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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
航宙船団長まる
68/72

第68話「ねこのいどころ大作戦03:宴の始まり」

お待たせしました。

また長期、時間を空けてしまいました。


阿於芽あおめの作った巨大ロボットは張りぼて!

はたして彼らの戦略は?


(承前)


 出場が決定した人型の巨大マシンは、阿於芽(あおめ)が作った、と言えば聞こえはいいが、結局は張りぼてマシン(ちなみに名前はまだない)であった。

 実際の大会時に張りぼてのまま出すわけも行かないので、そのマシンを基にして、新しい機動兵器の開発が再開された。

 とはいえ、残り時間を考えると、阿於芽(あおめ)と秋風だけのチームでは心もとない。

 タスクフォースとして急きょ、秋風、阿於芽(あおめ)に、〈コピ・ルアック〉本船技術部長のカーチャを加えた3人の工学の天才がタッグを組んで、超生命体へと進化したスーパーコンピュータFERIS(フェリス)の助力を仰ぎながら作業する、と言うとてつもないチームが結成された。


「カーチャまで向こうにとられちゃうと、技術のトップが空席になっちゃうのよねえ」


 まるは〈コピ・ルアック〉の船長席のチンレストにあごを乗せたまま合成音声で愚痴を垂れた。


「何言ってるんですか、人をその為に呼び付けたくせに」

「そっちこそ何言っているのよ、『人』じゃないでしょ?」


 声の方向を見ると、ひときわ大きな猫がいた。

 ……いや、単に猫というには大きすぎる。ヤマネコだ。

 とびきり美しいオセロットヤマネコ。

 まるは振り返ってその優美な肢体を堪能しながら返事をする。


「地球人類圏では、知的生命体は『人』として扱われるはずですよ。人間かどうかはともかく」

「それはそうだけど」

「でもなんで私だったんですか?」

「だって、知り合いであの子たちと肩を並べるような工学センスのある人材って、あなた位しか思いつかなかったんですもの」

 彼はオセロットヤマネコのピンイン。知性化に成功している数少ないネコ科動物の一人である。

 とある紆余曲折を経てまる達と知り合った彼は、色々と彼女に借りを持っている。いや、もう返せたんじゃないかというくらいに働いてくれているが、雄猫が雌に対して借りを作る、という事は、一生その猫の言いなりになる、という事でもある。


「まあ、改装後の〈コピ・ルアック〉を大いに弄らせてもらえるチャンスとなれば、断る手もないですしね」

「まあ、お願いする以上、そこはお任せするけど、せっかく帰ってきたんだから、優しく扱ってね?」


 散々壊したのは誰の所為だろう、とピンインは内心肩をすくめた。


§


 まるが船長室で、芳しくない〈コピ・ルアック〉の収支についてあれこれ頭を悩ませていると、ブリッジから連絡が入った。


「船長、航宙船〈桜扇子〉から暗号回線のホットライン通信です」

「茉莉から?」


 神楽茉莉(まり)、神楽コンツェルン代表取締役社長。まるの悪友である。

 まりとは少し話をしたいと思っていたところだったので、まるは船長席のチンレストに前脚を掛けて伸び上がり、目を丸くして興味を示したが、帰ってきた答えはちょっと拍子抜けのするものであった。


「ええと、吉田上級常務取締役様からです」

「吉田氏かぁ」


 まるは期待外れの相手にちょっとがっかりした。それでもまあ、お得意さまではある。


「まあいいわ、繋いで」


 航宙船〈桜扇子〉は神楽コーポレーションの社用航宙船である。

 とは言いつつ、実質は社長である神楽茉莉専用の航宙船といったところだろうか。

 外見は確かに桜色の扇子にも見えるのだが、むしろ「空飛ぶハイヒール」という表現が一番ぴったりくる。その実質的な船長は、社長付きの上級取締役である吉田常務が引き受けていた。

 だが、吉田常務のいつものいで立ちや、絶えず叱責したり時には足蹴にしたり、などという神楽からの扱いを見ていると、吉田常務が上級取締役だという感覚は失せてしまう。神楽付きのダメな秘書のようだ。

 吉田常務はさえない地味なスーツを身につけ、ビン底のようなロイドぶちの眼鏡をかけた、若干痩せ気味の中年男性である。なんというか、まさに間抜けな秘書、という感じの風体なのだ。


