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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
航宙船団長まる
69/72

第69話「ねこのいどころ大作戦04:戦う淑女と狂える鉄神」

またまた、大変大変大っ変お待たせしました。

健康上の理由で各連載の予定が大幅に遅れていますⅿ(_ _)m


突如現れたエリスと名乗る女性とまるの間に火花が散る。

そして、機動兵器にも異変が……。

物語は急展開を始めます。

(承前)


 28世紀の人類の4大通商圏のうち、〈連合通商圏〉に所属する〈ニューフロリダ〉太陽系。

 かつてはケプラー452と呼ばれたその太陽の周りをまわる惑星群において、中心都市的な機能を持つのが惑星〈セーガン〉であり、その最大州が「ニューマイアミ」である。

 この太陽系がニューフロリダと名付けられたのは、(いにしえ)の地球の歴史において、フロリダがスペインによるアメリカ大陸の植民が始まった場所だからであり、かつてのアメリカ合衆国が太陽系外の惑星に向けて植民を開始した際、欧州集合体との競争があった際に名付けられたものである。

 なお、惑星名の「セーガン」は、その合衆国の宇宙局=NASAの一部門であるジェット推進研究所(JPL)所長と、地球外生命体の探査計画SETIの推進者であったカール・セーガン氏の名前からとられたものであり、マイアミという地名は、その土地がフロリダ州の最大の都市だったからである。


 まるはその「ニューマイアミ」のリゾート地区である、アールデコ・ネオにあるメトロポリタン・パレスタワーの最上階の展望デッキにいた。

 まるはエリスから離れた場所にイライジャを連れ出し、彼の尻をつねりながらひそひそ声で言った。


「どうすんのよ! あのお嬢さんやる気よ?」

「あいたたた。俺だって初耳なんだ、勘弁してくれ」

「ちょっとイライジャ、あなた相手のこと何も知らずに断ろうとか言っていたの?」

「ああ、外見も知らないし、どんなお嬢さんかも知らない」


 まるは呆れた。


「相手のことを知ってからどうするか考えてもよかったんじゃないかしら? 私の見立てでは、あなたとエリスはお似合いに見えるわよ」

「いきなり見立ててるんじゃないよ。まる姐はやり手婆かよ。それに俺は気の強い女性は苦手なんだ」

「あら、じゃあ神楽が好きとかいうわけでもないのね」

「じょ、冗談言うなよ。あんなおっかない女、はなっから願い下げだ」


 おそらくはイライジャが気の強い女性が苦手な原因は、どこかの猫が原因なのだろうが、当のまるは気づく気配もなく、イライジャを小突き回していた。


「でも話からすると、彼女の気が強そうだから断りたい、って訳でもなさそうね」

「面倒なのが苦手なんだよ。バローズ准将はなんだかんだ言いつつ今の俺の上司だ。そこに余計な関係を付け加えたくない。ただでさえ人の下で働くなんて苦手なんだし」

「元宙賊が、今や軍の歯車ですもんねえ」

「それを言うなよ」

「そうかしら。なんだかんだ言ったって、あんた結局、軍属から逃げてただけじゃない。ハイスクールの男子がかっこつけて突っ張ってるのと大差ないわ」

「……まる姐、猫だったよな。なんでハイスクールの男子とか」

「小説で読んだのよ。いいじゃない、それくらい知識として持っていたって。船長っていろいろ気を配らなきゃいけないんだから、そういう心理的背景の勉強もしてるのよ」


 とかなんとか言いつつ、青春小説は、最近のまるのひそかな楽しみであった。

 人型プローブを着用して人間の格好をして出歩くことが多くなったために、「人」という存在に対して以前より感情移入しやすくなったのが起因しているのかもしれないが、人間の心理に対してとにかく興味がわいていたのである。

 しかも、21世紀への旅のせいで、その時代の古き良き青春ノベルを漁って読んでいたのである。その所為せいか、この手の恋愛ごとに関してはちょっとばかり興味があるまるであった。


