〈大和通商圏〉の独立武装貨物船団〈コピ・ルアック〉と〈上喜撰〉より、蒼きめの虎「ブルーアイ」。操るは、うら若木、美しき船長代理、マルティナ副長!』
機動兵器の画像が、まる=マルティナのバストアップ映像に変わった。まるは顔をしかめた。
「長いうえにダサいわ。それに何よ船長代理って」
『まる船長本人、ということでは駄目でしたので、以前の武装貨物船競争時の記録のままに送ったんですよ』
「面倒ねえ」
彼らの気の抜けた会話なぞつゆ知らず、熱くなった司会者が、コールをかけた。
『さあ、いよいよです。それでは機動兵器大会予備戦。レディ? ゴー!』
司会者は眼帯を取ろうとしたが、どうやら放送元になる場所で止められたらしい。多分シャレにならないからだろう。
コールとともに、敵の機動兵器は背中の巨大な剣を手に持ち、切りかかってきた。
「ちょっと、最初からそれ使うの!?」
先制攻撃にひるんだ〈ブルーアイ〉に、〈漆黒の狼〉は猛追を仕掛けてきた。切りつけてくるブレードは、阿於芽ご執心の「かっこいい」塗装に傷をつけていく。
まるはとっさに障害物の陰に隠れたが、敵は体当たりで障害物を突き崩して突進してくる。
「まるでブルドーザーみたいなやつだわ」
『装甲が自慢なんだろ。まる、旋回回避しつつバルカンで攻撃だ。ご自慢の装甲がどの程度耐えられるか見てやる』
まるは回避行動をとり、敵を視野にとらえつつ、大きく楕円軌道を描き距離をとりながら、敵の腕めがけてエアバルカンを撃ち込んだ。
すると、敵の機動兵器の上腕は軽く粉々に飛び散ると、剣も吹き飛んだ。そのままバルカンを撃ち続けていると、敵の上半身が穴だらけ、というか八つ裂きになって飛び散る。パイロットのいるコックピットは球形のフォースフィールドで守られているが、そのコックピットだけを残し、敵の上半身はきれいさっぱりなくなってしまった。
残ったのは、すでに動かなくなった機動兵器の下半身の上にちょこんと乗った透明なフォースフィールドの球と、その中で蒼白な顔をして、どうやら失禁している男性の姿だった。
「ちょっとまって、なに、弱っ!」
まるは顎が外れそうになった。
格が違い過ぎた。一言でいえばそんな感じだった。
まあ、思えば突貫工事で作ったとはいえ、〈ブルーアイ〉はまるの元に集っている超一流の天才たちが寄ってたかって、趣味丸出しで作りこんだ機体だった。強いのも当たり前である。
いや、強すぎだ。
「勝者、ブルーアイ! そして、レディ・マルティナ!」
まるはなんとなく、この後の展開が読めてきてしまった。
(続く)
遂に始まってしまった機動兵器大会(予備戦)。
正直どんな状態なのか不安定な阿於芽や、大会に出てくると息巻いていた織田氏、エリスとイライジャの関係など未解決なことも多く、波乱の予感があふれます。
以下次回!
(何とかして早く出せるように努力します)