 だが実際は吉田の有能さは尋常ではない。


 連合通商圏軍の厳重なセキュリティを自分のネットワーク口座でも見るようにあっさりと解いてしまったり、宙賊を口先八丁で軽く手玉に取ってみたり、連絡のために超光速で動く航宙船の船殻に特殊物質で張り付けられる役を平然とこなしたり。

 異星人との合体個体だったり、異星人そのものだったり、知性化された猫だったり、果ては創造主より先に進化の階梯を登ってしまったコンピュータだったりと、どちらかというと人外の類が多いまるの周辺の怪物的な人々においても、まったく引けを取らないのだ。


 接続するなり、その吉田氏はいきなり話しかけてきた。

 まるの顔を見るなり、眼鏡の中央部分に右手の人差し指を当てて、くいっ、っと補正した。この時代、眼鏡は情報端末である。まるの装着しているヘッドセットに勝るとも劣らない。

 まるを見て何かを感じたのか、はたまた何か重要な情報を呼び出すための操作なのか――。


「これは失礼、社長でなくて気分を害されましたか」

<げ、聞かれたのかしら――そんな馬鹿な>

「表情を見たところ、図星のようですね。不躾な真似を失礼いたしました。改めてご挨拶します。〈桜扇子〉の吉田です」

<――ハッタリか。怖い人物ね。ある面「裏羽賀さん」という雰囲気すらあるわ>

「武装航宙船〈コピ・ルアック〉船長のまるです。流石に今のはちょっと頂けませんわね」

「独立武装貨物航宙船、では?」

「持ち船が2隻になった時点で、独立性はなくなってしまいまして、現在母港を作る算段中です。事情はそちらの社長様にもお話していると思います。あと、現在貨物運搬業務は行ってませんのよ」

「ほほう」

「独立船ではなくなってしまいましたので、貨物営業権を返上しなければいけなくなって。代わりに武装船としての万業務引き受けの業務権を、当面の業務用に当局から借り受けましたので、それで収入先を探しています」

「なるほど、面白い。だから織田氏が――」

「織田さんがどうかされました?」

「武装貨物船競争の繰り上げ勝者を名乗られておりますよ」

「――ああ」

 織田コンツェルンの総帥、織田会長。フルネームは以前の個人的面談時に聞いた気もするが、まるは思い出せなかった。まあ織田会長といえばこの人物と特定できてしまうから、特に問題はなかったが。

「繰り上げたからって、賞金やら何やらが向こうに行くわけじゃないんだけど」

「商売上のはったりで御座いましょう」

「あの男ってそんなのばっかりねえ」

「織田会長を「あの男」呼ばわりできる人間はそうそうおりません。――おっと、まる様は猫でしたね」

「目の前に見えているのに、それはわざとらし過ぎません?」

<食えない男だわ>

「さて、本題に入らせて頂きます」


 まるは居住まいを正して、船長室の椅子の上に4つ足をそろえた。

 なんだかろくでもない予感しかしない。


「神楽社長の命により、私も機動兵器トーナメントに参加することになったのですが、少々お知恵を拝借したく――」

「は?」


 まあ、神楽茉莉はカーチャのもと学友だから、当然大会のことは聞き及んでいるだろうし、もし神楽コーポレーションから誰かが出るとしたら、それは吉田氏になるんだろうとは思うが、それでも意外だった。