「で、当人と会った結果は、単に強気だから苦手、というだけかしら?」

「まだ分かんねえよ、一緒に居るんだから見てるだろ? ろくに話してもいないんだ」

「ええそうね。じゃ、改めてお話くらいはしてくるべきじゃないかしら?」

「余計なお世話だよ、あ、おいまる姐」


 まるはイライジャの制止もわれ関せずと、エリスに向かって近づいて行った。

 二人がひそひそとやり取りをしているのを見ていたエリスは、近づいてきたまる=マルティナを見て眉をひそめた。


「仲がお宜しいようですわね」

「手のかかる弟みたいなものですわ」

「弟、ねえ」


 エリスはマルティナを目を細めて見ながら言う。

 この時代、外見では年齢は判断できないとはいえ、マルティナ……FERIS(フェリス)が作り出した人型プローブは、一見すると、幼いとは言わないまでも、とても若々しく見えた。

 人に「舐められる」ことを危惧するような立場の人は、あまり若い状態で延命薬物エリクシアを使うことはないから、外見はそこそこの年齢に落ち着くことが多いのだ。マルティナのような外見の場合、普通ならりまだ延命前の素の年齢である可能性が高い。

 そして、今のイライジャは戦艦の艦長を任される大佐という、比較的重責を担っている。

 それを弟呼ばわりする人間にしては、マルティナは幼く見え過ぎるといってよかった。


 エリスの微妙な視線をから、マルティナ=まるもそこら辺の事情は察した。外見については下手な言い訳をするとかえってぼろが出ると思ったのであえてスルーして、彼女の人となりを直接ぶつけることで、エリスの理解を得られないかと考えた。


「本当のことをお伝えしていた方がいいと思いましたの」

「?」

「私、イライジャとは恋愛関係ではありません」

「あなたがいらっしゃるから、私とのお話をお断りされた、と、父からはお伺いしていますけど」

「シャイなんですよ。ああ見えて」


 マルティナの一言に、エリスは「プッ」と噴出した。

 マルティナ=まるにしてみれば、まじめに言ったつもりだったのでこの反応は意外だった。


「わたくし存じてますわ、彼、軍籍からしばらく離れて、荒くれの海賊もどきをやっていらしたんですよね?」

「あら? 知らないと思ってましたわ」

「父は知りません。わたくしの知人が〈大和通商圏〉で商人をしておりまして、彼の噂を聞いていたのです」

「あらあら、そんなに有名だったのね」

「そんな世界にいた彼がシャイとか」

「そんなものよ。ああ言う手合いは硬派を気取っている分、逆に女の扱いとか、てんで知らないんだから」

「ふむ」


 エリスは真顔でマルティナ=まるをじっと見た。


「兎に角、わたくしは件の大会に出させていただきますわ」


 その眼差しを見て、酔狂や冗談でないことはまるにも分かった。獲物にロックオンした時の心境だ。理屈ではどうにもならない、狩人の性だ。生来の狩人である猫のまるには、彼女の現在の心境は手に取るように分かった。


「止めても止まらない感じのようね、好きにすればいいわ」


 そういって、踵を返しかけたが、ふと思い立って振り返った。


「そうそう、例の大会、私も出ることにするわ。お手合わせ頂けたら幸いですわね」


 もちろん、トーナメント戦である以上、うまく当たる可能性は低いし、そもそも阿於芽(あおめ)が搭乗するはずの大会だ。だが、なんとなくまるには彼女と対峙するような、そんな予感がしていた。