 いや、意外なのはいいとして、それをまるに相談してくる神経に唖然とした。


「たぶん、うちもエントリーしているのはご存知ですよね?」

「はい、社長から伺っております」

「となると、うちと御社はライバルになるんじゃないですの?」

「最終的にはそうなるかと思いますが、途中まで共同戦線を張る、という計画は決して悪くないと思いますが如何でしょう?」

「――それで、うちに知恵を借りたいというのは?」

「はい、当社で準備中のマシンなのですが、何しろそういう方面の人材がおりません」

「うちも手一杯ですので、お手伝いは――」

「ああ、いえいえ。まる様のところの人材をお借りしようとかいうお話ではなくて」

「?」

「当社の技術スタッフに技術研修を兼ねて、御社のマシンの建造を手伝わせていただきたいのです」

「はぁ?」

「そこで得たノウハウを逐一当社のマシンに反映いたします。もちろん、技術供与分の代金はお支払いしますよ」

「それって、うちの秘密も全部そちらに筒抜けになるってことでしょう?」

「逆に、うちの秘密も全部公開いたしますよ」

「コピー品作られるみたいで、いい気分ではないですわね」


 そういいつつ、まるは頭の中で皮算用を開始していた。


「レースでは、優秀な会社は技術をほかの会社に供与することでビジネスにするそうではないですか」

「そういう会社もある、という程度でしょうけど」

「実例はある、ということで」

<ほんとに食えない男>


 まるは交渉での負けを実感していた。


「――どの程度のお支払いを考えていたけるのかしら?」

「ざっとこの程度で」


 ディスプレイに提示された額を見て、まるは顎が落ちそうになった。

「この額、正気です?」

「少ないでしょうか?」

「とんでもない。これ、うちの〈コピ・ルアック〉はさすがに無理でも、二番船の〈上喜撰〉クラスの船なら買えちゃう値段ですわよ」

「航宙船一隻くらいの価値は、機動機械の技術にはあると考えまして」

「神楽社長は承知済なの?」

「勿論、社長の言質はとっております。それにこれくらいの出費で傾く神楽コーポレーションではありませんし、得られた技術は御社共同、という形でビジネスに役立たせる所存です。もちろん、その際御社へのフィー(取り分)も考えておりますよ」

「う……」


 正直、現状ではこの入金は、まるの会社にとって、とても助かるものであった。


<茉莉、たぶんそれも考えて話を……>


 ただの資金供与とかだったら、おそらくまるは断っただろう。


「良いでしょう、細かいことは後ほど法務と総務にそちらにお伺いさせますので、詰めてくださいます?」

「かしこまりました。即断感謝いたします」


 そういうと、吉田氏からの通信は切れた。


「はあぁ」


 猫の口は人間のように丸めることができない、だからため息も「ふう」ではなくて、「はあ」が常になってしまう。そもそも、ため息をつく猫自体が珍しいといえば言えるのだが。


「僕たちに何の相談もなしに決めてもらったら困るんだけどな」


 背後から突然声がした。


阿於芽(あおめ)不躾ぶしつけすぎるわよ」


 まるは振り返りざまにそういう。

 黒猫は異星人の亜空間を超えて伸びる触手「アンカー」を使って、〈上喜撰〉のブリッジから空間を飛び越えてきたようだ。


FERIS(フェリス)が〈コピ・ルアック〉に通信が入ってきてる、っていうから見に来たんだよ」


 阿於芽(あおめ)の言葉に呼応するように、虚空から声がする。


『技術スタッフにも関連のあるお話だと思いましたので、お話をしておきました』


 FERIS(フェリス)の声だ。

 〈コピ・ルアック〉船内だと、FERIS(フェリス)は偏在しているようなものだ。彼女に隠し事をするのは並大抵ではない。

 そもそも、決定権はまるだけが持っているのではない、今は〈上喜撰〉での運営決定権は、船長である阿於芽(あおめ)にもあるのだ。


「あの場は即決するのが最善策だと思ったのよ」

「まあいいけどね、流出して困ることまで見せなきゃいけないって話でもなさそうだし」

「そこは瀬木君にしっかり釘を刺してもらうわ」


 そこに突然、船内通信が割り込んできた。


「で、阿於芽(あおめ)君は、自分の船の監督は大丈夫なのかな?」


 阿於芽(あおめ)の侵入を何らかの形で察知したのか、ラボからピンインが口を挟んできたのだった。


「誰かと思えばピンイン兄さんじゃないですか」


 阿於芽(あおめ)の返しに、ピンインは眉を(ひそ)める。


「何度も言いますがね。玄孫(やしゃご)(ひ孫の子)より年下の猫に向かって『兄さん』は本当にやめてほしいんですけど?」


 ピンインは12歳。猫としてはそこそこ高齢ではあるが、延命薬物(エリクシア)を青年期に投与されているため若々しい。それを言えば阿於芽(あおめ)もそうだが、彼の方は(よわい)100歳を数えようかという高齢だった。

 その二人ではあるが、阿於芽が現在も生きているのは、ピンインが時間を遡る旅をした挙句、青年期の普通の猫であった阿於芽(あおめ)に、延命薬物(エリクシア)を投与したのが原因だった。そういう意味ではピンインは阿於芽(あおめ)の「兄さん」といっても、あながち間違いではない。