 苦笑いをしながら、まるはエリスに会釈を送った。

 その時だった。


§


 突如として、閃光が辺りを包み込んでさく裂し、何もわからなくなった。


 それからしばらく気を失っていたらしい。

 頭を振りながら立ち上がると、周りの様子が見えてきた。

 周囲は焼け野原になっていた。


<なにが一体……>


 声に出そうとしたが、焼け付くように痛くて声にならなかった。

 周囲にいたはずの人を探すが見当たらない。焼け飛んでしまったのだろうか。いや、そもそも人なんていたのか? 記憶が定かではない。

 とにかく、深呼吸して気分を落ち着かせてから、物事のおさらいをしようと思い立った。


<すーっ、はあああぁぁぁ>


 声を出さなくても呼吸によって激痛が走る。


 ……ダメだ。記憶が混乱していて、ろくに思い出せることがない。


<見渡す限りで、何の情報もない……まずは動くしかないか>


 歩き出したその足に、なんだか違和感があった。

 二本足。


<あれ。私は二本足の生き物だったっけ? なんだかもっとこう、地面に近かった気がする……>


 しばし立ち止まって考えた。

 だが、なにも浮かばない。

 ぐるっと見回すが、焼け野原という言葉以外見当たらない。むしろこんな場所で、なぜ自分だけが助かっているのかもわからない。

 置き去りにされた?

 惨事が起きて一人助かっている、という状況なら、周りには何らかの被害者の姿があるはずだが、形のよくわからない程に破壊された残骸があるばかりで、人やその痕跡はどこにもない。


「……ずずずずずずん」


 突如として、地響きが伝わってきた。

 思わず身構えたが、周囲に変化はない。

 何かが、はるか彼方で起きているようだ。


<行くべきか、ここでじっとしていた方がいいか……。考えるまでもないか>


 たとえ危険があったとしても、何もない場所に立ち尽くしているよりは物事が進展するだろう。

 戻らない自分の記憶も、何か刺激があれば変化が起きるかもしれない。


§


 地響きの原因に近づくと、そこでは何かが戦いあっていた。

 全高20m程もある巨大な人。いや、人を模した機械か何かだ。それが2体で戦っている。片方の青い機体の背面に搭載されたランチャーから、ミサイルと思しき物体が雨あられと相手に降り注ぐ。相手のガンメタルカラーの機体はそれをヒラヒラとかわしながら、肩のパーツからビームを掃射しつつ、手に持った巨大な剣と思しきもので、青い機体に切り付けようとしていた。青い機体がそれに応えて腰から抜き出した棒を構えると、巨大な刃が飛び出してきて剣になり、ガンメタの期待の繰り出す剣戟をガシッと捉えた。

 そういう感じで、お互い一歩も引かずの気配で、延々と戦い続けている。

 とてもじゃないが、生身で近づいていいものではなさそうだ。

 がれきの物陰に身をひそめて、事の成り行きを見守ることにした。


【反応、捕捉しました】


 どこからか声が響いてきた。

 巨大な機械2体は突然戦いをやめた。

 そして、何かが近づいてくる。

 銀白色のスーツに身を固めた人物が数人。


<まずいものに見つかったかな?>


 走りだそうとしたが、背後にも回り込まれていた。


<囲まれたか。だが今は、何も武器は持っていない……>


 観念しているところに、太めの人物がやってきて、銀白色のスーツのヘルメットを外した。


「探しましたよ、船長。ご無事で何よりです」


 どうやら敵ではなかったようだ。

 安堵の闇の中に意識が抜けて行って、私は倒れた。


§


 まるは苦笑いをしながらエリスに会釈を送った。

 その時だった。

 それは突然に起こった。マルティナ=人型プローブの中に緊急通信の呼び出し音が鳴り響いている。

 まるは突然のことにびくっとした。


 パーティーの会場から廊下に出て、通信に返答する。


「緊急通信って、いったい何が起こったの」


 まるの通信に返答したのは秋風部長だった。


『突然申し訳ありません。ちょっとトラブルが起きました』

「秋風君? どうしたの。機動兵器の開発中だったんじゃ――」

『その開発中にトラブルが起きてしまって――。阿於芽(あおめ)が大変なんです。お力を借りられますか?』

「大変、って、あいつなら文字通りの意味で、殺しても死なないでしょ?」

『今回はそうでもないみたいです。とにかく、急いで来ていただいたほうが良いです』


 まるは眉間にしわを寄せた。本体のまるに合わせて、マルティナも険しい表情になる。ただ、通信しているのは中にいるまるで、外のマルティナはただ立っているだけだから、ちょっと変な感じになっていた。