 加えて、阿於芽(あおめ)は以前、初めて〈コピ・ルアック〉の搭乗員たちと遭遇した時に騒ぎを起こし、挙句まるに保護観察にされた過去を持っている。

 その際、身柄の監督を買って出たのがピンインだったのだ。それ以降、何かと阿於芽(あおめ)はピンインに頭が上がらずにいた。「兄さん」はその表れの一つだろう。

 だが、今では阿於芽(あおめ)はまるファミリーの中でも中核、船一つを預かるもう一人の船長である。それなりの自覚を持って行動する必要がある。阿於芽は少し自重して、言い訳をならべた。


「家猫から見ればオセロットはそんなレベルだって話だよ。〈上喜撰〉クルーには必要なことは指示してきてあるさ。ただ、こっちの話を聞くことのほうが重要だと思ったんだ」

「言い分は分かるがねえ」

「それに、ピンイン兄……ピンイン君がこちらに来たもう一つの理由についても、詳しく説明を聞きたいと思っていたからね」


 今度はまるが眉をひそめる番だった。


「何、ほかに何か目的があったの?」


 阿於芽(あおめ)は肩をすくめる。


「吉田と同じさ。ピンイン君から、ちょっと前に技術供与についての打診があってね」


 ピンインはそっぽを向きながら合成音声で答える。


「そこはそれ。やっぱり、巨大ロボットなんて聞いたら、技術者の血が騒ぐじゃないですか」


 まるはあきれた。


<まったく、男どもと来たら……>


 そう考えた直後、女も数人関わっていることを思い出して、頭痛がしてきたまるであった。


§


 今回の機動兵器トーナメントは、公開大会ではなく、秘密の大会である。

 勿論、まるや神楽が知るような情報だから、自ら情報通を標榜(ひょうぼう)しているような人であればなおの事で、上流と呼ばれる人々の中で、好きものであればたいてい知っていた。

 だが、限度がある。


「なんであんたまで出場するのか、よくわからないんだけど」


 通信を入れてきた相手に対して、まるは不機嫌だった。

 船長室の執務用デスクの周辺をうろうろしたり、机にジャンプしたりと、まるで普通の猫のようだ。


「そう言うなよまる姐」


 なにしろ、相手は宙賊の頭……だった男だ。はっきり言ってしまえばチンピラだ。

 だが先日、彼が〈連合通称圏〉の戦艦の艦長に収まった理由からして、良家の血筋であったことは明白だった。

 イライジャ・躑躅森(つつじもり)は、通信の向こうで頭を掻いていた。


「俺だけじゃなくて、織田の旦那や神楽の女社長のところも出るんだろ」


 まるは神楽は承知していたが、織田まで出るのは知らなかった。だがまるは、あえて表情には出さずに既知の事として振る舞うことにした。


「分かってるけれど、イライジャは今は連合宇宙軍の艦長さんでしょ? 今回の賞品には関係ないじゃない」

「別に賞品が欲しいわけじゃねえよ。ちょっとした意地の問題でな」

「何よ、またなんかやらかしたの?」

「俺がいつでも何かやらかしている、みたいな言い方はやめてくれ」

「やらかしてるじゃない」

「今回はその、なんだ。引っ込むに引っ込めなくなったというか」

「歯切れが悪いわね、はっきりとしなさいよ」


 イライジャはまるに頭が上がらない。まるがまだ小型船の船長だった時に宙賊としてちょっかいを出して、コテンパンに返り討ちになった所為で、以後はずっとまるのことを「まる(ねえ)」と呼んで半ば恐れている。


「家庭の事情ってやつなんだ、これ以上は勘弁してくれよ」

<また家庭内のごたごたか。こいつはこいつで苦労してるのかな>

「それでこちらに依頼っていうのは何よ? 技術供与なら既に申し込みが来てて手一杯よ」

「それは俺んとこの技術連中で何とかする。今回連絡を入れたのは別件だ」

「あら? じゃあ何かしら」


 イライジャがすごく言いにくそうな顔をしているので、まるは少し悪戯心が出た。


「なによ、いいにくいことでもあるの?」

「ちょっと今困っててなぁ……。こんなこと相談できるのは、まる姐位しか居ないし」

「あら、頼ってくれるのはありがたいけど、どんな事?」

「まる姐、人型になれる装備を持っていたよな?」

「ええ、人型プローブならよく使うけど」

「それを使って、俺と、パ、パーティに出てくれないか?」

「え゛」


 薬研先生に外れた顎を見てもらわなきゃ、とか、あらぬことを考えるまるだった。


§


 マルティナ、皆はそう呼ぶ。

 まるが人型プローブという、人間の形の装備をまとった状態だ。

 装備はナノマシンで出来ていて、外すとごく小型のカートくらいの大きさのキューブにして、自走させて持ち歩ける。

 外見はプラチナブロンドの髪の、容姿端麗な若い華奢な北欧系女性に見える。ただし、下半身はやや大きめだ。まるが内部に入る必要があるからだ。

 このプローブに入っている限り、まるは人間の食べる食事を普通に食べることができるし、人間の挙動を特に意識することなく体感できる。

 もともとは船内コンピュータだったころのFERIS(フェリス)が、自分用に作った端末だったのだが、今は完全にまる専用に再調整されている。ちなみに、オプションで猫耳と猫尻尾をつけることもできる。ただし、その格好については、まるが悪趣味だと思っているので滅多につけることはない。


 今、ピンクのカクテルドレスを着て、イライジャの隣でにこやかに笑っているのはその端末だった。

 ことの顛末は、イライジャの軍略結婚の話が元らしかった。イライジャの上司にあたる准将が、娘婿を探しており、彼に白羽の矢が立った、ということらしい。そして、断る口実としてイライジャは、〈大和通商圏〉にいた時代に付き合っている女性がおり、やがて招いて結婚する予定だと話してしまったらしい。

 ならばその娘をお披露目せよ、という話の流れから、今回のパーティーが開かれる事になったのである。


 もちろん、まるにとってはいい迷惑でしかなかった。


 表情が引きつらないように、まるは自分の感情とプローブの表情の連動を切っていた。

 ただ、しゃべるとどうしても今の心境が声に出て、とげのある声になるため、できる限りまるは声を出さないようにしていた。


「まる姐、にこやかなのは有り難いんだが――」

「何よ?」

「行動に棘がありまくりなのは勘弁してくれないかな」

「知らないわよ、そんな私に頼んできたのはあなたでしょう?」


 プローブはアルコールの摂取も自由にオン・オフできるが、今回まるは酔うつもりは一切なかったからオフにしていた。その状態で勧められる飲み物を燃料でも飲むようにクイクイと飲んでいく。そして、絡んでくる男性に関してはにこやかにガン無視だ。

 確かにこれはちょっと頂けないかもしれない。


 まるが見ているプローブ内のコンソールにレッドアラートが出た。

 プローブが飲み過ぎたせいで、飲食用のタンクがリミット状態、要するにトイレに行きたくなっていたのだった。


「イライジャ、お手洗いはどこかしら」

「俺が知るわけない、そこのボーイにでも聞いてくれ」


 いわれて振り返ると、ボーイから酒を受け取っている一人の壮年男性がいた。


「げ」


 まるは音声をカットする余裕もなく声に出していた。

 相手はちょっと怪訝な顔をしたが、すぐに気がついて近づいてきた。


「やあやあ、まる船長――社主じゃないですか」

「織田さん、奇遇ですわね。今はマルティナですのよ」

「おっと、今日はそちらの名前ですか、これは失礼しました。今日はイライジャ君とご一緒ですか」


 織田コンツェルン。〈大和通商圏〉だけでなく、人類圏全体にその影響範囲を持つ巨大企業体である。

 織田会長はその総帥であるが、まるのビジネスパートナーである土岐氏の遠縁にあたり、以前武装貨物船競争に出た際に最終的に親交を深め、以後様々な商売で何かと絡みがある。

 事情を知らない際に、マルティナを人間だと思って求婚したこともあった。

 紆余曲折はあったものの、今では和解している。

 得意先ではあるが、まるは割と苦手な相手だった。

 そんな織田とイライジャは、まるが紹介した中で、イライジャが宙賊をやっていた際に商売として面識があった。儀礼的なあいさつで、織田はイライジャに一礼した。


「今では〈連合通商圏〉の艦長さんでしたな」

「その節は、ええと、お世話になりました」


 ふと思い出したようにまるの方を向く。


「そういえば、今度行われる大会に出られるそうですな」

「大会?」

「とぼけても無駄ですよ、機動兵器のやつです」


 まるは内心苦笑いした。


「何でもご存じですのね」

「いやいや、うちも出ますからね」

<ああそういえば、イライジャが織田さんも出るって言ってたか>

「そういえばそうですわね」


 おほほほ、と、まるは取り作った笑いをする。猫のままだとできない芸当だ。


「武装貨物船の時とは状況も違うようですし、今回は勝ちは譲りませんよ?」

「うちも負けませんわ、何しろ母港にできる天体が掛かっていますもの」

「ああ、そういえば副賞がそういうものでしたなぁ」


 まる相手に腹芸を使っているとも思えないし、人型プローブの音声解析からも、彼の音声の調子からは、感情の動きとして含む裏がないという結果が出た。巨大企業体やら貴族やらの出場者は、あの程度の副賞は一顧(いっこ)だにしないらしい。怖い世界だ。