「まる姐、突然会場抜け出したりして、どうしたん……どこか苦しいのか?」


 イライジャがやってきて見当違いな心配をした。


「え? ――ああ、今通信を受けていたところなの。ちょっとまずい事態が起きたらしいわ、すぐ戻らなきゃ」

「そんな、まだパーティーは途中――」

「もうエリスさんにもお会いしたし、目的は果たしたでしょ? あなたも船を預かる身なら、クルーが大変な目にあっているのを放っておいてパーティーに出れる?」


 途端にイライジャの顔が曇る。


「何かあったのか」

「わからないわ、ただ、重要なクルーが一人、生死にかかわる状態みたいなの」


 こういう時のイライジャの反応は早い。もたもたしている宙賊には生存権などないからだ。


「よし、分かった。俺も行く」

「あんたが来ても何ができるかわからないけど。ワープ可能な小型艇をこちらに回すそうなの。宇宙港までエスコート頂けるかしら」


 まるがイライジャと一緒に建物から出たその途端に、再びまるに連絡がきた。


『宇宙港まで行く必要はありませんよ』


 まるはその声に聞き覚えがあった。


「秋風君?」

『まる船長、降下艇〈八女(やめ)白折(しらおれ)改2〉をそちらに向かわせました、間もなく到着の予定です』

「了解。でも〈上喜撰(じょうきせん)〉もこっちに来てたとは知らなかったわ」


 〈上喜撰じょうきせん〉は、まるが船長を務めていた船の一隻だが、現在の船長は阿於芽(あおめ)に譲っている。同じ武装船であっても、貨物輸送が主目的の〈コピ・ルアック〉とは異なり、無法船への私掠行為のための私掠航宙船であるため、その構造は極めて戦闘向きになっていた。

 まるの質問に、秋風は頭をかきながら応えた。


『お伝えしていなくて申し訳ありません。阿於芽あおめ船長と話していて、問題があったときのために、まる船長のエスコートをしたほうが良いんじゃないか。という話がありまして、カーチャ経由で外交特権を使って――』

「あー、だいたい経緯は想像がつくわ。でも伝えてくれなかったのはちょっと困るわね」

阿於芽(あおめ)の――いや、阿於芽(あおめ)船長の発案でして、「まるは今面倒に巻き込まれているんだろう? 余計な連絡を入れて混乱させる必要はないさ」。だそうでした』

「連絡ないままに緊急事態とかのほうが、余計混乱するわよ。で、その阿於芽(あおめ)は今どうしているの?」

『問題はそこなので――とりあえず急いでお越しください』


 どぅん、と巨大なものが破裂するような振動が響くと、底面が平たい、片側が長くなったダイヤ型の小型航宙船が上空に現れた。

 航宙船〈コピ・ルアック〉の搭載する小型宇宙艇の一つ、〈八女やめ白折しらおれ・改2〉だ。

 改2、というのは2回の大きな改装を経ていることを意味する。

 この機体はとある事件で一度は放棄したものだったのだが、偶然サルベージされて帰ってきたのだった。その後航宙船レースに参加したり、新たな任務用に改装を重ねて現在に至っていた。まるの持ち船自体が何度か大きな改装を行って船籍の再登録を繰り返しているため、「改」のついていない機体のほうが少なかった。余談だが、最大の持ち船である〈コピ・ルアック〉も2度ほど大破して改修したのだが、機能・外見ともにほぼそのままに復帰させて再登録はしていないため、「改」はあえてつけていなかった。


八女やめ白折しらおれ・改2〉が突然空中に出現したのはワープ航法によるものだったが、大質量物体のそばでワープシェルを展開・解除すると、周囲に強い衝撃を放つ時空震という現象を起こしてしまうので、本来は惑星近傍でのワープの使用についてはいろいろと制限が設けられていた。