「あれが手に入るかどうか。うちのような零細船会社にとっては死活問題ですのよ」

「大変ですねえ。まあ、うちは商業的宣伝活動の一環ですから」

「私はまた、会長様のご趣味の活動かと思いましたわ」

「それはない、と言ったらうそになりますな。いいじゃないですか、巨大なあれ」

「大きすぎるのも考え物だと思いますわ、人並みでしたらいろいろ使い道もあると思うんですけど」

「いえいえ、やっぱりあれは男のロマンです。うちのは特に黒にこだわりましてなぁ」


 二人が話していると、周囲の人がひそひそと眉をひそめて話し出した。慌ててイライジャが耳打ちをしてくる。


「おい、まる姐、なんか回りが下品な勘違いをしているようだぞ」


 勿論まるはプローブの集音解析機能を使って先刻承知である。


「馬鹿は放っておけばいいんじゃない?」


 織田に向き直ると、真顔を作る。


「とにかく、うちは負けませんわ」

「強気ですな。良いことです。勝負は始める前から始まっている。気圧されていては勝てるものも勝てない」

<そんなことは百も承知だわ。私にとっては人の世界で生きていくこと全てが勝負だったんですもの>


 まるの思いが織田に通じたかどうかは分からなかったが、イライジャには寒気を起こさせるような何かが伝わっていた。


「その方があなたのお付き合いされている方ですのね」


 イライジャは聞きなれない女性の声に振り返った。

 そこにはシルバーを思わせる光を持ったぴったりとしたドレスをまとった、若い女性の姿があった。


「あ、貴女は?」


 女性を見たイライジャは息をのんだ。すごい美人、という言葉がこれほどぴったりくる女性も少ないのではないだろうか。

 燃える様な真紅の髪。

 吸い込まれそうな大きな碧眼(へきがん)

 素晴らしく整っているが、とても派手な目鼻立ち。

 本物の猫よりも猫を思わせるしなやかで見事なプロポーション。


「エリス」


 やや高めのハスキーボイスで、彼女は言った。


「――エリス?」

「エリス・バローズよ。お父様から何も聞いてはいらっしゃいませんのね」

「では、バローズ准将の娘さんというのは……」

「私です。私を袖にするほどの彼女がいらっしゃると伺いましたので、挨拶にはせ参じましたの」


 まる――マルティナは、いきなり自分に矛先が向いて慌てたが、あらかじめプローブに仕掛けておいたリミッターが働いて、表情にその一瞬の狼狽(ろうばい)が反映されることはなかった。


「エリスさま。初めまして、マルティナ・カッツェンバイザーです」


 まるてぃははちょっと内心ドキドキであった。いつものマルティナ装備とは、実は少し変えてある。

 以前まるが〈大和通商圏〉で、自分の存在を公表した際、マルティナの姿も流されたのだ。

 変更といってもちょっと身長をいじったり、目の色を変える程度だった。まあ、織田が気が付いてしまうくらい大差がないものではあるのだが。ちなみに名乗った苗字「カッツェンバイザー」は、かつて存在したドイツという国の言葉で、「猫噛み」という意味だ。今のまるにとってはこれ以上ないという選択ではあった。


「マルティナさん。お話は父から伺っておりますわ」

「よろしくお願い――」

「なれ合いは結構よ、私はこれから貴女に決闘を申し込むのですから」

「――はぁ?」

「イライジャ様が出る起動兵器のトーナメント、私も出場いたしますわ。マルティナさん、あなたも出てくださいませんか? そこで決着をつけましょう」


 まるは混乱した。ただ、分かったこともある。

 それは、面倒ごとが増えたということだった。


(続く)

ここにきて新たな登場人物が。

波乱の予感で次回へ!

(次はもっと更新短縮しますm(_ _)m)

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