 例外条項としては「人命にかかわる事態であり緊急を要する場合、かつ、その物体の質量が100tを超えないこと」であった、今回は緊急事態であり、搭載艇である〈八女やめ白折しらおれ・改2〉は、100tに満たないために除外条件に該当していた。


「人命……というか、あいつ人でも、猫と呼べるかもわからない存在なんだけど、生命の危機なの?」

『それがよく分からないんです。とにかく急いでいらしてください』


 釈然としない秋風の説明に頭を振りつつも、まるは〈八女やめ白折しらおれ・改2〉のフォースフィールドによる搭乗タラップを登り、船内に入った。

 船内には秋風副長が待機していた。


「イライジャさんも来られるとは思っていませんでしたので、少し窮屈ですが我慢してください」


 何やら口の中でもごもごと言いながら、イライジャは座席に腰を下ろすと、安全ベルトを起動した。「マルティナ」のセンサーが辛うじて補足した音声によれば、急に登場したことに対して謝罪を口にしたようだった。


「謝罪とかは別にいいけど、エリスさんを放っておいて大丈夫なの?」

「勘弁してくれ、あそこに俺一人残ったら針の(むしろ)じゃないか」

<結局はそれが本音なのね>


 まるは内心苦笑した。


「では、お二人とも、再度緊急ワープします。衝撃に注意してください」


 〈八女やめ白折しらおれ・改2〉は虹色の繭に包まれると、次の瞬間にこの時空から掻き消えるように消え、その抜けた穴に周囲の空気が集まり「ボォーン!」という大音響を発した。


§


 目を覚ますと、白い部屋にいた。

 自分の顔を心配そうにのぞき込んでいるのは、容姿端麗なプラチナブロンドの女性。

 私が目を覚ましたのを知ると、女性は医者を呼んだ。


薬研やげん先生、彼が目を覚ましました! すぐに医務室に来てください」


 起き上がろうとすると頭がくらくらする。


「まだ無理は禁物よ、あなた、倒れたんだから」

「倒れた……?」


 どう見ても白人女性な彼女は、きわめて流ちょうな日本語を話した。


「ここはどこです? 私は……そうだ、爆発に巻き込まれた。戦争でも起きたんですか?」


 女性は眉間にしわを寄せた。しかし、どんな表情をしても美しい女性はいるものだと、この時初めて知った。


「しっかりして、私が誰だかわからないの?」


 知るわけがない。初対面だ。


「ごめんなさい、分かりません」


 そして、重大なことに気が付く。


「もう一つ御免なさい。私は、自分が誰だかわからない」


 女性は右手で顔を覆うとそのまま天を仰いだ。それはそうだろう。彼女の言い回しだと、おそらく私は彼女の知り合いだ。それが自分のことをわからないとか言い出したら、途方に暮れるに決まっている。


「まる船ちょ――いやマルティナ、阿於芽(あおめ)が目を覚ましたって?」


 入ってきた初老の男性はちょっとわけのわからないことを言った。


「嗚呼、薬研先生。それどころじゃないわ。彼は私のことも知らないし、自分が誰だかわからないとかいうの。阿於芽(あおめ)であるかどうかも疑わしいわ」

「いや、しかしこの外見はどう見ても阿於芽(あおめ)の……。いや、分かった。彼のバイタルをチェックしよう」


 二人で何か話していたと思うと、初老の男性は私のほうに向かってきた。


「さて、私は君の医者だ。めまいや頭痛はあるかね? 体のどこかが痛いとか、不調を感じることは?」

「あ、いいえ。特にはないです」

「それは結構。では昔ながらの触診をさせていただけるかね? 服を脱いで胸をはだけて」

「あ、はい」


 何がどうなっているかはわからないが、とりあえずは個々の人々の言うことを聞いていた方が得策のようだ。


§


 まるは、診察を終えた薬研医師と口論していた。


「どういうことです? 彼は阿於芽(あおめ)じゃないんですか?」

「バイタルチェックの結果は、彼は人間としての要件を満たしているね」


 そういいながら、コンソールに人の立体映像を出すと、それを立体X線写真のような解析図に変えた。


「これはスキャンをかけた彼の体だ。中に猫がいるような像は写っていない」

「そんな――」

「いいから先を聞きなさい。彼の体組織のサンプルをチェックした限りにおいても、彼はナノマシンの塊じゃない。人間だ」

「ありえないわ、だって彼はあそこにいたし、外見は阿於芽(あおめ)が好んで使う若い方の姿だわ」

「だが現実に、彼の体は半分猫で半分超生命体でもなければ、ナノマシンの塊でもない」


 まるは自分の首筋を後ろ足でかっかっかっと蹴って、ありもしない痒みを消したいと思った。マルティナを休止モードにすれば可能だが、今はそういう事態でもない。だがふと彼女は、今マルティナユニットを使っている意味がないことに気が付いた。

 まるは名のマシンでできた体を解体すると、キューブ上のマテリアルに変更させた。はた目から見れば人であるマルティナが瞬間光って消え、猫のまると箱状のショッピングカートが出てきたように見える。


阿於芽(あおめ)の外見は、これと同じナノマシンで出来ているはずなのに……」

「さて、それはどうかね。彼は自分の体がほぼ分解されるような事態に陥っても復活してきた超生命体でもある。人間そっくりの体を作り出すくらい、造作もないのではないかね?」


 まるたちが事象の特異点を食らう時空ワームと戦った時に、阿於芽(あおめ)は猫としての致命傷を負い、体の大半を失った。だが、彼はその体を再構成して子猫に生まれ変わったかと思ったら、数か月後に一瞬で元の体へと成長する快挙を成し遂げた。人型の体はハードルが高いかもしれないが、やって出来ない事ではないのかもしれない。


「あの出鱈目でたらめ生物ですものね……」

「おいおい、今となっては君が2番船の責任者に抜擢した雄猫(おとこ)だろ。出鱈目でたらめ生物はひどくないかね」


 猫に戻ったまるは軽やかにステップでも踏むように机に飛び乗ると、薬研医師の鼻先に移動した。


「先生?」

「なんだね」

「化け物を化け物といわない手はありませんわ。私だってある種の化け物なんですもの。猫は20年生きれば――」

「猫又になる、ってか。君らは100歳に届こうって年齢だからなあ。化け猫の素質はあるかもしれん」


 薬研が冗談に載ってきたので機嫌を良くしたまるは、尻尾をゆらりとS字にして、目を閉じて見せた。人間なら笑みを浮かべているところだろうか。


「彼が【何】かはわかりませんけど、阿於芽(あおめ)に関連した【何か】であることは間違いないと思いますわ」

「その意見には私も賛成したいところだ。証拠は何一つないがね」

「じゃあ、とりあえず彼は阿於芽(あおめ)(仮)、っていうことで妥協しましょう」

「しかし、記憶喪失に関してはどう説明する?」

「そうですよね……肝心の出鱈目でたらめ生物の能力も持っていないっぽいですしね」


 彼らが会話していたその時、通信が入った。まるはヘッドセットの通信機能で受け答えをする。


「はい、こちらまる」

『船長?!』

「今は私は〈上喜撰(このふね)〉の船長じゃないわよ。何か緊急の用?」

『あーはい、――じゃなくて大変です。地上の実験施設で機動兵器が突然動作を開始して、周囲を破壊しているという連絡が!』


§


 まるたちが本来活動している〈大和通商圏〉の星系は、いずれも地球を起点としてオリオン星雲側だが、〈連合通商圏〉は白鳥座側に位置する星系によって構成されている。

 星系間をつなぐネットワークは瞬時に移動可能な超空間ゲートによって接続されているため、距離はあまり関係がないとは言いつつも、光速の高々2千倍の速度までしか出ないワープや、2万倍でほぼ頭打ちの亜空間通信ではまともな連絡もできず、頼みの超空間ゲートも常時開いているわけでは無く、2時間に10分だけ開く機構になっているため、通商圏館はまるで19世紀のような隔日のやり取りが主体になっていた。


 〈ニューフロリダ〉太陽系にいるまるに、リアルタイム通信ができたということは、つまりは通信を送ってきた側も〈ニューフロリダ〉ないしはその近隣にいる、ということだった。


 惑星〈セーガン〉は、〈ニューフロリダ〉太陽系の2番惑星である。1番惑星は小さな岩石惑星であり、テラフォーミングには向かない星だった。3番惑星はガス惑星で、やばり地球産の生物には生存には適さない星だったが、その衛星は凍結しているとはいえ豊富に資源があったため、テラフォーミングが施され、人の居住する星となっていた。

 主星であるガス惑星の名は〈ドレイク〉、居住可能にテラフォーミングされた衛星の名は〈アレシボ〉と名付けられていた。ドレイクはカール・セーガンと同様にSETIで重要な働きをした人物の名前フランク・ドレイクから取られており、彼が所長を務めていたSETIで重要な役割を果たした天文台のあった場所が「アレシボ」、という由来だった。


 私掠航宙船〈上喜撰じょうきせん〉は、ここ衛星〈アレシボ〉の実験施設のほど近くに着陸していた。


 そして、暴走する機動兵器は、その実験施設内にいた。

 施設では、カーチャが必死になって機動兵器のコントロールを取り戻そうとしていた。


「んもう、どうしてこっちの制御を受け付けませんの? ナノマシン・コントローラも大量に侵入させてますのよ?」


 青い機動兵器は、カーチャが放つ様々な制御手段をまるであざ笑うかのように一切のコントロールを受け付けずに、周囲の物体を手当たり次第に壊していった。


 いや、正確な言い回しではない。

 機動兵器の行動にはある規則性があったからだ。

 何かが隠れていそうな箱状のものを、片っ端から壊していたのだ。


「カーチャ、無事?」


 カーチャのもとにまると秋風が到着した。


「ああ船長、助かりますわ。私は無事ですけど、施設が半壊茶って、今なお壊され続けてますの」


 カーチャはまるを抱き上げながら言った。どうにも猫をモフりたいらしい。まるはとりあえずこの苦境をしのいでくれたカーチャだから、と、彼女の強引なモフりを我慢しながら話した。


「いったい何が起こったの?」

「それが、よく分からないんですの」

「分からないって?」

阿於芽あおめさんが機動兵器を動かすために乗り込んでいったんですのよ」

「ふむ」

「で、数分経ったら、突然人型をした阿於芽(あおめ)さんと思しき男……こちらで保護した彼ですわ。彼が機動兵器から逃げ出してきて、1分ほどたったら、機動兵器も狂いだしてしまいましたわ」

「止められなかったの?」

「一応、(秋風)高志が作っていたボツ機体を遠隔操作して応戦はしてみていたのですけど、押され気味だったので撤退させました」

「ふむ……保護された彼と機動兵器の暴走に、何らかの相関関係があるってこと?」

「おそらくは。でもそれが何なのかさっぱり」

「とりあえず、私がコンタクトをとってみるわ。相手が意図的な行動をとってるなら、何か切り口があるのかも」

「お願いします、こういうわけの分からない事態に対処できるのは、船長だと信じてますもの」

「それ、喜んでいいのかどうか」


 まるは施設内に設置された放送施設を使って、機動兵器に語り掛けてみた。


「えーと、あー、そこのロボット君。ちょっと聞いてくれるかな」


 自分でも間抜けだなぁと思いながらまるは話した。

 すると、驚いたことに機動兵器が反応した。

 何やら、手に持った巨大な剣で壁を切り付け始めた。


「何やってるんでしょうね」

「コミュニケーションをとるつもりかしら」


 やがて、兵器は動きを止めた。

 壁面には、ブレードで切り付けた跡がついていたが、それは文章を成していた。


「マル タスケテ アオメ」



(続く)


阿於芽あおめの外見を持つ男性と、阿於芽あおめと名乗る機動兵器。

両者の関係は?

そしてエリスや他の参加者の動向は。

次回いよいよ大会開幕!

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